2016年02月26日

サマセット・モーム『月と六ペンス』



1919年 (英)


作家である主人公(一人称の僕=モーム本人)の目線で、ロンドン出身の「チャールズ・ストリックランド」の生涯をルポルタージュするていで書かれた話。ストリックランドという人物はゴーギャンを下敷きにしているが隅から隅まで人生を完コピしたわけでなく、1903年に死んでおり、没後、徐々に当時ウケかけていた孤高の人の生涯になぞらえた創作物です。

証券マンで、安定した収入を得、家庭を抱え、"幸"を体現する存在だった、"幸"ことストリックランドは、齢40を過ぎてからいきなり妻、子どもを捨てて、単身、パリに渡りました。もちろん家族・親族はそのあまりにも唐突で非常識な行為に対し、「絶対女に決まってる。今すぐに土下座したら許すから帰って来い」というメッセージを託そうと、物書き志望で、そんな前途のある若者を囲うのが好きだったストリックランド嫁のご指名で主人公がパリに飛びました。これはネタになるかもしれないという好奇心もあり、たどり着き、見つけだした目的のおじさんが、バーで語ったいきさつは、"「じゃあ、一体何のために奥さんを捨てたのです?」「絵が描きたいからだ」"と。


体裁や、モラルやタブーなどを一切かなぐり捨てて、「絵が描きてえ」一本で世俗をうっちゃってただキャンバスに向かい続ける40のジジイ。ただ、決して魅力的に、素晴らしいじゃないかと全面肯定姿勢で評していない。むしろ、徹底的に皮肉に書いている。主人公も創作で食っていこうとしてるように、人間の内面への邪推に余念がないので、ずっとイヤなヤツのまま、イヤなヤツの内面を分析している。


食うもの食わずに己の創作欲にしか一切興味のないストリックランドを、ダーク・ストリーヴという、通俗的であり、かつて過ごしたイタリアで見かけた微笑ましい光景、小さい幸せ見つけた!なぞをちまちま題材にして、とりあえずの評判を獲得して日銭を稼いでいる男が面倒を見る。ダーク・ストリーヴさんは、自分の作品を俯瞰で見る目線は持っていないのに、他人の創作物のどの部分をどのように評価すべきかという審美眼だけは備えている不器用なハゲで小太りのおじさん。

そのおじさんが溺愛しており、本人もその愛に応えているはずだった、料理好きで容姿端麗なダーク・ストリーヴ嫁が、夫のアトリエで作業しているぐずぐずなろくでなしのストリックランドに惚れてしまう。己が向かっている”絵”にしか一切の興味を示さない、「は?惚れるなら勝手に惚れとけば?でも性欲がやべぇときは抱くけどね」、という立ち位置のストリックランドへの恋が芽生えてしまい、恋が報われないと知るや、自殺する。


モームは、ストリックランドの嫁、ダーク・ストリーヴの嫁という、"幸"に向かって走るレール上の2人の女を奈落に突き落とす。


モームはゲイだったらしいが、とことん女に失望し尽くしていたが故に、じゃあ女なんてくだらねえから男に惚れよう、とならざるを得なかったとしたら?作中、女ってバカ過ぎるだろという苛烈な攻撃がちょくちょく出てくる。うむ、確かにそうだねと納得せざるを得ない勢いで書いてて無理矢理腑に落ちんかい、と鬼気迫るものを感じた。


"「女っていう奴は、何て馬鹿なんだ!愛だと。ふん。いつだって愛なんかぬかす。男が女を棄てるのは他の女への愛のため以外にないというのにだ」"


舞台はおおまかに辿ると、「ロンドン」→「パリ」、そしてストリックランド=ゴーギャンが晩年を暮らした「タヒチ」と移ります。段階ごとにストリックランドの生活が、唯物ではなく、おそらく求めていた環境に移っていく。半端ない色彩で満ち溢れたタヒチで、ご縁があり現地で嫁を娶り、しかし、ハンセン病に感染し、いよいよ周囲から肉体的にも差別される中、ボロ小屋の天井や壁に描き上げた最期の絵。現地の嫁、そこでこしらえたてめえのガキをこさえた嫁にすら、"あの女は俺をほっといてくれる。飯を作り、赤ん坊の世話をする。俺の命じた通りにする。俺が女に望むすべてを与えてくれるのだ"とのたまった人間の絵は、顔面の原型が病気でグズグズになってもなお、己に惚れていた現地の嫁が守った言伝てにより、火がつけられ、燃やされてしまいました。死体はヤシの木の下に埋められた。


語り部である私=モームは、タヒチに旅立つ以前で終わっときゃ前途が多望たる話で終わらせられたし(この引き際をあえて逃した理由に関しては作中で語られている)、なまじ引き伸ばしたとしても、ストリックランドの何もかも全部が詰まった小屋が燃え尽きて灰になったタイミングで終わっときゃスッと引けるのに、後日談まで用意してて、うわっ、性格悪っ、ていう気持ちで終わる小説でした。性格悪い人はぜひ読んでみてください。
posted by バスケ女 at 00:21| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする