2016年08月21日

『あの頃ペニー・レインと』の感想




この映画でいちばんださい奴は、ロックンロールバンドのボーカルが「I am a golden god!」と叫んでプールに飛び込んだあとからついついはしゃいじゃって追っかけてきた取り巻きだと思っている。


でも音楽やってる人の周りってそういう連中ばかりなんだろう。いろんなグラデーションのだささ=青さの人間を「それもアリ」と肯定してくれている。レッドツェッペリンの追っかけをやっている男子高校生は自分が弾くギターを聴いてくれるような友だちがいなさそうだし、顔がブスなんでバンドTシャツにピンボケでプリントされてしまったやつはボーカルに「てめぇは顔がいいじゃねえか」と解散宣言してて、ださい。そのボーカルだって、エッチな女の子とエッチがしてーという気持ちが半分、バンド売れてーがもう半分ぐらいでやっている。ちょっと心をひけらかせば、本音で語っている「ふう」をよそおえば、あと顔が良ければ、「私だけに心を開いてくれている!」とエッチな女の子はすぐに騙されてお薬をやってエッチをできてしまう。


主人公のウィリアム君は最初何も知らなかった。ださいお母さんに飛び級をさせられて、11才まで自分の年齢を知らされないほどに徹底的に母親の管理下で育てられた。姉ちゃんがズーイー・デシャネルでまじで可愛いんですが、その姉ちゃんが先に母親のもとから離れてスチュワーデスになった。こっそりベッドの下に隠していた姉ちゃんのレコードを聴いて、ウィリアム君は俺の生活、ださかったのかよ。と気づいた。


16歳で音楽誌の記者になる。これだって、ウィリアム君は気付いていないかもしれないけども、いやラストには気づいていたかもしれないが、母親に詰め込まれた教育のおかげで語彙や知識がついたから若い割にこなれた文章書けるようになった。大人も褒めそやす。母親の影響という網からは、どこまで行っても、ロックンロールのバンドに帯同してワゴンやバスに乗っけてもらってアメリカの反対側まで離れても逃げられない。


お母さんも良くて、旦那は事故で早くに亡くしているので女手ひとつで姉ちゃんと息子を育ててきたわけで、姉ちゃんに家出されたのも息子がロックにかぶれてバンドにくっついてるのも不安で寂しくてしょうがない。息子がお薬をやっていないかどうかモーテルに電話する。そういう行動を、「うるせえなババア」と敵意で描くのではなくて、このお母さんの行動も良い、あるいは善いだささとして扱っているんですね。家族3人仲直りして食卓を囲むシーンが好きです。


で、ケイト・ハドソン=ペニー・レインは、端的に言うとメチャクチャ可愛い。童顔の童貞と並べた時のバランスを取るために産まれてきたのかよ、というぐらいにみずみずしくて爆発的にえろくてゴイスーなんですね。
このウィリアム君はペニー・レインという本名も年齢もわからない女の子に当然の流れとして惚れます。でもペニー・レインはグルーピー、ロックンロールのバンドにくっついていってエッチな行為をしたり、お薬をしたり、次の日はエッチな行為をしてお薬をするような娘で、バンドのボーカルの彼女を気取っているのでウィリアム君をたぶらかすんですよ。
そのボーカルも、カードに負けたらあの女とビール交換な、と調子に乗ってやったら案の定負けて、ペニー・レインもそれを知ってしまって傷心する。しかもウィリアム君の口から。その気まずさ。泣きながら笑いながら「ビールの銘柄なんだった?」って聞くんですよ。ハイネケン、大衆ビールなんですけど。それはウィリアム君は言わない。心の推し量りが美しいし、午後三時くらい?の日差しの下で強がるペニー・レインがメチャクチャ可愛い。


この娘は拠り所を失った衝撃で自殺を図る。酒と睡眠薬のちゃんぽんで。ふらっふらになってるホテルの一室にウィリアム君が駆けつけて抱きしめて告白する。ほんとうに良い。ほんとうにマジで良いんですよ。
男は精神的にぐらついている女を目の当たりにしたら「守ってやらないと」が働くようにできているので、これは下心とかおちんちんとか、父性本能とかいろんな言葉で説明がつく。とはいえ映画の中だからこそ、そういう汚い打算を外せられるので、単純に美しいものとして捉えてもいい。俺はメンタルの健康が芳しくない女の人を好いたことがあって、いろいろ経てその人に命の脅迫をされるようになってしまった事件もあったんですが、そのうち時が来れば書きます。畜生が。


面倒くさい女の人には近寄ってはならないという標識が心に屹立してしまったのだけれども、そんな、まぬけで鼻水を垂らした自分の、「理想の着地」を決めてくれているこの映画は素晴らしくて、こうでなくては、ありがとう、という。悪いやつが出てこないのでいい。


ここからは少しばかし悪口になります。地下室 TIMESというホームページで、まあバンドに寄り添う女どもにケチをつけたり、提言めいたことを腕を振りながら述べている。これお金をもらっているのかな。この記事とか、この記事とか、下品を糾弾するつもりで書いているのだろうけども、俯瞰で物を見る目線がエラくて高尚だと決めつけないほうがよい。「飛び込める人」「ダイブをしている人」への尊敬の念、は何処かにあるべきなんじゃないか。どうも自分の「引け目」を見ないようにして人様をやっつけようとしている。どえらくひん曲がった志(こころざし)だ。だささを受け容れる土壌がない。それだけ真っ直ぐなんですか君たちは。嘘つくなよ。笑っちゃうぞ。エッチな女の子とエッチをしたいくせに。


いいだろうが。第三者目線って、実はださいよ。俺もださいんだよな。嫌だけど。どんくさい自分を受け入れる。必死。必至。ましてや邦楽のロックンロール・バンドが好もしいのだろうから。「自分だけは特別」じゃないよ。あなたはただのたまたまだから。お母さんの顔を思い出してください。お金ください。ジョーイ・ラモーンは「女の子にもてたいので、ラモーンズを作りました」と言った。その程度なんす。
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posted by JET at 22:40| 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする