2015年09月09日

織田作之助『夫婦善哉』



『夫婦善哉』は、織田作之助が1940年に発表した大阪を舞台にした小説です。人が良くて馬鹿なのでムダに大ぶりなタネを提供してしまうが故に極貧である天ぷら屋を営む両親に育てられ、境遇が嫌でしょうがなく、家を出て、北新地で芸者として食っていくことを決心した主人公・蝶子と、化粧品問屋の長男であり若旦那・柳吉が何のプランもなく東に向かって駆け落ちした先で関東大震災に見舞われて大阪にとんぼ返りする顛末から始まる。


柳吉という男は甲斐性なし、という言葉がまんま当てはまるかなり終わっている男で、
曲がりなりにも芸者である蝶子を口説くにも値の張る店には連れて行かずに


”「ど、ど、ど、どや、うまいやろが、こ、こ、こ、こんなうまいもん何処イ行ったかて食べられへんぜ」"


と、どもりながら大阪の裏路地でしか食われないような土手煮だのまむし焼きだのを振る舞う。汚ったない店だけど確かにここでしか味わえなくて、美味しいものを知ってる。一等の客を相手にする局面もあっただろうけれど、スキだらけで口下手な若旦那に手を引かれ、こきたない店でなんだかまるめこまれて一緒になってしまう。ろくに働かず、嫁さんを働きに出している間日がな自分の納得の行く味噌汁を作る為に鰹節を挽いている。近所の人間は亭主にそんなことやらすなよ、と白い目で蝶子を見る。

柳吉は年下の蝶子のことをいつしか"おばはん"と呼ぶようになります。甘酸っぱさもへったくれもないようなあだ名ですが、その呼び方を拒否するような素振りはいっさい描写されていない。それ呼ばれる方キツいだろ、と読んでるこっちは思うけどそこを省いて蝶子がすんなり受け入れているので、「我々がわざわざ突っ込まなくてもいい段階のコミュニケーションが成り立っている」んじゃないだろうか。


旦那は勘当されているので実家に無心ができない。芸者の稼ぎや衆院の人間から工面した金で、剃刀屋、おでん屋、すいか屋なんかと次々に鞍替えしながら商売で身を立てようとしても、旦那が急に浄瑠璃の稽古にハマりだしたり、売上に手を出して北新地で飲んで帰ってきてあぶくになる。
せっかく商売が軌道に乗っても、タイミング悪く腎臓を患って倒れてしまい、湯治という名目で白浜の温泉に逗留するんですが全然帰ってこない。は??と様子を見に宿に赴いてみると、腎臓やってるはずなのに酒を飲みながら芸者をはべらせて遊んでいる。金は実家の妹にせびっていたらしい。


”蝶子は逆上した。部屋のガラス部屋に蓋を投げた。芸者たちはこそこそと逃げ帰った。が、間もなく蝶子は先刻の芸者たちを名指しで呼んだ。自分ももと芸者であったからには、不粋なことで人気商売の芸者にケチつけたくないと。そんな思いやりとも虚栄心とも分らぬ心が辛うじて出た。自分への残酷めいた快感もあった。"


「自分への残酷めいた快感」こそ、旦那に対しての着地点の見えない献身的姿勢を取り続けられるバイタリティの根源だったのだろうと思う、旦那のケツを叩く感触に生きがいを見出していた。本当に全然関係ないけど、今、倉田真由美のwikipedia見てたら"大学4年の就職活動で山一證券の最終面接まで残ったが、面接官からこの会社を選んだ理由を聞かれた倉田は「歯医者が近いので」と思ったことをそのまま口に出して面接官の不興を買い、最終面接で落とされた。”って文章があってゲロ吐きそうになってしまった。


また美味いもんを食わせてやる、と柳吉に連れられてぜんざいを食べに行き、"蝶子はめっきり肥えて、そこの座布団が尻にかくされるくらいであった"と。散々も散々迷惑かけまくられ、ストレスも貯めこんだけれど、連れ添って美味しいものを口にする場は共有し続けていられた。結局かなり羨ましい。2人でガリガリ君買って食いながら帰りたい。駅とコンビニが近い場所に引っ越します。
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posted by JET at 00:21| ラスベガス ☀| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする