2016年08月20日

爆乳と私/爆乳と死について

■爆乳と私


おっぱい。乳。乳房(「にゅうぼう」とも「ちぶさ」とも読める)ボイン(R.I.P 巨泉)。しょう太くん。爆乳。アナグラムでパイオツ。松坂の嫁。ロケット。ロジャークレメンス。スイカップ。山形県。ビッグユニット。ランディジョンソン。
爆乳という言い回しが一番面白い。爆(は)ぜる乳。爆乳の前では常に少年でありたい。朴訥でありたい。丸刈りでありたい。
武天老師様のように、鼻血を吹きながらもんどりを打ちたい。ぱふぱふ、という表現は天才だと思う。
XVIDEOS(エックスビデオズ)でサーチをするときはboobs、あるいはtitsなど。頭に「Japanese」とつけないと大変なことになる。


生涯を振り返って爆乳にまつわる私の発露は『こちら葛飾区亀有公園前派出所(通称・こち亀)』113巻の表紙である。秋本・カトリーヌ・麗子さんと麻里 愛(あさと あい)さんが非常に下品で扇情的なたたずまいで写っている。前と後ろのビニル製三角形が金属の環で結びつけられている。素足に直(じか)でホルスター。肩には旭日章、および合衆国警察のシンボルと思わしき刺青。作者の秋本治先生は日本のギャグ漫画の一線を走り続けており、ここまで過剰にデフォルメされた暴力・性表現も、おそらくは彼ならではの「おゲレツ・ユーモア」であって、週刊少年ジャンプの購読者層の深層心理を巧みに捉えるその手腕・辣腕・敏腕には目を見張るものがあるといえよう。誰が公務員の二の腕にタトゥー彫りますか。


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秋本先生のこうしたおゲレツ・ユーモアに心を奪われてしまったのが小学生だった私で、バカで下品で特殊で、キッチュで俗悪で汗っかきの性表現に興奮を覚えるようになってしまった。いうなれば、から揚げにマヨネーズをかけて温泉卵を割った丼をとんこつしょうゆラーメンとセットで850円、くらいのカロリーおよびパフォーマンスがないと性に満足できなくなってしまったのである。加えて、松山せいじ先生の『エイケン』に深く下っ腹をえぐられた。10台前半でありながらバスト100オーバーの春町 小萌(はるまち こもえ)さんがうどんの生地を踏んで、万有引力を一切放棄した軌道で片乳ずつ交互に暴れていた。この乳が揺れる演出のためだけにうどんというギミックを用意する松山先生にもっと敬意を払うべきだし、生卵を投げつけるべきだ。すっかり私は心を奪われてしまった。ただ、ストーリーはこれっっっっっっぽっちも覚えていない。


物理法則を無視した揺れ、でいうと、ゲームメーカー、テクモの3D格闘『DEAD OR ALIVE』シリーズが出だしたころで、爆乳を3Dで揺らすためだけに開発された演算シミュレータが組み込まれているという名目のもとで鼻水の止まらない我々選手一同が続々とフィールドに集まった。PS2で発売された続編や、XBOXでのビーチバレーはつべこべ言わずに乳が弾んでいさえすれば向かうところ敵なしという旗印を掲げており、威勢がよかった。気っ風がよかった。てやんでえ、こちとら乳揺らしておまんま食ってるんでい!だった。他メーカーでいうと、『ソウルキャリバー2』のタキしかり、古くは『キング・オブ・ファイターズ』の不知火舞しかり、DOAで言えばかすみ、あかねなど、私の性欲のお仏壇は「オンナ忍者」という職業についていらっしゃる方々からのお供えに預かっていることが多いようだ。くノ一稼業も気苦労が耐えないとお察しします。エッチであり続けるのも大変かと存じますが無理をしない範囲で、細々とでも良いので、お体に気をつけてお過ごしください。


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私は過ごした2000年代初頭はイエローキャブ、サンズなどに所属している爆乳グラビアアイドル全盛で、佐藤江梨子さん、小池栄子さん、MEGUMIさんら通称さとこいめぐさんを筆頭に、酒井若菜さん、川村ひかるさん、川村亜紀さん、内田さやかさん、かでなれおんさん、和希沙也さん、夏目理緒さんら未だにその活躍は留まるところを知らない方々が目白押しの黄金世代と言える。爆乳が彩った、爆乳に彩られた時代だった。
今ではどうなのかわからないが、テレビ東京で平日のド深夜2:30くらいからお下劣番組枠があった。古くはギルガメッシュナイトから続いている伝統なのだと思う。『水着少女』で「CMのあと、"おパイン"登場?」という煽りの後、明けでパイナップルがプリントされた水着の女が出てきた時には悔しくてブラウン管を殴り割って感電して死んでしまった。ゲームに負けたら「苦い牛乳を舌の上に垂らす」という罰を考えたテレビの人は今頃シベリアに送られているだろう。ぷっすまで素人の美人奥さんに声をかけてアドリブで料理させるコーナーに、この『水着少女』でも出てきた女が登場した時に私ははじめてメディアは嘘をつくと知った。
タイトルは覚えていないが、ガダルカナルタカらオフィス北野所属のタレントがパチンコを打つ映像と、コスプレをしている爆乳グラビアアイドルが交互に映るだけという、悲しみの果てのような番組もあった。そんなものに関わっている人間たちが各々ギャランティを得ていた事実を我々は風化してはならない。『文化の頽廃』という番組タイトルだったかもしれない。



エッチビデオも、漕げば漕ぐほど女性が快感を覚える機構が組み込まれている自転車でサイクリングをしたりだとか、教室を模したセット のそこかしこの壁や机に空いている穴から出たり入ったりするだとか、エロからというよりギャグから入っている、クラフトマンシップが必要のないのに滲み出ている作品を好ましく選んでいる。たぶんこういう作品は中高とまっとうに異性との交際関係を経た人間はまず笑ってしまって手が伸びない、食指の動かない分野だし、まっとうに歩んできた自覚を抱えつつこちらの方面に反応する人はおそらくすこし気が触れている。


ずるずると大人になった。さすがに冷酒と野沢菜、香の物などで1時間半ぐらいは斬りあえる剣術を学びはじめた。難しい。骨が折れる。けれどもこれは多少お金に余裕ができて、食事への選択肢が広まったことが大きいっていうのもある。相変わらずそこに往けばどんな夢も叶うという、シンプルにピンク色のネオンがきらめく、ロマン輝くどスケベアイランドへ向かう船便が出ない。ガンダーラ。グアダラハラ。風も動かない。


初めて女性の爆乳を見て、触って、楽しんじゃった、爆乳レクリエーションをしたのは23歳の春ごろだった。高円寺に住んでいた。高円寺駅周辺には金銭と引き換えに女性の体をある程度自由に出来る性風俗店が林立していて、学生時代にまったくメスないしメスガキとの交流がなかった自分はこうなったら経済のパワーで、お金と血液の循環とともにおちんちんを触ってもらおうと近場だった今は亡き「ageha」というピンサロに目星をつけた。日中でメルマガ割りが効いて4000円ぐらいだったと思う。お金さえ支払えば女性の体を40分弱意のままに操れるマグニートーになれる。


勢いをつけようとして、決行の日の昼下がりに大好きな『グラン・トリノ』を観た。安酒を入れながら観た。わんわん泣いてしまった。トランクス一丁で、トランクス一筋であぐらをかきながら観た。イーストウッド、指でピストルを作って中華系のチンピラどもを黙らせる威風。そんな虎の威を背中にしょって、人畜無害の一童貞がピンクサロンのドアを蹴飛ばした。正確に言うと、しばらく店の前をうろうろしたのちに「ハッ!出来る!俺は出来る!ハッ!」と市原隼人さんのような檄を己に叩き込んでよわよわとノブを捻った。


初めて爆乳を触った時は「アラッ、意外とさらさらっとしているのね」と思った。もっとしっとりとした、吸い付くようなフィット感、グリップ感を想像していた。先から私は性風俗店の冷房は弱めに設定してくださいと歎願しています。
その相手は青山テルマさんのようないわゆるジャパニーズレゲエフェイスで実直に好みではなかった。しかしベンチシートの上から頭皮のにおいを嗅いだ。興奮した。
秋本先生からおゲレツの芽を植え付けられて以来花の咲かないままで随分と長い間思春期がストップしてしまっており、性的嗜好、性的味覚が育たなかった。ピーマンは苦いまま。塩辛は海臭いだけ、うなじなんかいつでも見られるじゃないか。汚いものや鼻をつんざくものに興奮する。ああ、嫌だ。おお、嫌だ。目頭を押さえながら私は頭皮を嗅ぐ。


自分に乳があったならどうだっただろうと考える。しかも爆乳だったなら。
あの娘僕が爆乳だったらどんな顔するだろう。爆乳かつ、ロングシュートを決めたらどんな顔するだろう。まず走り回る。自分の意志が介在しない物体Xを両肩からぶら下げて真夏の渚に突進する。爆乳丸進水式。帽振れ帽振れ。
爆乳には蓄光性がある。真っ暗闇の中でどうしたら良いのか判らない時だってとにかく爆乳の光が射す方向を目指していれば迷う心配はない。爆乳灯台。爆乳澪標。われても末にあわんとぞ。


■爆乳と死について


「海は死にますか、山は死にますか」、まさしは歌った。その詞の中には爆乳は登場しない。爆乳は海や山と比肩しうる尊いものであるのに、まさしは爆乳について歌わなかった。


最近親しくしている、爆乳のRさんという方がいる。元キャバ嬢で歌舞伎町でチャンピオンになったこともあるRさんは、爆乳であるのにもかかわらず、気さくで、人生経験豊富でとても魅力的なのでおそらく近々天下を獲るだろう。
私からすれば無敵、戦車、ドイツ、ブロッケンのように感ぜられるが、Rさんは死にかけたことがある。長年同棲していた彼氏に破局を申し渡され、マンションの窓からガンバ!Fly high(アニメ版タイトルはガンバリスト!駿)をしたらしい。
私が観ていたのはアニメ版のガンバリスト!駿のほうだったので原作に該当するエピソードが収録されているかは定かでないが、体操部に入ったばかりの駿が陰険な先輩に「体育館のギャラリー的な場所から跳びおりろ」と指示される場面があったように記憶している。頑健な駿でさえひるむ。だのにRさんはそれ以上の高さから飛翔した。

Rさんは背骨を折る重症だった。しかし命は無事だった。無論、爆乳のご加護があったとみて差し支えないだろう。神は日曜日に休息をせず、爆乳を創りたもうた。乳よあれ。するとエデンはたちまち栄えた。
爆乳に宿る神性は、1房に1つとして、計2回まで生命の危険から身を護る。だからRさんはもう1回ガンバ!Fly highをしてもセーフで、暴走トラックの前に立ちはだかっても船が沈んでも青酸カリを飲まされても生き延びる。

神のご加護のみならず、科学的観点でも爆乳は危機に強い。衝撃が迫ったその瞬間に、爆乳からうすい膜のようなものが張られてインパクトをやわらげる。おぼれてしまう心配もなく、仰向けになればその浮力でただようことができるので、海流に乗ってカタクチイワシとともにチリ沖あたりで水揚げされて助かる。青酸カリや毒物が体内に入っても、爆乳の中にあるふくろ(赤いドクロのマークが描いてある)に蓄積されるから、その許容量を超えない限り、体中に毒がまわってしまうことは無いのである。以上のように、宗教的にも科学的にも爆乳は死を遠ざけるのだ。

しかも爆乳はやさしいから、人を傷つけることもない。強いものは暴力を振るわない。心の余裕が爆乳を生む。

爆乳にも「死」や「老い」はやってくるのだろうか。わたしは爆乳が老いていくところを見たことがない。高橋留美子先生の感性は衰えることを知らないし、朝丘雪路さんも未だ「1000円札以下の貨幣にお金という認識がなかった」エピソードに代表されるチャーミングさを失っていない。
「爆乳、ここに眠る」という墓標も見たことがないし、「爆乳院大姉」のような戒名だってない。
爆乳の死ぬ時は私の死ぬ時なのだろう。私の生きている間、爆乳は決して死なないのだ。過去も現在もずっとあるじゃないか。爆乳は。だからずっとある。


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posted by JET at 12:10| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする