2016年09月16日

2015年8月15日

2015年8月15日の午前11時ごろ信越線の長岡駅で待ち合わせた。駅中のへぎそば屋で冷やそばをすすった。当時のらへん、俺は「女性から可愛いと思われたい」とカエルにまつわるグッズを集めていたので、彼女が、就活先の近くにあったららぽーとか何かに入っている雑貨屋で買ったというカエルがプレスリーの恰好をして人差し指を天に突き立てているふざけたフィギュアをくれた。そば食ってる時に人にものを渡すんじゃないよ、いや会ってすぐ渡しておかないと忘れちゃうかもしれないから、ガハハ。っつって。ガハハ。っついました。

長岡駅発のバスに乗って、爺さんちの最寄りの停留所である出雲崎・良寛堂前まで1時間ぐらい。快晴。爺さんが「車で迎えに行ってやろうか」と気を遣ってくれたのだけれどもやもめの86才、家に招かれるだけでも無理を言っているのにこれ以上面倒を見てもらうわけにもいかないのでバスから降りて15分ぐらい歩く。日差しがかなりキツいだろうから帽子をかぶってきてくれ、と事前に頼んで正解だった。と当時は思っていた。15分も歩かすな女に。

着いた。孫が若い女を家に連れてきた、といきおいいさんでお茶と、良寛さまが焼印してある煎餅をずずいと出し、出雲崎の歴史、北前船、このへんは幕府直轄の天領だった、良寛さまが、日蓮上人がとやにわに講釈がはじまる。彼女はふんふん聞いていた。「出雲崎町船まつり 汐風ドリー夢カーニバル」のパンフレットをめくっている。花火があるから連れてきた。防波堤から打ち上がる。規模は大したことはないが、夜の海面に映る花火は風情があってかなりいいんです。そんなん見せたろけ、喜んでもらったろけ、と爺さんの話も半分に夜のことばかり考えていた。

夕まぐれのころに車でやってきた両親が合流した。爺さんと同じく、息子の連れてきた若い女なんかに会うなんてしゃちほこばった行事が初めてだったもので、そそくさと上がりこむと座布団もしかずに畳の上に正座した。居合わせている人間みながどうしていいものやらわからないシチュエーションで本来俺がまず仕切らねばならぬのに硬直し、彼女の紹介すら忘れていた。早い夕飯が始まり、爺さんが予約してくれていた、法事の席で食べるような仕出しのオードブル、海老のから揚げ、焼き鳥、きくらげの中華サラダなんかが入った円形の盆とおにぎりとビールを囲む。

彼女の友達が、地銀や信託関係を狙っているので何かアドバイスしてほしい、と銀行員の父親に話題を振った。父親も膝をさするばかりで当を得たアドバイスができない。彼女のコップが空いたそばからビールを注ぐ。そんなに飲ませなさんなやと母親が制す。ノンアル買ってくりゃよかった、ノンアル買ってくりゃよかった、ばかり言っていた。このあたりのテンパり方は血統だとしかいいようがない。「何か趣味はあるんですか?」に「趣味…?ラーメン屋巡り…?」と、ハッタリでもいいからもうちょっと上品な回答をしてくれ。

飯を食べ終え、2人で汐風ドリー夢カーニバルを覗きに行った。「毎年」演歌のジェロが来ている。「海雪」は歌い終わった後で、新曲「ぽろぽろ」の途中だった。ジェロのファンクラブ会員と思わしき妙齢の女性たちが多い。「jero」の「 j 」の上についている丸ポチがトレードマークのハットになっている。晩に泊まったホテルのロビーでも出くわして無意識にスッと身を隠してしまった。なんだか怖かったので。

コンサートが終わり、爺さんの家に戻りしばらく休憩する。今日のために SUPER SPORTS XEBIO でひっつかんできた投げ売りのビーサンと、阪急梅田のマザーズガーデンで買ったしろたんのレジャーシートを用意した。女が好んでいるという理由でそのキャラクターのレジャーシートを買うようなメス野郎です俺は。死んでいないだけましだ。彼女も100均で買ったビーサンを持ってきていた。

爺さんの家から海までほんの100mもなく、サンダルをつっかけた勢いで海に足首まで入った。足についた砂を流す水場が見当たらなかったので、自販機で500mlのいろはすを買って少しずつお互いの足にかけた。

「夕凪の橋」という出雲崎町観光課の方々が会議を重ねて命名したんだろう、日本海に向かって真っ直ぐ伸びるただロマンチックなだけで成立している橋があり、近くの道の駅で売っている錠前を欄干に施錠すると恋人同士一生うまいこと行き続けますよ、出雲崎町が保証致します。と具合の良いシステムになっている。そのシステムに倣った男女が結んでいった南京錠のジャラジャラを2人で眺めていたら、いよいよ花火がもうすぐ始まるんでガラの悪い連中も増えてきた。居づらくなったので防波堤まで移動し、シートを敷いて一発目が打ち上がるのを待つ。

「夜空を彩る大輪の花。豪華ヴェスビアス大スターマイン。準備はよろしいでしょうか?」遠くのテントからアナウンスが聞こえる。尺玉のスケールは、長岡花火とか有名どこと比べたら大したことはなくて、一尺玉=10号が一番でかい。真下で眺めるとそれでもだいぶ迫力がある。10号はやっぱり腹に響くね、などと愚にもつかないコメントを差し挟む。のっけから終わりまで飽きもせず、 花火大会を見届けるのは初めてだった。横でシートを広げていた家族の中の男の子が、われわれを指差して「あ、男と女じゃん!!」と言い得て妙の寸鉄を突き刺した。「未就学児ならではのあどけない目線でお惚気をくさされる」天使のユーモアのど真ん中。わたくし紆余と曲折ございましたが、このままようやっと軌道に乗って、人生ゲームで8,9,10をコンスタントに出し続け、ゴールして大団円、ぐらいの道筋を頭の中でなぞっていた。

クライマックスのナイアガラの花火は、子どもの頃と変わらず、あらかた煙幕に包まれて様子がわからない。ぽつぽつ、人が散る。爺さん家まで戻ると、タクシーを用意してくれていた。長岡駅最寄りのホテル「法華クラブ」に宿をとっている。彼女の見ていない隙を見計らい、「お前、絶対逃すなよ」のタクシー代一万円を母親から握らされた。当たり前だろ。そんなわけあるか。一族の威信を背に受け、40分ほど揺られて法華クラブにチェックインした。
俺がキャリーバッグに持参してきた、スーパーファミコン本体。彼女はいたスト2のソフトを持ってきていた。スーファミやろうぜ、と約束していた。こんなもの楽しいに決まっている。

ゲームの最中、証券取引所の妙にベースラインのはっきりしたBGMを聴きながら、酔っ払ってベッドの上でふざけてリズムに乗って体を揺らしていたら、コントローラーを持つ手から本体に衝撃が伝わってしまったのかバグって止まってしまった。謝罪。モニター横にとりあえず置いた、近くのコンビニで買った飲みさしのクリアアサヒを、空けなきゃ、と流し込んでいると、2015年8月15日の記憶が遠のいていった。
posted by しきぬ ふみょへ at 00:10| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする