2016年02月28日

ユタカくん

小学校1年から2年の途中まで、ユタカくんという色黒の少年と同じクラスだった話をします。ユタカくんは小学校に上がると同時に富山から引っ越してきた。富山弁というのは若干関西訛りが入っており、県境をまたいだ新潟県上越市のしょうがく1ねんせい達は彼の「ホンマ?」にけっこうビビっていた。


入学し、出席番号が一つ違いだったので席が前後になった。クルッとイスごと振り向き耳慣れない言葉でまくしたてるユタカくんに、生まれながらにして守りの体勢で生きようとしていた自分はかなり恐れおののいた。しかし、だんだんと、彼の服装のパターンが「紫地にティラノサウルスが雄叫びを上げているTシャツ」「赤白のボーダーシャツ」「土星の輪っかが"HELLO"という文字列になっているTシャツ」のローテーションであるという事実に気づいた頃にはすっかり仲良くなっていた。彼は上にお姉ちゃんが2人、下に弟が1人と平成の世にしてはまあまあなかなかの大所帯で暮らしていて、あまり着る・食べる・住むに恵まれているとは言えない環境のようだった。シーズンを通して半袖半パンで貫いていた。足が速かったのにモテていなかった。


通学路でふと、道路脇のアスファルトとブロック塀の境目に生えているヨモギを摘んでいるところを見かけた。「ヨモギ餅にしてもらうんや」と語っていた。横にかがんで、見よう見まねで収穫したヨモギを家に持ち帰ると、母から「そんな不衛生なもの食べられるわけがない」と棄てられてしまった。ユタカくんはヨモギ餅を作ってもらえたのだろうか?


近所の公園でフリーマーケットが開かれたことがあった。遊びに行ってみると、ユタカくんに出くわした。ビニールシートの上に並べられたスーパーファミコンの裸のカートリッジの前でうんうん唸っている。声をかけると、1本100円で所持金が百円玉一枚、どれを買おうか迷っているらしい。しかも彼はスーパーファミコン本体を持っていない。つまり、俺の家にソフトを持ち込んで機械と電気を拝借しようという魂胆なのである。つまりここでの選択は、俺の生活にも影響をもたらすわけだ。2人でしばらく考え、『ろくでなしBLUES』の対戦格闘ゲームをチョイスした。月刊コロコロコミックしか読んだことがないくせに、ヤンキーが暴力でのし上がることを良しとする週刊少年ジャンプ連載作品の対戦格闘ゲームを手に取った我々の価値観、振り返って分析するに、「顔の面白い人が写っているから」一点だったのではないだろうか。その日以降、下校するともう先回りしてうちにいるユタカくんがお菓子を振る舞われながらゲームで遊んでいる、という日々がしばらく続いた。どういうことだよ。もしいま会社の同僚が自分より先に自分ちでゲームしてたら殴るよ。
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ストーリーモードで、前田太尊を操作して、小便器の前に立たせるとおしっこをする、というのが面白かった。たぶん今やってもまだ面白い。


ある日、教室の中で育てていた野菜、たしか枝豆かなにかだった、日陰になるように床に置いてあったプランターに、休み時間はしゃいでいたユタカくんが転んでうっかり思い切り尻もちを着いてしまった。女からの糾弾の雨あられ。たまたまお前たちでなく、ユタカくんの尻だったというだけなのに。帰りの会で晒し者になり、担任からもお灸を据えられた。ティラノサウルスのTシャツを着ている人間があんなにもしょげることがあるのか。あの時新潟県でいちばん健康だったユタカくんは、次の日、またその次の日学校を休んだ。


担任は風邪という説明をしたが、どうしても彼が1℃2℃の体温の上昇で休むようなやわな男じゃないという気がしていた。冬の日本海から吹いてくる季節風に最小限の布きれをまとうのみで立ち向かっていくあいつが。なにやらわけがあると感じ、帰り道、ユタカ家を訪ねてみることにした。我が家と逆方向に歩いて行くのは初めてだったかもしれない。


ピンポンを押すと、ユタカくんの1つ上の姉が出てきた。両親は共働きだったので不在だった。もしここでお母さんが出てきたら、「ユタカは病気だから」という理由で門前払いをくらっていたかもしれなかったので、お姉ちゃんがすんなり通してくれたのはラッキーだった。自分の部屋はないので、ユタカくんは居間に座っていた。いつもより色黒だったような気もする。落ち込んでいるという表現も違くて、ハイ状態に入れっぱなしのギアがニュートラルに戻っている。ユタカくんに立ち会うときのはっけよいから変化を食らってしまった。具合悪い?と聞いてみると、「ちゃうねん。おれが学校行かんかったらな、みんなと逆やとおもうねん。おもろいとおもうねん」と言った。さして意味がうまく掴めなかった。しばらく2日間学校であった出来事を報告し、ユタカ家を後にした。家に帰り、前田太尊を小便器の前に立たせてみたりした。ユタカくんはその翌日、こないだまでのように学校でうるさかった。


みんなと逆やとおもうねん、おもろいとおもうねん、勉強はあまり得意ではなかったユタカくんが途中式を経ずに、集団にカウンターパンチを打とうとする心意気的なものがなんとなく、自分が世の中の通念と違った何かをやってみたくなった時によぎる。3年生に上がる前に転校してしまった。なんとなく思い出したのでもしブログを見つけたら教えてくれ。10月10日の体育の日生まれだった。足速くて。そこは裏切らんのかよ。



posted by JET at 21:05| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする