2016年10月02日

失意そしてカラオケそして失意

■斜め前の席で働いている新人の女の子から「休みの日に"お茶"しませんか?」とLINEが来た。オンナ側から休みの日にコマを埋められるなんてマジかよ、とついつい浮かれて0つ返事でOKをした。京都のカフェをめぐりたいというので、そこ知らぬふりをしながら、前の彼女が行きたがっていたが結局行けなかった『嵯峨野湯』という、銭湯をリニューアルした嵯峨嵐山駅徒歩30秒のステキカフェを、「さも私が発見しました」というていで提案した。


■嵯峨野湯で俺がカレーとサラダ、女の子は季節限定で巨峰とキウイが散りばまってチアシードが小脇のポットに携わっているパンケーキを注文した。チアシードってなんですか。ない食べ物を提供しないで欲しい。15穀米。全穀物が入ったライスカレー、カフェーサイズでガバガバ片付けられるのだけれども、パンケーキが片付くスピードに合わせてライスの岸壁を削り削り微調整した。銭湯を改装、なんてあら、いいですね、とお風呂場のタイルとか脱衣所の鏡なんかがそのまま残っていてレトロおしゃれ、が過剰に炸裂していた。ここまでは試合運びは上出来と思う。近辺の古本屋にも寄って適当に岩波文庫を買って、文化的素養のアピールも忘れない。


■妙に、「最近ハマっていることはなんですか?」「服どこで買うんですか?」「メガネいつからかけてるんですか?」とパーソナルのやつを訊かれる。もしやさては俺に興味があるのか?いけまっせか?かましまっせなのか?と全能感が漲ってきたがそうではなく、俺が話題を振られない限り一切喋らず(本当は、喋ろうと思えば無限に喋られるのだけれども、中身をうすーくうすーくクレープの皮のごとくのばしてなぜているだけで、シャバシャバで中身の無さに自分で自分にふとうんざりしてトラックに身を投げてしまうのでやらない)、場がもたないことに気を遣っての配慮だった。ディズニーショップとか、オンナのオシャレのお店とかが視界に入るとその娘が「入っていいですか?」とお伺いをしてくる。ちなみにこの娘は関根麻里に似ていてご両親に大切に育てられた善の化身です。無論従う。この"オンナに振り回されている俺"、という構図の「父性」という上っ面で塗り固めたゴケミドロを早いところキムワイプでくるんで捨ててしまわねばならない。あくまで経験を是とするならば、これ即ち幸せにはつながらない感情だ。


■夜飯食べて、酒を飲んで、2軒目どうしようかで三条の水回りを歩いていた。「カラオケ、何歌いはるんですか?」と尋ねられたので、これはカラオケに入りたいという合図、暗黙のやつと合点し、じゃあ、カラオケいこうか、と主導権をひっさげた。有事の場合も考慮し、セブンで1万円おろした。「えっ、わたしうまくないんで」も謙遜、またまたまた、と勘違いし、ジャンカラの受付が案外並んでいるところで諦めて引き返せばよかった。飲み放題で90分3,000円弱のプラン「しかありません」と、そんなわけないのに、もうそれしかないのでさっさとてめえら宜しくお願いしますというぐらいの圧力でジャンボカラオケ広場の店員がそう申してくるので、「絶対単品のプランあるだろ」ともめようとしかけて半歩足が前に出たが、関根麻里の前でバトルをやりたくないし時間ももったいなかったので飲み込む。アルコールのボトルが一本付いてきますというサービスに憂慮無く鏡月を注文、ひとりで空けた。


■謙遜ではなく真剣に歌はそこまでというかカラオケ自体好きというわけでもなかったようで(下手でもなんでも持ち前の"父性"で熱せばなんでも食べられてしまうのだけれども)、つじあやのの『風になる』しか歌ってくれなかった。しきぬさんの歌ってるところがみたいです〜、一緒に歌いたいです〜、とスピッツのチェリーを2人で唱和した。もう行ってしまってもいいやつだろもはや、やんぬるかな、よっぴいてひやうど放つ、とばかりに閃光の如く距離をにじり詰めたらその分、にじり引かれた。なるほど。


■話はがらっと変わって申し訳ないけれども、学生のときに好きだった女の人と先々週、久々に2人で半日遊んだ。まあこれまた夜カラオケに行って、その人も異性関係でへまをこきがちで、「失恋ソング縛りにしよう。しようずw」となり『サボテンの花』『木綿のハンカチーフ』『あの素晴らしい愛をもう一度』『大きな玉ねぎの下で』などが飛び交った。その人がトイレに行っている間に真島昌利の『空席』を歌った。「アイスクリームは溶けたけれど 謎はついに解けなかった」の時に部屋に戻ってこられて「アイスクリームは溶けたけれど、謎はついに解けなかったんだね」といじられた。悔しいので真島昌利の空席についてなにか文章もいつか書いて屈辱を克服しなければいけないのだけれども、置いておいて、カラオケ屋飲み放題のウーロン茶が99%のウーロンハイを己のために2杯ずつ注文し、時間が来て個室の土間土間に移った。


■その人が「なんだか甘えたい、最近甘えたくて仕方がない」などと抜かしやがり、俺を掘りごたつの隣席に招きカバンからブランケットを取り出し被せてきた。おもむろに。なんだこれ、なめてんのか。だっふんだだろこれ、と勇み、軍艦マーチ、ひらけチューリップ、すすめパイレーツとばかりに懐に潜り込もうとしたらこれまたディフェンスをされた。カーテンが閉まった。要はキッスをしようとしたらキッスはあかんぜよとのことだった。ふうむ、と髪の毛の匂いだけを散々鼻腔に刷り込ませ、カードでおごった。何故ならば髪の毛の匂いを嗅がせて頂いたからだ。


■関根麻里の話に戻ります。解散してLINEで「最後のほうなんか発言がちぐはぐだったですけども大丈夫ですか?」と届いた。渾身のにじり寄りは「ちぐはぐなおじさん」どまりで済んで(済んだと思いたくて)、酔っ払ってこの程度の体たらくで住めばよしなしごとなので、素知らぬ顔をして月曜からまた勤労をすればいい。でもずっと「俺はなんなのでしょうか??」などとぶつぶつ呟いていた気もする。怖いですね。


■京阪で淀屋橋までたどり着くと御堂筋線が終了をしており、三井住友ビルのシャッター前でしばらくビバークをした。おまわりさんにもお声をかけていただいたが、「自分の意志なんで大丈夫す、自分の意志なんで!」と表明し事なきを得た。朝まで粘ろうかと思ったが小雨も振ってきて流石に冷えてきて、あと切なくなってきて立ち上がって歩き出した。地図アプリで家を調べると南へ向かって14kmとの表示、一瞬だな、と歩を進めたが新今宮あたりで心折れ、タクシーを拾ってようやく帰った。6,000円だった。有事の際の1万円がここで役に立った。常にうまくいくな。人生は。


■ミラン・クンデラという作家が好きで、『笑いと忘却の書』では「笑い」には「天使の笑い」と「悪魔の笑い」と2種類あり、牧歌的なおもしろがはびこったら終わりだから俺はそれに立ちはだかる、と標榜していて、げに全く大賛成で格好良くて、デビル・ギャグを認められない連中の墓にクソぶっかけて終いよ、と考えているのだが(中島みゆきちゃんの「君が笑ってくれるなら僕は悪にでもなる」まさしの「せめて笑顔が救うのなら 僕は道化師になれるよ」に通ずるものがあると思っている)、この人の作品で腑に落ちていないのは登場人物軽々しくセックスしすぎという部分。たぶんそんなにセックスはできない。そんなにセックスできないということに決まっている。日本では。外国は知らないけど。行ったことないから。セックスしても本書くのか。書く人もいるか。


■DAMチャンネルで朝井リョウの『何者』の劇場版予告編がやっていた。「就職活動に無事成功し、彼らは"何者"かになれるのか?!」とのこと。じゃかあしすぎる。就職活動をこなした果てに俺は何者かになっているか?「俺は朝井リョウ、ライバルなんだよ」と関根麻里に言ったら聞いてなかった。


■10月にコミティアがまたあるらしい。やりすぎだろ。先日頒布された『別冊ZOO』という、「動物」をテーマにインターネットのひょうきんものがこぞって寄稿した同人誌のサークルに呼ばれたくて仕方がない。動物も大好きだし、ひょうきんだから。でも数字を持っている人しかお声がかからないので、インターネット六等星の俺なんか丁稚もいいとこ、ビクトリーインターネットロードが果てしなすぎて参ってしまう。加えて昔、ZOOメンバーのひとりでスズコスケさんというインターネットひょうきんビクトリーに「いけすかないので死んでください」という旨で"凸"をしてしまい討ち死にをしたので、己でまた一縷の未来を打ち消してしまったので難しいが、まだ諦めてはいない。動物も大好きだし、ひょうきんだから。ハムスター飼ってました。
.
posted by しきぬ ふみょへ at 15:59| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする