2016年04月23日

ルソー『人間不平等起源論』



1775年 仏


我々は不平等なんじゃないか?じゃなくて不平等なのは当たり前で、じゃあその不平等なのは何時から、何がどういうわけで今に至るんだよ、おかしいだろ、とルソーがフランス革命の24年前に発表した論文で、アカデミーの懸賞論文に投稿して、落選した。その時大賞になったのは『不平等は自然法によって是認される』という、時の審査員が求めていた結論をもったいぶって繰り上げた結論で、いわば今の絶対王政に疑問を持つな、おしまい!という着地をした文章が評価された。だから「人間不平等起源論」のような、お前たちそこからどけや、という権力者への明確な批判をしてしまった以上賞レースで勝てるわけがないんですけど、今、天牛堺書店の250円均一古本市を経て自分の手元に届いたのはこっちなので読んでみた。

一切まったくの自然状態、サルから猿人へと進化していく過程がある。言語も方法も世に根付く前の時代があって、そこから「いろいろありました、さて!」ヒトとの間にコミュニケーションが生まれましたよ、という。「さて!」のパンと手を打つ、柏手からの切り替えが、舞台の転換として思い切りがあって、この人はメチャクチャ頭がよくて読ませるなと思った。自分のしゃべりたいことをしゃべる上でいきなりキモの部分から切り出してしまっても、聞いている側に単なる声のでかいジジイと無視されるだけで終わる。ルソーの言葉に「注意を払おうとしない読者にわからせる方法を、わたしは知らないのだ」というのがあるけれど、撒き餌をバラ蒔いてからグッと引き寄せるやり方が怖いぐらいうまい。

「パン!」という柏手から、最小限の組織「家族」が成立し、血のつながりができたという場面転換がある。「家族」と「家族」同士で結びつき、一個のコミュニティという単位ができます。単位が膨れ上がるにつれて、あいつらなんか儲けてないか?あいつら働いてなくないか?どうも気に食わねえなあいつら、っていう"意見"が湧いてくる。社会の萌芽。だけれども、ルソーにとって一番「均衡が取れた状態」というのは、たとえばそういう不平不満が沸いて、攻撃を仕掛けられたとしても、「お前が殴ってきたら、俺もお前を殴るけどね」というお互いの力関係に均衡がとれていて、やられたらそのぶん攻撃できる、犯したら犯し返されるという因果の調律がピンと張っている様が人類にとっての青春時代、黄金時代だ、と言っている。

けれども、やっぱりパワーで抑えつけられるのは、ぶん殴られるのは、怖いですよ。種として均一なように、グッピーがわらわら同じ水槽にいたらおなじく青ーい、きれいーなグッピーと思うけれど、いざ自分がグッピーだったら、しなやかに泳ぐ奴と自分で比較してしまう。小1の自分でさえ足が速いやつに対して劣等感を抱いていた。政府や組織が存在していない原初状態だったとしても、どこかのあいつ、と自分を比較してしまう。だから、殴ってきたら殴るけどね、の関係性が成り立つのは、ありえたとしても本当にほんの一瞬のタームでしかない。それに、ぶん殴ってこいよ、という許容が、今だってそうなのに当時の王政サイド、貴族の連中にできるはずがなかった。

だけれども、ルソーが「ここがベスト」と指を差した一瞬に立ち返ろう、立ち返らねばという気概で動けたとすれば、バカのトップのペニスがいかに大きくても、そこにひれ伏す必要なんかない。打たれた分だけ打ち返せばいいのだから。"ある土地に囲いをして『これはおれのものだ』と宣言することを思いつき、それをそのまま信ずるほどおめでたい人々を見つけた最初の者が、政治社会〔国家〕の真の創立者であった。"  騙して得取れ、声のでかいペテンに、手遅れになる前に杭を打っておかなくては。おめでたい奴に「よっ、おめでたいですね!」と指摘できたら、あるいは、お前らちょっと一瞬考えてみてほしい、と。風通しが、換気がよくなって声が通るようになればいいだろうなと思う。なかなかうまくいかない。ペニスの大きさでひれ伏すのだけは嫌だよ。そうなった終わりだから特に自分は。
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2016年04月19日

意味のヲタ

4/17で26才になった。


twitterでお祝いの言葉を投げていただいた皆様、感謝しきりです。ありがとうございました。自分は人におめでとうという言葉をかけるのがかなり苦手で、心と骨盤が歪んでいるので、俺みたいなもんに祝われたってしょうがないだろとつい飲み込んでしまって「おめでとうございます…」と奥底で念じるだけで済ませてしまうところがある。決して祝ってないわけじゃないんですよ。だけども強く念じただけで伝わるSNSはまだ登場してないし、26才なので「言わなければ伝わらない、言ったら伝わる」を学びます。


先からハロー!プロジェクトに所属している方々に関心がある。ハロー!プロジェクト、通称ハロプロは平たく言えば容姿の優れた女の子たちが所属しているユニットをさらに束ねる胴元で頂点につんく♂がいる。最低でも5人若い女の子がいるユニットが複数に分かれていてこんなもの覚えられるわけないだろ、若い女の子の顔なんかみんな一緒なんだから、とくくっていたが関心というのは恐ろしいもので研修生も含めてすっかり記憶をしてしまった。大事なリソースを割いているのだから仕事が出来なくなるというのは当然のことで、いくら会社で無能をせめられようが胸を張って俺は今のモーニング娘。のメンバーの名前を挙げていってやる。12人いる。


誕生日、ハロプロの1ユニットである「℃-ute」の握手会兼ミニライブに行った。千里中央駅という大阪の大動脈、御堂筋線の終着駅で、そのもう反対側のなかもず駅から電車に乗る。集合は朝の7時。路線情報で調べると5時半には起きないと間に合わない計算で、もし朝起きれなかったらもうサボってしまおうかな、と気持ち半々で布団に入ったら、心のどこかでワクワクしていたらしく4時半に目が覚めた。赤のAXEを吹きかけちょっとカラフルなシャツを着ておしゃれをする余裕まであった。


時間に現場に着き、恩人であり上官であり諸悪の根源でもあるタクスさんと落ち合った。なんの疑問も持たずに「じゃあ7時に」「うん!!」と命令されるがままに千里中央に来てみたけれども、理由は「早く来ることにより、ステージから近い場所ででライブが見られる確率が上がる」っていうんで、えらいものでなるほど!!としか感じませんでしたその時は。その時点で集まっている人数は10人少々で、周りの雰囲気を察するに絶対今日が初回であるわけがなく、オタクの有馬記念になぜかゲートインしてしまい震えおののくしかなかった。


朝は天気がぐずついていた。タクスさんはピンク色の折り畳み傘を持ってきていたのだけども、「ピンク色の折り畳み傘を持っている=℃-uteの鈴木愛理ちゃんのイメージカラーはピンク色=鈴木愛理ちゃんを推しているに違いない」という三段論法からの一点突破で知らない人間が話しかけてきた。何なんだ?と身構えると、「℃-uteの中島早貴ちゃんと元特命戦隊ゴーバスターズのイエローバスターこと小宮有紗ちゃんは生年月日が同じで容姿も似ている」「安藤美姫と絢香も生年月日が同じ、運命を感じる」という若い女性の生年月日にまつわる情報について教えてくれるただのNPCだった。今回便宜上彼を"情報さん"と呼びます。情報さんは「濡れてもええように」とウエットスーツのような上下ピチピチのタイツに素足でクロックス、というもはや、濡れてもええように、ではなくむしろ「濡れに」来ている出で立ちで、持っている情報をさんざん伝えると行方をくらませた。タクスさんと、「俺達はまだ普通だ」という確認をした。


係員からの誘導があり階段に並び、チケット販売開始までの2時間少しを待つ。雨が降ったり止んだり、その度に傘を差したり閉じたり、誰の顔も名前を知らないが「℃-uteが好き」、と「雨が嫌い」という共通点が確認できてよかった。タクスさんは℃-ute好き界でも顔が利き、多様な人種と交流していて人柄の権化だった。女性も男性も若いも年配も、市議会議員みたいなジャケットを羽織った、「ひょっとして℃-uteを呼んだ側の人間か?」という風貌のおじさんとも会話を交わしていて底知れなかった。


膝の皿がほとんど剥がれるまで立ちぼうけていたらようやく、スタッフのメガホンでテントまで誘導され、ミニライブに参加し、なおかつアイドルと握手ができる権利が得られるCD予約券を申し込む順番が来た。小さいテントで長机の上に申込用紙とボールペンが無造作に置かれていて、「仕組み!!」と叫びながらなんとか1,080円×(午前1回+午後1回)=2,160円を支払い、チケットを手に入れた。戻ろうとすると、早朝からゲートイン完了していた人たち、いい加減顔も覚えてしまった人たちの様子がおかしい。うなだれている。チケットに印字された番号が若ければ若いほど前の席なんだけど、それが平気で「900」とかそういう番号で、というのも要は早く集まろうが今来ようが関係無かった、完全にランダムだったと。読みが外れたと。打ちのめされた人たち。しかしすぐさま外れた膝の皿をはめ直すとまた列についていた。そして我々はどうしたか。列につきました。


午前1枚、午後2枚と権利を手に入れた。そして5枚の権利を手に入れたタクスさんと、その人脈で前日も名古屋のライブでタクスさんと会っているという、漫才ブームのB&Bみたいなスケジュールで動いているKさんと3人でサイゼリアでご飯を食べて時間を潰した。ペペロンチーノをいつもの癖で注文しようとしてしまったが、はっ、女の子と接する、とにんにくを気にしてほうれん草とベーコンのやつにした。


先ほど並ばされた階段に番号の若い順番に再整列。今度リリースされるトリプルA面の1曲に「何故 人は争うんだろう?」という曲が収録されている。人より優位に立ってやろうと朝7時にのこのこ現れたオタクへのメッセージソングとして「何故 人は争うんだろう?」と問いかけてくれていたと気づいた。だんだん空模様がよくなり、自分の番号が呼ばれ、ステージに集まる。係員からポリ袋が渡されたが、これは手荷物を入れ、爆弾やナイフなどを無効化するためらしい。確かに爆弾やナイフなどを持ちかねない我々の行動パターンを見透かした措置と思った。午前公演はタクスさんと番号が近かったので、隣同士になった。そっとペンライトを渡された。


わかりました。やります。ペンライトを逆手に持って身構える。アナウンスがあり、℃-uteの5人が出てきた。インターネットの動画で見たことのある人達が、ダルシムの強パンチの射程ぐらいの距離にいる。


「アーアー 喋ってはるアーアー、アーアー歌(うと)てはる、アーアー踊(おど)てはる、アー」・・・ライブが終わっていた。さっきペンライトを渡してくれたオタは「岡井千聖ちゃん」としか言葉を発していなかったし、もっと原体験に近い俺は「意味!」「感情!」とステージの上の可愛い女の子5人にただの何でもない熟語を言っていた。
一旦ここで人生や培いがゼロになってしまった。さーっと雲が晴れ、太陽が差してくる。午前のライブが終わって、千々になっているファンの中で、さっきの情報さんは「単にTPOを間違っている人」になってしまっていた。


ミニライブの後は握手会で、℃-uteの5人が横一列に並んでいるところに、せいぜい1人2秒、手を握っては離れる、計10秒のチャンスが与えられる。F1のピットインレベルの秒速の勝負で、これほどお笑い消耗時代と言われ1分そこらのショートネタの是非が叫ばれる昨今、「2秒」でアイドルにウケることが果たして可能なのか?プロットを考えた、俺には午前午後とチャンスがある。午前の部は「今日、誕生日なんです!」でいこう。握手の順番の前、券をサイフにしまったのを忘れて全身をまさぐるというコメディがあったけれども乗り越え、5人に握手をした。1人2秒計10秒で通算5回の「おめでとう」を叩きだした。アンタッチャブル・レコードであり、人生で更新するべくも果たして不可能だろうという数字です。だがここで終わりでなく、午後の部の詰めに入る必要がある。タクスさん、Kさんという知の賢者2名と喫茶店で時間まで肩を作った。

午後の部の権利を入手するチャンスはまだ残っていて、会場内に「まだ若い番号が残っている」という伝令が駆け巡り、タクスさんがテントから帰還、チケットをめくると数字は「32」。四浪して東大受かった奴か?ぐらいのボリュームで雄たけびをあげたかと思うと、天を仰ぎながら光に包まれて死んでしまった。


午前は「アーー」で終わってしまったんだけど、多少は平静を取り戻して望む午後の部はひとりひとりを「すげぇな」と噛み締めつつ観れた。℃-ute、居るんだな、同じ次元に。同じ次元というくくりで俺が在ってもよいのか?怒られないか?誰に許可を貰えばいいんだ?役所の次元課か?しかし、良かった。素敵だったので。


2周目の握手。1人目から、中島早貴さんには「大阪にまた来てください!」と伝えたら「絶対また来ます!」と、中島早貴さんが大阪に来るまで俺が居住をする意味が出来た。萩原舞さんには「お願いします」と具体がゼロの依頼をしてしまった。鈴木愛理さんに「今日、誕生日なんです!」と、繰り返すやつをやったら「おめでとう!さっきの…?」と"認知"があった。俺は鈴木愛理さんに認知されたぞ。矢島舞美さんにも誕生日を改めて伝えた。1回めと同じ温度で祝ってもらった。矢島舞美さんはフラットだ、水平の美しさ。

5人目、岡井千聖さんに、ラストだから2秒でなく2.2秒ぐらい、零コンマ2秒ほどのありがたい猶予が与えてもらえる。スタッフに剥がされる一瞬の名残でもう1センテンスのコミュニケーションが取れる。奇をてらわず、突飛すぎているんでもないちょうどいい温度のやり取りがしたい…。

「僕も、アイドルになりたいんです」という疎通、が1秒半ほどで、「なれると思う!」までで2秒弱。うまくいった。スタッフに剥がされる。岡井千聖さんに両手のサムズアップをしてもらう。あの両手のサムズアップにどれだけの意味という強度と塩分が含有されているか。

もう1枚権利は残っていたけれど、このいいイメージのまま終わりたい、今できる最高のパフォーマンスだったと自負をしていたのでタクスさんに権利を譲った。6周するオタクを日陰から観た。

応援をしてもらうのは何よりもパワーになるんかい、なるほどそれでアイドルという職業がいかに現代に肝要であるか、と糸口が掴めました。ぼーっとしたまま、夕方になり、もう選択肢について考える余力がなかったので、さっきと同じサイゼリアでご飯を食べた。デカンタ白ワインとアイドルと生ハムと、もし彼女たちと同じクラスになったとしたら、の妄想座席表で2時間ねばった。「この娘にはウケれる」「この娘にはウケれない、笑いが通用しない」「この娘はウケたふりをしているだけ。おれたちは馬鹿なので気づかない」と、この期に及んでちょっと現実の要素をないまぜにしようする悪あがきが、あれ?これがキモいというやつか?


4/23には大阪城公園ホールに行きます。Juice=Juiceというアイドルのライブを見に行くので。1週間経ったらいろんな意味を忘れてしまうので、意味を確認しに行きます。意味最高!

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2016年04月16日

薙ぎ払っても

腕時計が止まってからどれだけの時間が経ったのだろう、と藪を掻き分けている。実際は1週間かそこらなの だが私は気付いていない。社会の空気を肺に入れなくなってからの最長なのは間違いなかった。二日酔いの朝も大学に通ったし就職してからも無論で、昔、イン フルエンザで席を空けていた三日間の茫々なこと、不安で不安で仕方なく、不安で不安で仕方のなさに押し潰され、駆りだされ、殆ど飲まず食わずのうちに出勤 した朝の、三日間席を外していた空虚の襲いかかり。藪を掻き分けながら、都会では見かけないサイズの蚊に盲滅法に血を吸われた。まあ、蚊に血液与えている うちはくれてやる、くらいだったんだけれども、流石にヒルが首筋に食いついていた時は驚いてしまい、いつにも増して気持ちも悪いし裏返ってるしの声を上げ てしまった。が、今は草藪の中に居ますので誰の耳にも届いていないのが不幸中の幸いだ。不幸中の不幸とも言える。


な んだか、なんだか、なんだか思考も吃るくらいいろいろと嫌になってとある日の朝、いつもとは反対側のホームから各駅停車に揺られ、わけのわからない秘境駅 で降り、湿気鬱陶しい、背広を畳んで駅舎の男子トイレに放置したままズンズンと道無き道を掻き分けていった。この野郎、と力を込めれば枝は折れるし、革靴 だし靴下は水吸うし、で嫌だね、グショグショだったが水たまりをあえて踏みつけている自分に、「お前、本当はパワーがあるんじゃん」と第三者視点で肩を叩 いている自分自身に励まされつつ、山の中心へ中心へと踏み進んだ。明日のことを考えんでもまあいいか。生まれて以来の前のめりだったかもしれない。


ど うしたって社会をどうにかしたって喉は渇く。こないだまでの1週間前はダイドードリンコのしゃべる自販機ぐらいしか労をねぎらってくれなかった。110円 玉を投入してねぎらいのあった日々が今となってはありがたい。"分け入っても分け入っても青い山"じゃねえわ、一句したためられる余裕があってよかったで すね。まさしく今現在、なんの手助けもないままになんだか知らない木々の間を行軍しており、私がそうしている間にだって、世間は右往左往東へ西へしてい る。東にも西にも進んだ手応えはあるが太陽の光が当たらないのはどういうわけだろう。どうせなら海の方にいけばよかった。手頃な木の根を枕に、タバコに火 をつける。家で寝タバコなんかして万が一の不始末で家族全員心中するのはおそろしいのに、森の仲間たちを一網打尽にするのは厭わないのか。ぼーっとする、 どうでもよくなる。仕事も家庭も置いてきてしまった。焦燥や罪悪が入り混じった真っ赤な感情は次第に土の気が混じり鮮やかさを失って、機械の体を持つのだ ぜ機械の体を持たなくてはいけないのだぜ俺は、と言い聞かせていた。社会だろうが草むらだろうが己を殺せば秩序が保たれる。どこに行ったってやることなん か一緒じゃないか。


川を見つけた。ワイシャツとズボン、トランクス、革靴、靴下、まったく同時に脱ぎ捨て、しばら く泳いだ。同僚連中は背中を丸め、こめかみの血管に血溜まりを作りながら無産労働に平伏させられているであろうまだ日のあるうちに泳ぐ清流の気持ちの良い こと、背徳、背泳ぎ、バタフライ、藪を掻き分ける、川、発見、飛び込む。気持ちいい。シンプルに生きていれば満たされるじゃないか、なんでこの年まで我慢 していたのだろうと悔やんだ。


彼には家庭があった。学生時代から交際していた。子どもができた。結婚した。安産だった。愛があった。護りましょう、愛しましょう、共に歩みましょう。

索敵、発見、銃構え、発砲、撃破、索敵、発見、銃構え。

←、→、↑、↓、←→、←→。

堰が決壊したように上から下へ流れ落ちてくる色とりどりの音符に合わせてパッドを叩き、あるいは踏み、成功した回数がスコアにつながり、数字として成果が出る。だからどうしたんだ。何も偉くなんかない。



次から次へ際限なく頭の上に落ちてくる音符に合わせてパッドを乱打している。それは労働のみならず家庭までそうだ。何十年先か明日か知らんがお迎えの時に「PERFECT」なら拍手喝采、「BAD」なら地獄へ。地獄は怖いのでパッドに集中、乱打乱踏する。休まる暇なんかない。やるしかない。筋肉質の白人女性が、「SAMURAI」に抱きかかえられてハッピーエンド…

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2016年04月10日

ナサニエル・ホーソーン『緋文字』と不倫に関してのブログ



1850年 米

緋文字の「A」はAdultery(姦通)の頭文字Aを表しているらしいけれども作品中そうですという種明かしをしているわけじゃない。Angel(天使)かもしれないしAble(可能性)とも受け取れる、そうやって正解を散らして、読者諸君に委ねてくる。緋文字、という作品は序章の「税関」で、ナサニエル・ホーソーンさんが実際に役所づとめだった時期にたまたま発見した(というていの)一片のドキュメントを押しなべていって語られる話であり、ドラマを吹き込んだ著者の想像力が必ずしもイコールで答えとは限らない、ことは本人も気づいていたので緋文字「A」をいかように捉えるかというワキの甘さはあえて残しておいた部分で、さあみんなで考えよう、と香取慎吾が昔いいともでアルタの100人から徐々に質問にYESと答えた人間の総数を減らしていくデスゲームを任されていたけれども、もしも、匿名性が護られているはずの「YES」のフォーカスがだんだん絞られていって特定された瞬間に照準が合い、撃ちぬかれてしまったとしたらそんなリスクなんか背負いたくない。絶対にバレないというレンガの向こうに立っているから石をぶつけられる。


旦那がいるのにもかかわらず、その旦那は船旅に出たっきり帰ってこない。死んでしまったんだろうという信憑性のない情報を掴まされたまま、町のエリート牧師に犯されて子どもをこしらえてしまった女、女を犯してしまい子どもまでこしらえさせてしまったけれども、「罪」と認識しているために苦しみ続けている牧師、そして実は死んでなかった旦那、産まれちゃった娘。


魔女狩りもガンガンやっていたし、清教徒が支配していて、不義を犯すことがそのまま死刑とされる社会で、酌量の余地ありとそれなら「A」の文字が刺繍された服を一生着ていなさいという判決が果たしてどっちが残酷なんだろうか、小さい娘がその「A」って何なのお母さん、と尋ねるのをはぐらかしつづけるのにも限界があるし開き直れるたぐいのものでもないし。一回きりのワンミスの反省が話の最後まで続く。母親に輪をかけて凹みまくるのが相手の牧師で、彼はその一回きりの、どうしてものついついのセックスだけをひたすら悩み続ける。街の連中は彼の説教を聞きに教会に来るし、あんなヤリマン殺してしまいましょうよ、にも歯切れの悪い受け答えしかできない。


"死んでしまった"はずの夫は嫁より相当年上でジジイで、頭のキレまくる医者でもあり、しかも不具者で、やっとのことでヨーロッパから海を渡って嫁の居るニューイングランドにたどり着き最初に目撃した光景が、嫁と身に覚えのない赤ん坊が公衆の面前で晒しあげられているまさにその瞬間だった。この元夫は復讐の塊になります。大事にしてやってた嫁に対してもそうだし、気づくんですよ。「あ、どうやら牧師の野郎が嫁とヤってますよこれ」っていう、でも直接問い詰めることはせずに牧師からゲロさせようとする狡猾さ。それが最も苦しいから。でも、こいつも悲しい奴で、不具持ちだから「ごく普通の幸せ」というものへのあこがれが強く、どうしても欲しくてたまらなかった。"なるほど年はとり、陰気で、不具だったけれども、それでも、どこにでも転がっていて、だれもが拾いあげている素朴な幸せを、わたしも拾いあげることができると思ったのだ。"


不貞を犯したら罰せられる文化や倫理観、人妻とセックスしたらいけないことはお釈迦様もキリストも仰っているけれども人間の動物の部分、前歯の部分が抑えられなくなってしまったとする。そんなことは是か非か問うまでもなく絶対的に非で、性欲の正当化じゃなくて、完全に非であると、悪うございましたと認め、命を棄てることまで考慮に入れている者を果たして許せるかどうか。然るべき処置とは一体何なんだろうか、誰もが「そこまでしなくても…」と一歩引いてしまうラインで土下座しないと許してくれないんだろうか。峯岸みなみが丸坊主になっても叩かれたのはもともとがそこまで可愛くなかったからだろうか。というかそもそも、不貞というのは不思議な罰で、当人間同士でしか不都合が生じないのに周囲は石を投げたがる(マリオカート64のドンキージャングルパークでコースアウトした時のあれです)。逡巡したら俺も私もどこかで知らない人間とセックスしたいという感情があるけれども、それを塞がなければ社会がメチャクチャになってしまうよね、と宗教では不貞を禁じた。それを赦すか赦さないかでまた揉める。個人の斟酌を争いの種火にするべきじゃないと思う。


この『緋文字』で、お前の考える最悪の罰が実行されないかぎり満足しない説が固まるシーンがあります。晒し台に向かう夫人をはためで見物している、ひときわブスの女が言い放つセリフ。"あのごたいそうに縫いつけた赤い字のかわりに、わたしのリューマチ用の湿布のきれはしをつけてやりゃ、そのほうがよっぽどお似合いってことさ!" 黄ばんでそうだからマジでやめてほしい。

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2016年04月04日

悪い人の声を聞くな

中学校3年、卒業式の前日予行練習で、心の底から嫌いだった腕力きちがいの陰口を叩いていたら本人にばれ、ちゃんとカラーをはめ込み、ホックのところでパチっと止めていた制服の襟をグワングワン揺さぶられ投げ飛ばされた。俺はバレーボール部だったが下手くそだったので日々顔面にボールをもらっていたのでメガネのスペアが無かった。襟首取られている間もメガネを高く掲げ、明日からの視界を奪われないように必死だった。前日のリハという事もあり全校生徒が参加させられていたので、400人弱の面前で首投げをされた。今振り返るとあまり興行的に振るっていないプロレス団体よりも大勢の前で暴力を振るわれたことになる。陰口の内容も、寒い時期なので体育館にジェットストーブが置かれていたのだけど、「いくらでかかろうがあのストーブに突き飛ばしてしまえば殺せると思う」といったハードコアマッチ思想が入ってたのでしょうがない。「やってみろよ!!」と胸元を掴まれてた時怖かったなー。出来ないに決まってるじゃないすか。メガネなんだから。


そんな腕力きちがいは地元ではセーフティーネットになっている私立高校を中退したのだが、キリスト系の福祉専門学校に入り直し、介護の仕事に従事しているらしい。メガネお笑い好きラジオ好きメガネメガネをぶん投げるパワーで老人の1人や2人、面倒見るなんて造作も無いだろうし、イエス様の教えに感化を受けたかどうかは知らないが、生きるという面ではまじめをやっている。田舎ほど結婚も早いが彼もそうで、俺が常日頃からかなりほしい自分の子どもを早々に作り、養っている。大学進学なんかせずに田んぼとセックスしていれば今の夢なんか一瞬で叶ったんだろうが、スーパーマリオブラザーズでも1-2から4-1まで飛びたくない派、過程をしがみたい、しゃぶりたいのでこっちのほうが長く楽しめるはずだ、という一点に期待を寄せてなんとか保つ。


俺はいじめられた経験はないです。この野郎の振る舞いにイライラはしていたけれど、明確にターゲットになった経験はない。その首投げまでは。日常的には、学年内でブスな女の子やアゴのいがんでた男が腕力きちがい一派にハチャメチャにいじめられていた。知ってはいたけれども、そこにイラつくばかりでなんとかしようと動いたわけでない。ああ、嫌だ、死んでくれたら嬉しいな!と願っていたばかりで実際に殺すのは法などにも触れるし、受験で市内の公立に受かったので出来なかった。いま、そのブスの女の子はちゃんと食いっぱぐれのない鈑金工と結婚して幸せに暮らしているらしいし、アゴの男は県内の大学医学部にストレートできちんと収まった。卒業後の道筋は知らないが踏み外すこともないだろう。


いじめられていた経験、あるいはいじめていた経験を大人になってから喧伝している人がかなりいる。義家弘介、絵本作家のぶみが嫌いだ。宇梶も嫌いだ。暴力を振るった経験を肯定している。そんな時代もあったねと、で済まされる問題でない。お前が摘んできた芽に宿っていた生命を背負えている覚悟があるんであれば決して世に出て目立とうとなんてしないだろ。面の皮の厚さが世渡りの最重要項であれば生きづらい。いじめられていた経験で飯を食おうとしている人間もそうだ。こないだ買ったクイックジャパンにも、奥田愛基とコムアイが学校で疎外感を覚えてふらっとエスケープしましたという話題で盛り上がっていた。盛り上がるな。"それでもなお"学校に通っていた人間に対しての引け目、を背負っていてくれないか。と怒鳴ろうとしたがコムアイさんは慶應義塾大学を卒業されていたので、うん、ひとまず置いておきましょう。奥田愛基、筋肉質の男性に首投げされてくれ……。ネットの殺人予告も怖いだろうけども、マジで不意に現れた筋肉質に首投げされてくれ……


「克服」による説得力、伝播のスピードを今一度洗うべきだ。世に出たいためなら周りにいじめられろ、あるいはいじめた後に後悔をし反省をすればOK、というテンプレートを母子手帳の1ページ目に書きかねない。安易にウケすぎだ。いじめるのも、いじめられるのからも腕振って走って逃げてくれ。形だけの更生で安易に認められたやつがこんなにも受けいれられるのならば、それを見越して、そもそも世に認められるために人間に悪を働け、という教訓がまかり通る日が来かねない。何ごともなかった人の意見を聞くことが流行る日が来たらいいのに。



明日仕事場で女子更衣室の模様替えに駆りだされます。ロッカーの移動をします。女がやれよ。俺は関係ないだろ。
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posted by JET at 00:50| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする