2014年09月07日

夜長姫と耳男 感想文

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俺は坂口安吾という小説家がかなり好きです。純文学、歴史モノ、推理小説、エッセイ、評論、扱っているジャンルは相当幅ひろく、とっかかりが難しい部分があって、ファンは多いんですが周りで出会ったことがありません。本、何読む?という話題になった時に、「安吾… あ、坂口安吾」と答え方として満点のきしょさを弾き出してしまって以降あまり自分から名前を出すこともないんですが、今回、数ある作品の中でも代表作のひとつとして挙げられることも多い「夜長姫と耳男」について思うことを書いていきます。

国の権力者が、自分の娘である夜長姫(よながひめ)を一生護ってくれるような、ありがたい仏様を彫ってほしい、と腕の立つ仏師3人を集め、競わせ、最も素晴らしい作品を作った職人がチャンピオン、という催しを考えました。その中の1人が、主人公の耳男(みみお)です。が、耳男は腕は立つとはいえまだ若く、師匠の推薦で出場した代打に過ぎません。当然周りからは「オイオイ大丈夫かよ」という声が浴びせられます。

"「一心不乱に、オレのイノチを打ち込んだ仕事をやりとげればそれでいいのだ。目玉がフシアナ同然の奴らのメガネにかなわなくとも、それがなんだ。オレが刻んだ仏像を道のホコラに安置して、その下に穴を掘って、土に埋もれて死ぬだけのことだ。」"

こう自分を鼓舞しますが、その後"正直なところ、自信はなかった"と、速攻で弱音を吐きます。この、耳男の

@オレは本気を出したら実際ヤバい
A実際ヤバいけどそこまで根拠は無い
B絶対ナメられたくない


という男だったら絶対ある、なかったらそいつはクソ。オカマ。健康志向。な価値観が魅力的な要素。
耳男は、作品の制作に取り掛かる前、初めて今回大会が催される発端となった夜長姫に謁見します。で、この夜長姫はバリバリ美しい。無邪気な笑顔の裏で何を考えているか判らない。耳男の長い耳を見て、「馬?」と何の悪びれる様子もなく感想を言うぐらい無邪気。耳男は彼女の目をじっと見つめますが、屈辱、ナメられたくない、いい作品を作る、といった気持ちがこんがらがり、何故か「走って外に出る」という行動を選択します。なんでだよ。でも、あれやこれやの感情が一気に襲いかかってきた時に「現実からの逃(とう)」というわけわからない行為に出る場合って誰にでもにあって、耳男がその時ゲームボーイをかばんに入れてきていたら逃げた先でゲームボーイをやっていたと思う。

大会の優勝賞品のひとつに、「遠い土地から連れてきた機織りの美人」がありました。この女と耳男とのバトル、もかなり面白い。女は「なんで下手すりゃこんな馬みたいな奴の女にならなくちゃいけないんだよ」と悲しみ、憎悪を抱き、対して耳男は「別に女目当てで来たわけじゃねえよふざけんな」をガンガン前に押し出すから余計に火に油で、恨みを買い女に片耳を切り落とされます。しかも、その後に女がその罪で死罪に決まり、首をはねる権利を与えられた耳男が

"虫ケラ同然のハタ織り女にヒダの耳男はてんでハナもひッかけやしねえや。東国の森に棲む虫ケラに耳をかまれただけと思えば腹も立たない道理じゃないか。"

いらんことを言います。腋汗をビショビショかきながら。いらんことを言ったので、「へえ、虫ケラに耳をかまれただけなんだ。なら別にいいよね?」ともう片方の耳まで切り落とされるハメになるのですが、ニコニコ笑いながらその命令を下したのが、夜長姫です。


夜長姫という女は、基本的にはワケが判りません。トチ狂ってます。同じ作者の『桜の森の満開の下』でもそうなんですけど、「女は何を考えてるか判らん。オレはどうすることも出来ない」という恋愛観が根底に流れていて、それでも尽くすことをやめられない悲しさ。

耳男は、今回、仏ではなく、化け物の像を彫ってやろうとします。「あのオンナマジでナメんなよ」そして「笑顔が忘れられない→恋愛感情」からです。勝つために自分を追い込もう、という発想にいたり、毎日毎日山の中から蛇を捕まえてきて、さばいて生き血を直飲みして死がいを天井に吊るしていきます。ここがかなり好きなんです。追い込み方が不器用すぎると思う。自分を逆境に追いやってそれを乗り越えた時に、やっと納得の行くものが出来る、という考え方。しかもその間ずっと脳裏にオンナの笑顔がちらついているわけです。ノミを振るって忘れようとしてもどうしようもない。

出来上がった作品を夜長姫が気に入り、耳男は勝利を収める。しばらくして、村には疫病が流行りだします。下々の人間はコロコロ死ぬ。その様子を楼閣から眺め、

"私の目に見える村の人々がみんなキリキリ舞いをして死んで欲しいわ。その次には私の目に見えない人たちも。畑の人も、野の人も、山の人も、森の人も、家の中の人も、みんな死んでほしいわ"

耳男は思いました。「こいつマジか。」と。私もあれやりたい、と耳男に蛇を大量に捕まえてこさせ、生き血を喜んで飲みだします。耳男がかつてオンナを見返してやろうとしてきた"追い込み"の為の行為を「村の人間がたくさん死ぬ」単なる願掛けとして模倣する。

"とてもオレの手に負えるヒメではないし、オレのノミもとうていヒメをつかむことはできないのだとオレはシミジミ思い知らずにはいられなかった。"


そして、ノミでの一撃を姫の胸に叩き込んでしまいます。コイツはもう殺さないとダメだと。

先の勝負で勝利を収めた耳男は、その時、本来のテーマであった仏様を制作していたのですが、一旦"認められた""満たされた"心境でつくられていくその像はつまらないものになっていました。今際の際に姫が残した言葉、

"「好きなものは咒(のろ)うか殺すか争うかしなければならないのよ。お前のミロクがダメなのもそのせいだし、お前のバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。いつも天井に蛇を吊るして、いま私を殺したように立派な仕事をして……」"


人間は幸せのため、満ち足りるために心血を注いでいるわけで、そこには「愛するべきものを手に入れる」が入ってくるはずです。一生追い込まれて蔑まれて這い続けられる奴なんかいません。やっとのことで一瞬の安寧が手に入った、と思ったら、「今のお前、イマイチだな」と槍で刺される。この作品は葛藤、投げかけに答えを出しているわけではなくて、坂口安吾も実際迷っていたと思う。狭間で反復横跳びを脚パンパンになりながら続けなければいけないのかもしれない。


やっぱりメチャクチャ彼女欲しいですね。
posted by JET at 10:31| ラスベガス ☀| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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