2016年04月16日

薙ぎ払っても

腕時計が止まってからどれだけの時間が経ったのだろう、と藪を掻き分けている。実際は1週間かそこらなの だが私は気付いていない。社会の空気を肺に入れなくなってからの最長なのは間違いなかった。二日酔いの朝も大学に通ったし就職してからも無論で、昔、イン フルエンザで席を空けていた三日間の茫々なこと、不安で不安で仕方なく、不安で不安で仕方のなさに押し潰され、駆りだされ、殆ど飲まず食わずのうちに出勤 した朝の、三日間席を外していた空虚の襲いかかり。藪を掻き分けながら、都会では見かけないサイズの蚊に盲滅法に血を吸われた。まあ、蚊に血液与えている うちはくれてやる、くらいだったんだけれども、流石にヒルが首筋に食いついていた時は驚いてしまい、いつにも増して気持ちも悪いし裏返ってるしの声を上げ てしまった。が、今は草藪の中に居ますので誰の耳にも届いていないのが不幸中の幸いだ。不幸中の不幸とも言える。


な んだか、なんだか、なんだか思考も吃るくらいいろいろと嫌になってとある日の朝、いつもとは反対側のホームから各駅停車に揺られ、わけのわからない秘境駅 で降り、湿気鬱陶しい、背広を畳んで駅舎の男子トイレに放置したままズンズンと道無き道を掻き分けていった。この野郎、と力を込めれば枝は折れるし、革靴 だし靴下は水吸うし、で嫌だね、グショグショだったが水たまりをあえて踏みつけている自分に、「お前、本当はパワーがあるんじゃん」と第三者視点で肩を叩 いている自分自身に励まされつつ、山の中心へ中心へと踏み進んだ。明日のことを考えんでもまあいいか。生まれて以来の前のめりだったかもしれない。


ど うしたって社会をどうにかしたって喉は渇く。こないだまでの1週間前はダイドードリンコのしゃべる自販機ぐらいしか労をねぎらってくれなかった。110円 玉を投入してねぎらいのあった日々が今となってはありがたい。"分け入っても分け入っても青い山"じゃねえわ、一句したためられる余裕があってよかったで すね。まさしく今現在、なんの手助けもないままになんだか知らない木々の間を行軍しており、私がそうしている間にだって、世間は右往左往東へ西へしてい る。東にも西にも進んだ手応えはあるが太陽の光が当たらないのはどういうわけだろう。どうせなら海の方にいけばよかった。手頃な木の根を枕に、タバコに火 をつける。家で寝タバコなんかして万が一の不始末で家族全員心中するのはおそろしいのに、森の仲間たちを一網打尽にするのは厭わないのか。ぼーっとする、 どうでもよくなる。仕事も家庭も置いてきてしまった。焦燥や罪悪が入り混じった真っ赤な感情は次第に土の気が混じり鮮やかさを失って、機械の体を持つのだ ぜ機械の体を持たなくてはいけないのだぜ俺は、と言い聞かせていた。社会だろうが草むらだろうが己を殺せば秩序が保たれる。どこに行ったってやることなん か一緒じゃないか。


川を見つけた。ワイシャツとズボン、トランクス、革靴、靴下、まったく同時に脱ぎ捨て、しばら く泳いだ。同僚連中は背中を丸め、こめかみの血管に血溜まりを作りながら無産労働に平伏させられているであろうまだ日のあるうちに泳ぐ清流の気持ちの良い こと、背徳、背泳ぎ、バタフライ、藪を掻き分ける、川、発見、飛び込む。気持ちいい。シンプルに生きていれば満たされるじゃないか、なんでこの年まで我慢 していたのだろうと悔やんだ。


彼には家庭があった。学生時代から交際していた。子どもができた。結婚した。安産だった。愛があった。護りましょう、愛しましょう、共に歩みましょう。

索敵、発見、銃構え、発砲、撃破、索敵、発見、銃構え。

←、→、↑、↓、←→、←→。

堰が決壊したように上から下へ流れ落ちてくる色とりどりの音符に合わせてパッドを叩き、あるいは踏み、成功した回数がスコアにつながり、数字として成果が出る。だからどうしたんだ。何も偉くなんかない。



次から次へ際限なく頭の上に落ちてくる音符に合わせてパッドを乱打している。それは労働のみならず家庭までそうだ。何十年先か明日か知らんがお迎えの時に「PERFECT」なら拍手喝采、「BAD」なら地獄へ。地獄は怖いのでパッドに集中、乱打乱踏する。休まる暇なんかない。やるしかない。筋肉質の白人女性が、「SAMURAI」に抱きかかえられてハッピーエンド…



posted by しきぬ ふみょへ at 23:04| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする