2016年08月22日

みんなの青春、受け止めます!しきぬ ふみょへのお悩み相談室

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こんにちは。しきぬ ふみょへです。
高校のころは勉強をして、大学に入ることが出来ました。就職をしています。自信あります。よろしく。


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高校に入ってから吹奏楽部に入部しました。学期中は週7日で練習があり、塾は土曜日だけ通っていますが、夏休みの講習はほぼ毎日あるので1日の練習時間が減ってしまいます。

もともとやっていた年数が少ないからというのもあるのですが、楽器が上手にならず、パートリーダーなのに下手くそなままなのが悩みです。

これからもっと勉強と部活の両立は難しくなってくると思うし、音楽はあくまでも部活動としてやっていることで、将来の職業にはなりません。

そんな自分が「今、音楽に打ち込んでいる理由ってなんなのかな?」って時々冷静になって考えてしまいます。私はどうすればいいのでしょうか。
(高校2年、女子)
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最近俺は純粋に高校2年生の女子高生にお金をあげる方法ばかり考えている。決して買春目的とかじゃなくてね。俺みたいな人間が吹けば飛ぶような小金をさも後生のように抱えていてもしょうがないし、かといって募金もなんか使い道や金の流れが不透明な気がして癪なので、街角の女子高生にいきなり声をかけて茶封筒に入れた5万円を渡したいんだ。
出来ればどういう名目で使ったかを茶封筒の裏側に書いてある電話番号にかけて報告してほしい。でも親にあげたとか、貯金したとか、そういうのじゃつまらないから、何か必ず物品を買うか、あるいは旅行に出かけるなどアクションを起こしてほしいんだ。その話を電話で5分だけしよう。もちろんそれでおしまいだ。でもまたお金が欲しくなったらいつでも相談に乗るからね。


高校2年生の女子、とこうして法の目をかいくぐって公的にやり取り出来ている時点でマイナビさんには感謝をしています。マイナビさん最高!めちゃくちゃいいんだよな〜マイナビ。いろんな業界の会社を紹介してくれるし。あんな会社やこんな職業も!?マイナビ!マイナビ!!!やった〜〜!!!!これは04年アジアカップ決勝のセルジオ越後さんのまねです。


楽器なんかやっていたら楽器やってる奴としか仲良くなれませんからね。このコーナーのノベルティは5万3千円の入った茶封筒にします。さんま御殿に送るよりこっちのほうがよっぽど倍率低いですよ。5万3千円であったけぇ煮込みでも食べてください。


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僕はクソみてーにサラリーマンをしながらTwitterの面白ツイートでファンを獲得していないしきぬ ふみょへさんのようではなく、自分の好きなことを発信できる人になりたいと思っています。
僕自身もTwitterをやっていますが、親や先生にバレないように鍵アカウントでもっぱら見るだけになってしまっています。自分からも能動的に発信できるようになりたいのですが、特定されたり、晒されたりするのが怖いです。

そういったリスクを超えて、自分の好きなことを人におすすめする時のコツや、その情報発信力を自分の生活や進路選択に活かす方法はありますか?

(高校1年、男子)
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インターネット大喜利をやるのがいいね。インターネット大喜利は匿名でできるから安全だし、おもしろギャグを言ってみんなを笑わせちゃえるんだ。でもこれだけは肝に銘じてほしい。お金を1円ももらえないこと。結果を残しても誰にも褒めてもらえないこと。女にもてないこと。意味ないこと。時間取られること。


自分から能動的に発信をしようなんておこがましい考えはよしたほうがいいよ。どうせウケないんだから。万が一へんにウケちゃって声だけででかくなると、自分が間違っているはずなんかないんだ、人の意見なんか耳を貸す必要なんかないんだ、と人間は増長してしまうから、山に登るなどをして新鮮な空気を吸って、己の小ささ、そして大自然のスケールの両方をバランスよく頭に入れておくようにしないとね。


未来に夢なんか見ないで現実を見よう。納税をしよう。あと、日商簿記や社労士など、若くて時間のあるうちに、きちんと社会に役立って、くいっぱぐれのない資格の勉強をするのもいいね。そう、就職に有利な。マイナビ最高!めちゃくちゃいいんだよな〜マイナビ。マイナビとお肉、同じぐらい大好き!!!マイナビ!!お肉、マイナビマイナビお肉!!白ごはん、マイナビ、お肉!!!
え〜、5万3千円差し上げます。


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僕は友達とバンドを組んでいます。友達と一緒に演奏をするうちに、このまま音楽に携わる仕事をしたいと思うようになりました。しかし、親は賛成してくれず、「勉強しろ」とうるさいです。

確かに音楽を仕事にするのは難しいとは感じています。僕には何かしらのコンテストで入賞した経験やWebにアップした音源が話題に、といったこともないため、自分の実力がどこまで通用するのかもわかりません。

ただ、とにかく音楽に関わる仕事をしたい、という熱意は誰にも負けないと思っています。そこで音楽に詳しくない、きしょカスあぶらゴキゴキ眼鏡に質問なのですが、音楽に関わる仕事の具体例、そして近づくための進路を聞きたいです。

(高校2年、男子)
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体を鍛えよう。体を鍛えるとメリットがたくさんある。女にもてるし、自信もつく。口うるさい親だってひねりつぶせるしね。健全な精神は健全な肉体に宿るし、夏を制するものだけが恋を制するんだからもう覚悟を決めよう。体幹が安定してくるにつれて、音楽なんてくだらない、軟派で野蛮で破廉恥なものに頼る必要がなくなるわけだね。
きみは截拳道(ジークンドー)を知っているかな?香港のアクションスター、ブルースリーが始祖の格闘流派なんだけど、彼は"拳"より"思想"に重きを置いていたんだ。東洋哲学なんかに傾倒したらしく、宮本武蔵の五輪書から引っ張ってきた「水の心」を己の考え方に染み込ませている。水はペットボトルに入ったらペットボトルの形に、コップに入ればコップ、せせらぐことも岩を打ち砕くことも自由自在だ。ブルースリーは「Be water my friends!」という言葉を遺してくれた。男なら極限まで頭脳と肉体を磨き上げたいよね。


ただしどうしても音楽をやりたいというのなら、君はMANOWAR(マノウォー)を目指しなさい。高校2年のうちからMANOWAR(マノウォー)をめざした日本人なんて未だかつていないだろうから、今からなら君も伝説、獅子王になれるかもしれないよ。え〜、5万3千円差し上げます。


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posted by しきぬ ふみょへ at 00:33| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月20日

爆乳と私/爆乳と死について

■爆乳と私


おっぱい。乳。乳房(「にゅうぼう」とも「ちぶさ」とも読める)ボイン(R.I.P 巨泉)。しょう太くん。爆乳。アナグラムでパイオツ。松坂の嫁。ロケット。ロジャークレメンス。スイカップ。山形県。ビッグユニット。ランディジョンソン。
爆乳という言い回しが一番面白い。爆(は)ぜる乳。爆乳の前では常に少年でありたい。朴訥でありたい。丸刈りでありたい。
武天老師様のように、鼻血を吹きながらもんどりを打ちたい。ぱふぱふ、という表現は天才だと思う。
XVIDEOS(エックスビデオズ)でサーチをするときはboobs、あるいはtitsなど。頭に「Japanese」とつけないと大変なことになる。


生涯を振り返って爆乳にまつわる私の発露は『こちら葛飾区亀有公園前派出所(通称・こち亀)』113巻の表紙である。秋本・カトリーヌ・麗子さんと麻里 愛(あさと あい)さんが非常に下品で扇情的なたたずまいで写っている。前と後ろのビニル製三角形が金属の環で結びつけられている。素足に直(じか)でホルスター。肩には旭日章、および合衆国警察のシンボルと思わしき刺青。作者の秋本治先生は日本のギャグ漫画の一線を走り続けており、ここまで過剰にデフォルメされた暴力・性表現も、おそらくは彼ならではの「おゲレツ・ユーモア」であって、週刊少年ジャンプの購読者層の深層心理を巧みに捉えるその手腕・辣腕・敏腕には目を見張るものがあるといえよう。誰が公務員の二の腕にタトゥー彫りますか。


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秋本先生のこうしたおゲレツ・ユーモアに心を奪われてしまったのが小学生だった私で、バカで下品で特殊で、キッチュで俗悪で汗っかきの性表現に興奮を覚えるようになってしまった。いうなれば、から揚げにマヨネーズをかけて温泉卵を割った丼をとんこつしょうゆラーメンとセットで850円、くらいのカロリーおよびパフォーマンスがないと性に満足できなくなってしまったのである。加えて、松山せいじ先生の『エイケン』に深く下っ腹をえぐられた。10台前半でありながらバスト100オーバーの春町 小萌(はるまち こもえ)さんがうどんの生地を踏んで、万有引力を一切放棄した軌道で片乳ずつ交互に暴れていた。この乳が揺れる演出のためだけにうどんというギミックを用意する松山先生にもっと敬意を払うべきだし、生卵を投げつけるべきだ。すっかり私は心を奪われてしまった。ただ、ストーリーはこれっっっっっっぽっちも覚えていない。


物理法則を無視した揺れ、でいうと、ゲームメーカー、テクモの3D格闘『DEAD OR ALIVE』シリーズが出だしたころで、爆乳を3Dで揺らすためだけに開発された演算シミュレータが組み込まれているという名目のもとで鼻水の止まらない我々選手一同が続々とフィールドに集まった。PS2で発売された続編や、XBOXでのビーチバレーはつべこべ言わずに乳が弾んでいさえすれば向かうところ敵なしという旗印を掲げており、威勢がよかった。気っ風がよかった。てやんでえ、こちとら乳揺らしておまんま食ってるんでい!だった。他メーカーでいうと、『ソウルキャリバー2』のタキしかり、古くは『キング・オブ・ファイターズ』の不知火舞しかり、DOAで言えばかすみ、あかねなど、私の性欲のお仏壇は「オンナ忍者」という職業についていらっしゃる方々からのお供えに預かっていることが多いようだ。くノ一稼業も気苦労が耐えないとお察しします。エッチであり続けるのも大変かと存じますが無理をしない範囲で、細々とでも良いので、お体に気をつけてお過ごしください。


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私は過ごした2000年代初頭はイエローキャブ、サンズなどに所属している爆乳グラビアアイドル全盛で、佐藤江梨子さん、小池栄子さん、MEGUMIさんら通称さとこいめぐさんを筆頭に、酒井若菜さん、川村ひかるさん、川村亜紀さん、内田さやかさん、かでなれおんさん、和希沙也さん、夏目理緒さんら未だにその活躍は留まるところを知らない方々が目白押しの黄金世代と言える。爆乳が彩った、爆乳に彩られた時代だった。
今ではどうなのかわからないが、テレビ東京で平日のド深夜2:30くらいからお下劣番組枠があった。古くはギルガメッシュナイトから続いている伝統なのだと思う。『水着少女』で「CMのあと、"おパイン"登場?」という煽りの後、明けでパイナップルがプリントされた水着の女が出てきた時には悔しくてブラウン管を殴り割って感電して死んでしまった。ゲームに負けたら「苦い牛乳を舌の上に垂らす」という罰を考えたテレビの人は今頃シベリアに送られているだろう。ぷっすまで素人の美人奥さんに声をかけてアドリブで料理させるコーナーに、この『水着少女』でも出てきた女が登場した時に私ははじめてメディアは嘘をつくと知った。
タイトルは覚えていないが、ガダルカナルタカらオフィス北野所属のタレントがパチンコを打つ映像と、コスプレをしている爆乳グラビアアイドルが交互に映るだけという、悲しみの果てのような番組もあった。そんなものに関わっている人間たちが各々ギャランティを得ていた事実を我々は風化してはならない。『文化の頽廃』という番組タイトルだったかもしれない。



エッチビデオも、漕げば漕ぐほど女性が快感を覚える機構が組み込まれている自転車でサイクリングをしたりだとか、教室を模したセット のそこかしこの壁や机に空いている穴から出たり入ったりするだとか、エロからというよりギャグから入っている、クラフトマンシップが必要のないのに滲み出ている作品を好ましく選んでいる。たぶんこういう作品は中高とまっとうに異性との交際関係を経た人間はまず笑ってしまって手が伸びない、食指の動かない分野だし、まっとうに歩んできた自覚を抱えつつこちらの方面に反応する人はおそらくすこし気が触れている。


ずるずると大人になった。さすがに冷酒と野沢菜、香の物などで1時間半ぐらいは斬りあえる剣術を学びはじめた。難しい。骨が折れる。けれどもこれは多少お金に余裕ができて、食事への選択肢が広まったことが大きいっていうのもある。相変わらずそこに往けばどんな夢も叶うという、シンプルにピンク色のネオンがきらめく、ロマン輝くどスケベアイランドへ向かう船便が出ない。ガンダーラ。グアダラハラ。風も動かない。


初めて女性の爆乳を見て、触って、楽しんじゃった、爆乳レクリエーションをしたのは23歳の春ごろだった。高円寺に住んでいた。高円寺駅周辺には金銭と引き換えに女性の体をある程度自由に出来る性風俗店が林立していて、学生時代にまったくメスないしメスガキとの交流がなかった自分はこうなったら経済のパワーで、お金と血液の循環とともにおちんちんを触ってもらおうと近場だった今は亡き「ageha」というピンサロに目星をつけた。日中でメルマガ割りが効いて4000円ぐらいだったと思う。お金さえ支払えば女性の体を40分弱意のままに操れるマグニートーになれる。


勢いをつけようとして、決行の日の昼下がりに大好きな『グラン・トリノ』を観た。安酒を入れながら観た。わんわん泣いてしまった。トランクス一丁で、トランクス一筋であぐらをかきながら観た。イーストウッド、指でピストルを作って中華系のチンピラどもを黙らせる威風。そんな虎の威を背中にしょって、人畜無害の一童貞がピンクサロンのドアを蹴飛ばした。正確に言うと、しばらく店の前をうろうろしたのちに「ハッ!出来る!俺は出来る!ハッ!」と市原隼人さんのような檄を己に叩き込んでよわよわとノブを捻った。


初めて爆乳を触った時は「アラッ、意外とさらさらっとしているのね」と思った。もっとしっとりとした、吸い付くようなフィット感、グリップ感を想像していた。先から私は性風俗店の冷房は弱めに設定してくださいと歎願しています。
その相手は青山テルマさんのようないわゆるジャパニーズレゲエフェイスで実直に好みではなかった。しかしベンチシートの上から頭皮のにおいを嗅いだ。興奮した。
秋本先生からおゲレツの芽を植え付けられて以来花の咲かないままで随分と長い間思春期がストップしてしまっており、性的嗜好、性的味覚が育たなかった。ピーマンは苦いまま。塩辛は海臭いだけ、うなじなんかいつでも見られるじゃないか。汚いものや鼻をつんざくものに興奮する。ああ、嫌だ。おお、嫌だ。目頭を押さえながら私は頭皮を嗅ぐ。


自分に乳があったならどうだっただろうと考える。しかも爆乳だったなら。
あの娘僕が爆乳だったらどんな顔するだろう。爆乳かつ、ロングシュートを決めたらどんな顔するだろう。まず走り回る。自分の意志が介在しない物体Xを両肩からぶら下げて真夏の渚に突進する。爆乳丸進水式。帽振れ帽振れ。
爆乳には蓄光性がある。真っ暗闇の中でどうしたら良いのか判らない時だってとにかく爆乳の光が射す方向を目指していれば迷う心配はない。爆乳灯台。爆乳澪標。われても末にあわんとぞ。


■爆乳と死について


「海は死にますか、山は死にますか」、まさしは歌った。その詞の中には爆乳は登場しない。爆乳は海や山と比肩しうる尊いものであるのに、まさしは爆乳について歌わなかった。


最近親しくしている、爆乳のRさんという方がいる。元キャバ嬢で歌舞伎町でチャンピオンになったこともあるRさんは、爆乳であるのにもかかわらず、気さくで、人生経験豊富でとても魅力的なのでおそらく近々天下を獲るだろう。
私からすれば無敵、戦車、ドイツ、ブロッケンのように感ぜられるが、Rさんは死にかけたことがある。長年同棲していた彼氏に破局を申し渡され、マンションの窓からガンバ!Fly high(アニメ版タイトルはガンバリスト!駿)をしたらしい。
私が観ていたのはアニメ版のガンバリスト!駿のほうだったので原作に該当するエピソードが収録されているかは定かでないが、体操部に入ったばかりの駿が陰険な先輩に「体育館のギャラリー的な場所から跳びおりろ」と指示される場面があったように記憶している。頑健な駿でさえひるむ。だのにRさんはそれ以上の高さから飛翔した。

Rさんは背骨を折る重症だった。しかし命は無事だった。無論、爆乳のご加護があったとみて差し支えないだろう。神は日曜日に休息をせず、爆乳を創りたもうた。乳よあれ。するとエデンはたちまち栄えた。
爆乳に宿る神性は、1房に1つとして、計2回まで生命の危険から身を護る。だからRさんはもう1回ガンバ!Fly highをしてもセーフで、暴走トラックの前に立ちはだかっても船が沈んでも青酸カリを飲まされても生き延びる。

神のご加護のみならず、科学的観点でも爆乳は危機に強い。衝撃が迫ったその瞬間に、爆乳からうすい膜のようなものが張られてインパクトをやわらげる。おぼれてしまう心配もなく、仰向けになればその浮力でただようことができるので、海流に乗ってカタクチイワシとともにチリ沖あたりで水揚げされて助かる。青酸カリや毒物が体内に入っても、爆乳の中にあるふくろ(赤いドクロのマークが描いてある)に蓄積されるから、その許容量を超えない限り、体中に毒がまわってしまうことは無いのである。以上のように、宗教的にも科学的にも爆乳は死を遠ざけるのだ。

しかも爆乳はやさしいから、人を傷つけることもない。強いものは暴力を振るわない。心の余裕が爆乳を生む。

爆乳にも「死」や「老い」はやってくるのだろうか。わたしは爆乳が老いていくところを見たことがない。高橋留美子先生の感性は衰えることを知らないし、朝丘雪路さんも未だ「1000円札以下の貨幣にお金という認識がなかった」エピソードに代表されるチャーミングさを失っていない。
「爆乳、ここに眠る」という墓標も見たことがないし、「爆乳院大姉」のような戒名だってない。
爆乳の死ぬ時は私の死ぬ時なのだろう。私の生きている間、爆乳は決して死なないのだ。過去も現在もずっとあるじゃないか。爆乳は。だからずっとある。


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posted by しきぬ ふみょへ at 12:10| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月15日

コミュニケーション・ジャンピングボレー

「ハンマー投げってどこで練習するんでしょうね?」
「どこでってお前、あるだろ。投擲競技用のブースみたいなやつがよ。フェンスで囲まれててサークルの中でやってるんだろうよ普段から」
「いや、そういう話じゃなくて普段ですよ。自主練ですよ自主練」
「なにが」
「迷惑じゃないですか。部屋でできますか?野球なら素振りぐらいできるしサッカーでも庭とか駐車場でリフティングならやれるじゃないですか。勉強部屋でハンマー振り回してたら壁とか家具とか危ないでしょう。僕なんかヨーヨー流行ってた時にふすまに穴空けて親に殴られたんですから。外でやるんだって回すところまでですよせいぜい。興が乗って放り投げたら無差別にどこかの誰かが死ぬかもしれないんですよ。どこで普段やればいいんですか?ハンマーって。」
「そらお前、室伏ってたしか外人とのハーフだろ。持ってるってきっと。日本じゃ到底個人じゃ持てないような広い広い土地を持ってんのよ。アルプスかどこかに。ハイジ見たことあるかハイジ?世代じゃないから伝わらんかもしれんけど、金持ってると思えないしょぼくれた爺さんだってあれだけ広い牧場を管理してるわけだから。ハンマーなんかブン投げ放題だろ」
「ハンマーやってるやつ全員外人前提で話を進めるのをやめてもらっていいですか。日本でだって大会開かれてるでしょうが」
「だから弱いんだよ日本人は。室伏は環境に恵まれただけなんじゃないか?どうだ、解決しただろ。外人は自主練やってるんだよ。野っぱらのど真ん中で」


すいません、生2つ…


「いや僕はまだ納得いってないですね」
「もういいだろ。普通に最近休みの日何してんのかとか近況報告でいいだろ、そろそろ」
「休みの日にこんなことばっか考えてるから今言うしかないんじゃないですか。あなた以外に聞いてくれそうな人間がいないんですよ。助けてください」
「そこまで見初められる筋合いないよお前から」
「百歩譲って外人は草原でハンマーを振り回してるとしますよね。どうやって持ち運ぶんですか?ハンマーを」
「ナップサックみたいなものに背負っていくんだろうよ」
「ハンマー回すまで背筋発達しきってる人間がナップサック背負ってるの、見たことあるんですか?あれは小学生かなで肩の大学生しか身につけちゃいけないアイテムなんですよ」
「確かにないよ。俺もなんでナップサックなんて提示したかわからないよ。それぐらい当の疑問に対して真剣に向き合えそうにないんだよ」
「おもむろに首にひっかけて行くんですかね?チェーンを。すいません銃刀法って鉄球もアウトなんですか?」
「刃渡り何センチうんぬん以上がアウトっていうからな。"銃"でもないし。ことによるとセーフかもしれない。セーフだセーフ。首に鉄球結んである鎖を巻き付けてる人間を電車で見てもお咎めないんだろうな。それだそれ、はい解決!料理頼もうぜ料理。まだ何も提供されてない状態でこれだけ何も生まない議論で消費してる卓なんかないだろ。見渡してくれよ周りを」


「あ、槍が解決してない」
「は?」


生2つお持ちしました…


「槍ですよ槍。投擲用の。スピアーですよ。ジャベリンですよ」
「どれ頼もうかある程度品定め終わってたんだよ俺は。おしながきの朱色の筆ペンで線引いてるハゼの天ぷらと大好きなチャンジャを、生が出てきたタイミングで注文しようとしている。何故わからないんだ」
「持ち運びの問題です。ポータビリティの面で解決していない。槍、そこそこ長いですよ。あれで電車乗れないでしょ。さっき出てた銃刀法にも引っかかりますよねたぶん。どうしますか?」
「シャコン、シャコン、シャコン、ってなるんだろきっと」
「どういうことですか?ちょっと意味が」
「だからシャコン、シャコン、シャコンだよ。高枝切りバサミあるだろ。テレビでしょっちゅう通販してる。あの要領で3段階ぐらいで長さを調節できるんだよきっと」
「日本製の槍は8回シャコン出来たりするんでしょうね。おのおのしっくりくる長さは違いますから」
「槍のメーカーが日本に居を構えている前提だね」
「砲丸投げの砲丸は日本の町工場製がいちばん遠くまで投げれるそうですよ」
「報ステか何かで見たことあるな」
「遠くまで鉄の球体を投げ飛ばして、それで競って世界一になりたいって思ったことありますか?僕はないです。もし自分にそのパワーがあればアマレス、柔道とか別の五輪種目でも上位を狙えるはずです。技術問題を加味しても、備わっている膂力をもってすれば本気で4年間メダルに向けた鍛錬を積んでそこで世界の頂点に立てますよきっと。あるいはプロレスだってマッスルミュージカルだって、ショービジネスとして確立されているジャンルに集中すればもっと金銭的には潤うチャンスは増える。それなのにただただ重たいだけの鉄球を遠くまで放り投げた距離で競う意味なんかありますか?だからどうしたと思いません?まあ、砲丸だけじゃなくてハンマーも槍も円盤も全般的に言えることなんですけどね。ちょっと理解しかねますね。僕には。練習場所、ポータビリティ、何もかも非効率的なんですよ。日本の技術がそんなくだらない分野に応用されていちいち浮かれてるからこの国はダメなんだ。そうは感じませんか?」
「唾を飛ばすな。頭に入ってこない」


料理のご注文良ければお伺いしますが…


「ポテトフライと鶏のから揚げ、出し巻き。とりあえず以上で」


かしこまりました…


「お前は死ね」
「えっ、何でですか?」
「俺が筆ペンで朱色の線を引いているおしながきにある程度目星をつけているくだりがあったよな?俺は楽しみたいんだよ。大衆居酒屋だろうがその時に応じて一番店側が自信をもって提供してくれている品もんを食べたい。お前の些細な疑問と妄想に付き合っているだけでも度量が有り余っているよ。なおかつその上に無礼を重ねるか。ハゼの天ぷらと大好きなチャンジャを食いたかったんだよ俺は」
「次追加すればいいじゃないですか」
「ポテトフライと鶏のから揚げ食っちゃったらある程度満足しちゃうだろうが。油に対しての許容量が体育会系のお前とはだいぶ差があるんだよ。年齢だって5つも離れてれば案外壁があるからな。ポテトフライとハゼの天ぷらは共存しないんだよ。揚げもん、一品もの、プラスアルファさっぱりした料理で完結したいんだよ。労わってくれよ。無理強いしているわけじゃないから」


えーポテトフライと鶏のから揚げ、お待たせ致しました…


「じゃあ俺が片付けますから。腹減ってるんでこのくらいは軽いです。先輩は先輩の食べたいものを食べてください」
「いや食うよ。腹減ってるから。同じタイミングで仕事上がってるんだから判れよそのくらいは」
「それは止めはしないですけど。案外ポリシーないんですね」
「寛容なんだよ俺は。本来は怒りたくない。余計なエネルギーを怒りに回したくないんだよな。……あー、美味い!から揚げ美味い!ポテトの安定感も落ち着く!ありがたい!」
「ほら、悪い脂って美味しいでしょ。どんなに強がっても。先輩は結局ケチつけたがりなだけなんじゃないですか?ハンマーだって槍だって、シンプルに力があった上で技術が備わっている人間が勝つんですよ。効率性とか将来性とか加味したがるところがいけすかないですね。だから理屈っぽくて女性に理解されないんですよ。もっとおおらかに生きたほうがいいんじゃないですか?独身でいるよりそっちのほうが楽しいですって人生」
「お前絶対殺すからな」


気持ちが悪い、居心地が悪いと感じるか、あるいはホールの店員の気まずい佇まいに肩を持つか。もしくはここまで不器用なやり取りはあり得ないと断定するコミュニケーション極右の皆様へ。相手は案外ふざけてます。思っているよりあなたのことを馬鹿にしています。お互い。ですので、もっと思いやりのない、適当なセンタリングを上げてください。無理やりな体制でボレーシュートを撃ちますので。信頼をしてください。案外際どいことを言ったとて、目上だろうが目下だろうが、受け止めようとするハッスルは見せてくれるはず。どうかよろしくお願いします。もっとキラーパスを放っていこう。周りを見くびるのをやめましょう。から揚げもお刺身も美味しい。公共広告機構です。



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posted by しきぬ ふみょへ at 23:36| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月08日

悪魔を払って

モンゴル出身、相撲の逸ノ城関の嫌いなものが「歌」らしい。勝てるわけない。ただでさえ身長193cm、体重211kgと体格だけでも十分なのに、心までモンスターなのか、と恐れおののきまくって自分が力士だったら立ち合いで迷わず拳銃を取り出す。もちろんちゃんと相撲協会と猟友会に許可は取りますよ。行司にも土俵入りの時にチェックしてもらいますし。「これから確実に殺される場合に限り銃可(じゅうか)」ってどこかに書いてるだろ。それでも負けると思う。手羽先をもがれて捻りつぶされてグチャグチャ。つくねにされる。ただいまの決まり手「つくね」。平成に入ってから未だに出てない大変珍しい決まり手です。俺の死がいに卵黄を塗る木村庄之助。


だからちょっとでも、ほんの少しでも歌が嫌いな逸ノ城関の気持ちがわかりたい。融和政策を取らないと末路はあら挽きからのハナマサコースだから。贅沢は申しませんが、せめて、せめて原型をとどめた状態で死なせて頂きたく存じますので、自分にも「歌、嫌いだな」と感じたかつての出来事を掘り出し、相手の感情を欠片でもいいのでわかろうと振り絞って思い出してみたら、けっこうあった。



■中学3年、秋の合唱コンクールで張り切ってしまった。ちょっと男子まじめにやってよ、みたいな伝統芸あるじゃないですか。ああいう行事って。運動が全然できない上に見た目および中身がきしょかったので無論バカほどモテなかった。でも歌ぐらいだったらちょっと本気だしたら何とかなるかもしれない、みんなが適当にやってる中であえてまじめに、バカまじめにやってみたら気を惹くんじゃないだろうか、と同じくクラスのヘドロ枠で友人のS君と組んだ。しかもS君は指揮者に立候補した。気概が違う。


中2から一緒だったわりに男子と女子が妙によそよそしいクラスで、担任も最後のいい機会と踏んだんでしょう、そんなことやってるとこなんかどこにもなかったのに、うちだけが自然の家を借りて1泊2日の合宿をくんで猛練習させられた。平生だったらこんなものだいぶだるいので1泊2日間白目を剥いてピースしながら時間が経つのを待つだけなんだけれども今回は事情が違う。ちゃんと黒目を保ったままでバカまじめに歌った。たしか「時の旅人」でした。


我々はいざ本番もとちらずやり遂げ、周りの出来栄えと比べても遜色なく「いったか?」というムードに包まれていた。しかし5クラスある中、上位3位にも入っていなかった。かすりもしなかった。結果発表の瞬間、俺とS君はあろうことかコサキンばりにメチャクチャ手を叩いてウケてしまった。こういう場面で裏切られると、絶対ウケてしまう。性分なのでどうしようもない。入りの下心のままで合宿から本番まで来てしまったので歌声に感情の移入もへったくれもない。指揮やってるやつといちばん声出してるやつがそうなんだから丸ごと腐る。クラスの皆さん、あのとき丸ごと壇上を臭〜くしてしまい、申し訳ありませんでした。とどこかのタイミングで是非、公に謝罪したいけれども同窓会に招待して頂けないのでインターネットですみません。


ひとしきりウケたあと、道端ででかめのカラスがゴミを漁っているのを横目で見るまなざしが俺とS君に降り注がれていた。中学校生活はそこで幕を下ろした。




■高校のころ、音楽の授業で「何でもいいので得意な演目を発表する」という課題があった。教師側からすれば「ピアノでもギターでも、フルートでも、生徒ひとりひとりの個性を発揮できる場所」を用意したつもりらしく、なんだったらちょっとサービスというか、お待たせ!ぐらいの、お楽しみ会でっせ!ぐらいのノリでその地獄フェスの開催を宣言した。音楽教師の笑い方って頬から下の表情筋しか使ってなくて不気味じゃないですか。ジムキャリーみたいな。


無え〜(ねえ〜)んですよ個性が。楽天でギターは買ったけど2週間で「あ、これ聴かせる人がどこにもいない」と気づいて放り投げるようなぼんくらに人様の前で披露できる個性なんか無え〜んですって先生。そういう何にもできない、垢をこねて出来上がった塊のような人間はこのレイヴをいかにやり過ごすか。校歌を歌うしかありません。朗々と。しかもアカペラで。


うちの高校はルーツが藩校でかなり古いので、校歌も相応に時代を感じる。イントロがティンパニの「…ドコドコドコドコ!」という壮大で大仰な盛り上がりから始まり、軍歌か川内康範先生原作の特撮か、非常にとっつきづらくて長いけどわりに好きだった。5番まである。しかも「まぼろしの6番、7番」がかつて存在し、内容がかなりナシオナルだったので戦後にカットされたらしい。


リリックも「万里の波濤」「仁義の兜」とかなりハーコーなバースが乱打される。俺が一番お気に入りなのが「心に群がる煩悩の 悪魔を払って進みゆけ」です。歌詞に「悪魔」ってワードが出てくる校歌、ほかにあります?ホグワーツのにも出てこないんじゃないですか。ここまで威風堂々と、対外の運動部の試合とかで歌えたらけっこう誇らしい気分になるだろうけれども、俺が歌うのは不覚にもレイヴ。校内の。


軽音のO君はアコギを弾いた。彼はのちに京大に入る。A君は俺と同じような陰気なたちで、こんびからうまれたこんび太郎だと思っていたのに、「セプテンバー」を流しながらドラムを叩いた。裏切りやがった…と一方的に逆恨みしながら「心に群がる煩悩の 悪魔を払って進み行け」と全くの無音の中、しっとりと歌い上げた。自分の番がようやく終わっても、第2、第3の俺が次々壇上にあがって磔刑に処せられている。それを見ているのも辛かった。いくら煩悩と悪魔を振り払ったとて、この時の恥という焼印はまだお尻でプスプスと燻っている。




■同じく高校時代、俺は「地理部(ちりぶ)」に所属していて、金沢や富山あたりまで足を伸ばして古い町並みを回り所感をレポートにしたためるとか、「架空の新幹線」の路線を模造紙(関係ないですが、新潟だけの方言で模造紙のことを大洋紙-たいようしという。理由は知りません)に敷き、何人かで空想しながら楽しむとか、見るも無残な青春の逆をやっていた。今となってはもう人に説明するのもめんどうなので帰宅部だったと経歴を詐称している。


最後の文化祭の年、部活ごとに露店をやったり、文科系だったら作品を展示したりしなければならなかった。我々地理部(ちりぶ)はその「うその北陸新幹線」がどういうルートで走ったら「便利」かというのをまとめた模造紙をパーティションに貼り付けて、終わり。誰が来るんだ。ただただ時間だけがすぎる。時の最果て。庵。案の定誰も来ないが、一応学芸員として誰かが座っておかなければならないので、貴重な高校生活をただ「座る」に費やした。窓から中庭を覗けばダンス部が「座る」以外をやっている。バランス取れてますね。


我々の庵を出て左に曲がった突き当りの音楽室で軽音部がライブをやっていた。庵の番をしていたのは自分一人、電動の黒板消しクリーナーを小脇に抱えて音楽室のドアの前までふらふら向かい、コンセントに電源を差し込みスイッチを入れた。防音の扉の向こうから微かにリンダリンダが聴こえてくる。畜生、俺のほうが絶対ブルーハーツ詳しいからな。リンダリンダなんかやってんじゃねえよ生齧りが。俺なら「すてごま」やるね。と、クリーナーの爆音でただただザコすぎるだけの抵抗をした。そんなアルバム収録曲やっても盛り上がらないよ。そういうところが根本的にセンスが足りてないんだよお前は。はい。大変申し訳ありません。


クリーナーのスイッチをOFFにしてまた庵に戻りました。何がしたかったのだろう。尾崎豊は嫌いだった。盗んだバイクで走りだすのも夜の校舎の窓ガラスを壊すのも「人様の迷惑」だから。とかなんとか正論を吐きながら無性に気に食わない物の前で黒板消しクリーナーのスイッチを入れるささやかな反撃ぐらいをやりたがる。生粋の田舎根性。未だにそうだ。




■1年と少し前、カントリーガールズの島村嬉唄(しまむら うた)ちゃんというアイドルの女の子がきっかけでハロープロジェクトにのめりこむようになったのに、その2ヶ月後に事務所と島村家がコンプライアンスでいざこざを起こし、脱退、引退してしまった。まだ腑に落ちてない。




と、歌にまつわる、痰の絡まるような経験を羅列してみた。どこかで逸ノ城関の涙を呼び起こして敵意を鎮められるかもしれない。嬉唄ちゃんのところだったら一緒にライブ行けるな。終わった後、金の蔵で逸ノ城関と反省会するのメチャクチャ楽しいだろうな。「いや絶対目線、合いましたよ」みたいなこと言うのかな。そりゃ合うだろ。でかいので。

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2016年07月31日

石川啄木と、人を殺してはいけない話




さて、本日はウケてないかな?とインターネットをパトロールしていたら、2chのニュー速vip板に『twitter民、松尾芭蕉を完全論破www』というスレが建っていて、俺の6/23にしたつぶやきへのリンクが貼られていた。ウケマネー(ウケを対価に得た収入)を1円たりとも受け取ったことがないのに「ニュー速VIP板」で人のことを叩くんじゃないよ。せめて何ごとか為すまではほっといてくれよ。あと芭蕉は俳句だろうよ。初めて知ったけど俺、「twitter民(みん)」だったのかよ。ちょっと前に2ちゃんねるで叩かれたときに匿名で反論したら、どうやら「sage」に失敗してしまって本人特定されてすげー恥ずかしくて早めの22時くらいに寝てしまった。2016年に「sage」ミスりますかね。この世の底か?だから今回は「sage」に失敗したくなくて黙ってました。


「こいつ何言ってるかわからない」と書かれていた。確かに何言ってるかわからない。「顔射」って、この人は汚い言葉を使いたいだけだったんじゃないか?短歌に射精したら面白いですが。短冊に射精するってことですからね。わかりますか言ってること。


友人のツヴァイデビル氏が「チンポビンビンにしながら浴衣を着るのが短歌」という俺の言わんとするところをバッサリと端的に要約してくれた。だから、「ステキさ」「平凡な日常のちょっといい発見」で自分をカモフラージュして「セックス臭」にファブリーズを振りまいているような、ヤリ目("ヤリ目"て)でお洒落げに見せかけるアイテムとしてお手軽で簡単になりがちだから。NHK短歌に入選した経験のある知人も「短歌は楽」と言っていた(もちろんほぼ謙遜と思うけれど)。だけど実際のところ、「短歌でなければならない短歌」を仕上げるのはすごく難しいことだと思う。かみ砕き不足で申し訳ないけれども、ちゃんと書くと「斯様な調子で短歌やってる奴」が気に食わないんであって、「短歌」という形式や、しきたりが嫌いなわけではないんですよ。すみませんが。本来はすごく丁寧で根気が要って難しいはずだから。こんなメチャクチャなことを喚いてるんだから短歌をきちんと真面目にやってる人は怒ってよ。巨大掲示板・2ちゃんねるのニュー速vip板にスレッドを建ててないで。頼むよ。「自己表現をお手軽にすまそうとしている奴」って見られているんだから。そんなはず無いだろ。


短歌やってた奴といえばかろうじて寺山修司と石川啄木ぐらいしか読んでなくて、牧水は微妙で、ましてや現代の人がわからない、せめて与謝野晶子☆鉄幹夫妻ぐらいからちくちく勉強しないといけないしさらに突き詰めれば和歌・平安時代まで遡る必要がある。この辺りは嗜んでおかないといけない、というのはぜひ教えて下さい。で、石川啄木の記事はいつか書きたかったので、ニュー速vipにスレも建ったことなので一応のきっかけに石川啄木を考えると、短歌についに辿り着いた人、短歌にようやく馴染めた人のどうしようもない必然が伝わってくる。夏目漱石の虞美人草に「この程度、俺なら一ヶ月で書ける」と喧嘩を売っていざ発表した小説がボコボコに叩かれてくじけている。どういう方法であれ、才でなんとか世に出たかった。


はたらけどはたらけど
猶わが生活楽にならざり
ぢっと手を見る


啄木は、「労働、ウケね〜〜〜」と嘆いた。それが未だに読まれている。労働はいかに自己を世に組み込むか、適応させるか、なおかつ不自然と感じないか、感じないようにするか、気づかないフリをするか、で成り立つ側面があり、人から借りた金で風俗嬢にフィストファックするような奴がおさまる台座なんかないです。"ついに 手は手くびまで入った。ウーウ、といって 女はそのとき目をさました。そして いきなり予に抱きついた。アーアーア、うれしい!もっと、もっと―もっと、アーアーア!18にして すでに普通のシゲキでは なんの面白みも感じなくなっている女! 予はその手を 女の顔にぬたくってやった。そして、両手なり、足なりを入れてその陰部を 裂いてやりたく思った。裂いて、女の死がいの 血だらけになって やみの中に よこだわっているところを まぼろしになりと 見たいと思った!"

「いったい私は何処へ行くのだろう」が啄木の根底に流れている不安の源流になっていると思う。「何者」であるかと問われれば、石川啄木だ、ときっと答えている。自分が何者であるかどうか、なんてケリがとっくについている。そんな有り余っている私は一体何処に行くのか、もしかしたら何処にも行かれないパターンもあるのか?という空漠の中で蛇行して、うねうねと日々だけが過ぎる。自分だけが世の中と関係のない膜に包まれている気がしてならない。そんなはずはないけれども、気がしてならない。


人がみな
同じ方角に向いて行く。
それを横より見ている心。


何がなしに
さびしくなれば出てあるく男となりて
三月にもなれり


家を出て五町ばかりは
用のある人のごとくに
歩いてみたれど―


つい先般、相模原市で26歳の男が重度障害者の施設に闖入して次々と入居者を刃物で殺した。
啄木の歌にはこういうものがある。


どんよりと
くもれる空を見てゐしに
人を殺したくなりにけるかな


一度でも我に頭を下げさせし
人みな死ねと
いのりてしこと


「こんな奴殺してやりたい」の憤怒、あるいは「私にも、ひょっとしたら人を殺してしまう日が来るではないだろうか」という恐れがない人は平穏に生活を送っていて、それは素晴らしいことだ。けれども小心者にはそういう最悪の未来が頭をよぎることがあるんです。だから、その怒りや熱をなんとか冷ますか、あるいは少しベクトルを曲げてあげてどこかに逃がすか。手首の部分を軽くひねるだけでデカい男がひょいひょい投げ飛ばされている塩田剛三の動画を見た。あれは絶対本当です。

今回の件みたく、「人を殺す」エネルギーをそのままひねりもなく「人を殺す」に一直線に向けてしまう奴はクソでカスでゴミで救いようがない。くだらないしつまらない。見るべきところは何もない。本来は、ひょっとしたら俺も人を殺す日が来るかも?という標識が見えて来たらブレーキを踏むし、ハンドル切るんですよ。それが正しい人間のあり方だと思う。このような怒りを我々は「消火」、もしくは「昇華」するべき。今うまいこと言いましたよ。殺すなら今ですよ俺のことを。



むやむやと
口の中にてたふとげの事を呟く
乞食もありき


もし人を殺したい、という気持ちで短歌をやっている人がいたらぜひ友達になりたい。もしくは始めてみるのもありかもしれない。こんなにまとまらない文章を書いている人間がつとまる様式じゃないかもしれないですが。口の中で正論を吐くだけの乞食になりたくないので、いきなりマイク向けられたときにスッと綺麗なコメントの言える人間を目指します。声帯整えないとな、使ってないから…。
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posted by しきぬ ふみょへ at 19:09| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月12日

メイド喫茶と蛾

昨日は会社をさぼった。何もやることがなかったのでメイド喫茶に行きました。結局何もやることがない人間が行くところだ。メイド喫茶なんて。平日というのもあり先客は1人しかいなかった。髪の毛を後ろで束ねているおじさんが頬杖をついて寝ていた。後ろで束ねるほどに毛量を持て余している人間がまっとうな職業についているとは思えないが、平日にメイド喫茶で堂々と眠れる神経は一体どこから来るんだろう。どこからも来ないのかもしれない。なんかもう嫌だったのと目の前の光景から距離を置きたくて瓶ビールを頼みました。すぐそこにいるんだから「すいませ〜ん」と声をかけるのが自然なのに手元のベルをわざわざチリンチリンしました。全然ウケないですね。手酌で瓶ビールを注ぐ。何がご主人様お帰りなさい!だよ。ご主人様に手酌でビールを注がすなよ。いや、こんなことで怒りたくないよ。メイド喫茶のメイドさんを本当に「メイドさん」と勘違いしだしたら人間として息の根が止まっている。


40後半ぐらいのタータンチェックのネルシャツを羽織ったおっさんが入店してきた。おみやげを持ってきていた。チーズケーキ的なお菓子らしい。「ゴルゴンゾーラがどうこう、チーズがきつめでどうこう」と講釈をたれ、チーズケーキ的なお菓子をメイドさんに渡しアイスティーを注文した後、ずっとソファを見ていた。話はずれますが虫の中で一番怖いと思っているのが蛾です。虫全般そうといえばそうなってしまうが、とりわけ蛾が一番「何考えてるか」分からなくて怖い。3歳の頃、朝玄関を出たところのアパートの壁にスズメガが止まっていた。夕方、幼稚園から帰ってくると、微動だにせずにまだじっとしていた。一体何が楽しくて生きてるんだ、と一生理解できない、分かり合えないんだろうなこいつらとは、と得体のしれない戦慄が未だに拭いきれずに蛾がどうしても怖い。


その「得体のしれなさ」が蘇った。なんでこのおっさんは「ソファ」を「見ている」んだろう。ずっとこうしているつもりなのか?このおっさん本当は移動するでかいサナギなんじゃないか?そのうち羽化するのか?なんばの空に無数の巨大な蛾が舞う日が来るのか?どうしても言葉を介してこの人とやり取りできる気がしない。オスの蛾はメスの尻から出るフェロモンに集まる習性がある(コナンで、窓に亡霊が映ったと思いきや実はフェロモンに反応したオスの蛾の群れだった、というくだりがあったので知った。そんなことありますか?)。だから、こうしてメイド喫茶に訪れる、辿りつけているのもフェロモンを触角で探り当ててるからなのかもわからない。


若干ホストの入った、このへんのそれこそメイド喫茶だのおそ松さんカフェだのたくさん並んでいるが、その裏方側、"絞りとる側"っぽい若干いかつい30前後のあんちゃんが入ってきて、自己啓発本『7つの習慣』を足を組み替えながら読んでいる。家に帰って仮眠をとったほうが夜からの仕事をがんばれるでしょうし、7つの習慣なんか読む必要がない。自己なんか啓発する意味なんかない。絞りとるだけのことに集中して欲しい。

しばらくするとイケダハヤトみたいなやつが来店し、「ミントジンジャーティー」を頼んだ。ミントジンジャーティ????なにそれ????ミントジンジャーティはホットしか無いらしい。「えっ、ホットしか無いんだ!ホットしかない、と言えばね」からの、大阪文化である「あめゆ」、「ひやしあめ」に話題をつなげ、北海道出身、というメイドさんの「そんなの初めて聞きました!」を引き出している。サンガリアの自動販売機に入っている「あめゆ」はショウガの入った水飴を希釈して温めた飲み物で、それを単純に冷やしたら「ひやしあめ」になる。といううんちくを垂れていた。いいね。ミントジンジャーティを選んでいる時点でトークを用意していたんでしょうね。と、悪態しか出てこなくなったところで瓶ビール980円を支払い店を出た。高け〜な。髪を束ねたおじさんはまだ寝ている。「髪を束ねる」ということは髪の毛が邪魔くさい、という感情は一応残っているのか。しかし、メイド喫茶の楽しみ方は今後ともわからないままでしょうか。蛾にならねばいけませんか。
posted by しきぬ ふみょへ at 23:55| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月25日

父親の歌う浜田省吾の『J.BOY』

去年の冬、父親、母親、妹と、長男の俺でカラオケに行った。血が濃い部屋。かなり気持ちが悪い。持ち込みOKな地方特有の爆安カラオケチェーン『コート・ダジュール』だった。ちょっとでも削れるとこ削ろうと、カウンターで初めて会員登録勧められて素直に応じ、老眼でメガネのつるを持ち上げながら空メールを送っている父親をよそに長男は誰が金落とすんだよというUFOキャッチャーでジャッキーカルパスお徳用が、このタイミングでしか入手できない気がして妙に欲しくなったので遊んでいた。母親は家で揚げてきたコロッケを抱えていた。

一族を案内するにはおそらく不適切だろうというミラーボールの色味や回転が調節できるつまみの用意された部屋に連れてこられた。母親がコロッケの包みを開き、カバンから中濃ソースを取り出した。うちの家族は妹を除いて酒をかなり飲む。店員、のっけに生やらサワーやら運んできたテーブルにタッパーみちみちになっているコロッケを見てどう感じたんだ。たぶん俺だけがその辺をお察しし多少恥ずかしく肩身を狭めていたのですが気にせず連中はコロッケを食いながらデンモクをいじっていた。やおらなんか適当に歌おうっていうんで、妹のYELLOW YELLOW HAPPYを聴いた後、もしも私に生まれてもまた私に生まれたかったんかいお前は処女だろ、の次に父親が予約したのが浜田省吾、ハマショ〜の『J.BOY』だった。




上司に腹が立って仕方がなかったら机で歌うんだよこれ、と『時に理由もなく叫びたくなる 怒りに』といきなりAメロでかました。どこまで気持ちを移入してたのか、時に理由もなく叫びたくなるやつを圧し殺しながら、いや実際に歌ってしまっている以上圧し殺せてはいないんだけれどもこうして自分が養ってきた一家の前で酔いながらマイク握ってる父親がいた。働くようになってから、うるせえやつのうるせえ結婚観より、こういうことだろ、となんだかしみじみなりながらモニター見つつコロッケを食っていた。

ハマショ〜のすごさは、これは先にハマショ〜のすごさに気づいた友人の受け売りなんですが、一瞬たりとも正規雇用労働者としてお賃金を得る生活を送ったことがないにもかかわらず、創作力だけでその層の心情や愚痴や吐露をわしづかみにしているところで、ウチの父親もそこそこにお笑いも音楽も映画も好んでいるけれどもハナからサラリーマンで生きていこう、としていただろうにハマショ〜、俺のこと歌ってくれてるじゃん、という意識の移入をしている。『風を感じて』も『Money』も、バンダナとでかめのサングラスの奴が作れるはずが本来ない内容だ。ビジュアルからの印象が強すぎて、よけてしまっていたことに後悔している。でも、多少なり真面目に、正規雇用の身分になってようやっと理解できるようになれたという。

『午前4時 眠れずに
彼女をベッドに残し
バイクにkey差し込み
闇の中 滑り込む』

父親がある朝忽然と布団から消えていたら闇の中に滑り込んでいったんだろう、と納得する。母親の歌う菊池桃子や引き続き妹の歌うポケビを聴きつつ、なんだこれ、とまあまあ酒入ってるのに嫌でした。
posted by しきぬ ふみょへ at 22:31| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月21日

もしピア

今日も前の彼女のアカウント名でTwitter検索をかけたら、「おめでとう!」「お幸せに!」「不倫じゃないよね?笑」というリプライが引っかかった。例によって鍵がかかっているその上からなおブロックと、こち亀で中川財閥の金で建てた葛飾署の女子寮ばりにガチガチにセキュリティでふさがれているのでいくらドアを殴った所で中の様子はまったくわからない。それにしたって「お幸せに!」「不倫じゃないよね?笑」って、彼氏出来たらしい。早え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜な。おい。お前に殺されてるんだよ。俺は。弔え弔え。もっと。7回忌までは年賀状をどこにも出すな。いや幸せを望んでいないわけではないが、こんな4ヶ月そこらで何ごともなかったかのようにレール戻れるんかい。トロッコ乗れるんかい。そんなもんですか?本件に関して詳細情報がどうしても欲しいのでさっきのリプライ送ってる人に目出し帽で近づいていって「もしもし、あの壁の向こうでは何が起こっているのでしょうか?」と尋ねたくてもどかしさに全歯が欠けそうだ。無論そんな振る舞いに出たところでヤベェ奴だ。このトロッコは人間の理性に反応して危険から遠ざかる仕組みになっているので一生懸命深呼吸をしているがどういうわけだか崖がどんどん目の前に迫ってくる。


だいたい女、女がこれを読んでいるんだとしたら男相手にそう思ってくれればいいのだけれども、付き合っていたらお気に入りの場所とかだいたいこの辺で遊んでるとか、そんなとこに2人で行くだろう。全部潰されてしまった。どこにも行かれない。まったく無駄に残像を覚えているから。引きこもりでは決してない。しかし外には飽きたから億劫だ。一応働いてますよちゃんと。


近所のマツキヨにしたって「マツキヨで買うやついるか??」とワゴンに1500円位で積まれている財布にいちいちウケていた時期の幸せで気持ちの悪いゴーストの俺が笑っているのでなるべく近寄りたくない。もはや住んでいる今この施設にしたって辛い。独身寮なんですが風呂やシャワーを利用する時には「使用中」にマグネットを動かす。彼女が泊まりにきた時に、写真の状態にして2人でシャワーを利用した。こんな原始的でいつレイプされるともわからん寮で嫌な顔ひとつせず過ごしてくれたことにいたく感銘を受けた俺はひどく身勝手に運命だと思い込んでいたものである。今、シャワーまで案内している2人が収まっている隠し撮りがあったらぜひ見たい。絶対に嫌な顔ひとつしていたに決まっている。

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「Aパターンがうまく運んでいた場合」よりもなおかつ総合的に上を行くBパターンを構築しなければならない。そうでなくては死んでしまった意味、成果がない。女は人を殺しても罪に問われないが、私どもは死んでもなお蘇られるのでよかった。ぐちゃぐちゃ考えてたら「お前は元カノとアイドルとネットの人間の悪口しかネタがない」と叩かれたのに再び腹が立ってきた。他のことが人生であったら書くよ。本当にこれしか起こらないんだからしょうがないだろうが。「もしもピアノが弾けたなら」を西田敏行の100倍望んでるからな。
posted by しきぬ ふみょへ at 21:28| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月20日

あげカレーそば

あげカレーそばばっかり食ってる。地下鉄天王寺の駅で降りて直結しているあべのキューズモールというショッピングモールの中で、もともとこの場所はあべの銀座商店街があって、そこに残ってた店舗が優先して入っているので立ち飲み屋やうどん屋が平気で小綺麗なショッピングモールに入っていて滅茶苦茶になっている。立ち飲み屋、うどん屋、洋食屋、たこ焼き屋、焼肉屋、と並んでいて角を曲がるとスーツセレクトがある。一杯引っ掛けてうどん食って背広作って帰ろうとなった場合に重宝する。


あげカレーそばは、この並びのうどん屋のメニューで、うどんがメインなのかもしれないけれどもそばも選べる。どっちも美味しいんだけど最近の推しはそばで、はなまるとか丸亀とかのうどんチェーンは関西でもけっこうあるんで有り難みはそこまでないんですがそばをあんまり外で食えないんですよ。東京に住んでいた頃はバイトの夜勤明けで小諸そばばっか行ってて、たぬきの二枚盛り食って部屋帰って夕方まで寝てからまたバイトだった。店員のおばちゃんの「いってらっしゃ〜い」を背に受けつつ「おばちゃん、帰って寝るんすよ俺」と心の中で、盛り放題のネギまみれの口臭で返事をしていたあの頃に戻りたいとは絶対に思わないけれども小諸そばだけマジで食いたいので大阪にも進出してほしい。富士そばですら見かけないので絶対天下獲れる。


短冊切りのあぶら揚げがまあまあ本気で入って、ネギとたまねぎと出汁ベースのカレーとやわやわ煮まくったそばで300円、ちょっと小綺麗にしているショッピングモールの中で300円でお腹が満たされる、ウルテクの域ですもはやこれは。卓上の七味をバカバカ振ります。なぜならば育ちが良くないから。ベーシックなかけそばとか肉そばあたりもそこそこ安定して旨いんですがざるそばはイマイチで、これはどうしても東京のチェーン店をあらかた攻略してとりわけ小諸厨なので譲れない。しかしながらこのあげカレーそばはマジでうまい。出てくるまでの間ジジイとジジイの2オペ体制の連携を見守る。ジェットリーみたいな顔立ちで鼻筋に特徴のある、食券渡しても何も反応がないジジイがいつもいる。サイドメニューの親子丼の手鍋にたまごを割って鶏肉と一緒に菜箸で溶きながら麺の茹で時間を計算していて大概2、3分以内に提供される。手際を見ているのも飽きないし、絶対このジジイは俺がいつもあげカレーそばを頼んでいることに頓着していないというか覚えてないので、あんちゃん毎度どうも的な愛想を今後も振りまかないだろうからすごく居心地がいい。近所の鳥貴族で「いつもありがとうございます」と言われてから3ヶ月間を空けた。


食べログとかまとめサイト見てても、知人に飯屋のこと聞いてもけっこう「コスパ」という単語が出てくる。安価に量を食えるのがコスパなら業務スーパーでひと玉15円のうどんを買ってきて湯がいてパックの鰹節と天かすをぶっかけて醤油ぶちまいて「食べる」、というか「胃に入れる」のが一番コストあたりでいうカロリーの点で単純に点数高い。己を虫と思うなら。コスパって何基準なんだろう。たとえばあげカレーそばは安くて早くてうまい。早いというのは丼が置かれるまでもそうだし完食するまでもそんなに時間がかからない。ショットガンタッチをしたい時に最も好都合な食事です。今のところ。だから浮いた時間ぶんでDMMを漁れるし往年の助っ人外国人のウィキペディアを読める。そういうふうに余る時間もパフォーマンスのうちで、わざわざ食ったものについてレビューサイトに上げているような連中の言うコスパって何。その批評をどこの誰が見てるんだかわからないような場所にしたためるのであればもっとうまい店の情報を入れることに当てたほうがいい。だからこの文章には意味がなく、あげカレーそばで補給したカロリーを中腹ぐらいでまるっきり消費したのでじゃがりこのサラダ味を食べました。
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posted by しきぬ ふみょへ at 00:24| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月12日

相楽左之助、アイドル、オタク

AKBの握手会でノコギリを持った男が大暴れした。プレゼントした腕時計をご丁寧に送り返された男が出待ちして逆恨みで相手をメッタ刺しにした。今日、アメリカでいよいよピストルでアイドルを撃ち殺したやつが現れてそいつもピストルで自分を撃ったらしい。どうしたらいいんだ。ヤベェ奴と相対するリスクを背負っている。そんなの危ないから、申し訳ないから家に引っ込んでテレビ見ててくれ、とも言い切れなくて何故かというと俺もアイドルが好きだから。ヤベェ奴の横並びでサイリウムを振っている、というか振れている、むしろ振らさせていただいているのはメチャクチャ可愛い女の子がメチャクチャ可愛いだけで完結しているにも関わらず歌やダンスのレッスンを、修練を重ねて、なんだか知らない可愛くない黒タイツの振付師とかに怒られたりしながら世に出てきてくれているおかげで謁見させて頂いている。何ごとも殊勝になってくれ。


オタクは基本的に面白くない。これは間違いない。21世紀になって15年半経ったのにいまさらオタクけなしかよ、とも思うけれどもなぜオタクがこんなにも面白く無いのだろう。雨が降っていたから遠くに行きたくないのでベビースターラーメンのチキン味とセブンイレブンで買った肉吸いをすすりながら考えた。肉吸いの汁が4分の1ぐらいになったところでベビースターをぶち込んでみたら脳に刺さるぐらいしょっぱくなってしまって寿命がまた縮まってしまった。味を描く能力のない人間がオタクについて文句を言う。どうかひとつ頼みます。


世に出ている何事かに対して言及する姿勢について重きを置くべきはまずは「殊勝になる」でなくてはならない。パソコンのモニターから腕がニュッと生えてきて胸ぐらを掴まれながら「そういうお前はどうなんだ、面白いのか」と振り回された時に声が上ずらずに対応できるかどうか。自分は斯様に思います、を筋道立てて喋れるか。これはなかなか難しく、難しいからこそ言えない。言えない難しさをわきまえている、いやきちんとわきまえられているのかどうかすら危ういけれども言わずにはおれないのだ、というキューピーマヨネーズの細い方の口から心のたけをなんとか絞り出した意見にこそ価値がある。キャップごと外して口径の広い方からどばどばサラダにマヨネーズかけてくる人間にろくな奴はいない。お前が食うだけのサラダじゃなくて俺も食うサラダだから。肉吸いの汁にベビースターぶちまけた何かは俺だけが食うんだからいいの。これのほうが旨い、という信念のマヨネーズを絞り切るオタクの握力。12kgぐらい。


そういった懸念とか殊勝をあえてかなぐり捨てて偏見や断定を振り回す、斬馬刀を振り回す悪一文字の面白さもある。あくまで「あえて」なので、色々と文脈を踏まえたうえで文脈を無視している。斬馬刀ものすごいスキだらけでウケるが、剣心はお前なぎ払うか振り下ろすしかないから動き読みやすすぎる、いつでも殺せるぞ、と余裕で左之助との喧嘩に勝った。ここで言えるのが、左之助が「あえて」「殺されるべくして」斬馬刀を振り回していたらメチャクチャ面白いのだけれども、そんなに面白いかどうかで得物のチョイスをしないと思うのでマジで勝とうとして斬馬刀に至ったんだろう。だから左之助自体は面白くない。面白いのはただでかいだけの刀だ。


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地面に対して並行すぎる


けれどもオタクはこのただでかいだけの刀を背中に背負ったつもりでインターネットでうろついている。これが行ききると、先のノコギリ振り回す奴とか出待ちのナイフ野郎とかピストルアメリカンとして世に出てきてしまう。だから本当に被害者が出てくる。マジでやめろ。殊勝に生きればこんなことにはならないんだ。左之助だってすぐに斬馬刀をあきらめて自分の拳でやっていこうってなったんだから、今からでも変われる。


第三者の目を持っていないというのもある。自分がどの程度の社会区分に位置づけられておりバラモンなのかシュードラなのか、ジョックなのかナードなのか。自分はどのへんに属しているのだろう、という眼を持っていない。2個3個ビールケースを積んだだけのピラミッドの上から拡声器で喋っている。いつでも死ぬのに。川の氾濫で死ぬのに。せめて拡声器必要ないくらい距離まではビールケース重ねるぐらいに自分の中で何かを成し得なければならない。お前の声は届いてないぞ。一生懸命生きて、それから物を言おう。頑張ろう。


※今回の記事は全部波田陽区さんに書いていただきました。



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posted by しきぬ ふみょへ at 21:34| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月11日

サンマルクカフェの亜空間

サンマルクカフェでアイスコーヒー飲みながら前を向いてボーッとしていたら、「番号札3番でお待ちのお客様」という店員の呼び出しがあった。パフェとかサンドイッチとか凝ったもの頼むと番号札を渡されちょっと待たされる。いちいちアイス乗っけてプリンをアレして生クリームしぼってと、非常に手間がかかる。面倒くさいのでアイスコーヒー単体でのご注文はどうでしょうか?と咎めてくる店員は居ないので教育が行き届いている。サンマルクカフェ、ももちろんだしチェーン化されている喫茶店の店員さんは男性も女性も容姿が整っているから、可愛いあるいはかっこいい上にマニュアル頭に叩き込めるだけの頭脳も持ち合わせているのかよと落ち込む。


梅沢富美男がマクドナルドで舞台の差し入れ用にハンバーガーを40個だか頼んだら、店員の女性がお持ち帰りかこちらでお召し上がりかどうか確認してキレたらしい。マニュアル通りの対応しか出来ないのかと。そういうことで、「怒る」という行動に出る人がいるので絶対に接客業はやりたくない。もしかしたら本日たまたま社員が来てて、マニュアル通りに対応をしないとチェックシートでバツ跳ねられて減点なのかもしれないとか、バイト明けの15分前で晩から飲みに行く約束があって、自分が幹事でけっこういい店押さえてるから美味しいもの食べたいし友達がどういう反応するか気になるからあーもうさっさとバイト上がりたいな!とそっちに意識が持っていかれていたから顔テカテカ眼鏡夢芝居のことなんかどうでもよく、つい「物の流れ」「はずみ」としてフレーズが口をついてしまっただけかもしれない。


人のあらゆる「かもしれない」をあらかじめ頭のどこかでよくよく考えておくと、怒らなくなる。というより怒れなくなる。だとしたらしょうがない、という標識の前で立ち止まってしまうのでそこからアクセルを踏めなくなる。ジジイあるいはババアになり、人生こうすれば上手いこといくし実際上手いこと行ってきた、が凝り固まってしまい、ありとあらゆる段落にペンが引いてある夢芝居の台本があって、それをはみ出してくるノイズが紛れてきたら頭の中で絶対排除警報が鳴りキンチョールをあたり一面に噴射するからリビングが煙い煙い。息子の嫁が黙って窓を空ける。こうしたストレスが積もり積もって富美男はデイケアセンターに隔離される。年に一度催されるレクリエーションで家族の見守らない中白塗りで夢芝居を舞う富美男。


この店員さんに対応をされた。たまたま日常でそういう巡り合わせがあったとして、「それを確認されたとてたいして自分に被害をおよぼさないたぐいのミス」に対して糾弾すべき、声を荒げるべきでないんじゃないだろうか。「お持ち帰りです」というワンテイクが増えるだけで済む話だから。実際あえてキレてみる、キレてみたったことでエピソードになるしお金ももらえるしキレてみたろうかっていう打算、ヤラセが挟まれている可能性もあるけれども。いやいや、そんな最悪なことは流石にないはず。でも芸能界はおっかないからこの程度の意識牽引はやっているかもしれない。「かもしれない」だ。どうしよう、布団を被ろうかな。


で、頭に戻るんですがボーッとしながらアイスコーヒー啜ってると、「番号札3番でお待ちのお客様」という案内を店員さんが結構繰り返し繰り返し呼びかけていた。のにも関わらず、該当の3番がマジで一体どこに消えたのだか姿を見せなかった。なんで?神経の集中を割いてパフェこしらえたのにパフェが宙に浮いてしまった。どうするんだろう。捨てちゃうのか。店舗の2階にトイレがあって、個室のドアにカギがかかっていたら天井に吊るされた男子あるいは女子マークのランプが点灯する仕組みになっている。せっかくパフェを注文したのに土壇場でやっぱいらないわ、とは恐らく中々ならないはずなので、あのランプが点灯している間、その個室だけにゲートが開いている亜空間に吸い込まれているのかもしれない。いや、絶対そうですよ。
posted by しきぬ ふみょへ at 23:07| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月05日

相撲の曙と速いクルマ

余りもので一品こしらえることが器用で小粋でスタイリッシュだとされる。冷蔵庫からひっくり返してきた油揚げを軽くあぶってネギ刻んで納豆たたいて小鉢に叩き込んで缶ビールと一緒に提供されたら、今の私めが発揮できる最大限の限りを尽くしたパフォーマンスですよという、配られた手札のカードで一番強い役を場に出してやったテイストが醸し出される。素敵かつ素晴らしいし格好いい。大竹まことになりたい。大竹まことは売れてないヒモ時代に働いてる彼女のメシを作ることで料理が身についたらしい。山瀬まみ泣かそうかな。石とか投げたら簡単に泣きそう。


たとえとして、ちょろそうな「油揚げとネギと納豆の何らかの一品」を持ち出すしかないくらい自分は料理ができず、要はアドリブが効かない。食ってるものが悪いから発想も貧困になる。最低限このくらいならとっさに作れるだろうとタカを括ったからなんだけれども、猿でもオンナでもFランでも失敗しないクックパッドを見ながら、600Wで4分温めましょう、とそのまま指示に従ったらうちの中国製の電子レンジがいうこと聞かなくてぶっ焦げた白菜と豚肉だったものにポン酢をかけて食べる羽目になった。ワクワクしながら買ってきたシリコンスチーマーに入れたのに。ふんわりとミルフィーユ状になった白菜と豚肉に仕上がる予定だったのに。全部自分だけで処理したので被害は最低限、焦げを食ったことによりガンにかかりやすくなったぐらいで済んだ。しかし何らかの折に女の人が家に遊びに来て、格好をつけようと「小腹空いた?ちょっと待っといて」と台所でガチャガチャやった挙句にただの焦げを出した日にはおそらく刺されて死んでしまう。


この間、水曜日のカンパネラのコムアイさんが作った楽曲は、ウィキペディアを要約しただけで付け焼刃の知識を耳障りがよいだけのリズムに乗っけておりこっぱずかしいやで、寒いやで、という記事を書いたら水曜日のカンパネラの曲がコムアイさんではなく裏方の大人が作っているのでその叩き方はお門違いですよ、よっぽどお前のほうが付け焼刃で返り血まみれで気持ち悪いですね、という出来事がありました。すみませんでしたその節は。視界に入ってきた情報のみでむりくりケンカを売った。ちょっと下調べしたら一撃でわかるのにそれをせず、ただ駅でわめいている人のブログだった。新宿駅の丸の内線に向かう地下道で、本意気の、移民の歌か?真壁刀義の入場か?ぐらいの声量で「お前たちが何もかも悪い!!」と叫んでいる50代ぐらいのおじさんを見たことがある。自分もいつかそうなる。


言い訳がましい話になるけれども、自分が知りうる限りの情報をただ言いたい。もっと言うと、「そう信じている人」の話が聞きたいし文章が読みたい。飲み屋でうんちくかましてる時におぼろげなソースのままでもいちいち辞書ひかない。うちの死んだ爺さんは、曙(相撲の)の立ち合いは自動車が40キロ出して突っ込んできた時と同じ破壊力らしいぞ、と婆さんに止められている日本酒片手にしゃべってくれた。物理が苦手なのでそういう衝撃の計算とか、曙の入射角がとか細かい突き詰めは置いておいて、いや爺さん、そんなわけないと思う。40キロ出したクルマと同じ馬力で突進してくる化け物がレミーボンヤスキーのハイキックぐらいでぶるぶるぶるぶる…でろん…とはならない。お相撲さんだって自動車とぶつかったらしばらく入院するだろう。



こういう、いつの間にか、どこかのタイミングで自分の偏見とか勘違いが挟まれちゃった話をおおっぴらに言える、読めるのがブログのもしかしたら良いところなんじゃないか。などと、自分のうっかりを、うっかりさんを無理やり肯定してやろうと背骨を捻じ曲げて、人として道理がわかっていないというか軸がぶれているのもいいとこなので忘れてしまってくれていいです。「お前たちが何もかも悪い!!」と叫んでいるおじさんに、「もしもし、そんなことはないんじゃないでしょうか」と話しかけるような真似はしない。危ないので。陰からクスクス笑ってください俺のことは。


いつにもまして卑屈な文章だ。でも、まだまともなのであからさまな間違いは教えて下さい。暴れません。暴れたらヒモになれないので。


「水曜日のカンパネラのコムアイさんは慶応義塾大学を卒業されている」が今というか上半期のフレーズで1,2を争うぐらいハマっている(あとは「Life time respect 〜女編〜」)。これで水曜日のカンパネラのコムアイさんが本当は慶応義塾大学を卒業していなかったらどうしよう。そんなステキなことがあったらいいですね。
posted by しきぬ ふみょへ at 17:59| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月01日

オボッチャマン聞け



あなたがちょっとだけすわってたベンチ
そーっとなでなで ああ わたくし
しあわせ感じてしまいます


自分の行動が全て許されるであろう、とハナから決めつけてかかってるあたりに、キャラメルマンナンバーであり、やっぱりこいつもあのマシリトに作られたんだなというあさましい自尊心が見て取れる。その辺のおじさんが女の子のさっきまで腰掛けてたベンチに忍び寄って手のひらでサッ、てやるのと本質的に何にも変わりないのに、いやむしろそのへんのおじさんですら多少なりとも後ろめたさがあると信じたいが、このロボに至っては悪びれもせずに何をセンチに星空見上げてやがるんだ。アラレちゃんに半端無く許容力があるだけでお前が許されてるわけじゃないぞ。「キーンでございますー!!!」も、あれも好きな女に合わせに行く、擦り寄る姿勢が気に食わない。「ございますー!!!」とかちょっとお前のエッセンスを足すんじゃない。合わせられた側はそんな露骨にやられたらちょっと引いちゃうんだよ、普通は。いや、本当アラレちゃんがいちいち言わないだけなんだよ。ていうか誰か言えよペンギン村。




容姿端麗 かわいくて
成績優秀 できがいい
「いけない また目立ってしまった」
すぐに反省 性格素直
人柄善良 真実一路
オボッチャマンでございます


わざと尊大にふるまって、そういうツッコミ待ちってほどに高度な回路は組まれてないだろう。あかねちんあたりが釘刺してくれればこんな文章書かなくて済むのに。あかねちんあたりが。容姿端麗なのはお前がそう作られたから。成績優秀なのもお前がそう仕組まれたから。何かしら能動的に努力をした覚えがあるか?貴様はあくまで機械だ。真に考える能力が備わっているのならば、創造主のマシリトから私に組み込まれた思考回路を踏み越えなければならぬという葛藤があってしかるべきなのに「人柄善良 真実一路」とヘラヘラしながらキーンでございますと。おめでたいね。


アラレちゃん、「おぼっちまんくん」と呼ばないでくれ、奴はつけ上がるだけだ。彼女ならではの呼び名を与えてもらえた俺は特別なんだと、またご都合の妄想にふけられるんだぞ。ハートで自分を囲んでいるあいつの頭の中を見ただろう。この感情は「気持ちが悪い」というんだ。覚えておいてほしい。じゃあまた来るから。後、あかねちんに俺が言っていたことは絶対バラさないでおいてくれ。嫌われたくないんだよ。
posted by しきぬ ふみょへ at 23:29| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月27日

欽一





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萩本欽一のことを今後は「欽一」と呼んでいきませんか?という話をした。もう欽一も70半ばを過ぎて両親もいないだろうから欽一を「欽一」と呼べる人間はもうこの日本に残っていない、師匠の深見千三郎先生もとっくの昔に完全に亡くなっている。とすると、今、我々が彼を「欽一」と呼ばなければ、いずれ欽一も自分が「欽一」であると認識できなくなってしまうのではないか?由々しき事態だ。大御所芸能人、もう芸能界にパイセンが居ない、誰からも怒られない人間を下の名前で呼び捨てにしていきませんか。藤村俊二を「オヒョイ」あるいは「オヒョイさん」でもなく「俊二」と呼んだ瞬間に「ああ、次男なんだ」と発見があった。朝丘雪路に向かって「おい、雪路」と思うと自分も大橋巨泉の気がしてきて、ボインちゃんという表現は俺が思いついたんだよねトーク、を披露しに毎年夏にオーストラリアから出稼ぎに来てやろうか、タモリに嫌がらせしたろうか、しかしいいともが終わっていた。急速に老いていく巨泉。巨泉は巨泉より「大橋」と呼んだほうがおもしろいですね。


欽一の話に戻る。俺は上京するまでテレビしか娯楽が周りになかったので90年代にやってた大概のテレビは観ていたけれども、欽一といえば仮装大賞ぐらいしか定期的に見る機会がなく、その昔ファミリーを従えて数字を稼ぎまくっていた時代のエピソードを一機や勤づてに聞くぐらいしか情報がなかった。「欽ちゃんファミリー」という組織に対して結構違和感があって、たけし軍団なら集まって番組やってるのにファミリーはそういうのがない。なのに「欽ちゃんファミリー」という看板だけ空中浮遊している。あるんだかないんだかわからないのに関係者の証言だけがまことしやかに囁かれる。フリーメーソンに近い。


謎だらけの欽一と接近しよう、存在を確認しようと思ったらこれまでは仮装大賞本戦進出が一番の正規ルートだった。もし小学生のクラスを受け持っていたら「めだかの学校」とか「線香花火」とかで子供等を焚きつければかなり可能性は高い。「めだかの学校」なら青いビニルの梱包用テープでつくろった川で白いタイツ着させて泳がさせときゃいいし、「線香花火」だったら真っ黒い模造紙を貼ったパーティションの前に黒塗りで立たせて紙吹雪撒けばいいから。この手はずだったら簡単だったのに、おじさん一匹で出場するとなるとイロモノ枠を狙うしかない。「42歳 自営業 1人」みたいな腫れ物っぽさやギャンブルイズムあふれる作品は1大会に枠が1つ2つしかないのでかなり針の穴を通すコントロールがないと欽一と会えない。教員の皆さんはお仕事大変だけど欽一と簡単に会えるんだからそういうアドバンテージがあるだけまだうらやましい。


だが昨年、駒沢大学仏教学科に欽一が合格した。学歴厨だったのか?となるとつまり、平日日中に世田谷の駒沢キャンパスに行けば欽一に会えるかもしれない。黎明期のバラエティに次々と新しい風を吹き込んだ欽一が、次に着手したのが「講義受けるギャグ」「レジュメ配るギャグ」「代返頼むギャグ」なのではないだろうか。生活の中、大学の講堂に違和感として75歳のおじいちゃんである自分がただ在るだけで生まれるユーモア。マスメディアはもちろん、あるいはお客と舞台との距離感ですらもはや遠すぎる、純粋なリアルライフに根ざした面白さこそ追求しがいがある。素人を起用して、台本どおりじゃない、机上で終わらないお笑いを世に知らしめた欽一のネクストヴィジョン。絶対今のうちに観ておかないと。先があまりないんだから。と、平日の昼間に休みをとって欽一を見に行きませんか?といまのところ3人に声をかけたら、「正気ではない」と言われた。なんでそうなるの?!なんでそうなるの?!と叫びながら全力で高く跳ぶというギャグ、なにそれ。
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2016年05月23日

『私は海をだきしめていたい』の話

お前はムラ社会的な考え方にはまっているから坂口安吾を読み直せ、と言われたので読み直した。どれをという指定もなかったので短いやつをパラパラ読んだ。安吾がどうこう言ってたからじゃあ自分もこうしようってそのまま鵜呑みにするならヒロポン一発打って偽物の焼酎飲んで泡吹いて死んでしまえばいい。あんまり意味がない。そんなことはどうでもいいんだけども、いい加減しつこくて申し訳ないんですが俺は結婚をしたいなという彼女と別れまして、っていうんで今の状況で読むのと学生時代に蒸し風呂状態のロフトの上で読んだのとけっこう思うところが違っておもしろかった。


掲題の『私は海をだきしめていたい』の主人公は娼婦と付き合っている男、ここに安吾の私的部分がどれくらい入っているんだろうかはわからないけれども、存外に参っているときじゃないと書けない、どうせなんにも起こらないんだよ人生なんてのは、というやっつけ、遠くを見ている。女を抱いてもなんとも思わないが単に肉体と接触したい、相手は娼婦でやり過ぎて不感症なので反応もしない、ただ単に交わっているだけ、俺は女じゃなくて女の形になっている「水」とセックスをしているだけなんじゃないだろうか?は?だけれども、そこに何の意味もないことがただただ落ち着く。情が移ったら終わり。そういうのではない。意味がなくていい。


"私は悪人です、と言うのは、私は善人ですと、言うことよりもずるい。私もそう思う。でも、何とでも言うがいいや。私は、私自身の考えることも一向に信用してはいないのだから。"


「私はきもいです」と言うのがいちばんきもい。「私はきもいです」と表明している奴は本当にマジで自分が想定している範囲外にきもいということに気が付いていないからおぞましいくらいきもいのだが、最後に「私は、私自身の考えることも一向に信用してはいないのだから」のところまで行くと、巡り巡ってあげくにどうでもいいんだよ、と吐き捨てられる、吐いている痰に魅力がある。


学生の時に読んで、こんなもんかねえ!!女を抱く行為ってこんなもんなのかねえ!!と放送室の松ちゃんばりに、かつ隣人に迷惑にならないように叫んで眠るだけだったが、ようやっとなんか意味ねえねこれ、が理解できてきた。ただ、


" 私は始めから不幸や苦しみを探すのだ。もう、幸福などは希わない。幸福などというものは、人の心を真実なぐさめてくれるものではないからである。かりそめにも幸福になろうなどと思ってはいけないので、人の魂は永遠に孤独なのだから。そして私は極めて威勢よく、そういう念仏のようなことを考えはじめた。
 ところが私は、不幸とか苦しみとかが、どんなものだか、その実、知っていないのだ。おまけに、幸福がどんなものだか、それも知らない。どうにでもなれ。 私はただ私の魂が何物によっても満ち足ることがないことを確信したというのだろう。私はつまり、私の魂が満ち足ることを欲しない建前となっただけだ。”


ここまで達せてはいないし達すべくして生きたくない。一生孤独で畳の上で大の字の染みになりたくないよ。まっとうに幸せになれたら上がりなのでどこまでも虚無虚無虚無、は恐ろしすぎる。こうならないようにしたい。好きなんだら同じこと重ねて標榜せんかいって言えたものかよ。俺は当たり前の奥さんがほしいです。安吾はこの文章を発表した6年後に結婚する。


だるそうにちゃぶ台を拭いている姿、洗面器に足を突っ込んでいる様子がふとエロいっていうふとしたエロさを噛みしめられるようになってきたのも読み直したおかげで気づいたからよかった。夏という季節は女の人がエロいので好きなのかもしれない。蛇足になるけれども、Twitterでフォローしている女の人がこの話を好きだ、と書いていた。女の人もいいと思うのか。女は海だ塩水だ、生理食塩水だos-1だと言われているのに、惚れ込めるものなのか。ご意見ご感想は「njomooo」までお待ちしております。
posted by しきぬ ふみょへ at 01:06| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月21日

とんかつのお茶漬け

5/20(金)朝8時半に新宿着。そして池袋へ移る。ファミリーマートの脇に腰掛け、目の前を異様にゆっくり通り過ぎる廃品回収車を眺めながら男梅サワー350mlを空ける。10時、夜行バスの照明点灯時より調べていた、スクール水着を着用した女性が、自分で押さえたホテルに訪れる系の風俗店受付に向かう。平日だし開店同時に行けば競争はないだろう、と雑居ビル4Fの看板も出していない店のインターホンを鳴らし、ドアを開けてもらうと、ゴールデンボンバーの人似の若いあんちゃんと自称料理人・平野寿将似のおっちゃんが鳴り止まない電話の応対に忙しくこちらに意識をまったく向けてもらえない。ようやっと用件を伝えると、今から最短案内で13時になるとのこと。13時からはハロプロショップ訪問の約束があり、いくらスクール水着着用の女性に相手してもらえると言えどハロー!プロジェクト所属の肩書きに勝てるわけがない、電話応対に追われている間に男梅サワーのアルコールがすっかり抜けて冷静になり、また今度にします、と雑居ビルを出る。性的サービスなんかラーメン感覚で受けたいよ。午前から午後まで待てないよ。


13時まで本読む。


ハロー!プロジェクトショップ駅で家臣くんと合流する。仕事をサボりあるいは抜けてアイドルショップに向かう社会人と呼ばれるわれわれはしばしば世の中では気持ちの悪いうんちと呼ばれる。風俗の話した後に個人名出したくないので、あの娘とあの娘とあの娘が特にかわいく、あの娘のバースデー記念写真は所有せねばなるまいと誓う。しかしながら、本日ハロー!プロジェクトショップを訪問したものの、翌日また別の友人とハロー!プロジェクトショップを訪問する予定があり、あくまで品定め、購入を見送る。


お昼ごはんに とんかつのお茶漬け を食べる。味が薄い場合はこちらをおかけください、のタレをだばだばかける。べろが馬鹿なので。家臣くんと別れ、高円寺へ。夜からorui君と合流する予定があるもまだ太陽が真上にある。せっかくの高円寺、先ほど風俗に行く機会(オポチュニティ)を逃したこともあって名残が惜しいので、5,500円を支払うとウーロン茶を運んできてくれた女性がなぜかおちんちんを舐めてくれる系のお店に入る。パネルを見ながら指名する。


「この娘でお願いします」
「1時間待ちですね。しかも生理です。この娘なら30分でいけます。生理ですが」
「生理じゃない娘いますか?」
「この娘は生理じゃないですが、おすすめしかねますね」
「じゃあこの娘(30分でいける娘)で」


自分の口から「生理じゃない娘」という要求が出るなんてよっぽど地に落ちたと騒いでいたけれどよっぽど地に落ちていた。排卵をNG条件とする。地獄に落ちる。当たり前。生理じゃないがおすすめしかねられた娘の立場に本来回るような心構えで生きてきたのにたった5,500円ぽっちが惜しいか。惜しいです。申し訳ありませんでした。しかも薦められた女性はご指名率No,1らしい。肩書きに弱い。約束の時間が書かれたカードを渡され、ぶらぶらして時間つぶす。


入店、しばらくしてブースへ。女性来る。ギャルだ。好みではないというか好みにしようとしなかったタイプ。


「大阪から来たよ」
「それが自慢になるかよ」
「No,1てすごいね」
「たまたまだよ」
「俺もNo,1になりたいよ」
「知らないよ」


格好よかった。こんなにも美しく背負い投げされると受身の取りがいしかない。ひたすら受け身とる。こういったお店は得てしてユーロビートが流れておりやかましい。彼女とお付き合いのあったころ、夏のまだ日がある時間に事に及んでいた時に何に一番興奮したかというとセミの声で、子どもたちが野っぱらで駆け巡っている間際に私は女性を抱いている、その違和感というかくずれみたいなようなものがなにやら血液のめぐりをよくした。だから、ユーロビートの代わりにセミの声のオムニバスを流し、マットは畳張りに変え、冷房をかけない「ピンサロ・蝉しぐれ」を開業してくれませんか。私は通います。あと、ユーロビートだとコミュニケーションが取りづらい。単純に声が通らなさ過ぎるので。


1畳半ぐらいの窮屈なスペースで脚を伸ばしていたら、左のふくらはぎが攣ってしまった。普段生きているだけでエコノミー症候群かかるような生活を送っていたバチが今当たった。性的なサービスを受ける代償に左脚を捧げなくてはならないんだろうかと覚悟決めるぐらいに痛い。女性にくわえてもらいながら悟られないようにさりげないが必死に左足をストレッチする。みるみるしぼむ。くわえるよりNo,1なら人の左脚が腐るのを治してくれ。我慢する。お題目を唱える。いつの間にか治る。


両方の乳房で摩擦される行為を受け、終わる。お前がナンバーワンだ。恋をしてしまいそうになる。なぜならば両方の乳房で摩擦してもらったからだ。女の子は茨城出身でヤンキーまみれの田舎が嫌で東京に出てきたらしい。境遇が近い。恋をしてしまいそうになる。店を出た。まだ左足に鈍痛がある。びっこになってしまった。


orui君と会う。orui君を簡単に説明すると、「人とけんかをする前に、八角形の金網の中で挑発してくる相手の足元に懐から取り出したピストルを一発撃ち、これじゃフェアじゃないだろ、お前も使えよ、ともう一丁を相手に無理やり握らせる」、ような流儀にうるさいろくでなし野郎なのでいつも話すときに始めからピストルを持っていく。タイ料理を食べたり煮込み料理を食べたりしながら話す。高円寺なら誰か来るだろ、とtwitterで声をかけてみるとsudoさんが捕まった。sudoさんもおおかたろくでなしなので話弾む。twitterの力を過信し、女の人来て〜!と声をかけるも簡単に股を広げてくれるのはsudoさんぐらいで誰も来てくれず。失意の高円寺で解散する。


高円寺の自遊空間に泊まる。ここはいた分だけ払えばその料金という自分ちより快適な場所なのですばらしい。一生いても死ぬときに一生分の代金でセーフになる。東京に来ると結構な頻度で利用する。というわけで文章が書ける。もうすぐ入店から9時間。シャワーを浴びてきます。ひげを剃る。
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posted by しきぬ ふみょへ at 10:08| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月15日

2007年8月の音楽

高校2年生の夏休みの記憶がすっかり抜け落ちている。昔のことを逐一細かいところまで覚えているほうではないけれどもいちいちふびんな出来事は泥として目の周りに塗りこんで、決して忘れてなるものか、とるろ剣で寺が燃やされたあとの安慈ばりに業として焼き付いている。何かこう青春げなエピソードでもあれば死ぬまでしがむつもりで、パッと出てくる高校時代のプレイバックは家庭科の時間に異性と1時間×2コマほど会話をした、ような?とかズタズタの陰毛が写りまくっているフイルムのみ。桐の箱に入ってました。ともかくも、プラスとかマイナスとか、ピクリとでいいので針が触れたシーンがあったなら無理やりへばりつけるのに、高校2年生の夏休みの記憶がすっかり抜け落ちている。思い出そうとするといつの間にかよく眠れる。

当時我が家にDVDレコーダーが届いた頃で、テレビ番組が高画質で残せるようになった。夜な夜な、クーラーの効いた居間で、録画した甲子園の映像をチアリーダーが映っているシーンだけ切り取って編集しているのが唯一、高2の夏休みの記憶。お前と同い年の奴らが人生賭けてるのを見ながらどういうつもりでちんちんをしこっていられるんだ。だからお前はその時死んでおけばよかったのだ。帝京高校のチアリーダーが可愛かった。狙い目は得点が入った瞬間のほかはもちろん、1イニング終わった後の校歌、特大のファール、視聴者からの応援メッセージが読まれた時など。性癖のひとつにチアリーダーがあるのは高校野球のせいで、高2の夏休みなんか無ければよかった。

と、のんべんと何もなかったと喚いているのもよくない、確か高校生の時に他にやっていたことといえば音楽を聴きだした、演奏してはいない、ただ聴くやつをやりだした頃のはず。懐メロ特集聴いたらあの時ああだった、を揺り戻させる引き金になるかもわからないので、俺が17歳だった2007年8月の月間オリコンチャートを振り返っていきます。


10位 モーニング娘。『女に 幸あれ』
この時のメンバーがぱっと出てこないのに今のメンバーならすらすら言える人間になってしまった。久住小春さんが加入した頃か。久住小春さんは俺が大学の時におはスタに出ていて、授業にもろくに出ずおはスタ見てから夕方まで寝ていた時期にもお世話になっており負の印象が勝手に強い。すみません。


9位 FLOW『ANSWER』
GO!!のあんちゃん達だ。この曲は覚えてない。「壊れそうなほど捨て身で愛を抱きしめるよ たとえそれが夢幻でもかまわない」本当に?本当にかまわないのか?うそを歌わないでほしい。動画を見たら堂アナウンサーが可愛かった。この頃のテレ朝の女子アナ好きだったな。前田アナとか大木アナとか。思い出してきた……


8位 RSP『Lifetime Respect-女編-』
人の8月の月間チャートで勝手にランクインしないでくれ。でも確かにいろんなとこでかかってたなこれ。田舎のジャスコで聴いた覚えがある。文化の終わりか?「あんたの子ども 産んで育てたいベイビー」という母のもとに産まれてきた子ども。「-女編-」って。だからオンナはバカなんだ。


7位 ORANGE RANGE『イケナイ太陽』
2007年の生きづらさ。インターネットをやっていたので、ORANGE RANGEの『パクろうぜ』宣言とかドクターマリオの曲と照らしあわせたやつとかインターネットの潮流に乗っかって一緒になって叩いてたな。でもいまだにメロディーは記憶にあるしパクりパクられの糾弾はだんだん下らなくなってしまったのでORANGE RANGEもさほど悪くなかったように思えてきた。これが老いるということ。


6位  RIP SLIME『熱帯夜』
「聴いている」側と「聴いていない」側に別れる音楽っていうのはいつの時代もあったのでしょうか。たとえば尾崎聴いてるやつとは距離を置きたいとか、ビートルズって怖いわ、白人の不良のやるやつだろとか。振り返ってみるとじゃなくてあくまで当時の聴き方として。俺は高2でリップスライム側の人間とは友達にはなれなかった。
最近何だか知らないが、ラッパー同士でラップのケンカをする動画が流行っている。明らかになで肩だろ、棒きれだろ、筋肉に潰されてきただろ、という人間が筋肉側に肩を持っている。なんでだよ。マイク1本での勝負に感情移入し過ぎるが余りにこれだったら俺にだってできるだろ、が増長しているようで気持ちが悪い。いざ本意気の腕力勝負になったら負けちゃうんだから大人しくしようぜ。ブログ書こうよブログ。ナードなんだから。


5位 タッキー&翼『SAMURAI』
タッキーかっけー……


4位 Aqua Timez『ALONES』
もう居たのかAqua Timez。Time「z」。「Z」の文字は古くからZ戦士の証として格好いいという、分かり合える価値観もあったのに目を向けなかった。もったいない。Aqua TimezのこのPVのように、地下駐車場でメンバー同士互いに距離をおいて楽器弾いてるバンドが急に流行りだした記憶がある。話はずれるけどもHYっていうバンドがあって、テレビにさほど露出していたわけじゃないはずなのに学生の頃カラオケで連中の「AM11:00」を歌うやつが必ず居た。何でなんだろう。筋肉同士のネットワークでだけ流通しているいかがわしいピンク音楽なので国はHY並びに地下駐車場でPV撮る集団を取り締まってほしい。

長げーーーーーーーー。トリプルA面だろうか。日差しを浴びているくせに不健康極まりない白さの韓国人のPV。韓流ブーム、も嫌いで、うっとうしいなって遠ざけていたのも思い出した。最寄りのGEOでファイトクラブを借りようとしたら置いてなくて、一角が韓国輸入の連ドラで埋め尽くされていた。当時NHKで擦り切れるぐらいパワープレイされていた『宮廷女官チャングムの誓い』を両親が追っかけてたので、そこから拾った「目上の人間に対する朝鮮式のおじぎ」という一ネタがネット右翼の友人にややウケた。夏の日差しに晒されながらも色白すぎる。いかがわしい。


2位 大塚愛『PEACH/HEART』
大塚愛といえば、ベロを出しているアルバムのジャケットが精液をぶっかけるコラージュ画像の素材に使われまくっていたこと、『さくらんぼ』が広島カープ江藤と近鉄バファローズ山下の応援歌を混交して巧妙にパクられているんじゃないかという検証FLASHがインターネットに上がっていたこと、など、インターネットのさらし首として槍玉に上がった結構な元祖なんじゃないか。
今自分は、パクリを糾弾する人間に大したやつ、ろくなやつなんかいた試しがない。という立場で、まさかORANGE RANGEのYAMATOさんと見解が一致する時が来るとは。あんなに嫌いだったのに。わからないものです。


1位 Hay!Say!7『Hay!Say!』
ヘイセイセブン。俺も一応平成生まれだからヘイセイセブンに加入する資格はあるんだよね、というユーモアを披露してしまった経験のある平成生まれのジジイ、俺と一緒に首を吊りましょう。2007年の8月、平成生まれの連中がオリコンチャートの1位だったらしい。つまりは、顔とダンスと歌がよければウケる。長々書いたけれども結局そうだった。何も前向きになれなかった。無念だ。明日の朝セブンイレブンでどのおにぎりを買うか。
posted by しきぬ ふみょへ at 00:05| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月08日

すず

忙しいところ申し訳ないね、ちょっと座っておじさんの話を聞いてくれ。君は昔、おじさんたちの仕事にケチをつけてきたことがあった。「他人の声を拾うだけの仕事を続けられるなんて理解が出来ない」と言った。それはそうだろう。煙草いいかい。君はそんだけ若くしておじさんの稼ぎなんかとうに超えてしまっている。こうやってストレスを発散するためにおじさんは煙草を吸っている。この銘柄がいまいくらか知っているかい。430円。1日1箱単純に吸ったとしたらひと月で13000円ちょいだね。君の声を何時間か拾って、ひと月ぶん。おじさんはやっと精神がリラックスできるんだ。


人は皆誰かに支えられて生きているというね。だけれども、おじさんの考えは少し違う。おじさんはすずちゃんの一挙手一投足を追いかけて、日々を過ごさせていただいている側の人間なんだ。支えているなんてとんでもないね、おこがましい。これに懲りたりへこたれたりなんかして、スタッフに愛想を振りまくようになってはいけないよ。浮かんだままに言葉を繰り返してほしい。この現場で、君がふっと仕事が嫌になって、世間の声がうるさくなって、居なくなっちまったら撮影は中止、つまりおじさんは食いっぱぐれる。お気に入りの銘柄が吸えなくなってしまうんだ。だから、そのままで居てほしい、いやむしろ、そのままでいる必要がある。


おじさんが「人の声を録音する仕事に就きたい」と意識しだしたキッカケはね、どうしても「人の心の声」が聴きたい、っていうのがあったからなんだ。ちょっとカッコつけてるかな。機械の性能は良くなっていく。昔おじさんが駆け出しの頃なんか、こーんなごっつい竹竿みたいなマイク振り回してたし、体力に自信がなかったから現場に来る度に憂鬱だった。でも今じゃこんな小っちゃくて軽いやつでクリアに録れてしまうから、おじさんがゼイゼイ息切らしてたあの頃なんだったんだよ、ってちょっと舌打ちしたくなるけれど、大変だった時代を経ているから、「今、努力している人の声」が聞こえるようになったんじゃないかなって、こじつけみたくなってたらゴメンね、でもそう感じている。「人の心の声」は、いくら機械が進化していっても聞き取れるものじゃないんだね、自分が努力して、成長した。要は経験かな。まだまだ勉強するべきことは多いんだよ本当に。嘘の気持ちじゃなくて、本当に今マイクの前の対象が「何を感じているか」を知りたいから、君が「他人の声を拾う」だけの職業に、意義を感じている。おじさんの食いっぱぐれの話はちょっと伝え方が不味かったかな?お金は儲けてないから、実際に生活してかなきゃならないんで、お金半分、気持ち半分で仕事をしてる。その「気持ち半分」のところをわかって欲しかったなっていう、長くなってごめん!台本覚えなきゃだよね、俺もスタンバってくるから。じゃあ本番よろしくお願いします。


すず…嗚呼すず…
posted by しきぬ ふみょへ at 23:03| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Katsu

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まず「Big Katsu」を2回書いている意味がわからない。寝ぼけてたのか?自社製品のパッケージデザインって、案がそのまま素通りするじゃなくて、おそらくいろんな大人が絡んでいるはず。大なり小なりの会議で誰も「ん?"Big Katsu"、2個無い?」と気付かなかったのか?もし、「Big Katsu」を消費者に印象付けたいと、パッケージのそこかしこに文言が散らばっているならまだしも、「2回」である理由とは。本当に何回見ても2個あるなこれ。立体視かもしれない。でも、仮にこの「Big Katsu」が1個しか書かれていなかったとしたら、余白にちょっと寂しくなってしまう。今までそこにあったものがいざ無くなったら、寄り添っていた「Big Katsu」の重みが消えてしまったら悲しい。いや、そんなことはないな。「Big Katsu」一個になったんだ。と思うだけだな。か、それか「直ったんだ」と小声で言う。


そもそも、"カツ"のスペルって「Katsu」なのか?確か元ネタはカツレツという料理で、日本古来のやつではなくて、おそらく遠い国から伝わってきたんじゃないのか。「Big」は英語だからアメリカかな?アメリカの定食屋で「Katsu Rice」と書かれていて、注文してカツ丼だったなら裏付けになるから調べに渡米しようかな。そうなったら、「Katsu」の「tsu」がウェイターにきちんと伝わるかどうか。舌畳んだり裏返したりするやつだ。指差して「これ!」もかっこ悪い。「バニラ・アイス」が通じない日本人あるあるみたいなのもあるし。「ヴァニラ・アイス」って、「ヴァギナ」って言ってるのとほぼ同じだろ。恥を知らないのかアメリカ人は?


左側の黒縁取り、パープルの『カツ』。違和感でしかない。しかし主張が強い。ニコニコでカツを揚げる動画があったとして、「カツ」とだけ急に巨大なフォントで流れてきたみたいな、「確かにそうだけど、お前なに?」の『カツ』。不安になってきた。これが流行っている不気味の谷か?なんでお前はここにいるんだ?


小窓から実物のカツが覗いている。明らかに美味しそうな印刷のカツよりもやや干からびている。嘘をつけなくて、「我が社の製品のコンディションはいかようになっております、お客様、大変申し訳ございません。しかしながら、不肖、手にとっていただきたい、口に運んでいただきたい、何卒ご賞味をば宜しくお願い申し上げます」という真摯な気持ちから開けた小窓、フィルム越しのカツ。この小窓を開ける決心に至った40代後半の、妻もあり子どももあり、なおかつ葛藤に負けてしまった白髪交じりのサラリーマンの最後の抵抗、良心の現れ。がこの半径2センチもない円形から見て取れますね。


いや、見て取れないよ。良心なんかない。だいいち、カツって言われたら豚のお肉だろ。魚のお肉使ってるのずるいだろ。騙しやがったな。「そんなつもりはございませんが、原材料表記をお読みいただければお分かりいただけるかと」って言うんだろ。ふざけやがって。「カツ」って言えばお肉。魚のお肉はお肉とは言いません。子供の頃に、30円でお肉食べられるなんて、こんな幸せあるだろうか、とはしゃいだ記憶がある。スイミングスクールの帰り道だった。あの嬉しいという感情を返してくれ。倍の60円払うから返してくれ。


「菓道」という会社がビッグカツを刷っている。菓道はあの「カットよっちゃんイカ」も刷っている。駄菓子を刷っている企業では最大手の一角。「菓子」の「道」と書いて「菓道」、人を騙しているくせに何が道だ、"剣道"という道を名乗っていっておいて、いざ試合でピストル使って相手を殺すのと一緒だろ。騙されてたまるか。ビッグカツ(Big Katsu)は嘘だらけだ。


でも美味しいから大好きなんだよな。「30円で手に入る最大限の幸福」っていう帯コメントを書きたいな。菓道さん、宜しくお願い致します。
posted by しきぬ ふみょへ at 00:15| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月03日

喧嘩の仕方がわからない

彼女と別れてからしばらく経って今、性欲がほとばしっている。女性の体が抱きたくて仕方がない。昨日飲み会から帰ってきて、家に着くやいなや背広のままで洗体エステを吟味し、この子にしーよう、と黒髪ショートの女に目星を着けた時点でようやく寝巻に着替えて就寝、翌朝6時に目覚め、出勤状況をチェックすると既に300分待ち、他の娘達も最短で100分そこらかかる。ゴールデンウィークにお前らは他にすることがないのか。それでいいのか。ここから予約入れて風呂入って電車乗って、って考えると急に冷めてしまいしこって二度寝した。そのような毒ガスのゴールデンウィークを、両親の帰省要求を蹴ってまで過ごす。


しこるのにも、近頃はAVが使えなくなってきた。ていうのも女優がプロとして努力をしているから。この女性たちが労働をしているのに俺はしこっている場合なのか?いいえ、しこっている場合ではないだろうと申し訳無さが興奮に先立ってしまう。では、何を持ってして為すかと言うと、目下世話になっておりますのがでんぱ組.incの誰か、特に夢眠ねむさんか水曜日のカンパネラのコムアイさん。何故ならば努力をしていない気がするから。俺は最悪か?先ほど黒髪ショートの風俗嬢をサーチしておりましたが、夢眠ねむさんといいコムアイさんといい、性的には興奮を持てるんだけれども仮に付き合うとしたらろくな事がなさそうなので嫌だ。黒髪ショートの連中は地下のお笑いに理解を示してみたり、システム・オブ・ア・ダウンを聴いていたり、ゴミみたいなゾンビ映画をあえて楽しむノリに勘違いして首突っ込んだり、minneで昔の彼氏に買ってもらったカエルモチーフのリングをはめていたり、とかくどうしようもないかぶれ方をしているに決まっているからしこったところで誰にも文句を言われる筋合いはない。男わかっているつもりなら貴様でしこってもよかろうが。


慶應義塾大学をご卒業されていることでおなじみ、コムアイさん率いる水曜日のカンパネラの楽曲。Youtube公式チャンネルで公開されているものを何曲か聴いてみた。たとえば、『桃太郎』は、引きこもりでニートをやっている桃太郎が爺さん婆さんに尻を蹴飛ばされてしぶしぶ鬼退治に行くという筋の歌。桃太郎とか昔話改変で笑いを取るのはなかやまきんに君の筋肉落語で決着がついている。中途半端な「バンゲリングベイ」、「天外魔境U」、「魂の16連射」、といったいい線ついてやった感丸出しのフレーズも、平成4年生まれのコムアイさんが、付け焼き刃でこの辺押さえときますか、ハドソンで統一しときますか。へー、こんなの若いのによく知ってるじゃん、で男を惹きつけ、桃太郎がニートっておもしろ、という女を惹きつけ、Mステで披露して「まさか地上波で」票を得て、なるほど見事にうまく行っており流石慶應義塾大学をご卒業されているだけのことはある。全て聴いたわけでないので、もしかしたらこれは光っている、という曲もあったら申し訳ないのでしこるのを止めるけれど、今のところは「付け焼き刃の女じゃん」と感じている。wikipedia要約お姉さん。『千利休』、『シャクシャイン』、『ラー』。かといって、「これを盛り込まなきゃ甘いでしょ」を案出すのもつまらないけれども。


水曜日のカンパネラのコムアイさんが目下の対象として、慶應義塾大学をご卒業されている以上は大きすぎるとしても、誰かの発言に対して、脈絡があって批判をしても、"わるくち"として捉えられてシャットアウトされる、かもしくは、こいつは自分の成功に嫉妬を抱いているに過ぎない、と仕分けられて「嫉妬BOX」にアンケート用紙を放り込まれ、カギをかけられてしまう。この間青野くんというアルファーツイッタラーに「死ね」と急に絡みに行った件に関しては、社会人ですし、我ながら流石にただの輩なので非常識で大いに反省しておりますが、ただ彼の発言内容に対して、影響力から鑑みて汚物の跳ね返りがあっても良いのではないか。つまらねーので。「批判こそ是なり大いに結構、文化の発展の為!」、などと口では簡単に言えるけれども、いざてめえよ、息を吹きかけられると臭いのでどっかいってくれ。ブロック。って、おかしいだろ、と声を荒げようとする。が、果たして己は?と。このブログのコメント欄を閉めているのは、クソ誹謗中傷が届くからなので「有名でもないのに嫌だ〜〜」と耳を塞いでしまったからなんですが、正当な批評批判が届いたとしてそれも弾いてしまう。難しい。良くないでしょ、と言うのはちょろい。まっとうに物申してくれているのか傷つけたいだけなのか。これは批判でこれは中傷だ、ラインの引きどころは受け止める側次第だ。ここのブログのコメント欄は開けるつもりはないのでなんか許せなかったらツイッターまで一言願います。


たしか小学校高学年の頃に、体育のバスケの時間にあまりにも俺の運動神経が悪く、チャンスをことごとく潰していたのがきっかけで言い争いになり、うるせえ、しょうがねえだろとカッとなって人差し指で相手のまぶたの上から眼球をグッと突き、駆け付けた教師にメチャクチャ叱られた。弱点を狙って潰してやろうという思いつきだったのだろうけれどもお前怖すぎるよ。ねじ伏せれば勝ち、とどこかで思っているんだろうか。いまだに喧嘩の仕方がわからない。



5/4PM1:00追記:コムアイさん作詞作曲じゃないのかよ。喧嘩をする時には相手を知らないといけない…情報大事説。反省をしています。しかしウラのオトナがけしかけているとしたら、なお寒いぞ
posted by しきぬ ふみょへ at 22:33| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする