2017年08月31日

『風立ちぬ』

風立ちぬ [DVD] -
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「生きねば」という言葉は堀越二郎の背負うことになった業だ。ピラミッドの聳える世界に飛行機を飛ばそうとした報いだ。美や数字への偏執により究極まで空気抵抗係数を削った零式戦闘機は屍をバラバラに吹き飛ばした。結核の伴侶に満足な治療も与えず、一瞬の愛を切り取る方を優先した。非情なるエゴの塊のこの男は然し、日本の航空産業を10年先に推し進めた。周りの人間を鋼鉄の翼で切り裂きながらである。ひと握りの天才の所業が大いなる成果をもたらすが多大なる犠牲を伴う場合、果たしてそれ即ち正義か否か、というテーマは常であるけれども、これに宮ア駿が正面から取り組んだ。自身が周囲との軋轢の耐えない人であるし、より鋭く、よりシンプルに、を追い求めれば求めるほどに、妥当なところに着地しようとさせられるぐらい苦しいことはないのだろう。


二郎は夢の中で、敬愛するカプローニ伯爵から「君はピラミッドのある世界とない世界、どちらが好きかね?」と問われる。答えは「僕は美しい飛行機を作りたいと思っています」だった。相手の意図を汲み取りながら1つ跳びの切り返しをする二郎に天才の狂気を見る。ピラミッドの幾何学性を愛し、サバの骨に航空力学的曲線美を感ずる男。思うに、彼は「極限までシンプルな世界」に憧れを抱いたのではなかろうか。


作中で二郎が挫折するシーンはほとんどない。仕事の面でも、上層部から設計課の主要ポストを割り当てられるまでそう時間はかかっていない。プライベートも美穂子となんの障害もなくすんなり、くっつく。「ご都合主義」の要素も多分に孕んでいる。ロマンチシズムを絵に描いたようだ。これが中途半端であれば「そんなことあります?」という要らぬケチもつけられてしまうのだけれども、主題として「美」を扱っている以上は、紙飛行機をペンションのテラスから飛ばし、風に舞い上がり上の階の美穂子がキャッチするなんて、一歩間違えればしゃらくさい。が、心の交流としての美しさを描く上でケチや野暮を差し挟める余地はない。


ともあれ、「ピラミッドのある世界、ない世界」「ご都合主義批判は野暮か否か」など、ああ言いたいこう考える、がどうしたって沸いて出る作品なんだけれども、ひとつ、冒頭の二郎の夢で巨大な複葉機が大空を駆っている場面で、「ああ、格好いいな」と感じられれば、通り道に湧く議論も副産物に過ぎないだろう。


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次の更新は、クセノポン『アナバシス 敵中横断6000キロ』について書きます。

posted by JET at 21:32| 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする