2016年09月03日

中島らも『今夜、すべてのバーで』



昔、インターネットの女の人に「なんかおすすめの本ありますか?」と訊かれた。コイツといえばこれぐらいしか話題も持ってねえだろうから社交辞令で餌をばら撒いておいたら勝手にパクパクやってるだろう、とうらぶれた観光地にいる群れたきったねー鯉のような扱いです。その女の人は恋愛をやっていて、「あなたには絶対行かない、あなただけには絶対行かないから勘違いだけはしないでほしい」と念入りにバリケードを張られたうえで日々のやり場のない思いを一方的にぶつけられていた。別に俺じゃなくても誰であってもよくて、いちサンドバッグとしていつでもぶん殴れる存在で都合がいいだけだったのは百も承知だったが、女の人の肉の声が聞ける機会もそうそうなかったのでしばしばお話に付き合っていた。

中島らもの『恋は底ぢから』が良いですよ、と返した。恋愛をやっている女の人に勧められうる本、という属性の作品をほぼ通っていなかったからぬか床に肩まで突っ込んでかき回してかき回して、やっとこさ手に触れた一冊だった。バシャバシャ水面をのたうち、この作品がいかにしてステキか、と胸びれをボロボロにしながら伝えんとしたと思う。甲斐がむなしい。一生読みもしないだろう。今その人は無事に恋愛をやりつづけそろそろ2年になる。応援しとりますよ。

中島らもを初めて認識したのは爆笑問題が日テレで夜中に眞鍋かをりとやっていた「爆笑問題のススメ」だったと思う。あんまり話もかみ合っていなかった。もごもごと口の中で、のどちんこが喉で詰まっているようで何言ってるかわからなかった。
「いいんだぜ」歌っていた。ああ、こういうんでもいいのか。ぐらいだった。「俺も許されていいんだ!」みたいな感慨はなく、☓☓☓でも☓☓☓でもないな。危ねー。ぐらいだった。

大学に入ってから、BOOKOFFぐらいしか行く場所がなかったのでよく105円のコーナーで赤茶けた中島らもの本を読むようになった。エッセイは読みやすかったけれども使い回しばかりだった。いいのか?いいのか。

小説『今夜、すべてのバーで』はアル中の闘病記で中島らも自身の体験に即して書かれている。「何かを埋めるために、酒を飲む」をするようになったら、危険信号だという。飲み会だ付き合いだと、酒がついてまわるような場所で入ってしまうアルコールと、「やることねーので酒でも飲みますか」の、ただ粘膜を蝕んで時間を吹っ飛ばすだけのアルコールは違う。主人公は仕事を辞めてから物書きとして独立して、タイムカードを切らなくなってから四六時中真っ昼間でも飲むようになり、書けもしないミステリーの原稿を頼まれ、焦燥にガソリンをぶっかけるが如く飲みまくりぶっ倒れて入院した。

眠られないから、とか、アイデアを捻出しなければならない、とか、手段としてのアルコールというのは危ない。気付けとして、万能薬として、エリクサーとして酒に手が出るようになる恐ろしさ。
俺もけっこう、飲む。というよりかは飲んでしまう。誰が読んでいるのだかわからないようなブログだけども、何か思いつかねーかな、と飲みながら書いてたら存外へべになってしまい、朝目覚めたら星野源がドラマで新垣結衣の相手役を務めることになったニュースに対するそねみ・そねみ・そねみが延々続いていて、 まったく記憶になくてゾッとしてしまい必死に火にくべた。「兇行」なんて、戦中の新聞か?というぐらい物騒で油っこくていかつい表現で塗り固めていたのでよく燃えた。

破滅していく自分をどうしても客観的に見てしまうのは中島らもの性分で、「知・プライド・ロマン」の壁に最後の最後のブラックアウトまで寄りかかっている。どこまでも第三者だから、真っ白いうんこがぷかぷか浮いていたとか、小便がコカコーラの色味だったとか、深刻な病状、肝臓が終わっていく過程もドライに書いている。

霊安室に隠れて消毒用アルコールを薄めて飲んでいる同類から「飲みたいんだろ?」と盃を向けられても、 あさましいな、こいつ。一緒にせんといてくれ。と、きっぱりとではないが有耶無耶にして拒否する。とかなんとかやりつつ、なんとはなしにふらっと病院を抜けて、商店街のそば屋でビールと日本酒を注文してしまう。しかも、「無意識に」「流れでふと、つい」とくだらない理由で。滑稽ではあるけれど、彼を笑ってやることは決して救いにはならない。でも、酒を飲んでしまうサイドの自分としては、心情がわかってしまう。飲まない人も各々の依存しがちなものに置き換えて読めばわかると思う。

個人事務所で雇っている、旧友の妹だけが容赦なく叱る。その女性のおかげで最終的には立ち直ったていで物語は終わるが、自分の意識、人生を矯正するために往復ビンタしてくれるような女性なんかそうそう都合よく存在しない。これはフィクションです。

この作品のラストは、退院した病院の正面にあるバーでミルクを飲みながら、その女性にステキな台詞を吐き、どつかれてイスから転げ落ちて終わる。その場だけに立ち会ったのであれば、つまり「フィクション」ではなく実際にその現場に立ち会ったとしたら「ちゃん、ちゃん」「トホホ」「お酒なんかもう、コリゴリでやんす〜!」だが、これは「お話」なのでスローモーションで頭を打つ直前、歯の抜けるぐらいに気取ってキザな独白が挿し挟まる。久々に読み返したが、ここは妙に鮮明に覚えていた。

らも、モテたんだろうな。カウンターに座ってた時の横顔格好良くて、博識だしウケるし。"今夜、紫煙にけむるすべてのバーで。"か。今からタバコ始めようかな。
posted by しきぬ ふみょへ at 20:40| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする