2016年02月18日

シーザーサラダに相対す

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大人数の飲み会前半で、誰が注文したのか、コースに組み込まれていたのか、ふと気が付くとテーブルに運ばれているシーザーサラダ。俺はこの料理があまり好きではない。一人暮らしで、コンビニで買ってくることもなければ、まかり間違ってもお店で売っている葉っぱを自宅でちぎってお皿の上に盛ることもない。子どもの頃を遡っても、部活から帰った晩、誕生日、はじめてシコる前、はじめてシコった後、どの食卓を思い出してみても登場しない。こいつに出会ったのは、大学受かって上京して、集団でどこか酒を飲むお店に初めて連れて行かれた時だった。終始恐縮していた。恐縮しきりだった。思い出の中にシーザーが活きてきたためしがない。


シーザーの気に入らない点は、まずそのものずばり味です。味の嫌いな食べ物を「味は嫌いだけど、でも良いな〜」と感じた経験は今のところありません。生野菜に温泉たまごは、合わないよ。レタスの青い味、シャキシャキのみずみずしさをとろみが殺す。青春を否定してかかってくる。あとクルトン。何がしたいんだ君は?皿の上に謎の立方体を散りばめるな。食感だけで「仕事してる面(ツラ)」を出してくるからなあいつ。渾然一体の逆の概念。で、プチトマトも居るじゃないですか。プチトマトも攻撃してやろうと銃を構えましたが、単純に僕がプチトマト氏個人が苦手であり、あくまで集団としてのシーザーの体制を批判する今回の趣旨と外れてきてしまう為、撃ちません。


シチュエーションというか、木製のボウル的なものに入ったシーザーとトングが、卓上に提供された瞬間の空気が嫌い過ぎる。シーザーなんかが出てくる飲み会が気の許せる関係で構成されているはずがないので、"下の立場"の人間が、"上の立場"の人間に葉っぱを取り分けてやらねばならない。上司と部下か、合コンなのか、モンスターハンターのオフ会なのか知らないが、トングを握った奴が、そのまま「気が利き、世の中に慣れている」という称号まで勝ち取ってしまうのが気に食わない。こっちはもう、髪整えたシーザーがこっちに歩いてきた時点で辛い気分で何も出来やしないのに。緑色の葉っぱを均等に配れたら偉い、ってそんなものは洞窟でやってくれ。


第一、酒の席に現れるくせに、アルコールのお供にならないってますますもって存在価値がわからない。薄いてろてろが胃に敷かれてるだけの、膜一枚隔てた真上からビールが流れ込んでくるのでまあ酔う。女性はお酒に酔う。男は調子が上がる。メートルが上がる。力こぶが出てくる。アパートに連れ込む。ロフトに上げる。そこまでは想像付いたんですけど、先へ進もうとしたら頭がボーッとしてきたので何も考えられませんでした。つまるところ、シーザーが君臨した時点でもう、ペニスの暗喩なのです。シーザーサラダ、あらため「ペニスまがい」です。気をつけてください。


シーザーサラダ。そしてポテト、から揚げ。奴らが揃った時点で、厳しく、不当に重力の負荷がかかった闘いが余儀なくされることは疑いないでしょう。しかしポテト、から揚げは、いわば犯罪の片棒を担がされているに過ぎない。もともと彼らは、大手ハンバーガーチェーン・マクドナルドがメニューに採用しているように、万人に愛される存在なのであるから。しかし、ペニスにそそのかれたが故に、或る一人の女性が強姦されてしまう負の連鎖に巻き込まれてしまったのです。悪の源を絶ちましょう。まずはビニールハウスに火を放ちましょう。


いや、しかし、この前レタスで豚肉などを巻き、ぽん酢をふって食べてみたら美味しかったな。迷うな。今日はやめるか
posted by バスケ女 at 22:58| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする