2016年03月07日

大阪の人は路傍の人だ

大阪に引っ越して来て3年が経とうとしている。毎朝通勤に、日本一高いビルあべのハルカスの地中に埋まっている地下鉄天王寺駅を利用している。だいたい毎朝同じ電車を使う。すれ違うだけだけれども、そのなかで多少異彩を放っている存在は嫌なもので覚えてしまっている。まず、双子なのか、双子じゃないのか、絶妙に頃合いは似てるけれども判別しかねるブスな女子高生2人組。思い切ってどっちですか?と聞きたくなる。かならず2人でいる。


黒い革ジャンで、押井守みたいな(少年アシベにでてくる中華屋の大将みたいな)髪型のおじさん。このおじさんは、手ぶらか、ショルダーバックを提げているかの確率がほぼ半々で、毎朝同じ時間にすれ違うから一応ルーチンワークには就いているのだろうけど、丸腰とそうでない日はどう区別されているんだろうか。大麻を卸している人か。


冬場以外はランニング(タンクトップと言いたくない、彼の場合はランニングが正しい)、冬場は桜が刺繍された和柄のスカジャンをはおっている、二十代前半ぐらいのかなり肥えたスポーツ刈りの男。彼は基本地下通路をぶんぶん腕振りながら猛ダッシュしている。かと思いきや、今日もそうだったんですけど、やたら背すじを伸ばしてむしろ威風堂々と歩いている時もある。さっきの押井守もそうですが、毎朝こっちは同じ電車を利用して同じ通路を歩いているのに、向こう側が変化をつけてくるのはなぜか。走っている背中を追いかけて捕まえたら大麻売ってくれるかもしれない。


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だいたいこんな肩幅のある女のマネキンが府の公式で人格を与えられている時点でまともな人間が利用できる駅じゃない。今朝はがなり声を挙げているおじさんが居た。土地柄が土地柄だけに六甲おろしか、と一瞬勘違いしたが完全にオリジナルの節でがなっているだけだった。


ケンミンショーなんか観ていると大阪で別枠設けられて、こんなに愉快やで、壁とか感じひんねんウチら、横丁へよ〜こちょ、とか言ってますけどぜんぜんそんなことない。一人で飲み屋に入ったって絡まれない。一回だけ、高校の頃赤井英和にボクシングでボコボコにされた経験のあるおじさん(マジで右フックが見えなかったらしい)とちょっと喋ったがそのくらいだ。前の客にはお会計3000万円、とユニークをかましていた店員が俺の番になって1800円になります。とマニュアルの応対をされたこともある。結局よそ者に対してはいつまでたってもよそ者扱いだ。


駅でうんこをしたくなったけど、全個室がふさがってて、仕方ないので10分くらい待ったけど本当にどこも開かなくて時間もないので諦めて失意のうんこを腸に抱えたままで会社に行った日がある。朝の通勤時間帯に3つしかない個室トイレを占領するろくでなしが3人集まるなんて、"人情の町"であってはならないよ。どうせスマホでもかまっているんでしょう。俺はうんこの列に並んで、いざ自分の番が回ってきたら絶対に周りの連中よりも早く出して拭いて流す。「出して拭いて流す」、悪・即・斬、に命を懸けてますので。結局それが後の人のためにもなるんだから。大阪の方々はぜひ参考になさってください。
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2016年03月06日

和辻哲郎『風土』こだま『Orphans 川本、またおまえか』



1935 日本
2016 日本


今年の冬ははわりあい暖かったが、北海道は今日も最高気温1度とまだまだけっこう冷え込んでいるらしい。人間が定住している土地の最北端といわれる、ロシア・オイミャコンの現在の気温は-42.1℃。900人住んでいるとのこと。この事実を知ったら900人のロシア人が大阪に引っ越してくる。そんな世界津々浦々の人間が、朝家を出て「今日寒っ」とついつい口に出してしまうその「今日寒っ」は、それぞれ強度が違う。価値観や宗教や文化、生まれる文章は、土地の「風土」に大きく左右される。昭和10年と平成28年ではだいぶ街の雰囲気は違うだろうけれども、この2つの作品について書きます。

インドの神様は蛇だったり鳥だったり、象と人間が合体してたり、宗教画も極彩色でとにかくバリエーションに富んでいる。それは雨季があり乾季があり、ヒマラヤに接し、ガンジス川が流れ、「変化」に富んでいるから。香川県生まれのナンチャンもインドで映画を撮った(撮ることを許された)。対して、砂漠の民、一年中砂と岩と"乾燥"のみで、生産性ゼロ、部族という集団に属し、敗北すなわち死、水を得るために闘わなくては生き残れない環境で生まれたのは「唯一神・戦の神」だった。砂漠の芸術も、「モスク」とか「ピラミッド」とか、自然への対抗意識としての人工物、"形"をはいドーン、というもので、砂漠の中にぽつんとあると存在感がすごい。"砂漠においては自然は死である。生は人間の側にのみ存在する。従って神は人格神でなければならぬ。"


戦の神は、砂漠を超えて「愛の神」に変わった。乾燥しているものの冬期は湿潤な西ヨーロッパでは、主食である麦がよく育つ。夏に撒いてほっといたら生えてくる。そのへんの草も牧草として、牛や羊に食べさせておけば良い。労働に関心が薄い。だから"余暇"が生まれる。ひまなので、勉強をしようとなる。白人が全員かしこいのはこのおかげ。そしてギリシャ、ギリシャはまったく雨が降らない。年間300日晴れる。が、エーゲ海の近くなので、牧場もあるし、オリーブやぶどうの栽培はできる。ギリシャでは、「ポリス」という集合体で生活した。ポリス間の戦争で負けたら奴隷になる。奴隷に労働をさせる。ここでもまた労働の必要がなくなった。"競争"に価値を置くギリシャ人は、「俺は絵を描くわ」同士、「俺は石を彫るわ」同士、俺は「"万物の起源"について考えるわ」同士でバトルして文化が育っていった。そんな「個」の集団でガシガシやってたギリシャを、全員野球でローマが倒しました。ローマ人は「水道」を街中に張り巡らし、街の環境統一を図った、「合理性」が勝利した。"ローマ人はただギリシャの産物を受け容れるのみであって、己れ自身の表現をなし得なかった。しかるに合理性による自然と人間の制服に関しては、彼らはギリシア人のなし得なかったことをなし得るまでに至ったのである。"


アジアでは、「中国」そして「日本」が挙げられている。中国はでかすぎる。揚子江と黄河、という2本のでかい河が流れている。揚子江は湿潤地帯にあり、でかすぎて人間がどうやったって氾濫する。黄河は乾燥している。何も起こらない。王朝はあるけれども、法の網の目がきちんと隅まで徹底できるわけがないので、自分たちの身は自分たちで守るしかない。人々は「没法子(メイファーズ)」=しゃあない、こんなもんだろ、という価値が行き渡った。
日本では「台風」に着目されて、いくらコツコツ積み上げてもその都度台風でチャラになってしまう(桃鉄でもそうですね)、四季ごとの変化もめまぐるしい。日本人の感情は「昨日の敵は今日の友」とめざせポケモンマスターでも歌われていたようにコロコロ変わる。敗北の美学、判官びいきは日本独特のものだ。しかしながら、日本人は「忍従性」も併せ持つ、さっき書いた西ヨーロッパ人は麦は撒いときゃ育つので余暇を自由に使えるというのではなく、稲は田んぼがまず必要で、腰を曲げて稲を植え、雑草を引っこ抜かないといけない。「日本人」という単位で性格や感情をくくることは難しい。北から南であまりにも風土が違いすぎるので。


和辻哲郎は、ハイデガーの「存在と時間」という本に影響を受け、人間の存在を決定づけるのはタテ軸の時間=歴史性によるものだとしたら、ヨコ軸の場所=風土もそうなんじゃないの?違ったらごめんねという好奇心で書いている。2016年、都市〜都市の町並みは平たく延ばされ、マクドナルドは世界中何処にでもあるし、ピカチュウを可愛いと感じない人間はいない。価値観がうわーっと地球単位で統一されようとしている。


だけど、いち個人の、「こう思ってまっせ」という、話しぶり、文章は、いまだに、「風土」に左右されてどういう振り子の触れ方をするかが決まると思う。こだまさんの『Orphans 川本、またおまえか』を読んで、北海道の真ん中らへん、というメチャクチャ冷える土地で生き抜いてきた、細胞がどんどん死んでいっているおばさんが、脳内で暖房を焚いて煮えたぎらせた熱量、寒地の生活への根付きがあると思った。


"私の生まれ育った極寒の集落は、冬の朝、氷点下二〇度以上まで冷え込む。私が通っていたのは過剰までに放送機器が揃っていながら、体育館の暖房設備は不十分という、ちぐはぐな学校だった" と書かれている。氷点下二〇度下にさっきまで居たのに、機材が放つ熱のこもる放送室、で作文を発表する、ボーっとする、顔面が紅潮する、いじめっこの「川本」に「猿」とからかわれる。こだまさんが南に住んでたら、ちょっと不健康なおばさんで終わっていたんじゃないか。体をむしばむ、吹雪の山谷の間に暮らしているから全身が捻じくれてしまった。


本当に、エピソードとエピソードを自然につなげるのがうまい、小学校、中学、高校、大学という場面転換。「川本」の存在が軸になっているのだけれど、こじつけがない。小中高、という極寒の部落で、狭いコミュニティで、ずっと障害として現れてきたコンプレックスこと川本が、時を隔てて大学時代にたまたま再開し、彼のセリフに感涙し、「あいつも広い世界で変わったのだ」という。


こだまさんは、「川本、またおまえか」を主題に据えた。こだまさんはまだギリギリ生きている。川本がクイックジャパンを読み、勝手に載せられ、恨み、こだまさんと生命維持装置をつなぐ管を外しに来るかもしれない。未来はわからないが、こんなに文章のうまく、運命を受容している人は、カラダを張って伏線を回収してくれる気もする。
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posted by バスケ女 at 22:41| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月02日

The Who『Baba O'Riley』の和訳



The Who『Baba O'Riley』(71年 英)


Out here in the fields
I fight for my meals
I get my back into my living
I don't need to fight
To prove I'm right
I don't need to be forgiven

ここじゃない場所で
飯を食べるために闘う
自分の人生を背負うぞ
闘う必要はない
自分が正しいので
許される必要もない

Don't cry
Don't raise your eye
It's only teenage wasteland

泣くな
目を上げなくてもいいから
10代なんか意味が無いぞ

Sally ,take my hand
Travel south crossland
Put out the fire
Don't look past my shoulder
The exodus is here
The happy ones are near
Let's get together
Before we get much older

サリーという恋人がいるので俺は大丈夫だ
南の方へ行こう
火を消せよ
肩越しに過去なんか見るなよ
逃げよう
サリーという恋人がいるので幸せだ
一緒になろう
ジジイとババアになる前に

Teenage wasteland
It's only teenage wasteland
Teenage wasteland
Oh, oh
Teenage wasteland
They're all wasted!

サリーという恋人がいるけど、
それは10代だから意味がない、
20代になっても意味がないし、
oh、oh、
ジジイとババアになっても意味がないだろう。
ありがとうございました!
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2016年03月01日

猿の物真似

先週の金曜日から3連続で帰りにすき家に寄っている。牛丼を求めに来た客を1人でさばく店員の動きをしばらく眺めていた。何か考える余裕はあるのだろか。すき家なんか、無限にメニューがあるし無限にトッピングがあるのに、無事に指定したとおりに頼んだものが提供されてくるの奇跡に感謝しなければならない。ワラライフだ。俺なんか職場のパソコンでふと気が付くと知らない昭和のパ・リーグ選手のウィキペディアとか読んでいる。


「孤独のグルメ」、飯を食っている中年男性のこだわりを緻密に書いたのが当たって、それの真似をして街のへんぴな定食屋に飛び込んでずべこべ能書き垂れながら飯をくうような行為は、本当はよくないんじゃないかと思う。真似るべきは井之頭五郎さんの「好きなもの」に対し、孤独であっても楽しみを己の中で完結させられる人生の技術、愛や姿勢で、別に飯屋でなくてもいい。「孤独のボウリング」で誰とハイタッチするのでもなく淡々とフックをかけ続けて1ゲームだけで帰るのもいいし、「孤独の田植え」で村八分にされたおじいさんが単独で栽培して実った稲を、小さいワンハンドの鎌で刈っている時に何を考えているのかも気になる。そこに美学があれば。一個の物事に、周囲から孤立しようと執着している人間を応援します。関係ないですが、代アニの校長に楽太郎が就任した後どうなったんだろう?


などとぼんやりしながら、ひじきと冷や奴がついてくる「健康セット」を食べていました。健康セットなわけないんですけどね。だいいち牛丼屋入ってまでいらないプライドで最後の抵抗をしようとする俺みたいなのが一番醜い汚泥人形(おでいにんぎょう)ですよ。牛丼美味しかったです。


昨日書いた梶井基次郎の『檸檬』の記事に追記したい話。作品が世間で流行った後、影響を受けた文学好きが、作中の主人公の行動を真似て買っていったレモンを本棚に置いて帰り、再オープンした去年の8月からは、もう片付けられてるだろうけど、期間限定で「レモンを置いていってくださいや〜」とカゴを設置してたこともあったらしい。


檸檬を読んで感動を受けた人間が、実際にレモンを買って京都の丸善に置いていっちゃダメだろ。あれは、まったく無意味な行為に妄想の中で命を吹き込んでいるからこそ素晴らしいのであって、「レモンを置く」そのものをやろうとするのは、アタシはね、アタシは良くないと思うよ。関係ない場所で関係ないことやるのがより「檸檬」であって、京都の丸善寄るんだったら鴨川まで行って川にジーパンのまま入ってど真ん中でジーパンを脱いで帰ってくるとか、その後「ジーパン」って短編書けますよ。
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2016年02月28日

ユタカくん

小学校1年から2年の途中まで、ユタカくんという色黒の少年と同じクラスだった話をします。ユタカくんは小学校に上がると同時に富山から引っ越してきた。富山弁というのは若干関西訛りが入っており、県境をまたいだ新潟県上越市のしょうがく1ねんせい達は彼の「ホンマ?」にけっこうビビっていた。


入学し、出席番号が一つ違いだったので席が前後になった。クルッとイスごと振り向き耳慣れない言葉でまくしたてるユタカくんに、生まれながらにして守りの体勢で生きようとしていた自分はかなり恐れおののいた。しかし、だんだんと、彼の服装のパターンが「紫地にティラノサウルスが雄叫びを上げているTシャツ」「赤白のボーダーシャツ」「土星の輪っかが"HELLO"という文字列になっているTシャツ」のローテーションであるという事実に気づいた頃にはすっかり仲良くなっていた。彼は上にお姉ちゃんが2人、下に弟が1人と平成の世にしてはまあまあなかなかの大所帯で暮らしていて、あまり着る・食べる・住むに恵まれているとは言えない環境のようだった。シーズンを通して半袖半パンで貫いていた。足が速かったのにモテていなかった。


通学路でふと、道路脇のアスファルトとブロック塀の境目に生えているヨモギを摘んでいるところを見かけた。「ヨモギ餅にしてもらうんや」と語っていた。横にかがんで、見よう見まねで収穫したヨモギを家に持ち帰ると、母から「そんな不衛生なもの食べられるわけがない」と棄てられてしまった。ユタカくんはヨモギ餅を作ってもらえたのだろうか?


近所の公園でフリーマーケットが開かれたことがあった。遊びに行ってみると、ユタカくんに出くわした。ビニールシートの上に並べられたスーパーファミコンの裸のカートリッジの前でうんうん唸っている。声をかけると、1本100円で所持金が百円玉一枚、どれを買おうか迷っているらしい。しかも彼はスーパーファミコン本体を持っていない。つまり、俺の家にソフトを持ち込んで機械と電気を拝借しようという魂胆なのである。つまりここでの選択は、俺の生活にも影響をもたらすわけだ。2人でしばらく考え、『ろくでなしBLUES』の対戦格闘ゲームをチョイスした。月刊コロコロコミックしか読んだことがないくせに、ヤンキーが暴力でのし上がることを良しとする週刊少年ジャンプ連載作品の対戦格闘ゲームを手に取った我々の価値観、振り返って分析するに、「顔の面白い人が写っているから」一点だったのではないだろうか。その日以降、下校するともう先回りしてうちにいるユタカくんがお菓子を振る舞われながらゲームで遊んでいる、という日々がしばらく続いた。どういうことだよ。もしいま会社の同僚が自分より先に自分ちでゲームしてたら殴るよ。
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ストーリーモードで、前田太尊を操作して、小便器の前に立たせるとおしっこをする、というのが面白かった。たぶん今やってもまだ面白い。


ある日、教室の中で育てていた野菜、たしか枝豆かなにかだった、日陰になるように床に置いてあったプランターに、休み時間はしゃいでいたユタカくんが転んでうっかり思い切り尻もちを着いてしまった。女からの糾弾の雨あられ。たまたまお前たちでなく、ユタカくんの尻だったというだけなのに。帰りの会で晒し者になり、担任からもお灸を据えられた。ティラノサウルスのTシャツを着ている人間があんなにもしょげることがあるのか。あの時新潟県でいちばん健康だったユタカくんは、次の日、またその次の日学校を休んだ。


担任は風邪という説明をしたが、どうしても彼が1℃2℃の体温の上昇で休むようなやわな男じゃないという気がしていた。冬の日本海から吹いてくる季節風に最小限の布きれをまとうのみで立ち向かっていくあいつが。なにやらわけがあると感じ、帰り道、ユタカ家を訪ねてみることにした。我が家と逆方向に歩いて行くのは初めてだったかもしれない。


ピンポンを押すと、ユタカくんの1つ上の姉が出てきた。両親は共働きだったので不在だった。もしここでお母さんが出てきたら、「ユタカは病気だから」という理由で門前払いをくらっていたかもしれなかったので、お姉ちゃんがすんなり通してくれたのはラッキーだった。自分の部屋はないので、ユタカくんは居間に座っていた。いつもより色黒だったような気もする。落ち込んでいるという表現も違くて、ハイ状態に入れっぱなしのギアがニュートラルに戻っている。ユタカくんに立ち会うときのはっけよいから変化を食らってしまった。具合悪い?と聞いてみると、「ちゃうねん。おれが学校行かんかったらな、みんなと逆やとおもうねん。おもろいとおもうねん」と言った。さして意味がうまく掴めなかった。しばらく2日間学校であった出来事を報告し、ユタカ家を後にした。家に帰り、前田太尊を小便器の前に立たせてみたりした。ユタカくんはその翌日、こないだまでのように学校でうるさかった。


みんなと逆やとおもうねん、おもろいとおもうねん、勉強はあまり得意ではなかったユタカくんが途中式を経ずに、集団にカウンターパンチを打とうとする心意気的なものがなんとなく、自分が世の中の通念と違った何かをやってみたくなった時によぎる。3年生に上がる前に転校してしまった。なんとなく思い出したのでもしブログを見つけたら教えてくれ。10月10日の体育の日生まれだった。足速くて。そこは裏切らんのかよ。
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posted by バスケ女 at 21:05| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月21日

2016/2/21の日記

朝10時ぐらいに起きて、おとといCD屋さんで、稼いだお金と交換して手に入れたこぶしファクトリーの「桜ナイトフィーバー」の初回特典PV映像を8回から22回ぐらい鑑賞した。桜ソングは世に超あるが、個人的には川本真琴の「桜」に比肩するとんでもない楽曲だ。作詞作曲はKANで、桜の一人称で人間に対して問題提起というのが白眉だ、構図ひとつ工夫するだけでここまで印象って変わるかね、と驚く。PVもステキだが、和田桜子ちゃんの見せ場が少なかったのが残念だった。3/8生まれだから名前に桜と入っているのを活かしてくれんかい。俺が桜子ちゃんのパパだったらアップフロントの前でそう大声を出しているのに。


南海電車に乗ってなんば/日本橋へ。前日馬鹿みたいに焼酎を飲んで臓器が紫だったが、瀕死になってから復活した時に強くなるサイヤ論に則って己をシバくために二郎インスパイア系のラーメン屋に行った。店のドアを開け、閉めた瞬間空気が悪すぎて髪の毛がハゲてしまった。全マシにしたが案外食いきれて、もう今日何も食わないでいいな、と極狭の店内を通り抜けようとしたら壁にハンガーで吊るされているコートに引っかかってバサバサと落っことしてしまい「アー」と言ってしまった。店内の人間は豚に意識を集中しているため何も反応が無かったので、一人でもそもそと元の状態に直しながらお腹いっぱいなのに死にたい、という初の心になった。外に出たらこんな大阪の南なんて最悪の大気なのにやたらと新鮮にうまかった。二郎系の店に行く度に、結局店の外での呼吸のほうがうまいんかいと思ってしまう。


ハロプロショップの方にまで歩いたが、ここに入るとなぜかサイフの中のお金がなくなってしまうので今日は二礼二拍一礼だけで引き返してきた。だんだんと自分の中で、ハロショが「滝」や「お寺」と同じ位置になってきた。


ベローチェでコーヒーを飲んで2時間居た。ベローチェは安いのでいいが、とりわけ日本橋のベローチェの客層はあまり良くない。だいたいでかい声でソシャゲやらモンハンやら遊んでいるので気の集中に根が要る。今日は宇野浩二『苦の世界(1918-1921)』を読み返した。本当に人生うまく行ってない人間しか出てこない小説。なんでこんなもん出したんだ。背すじが冷たくなる。作品中、「ヒステリーの嫁に耐えかねて別居をはじめた売れない画家」「実の父親に彼女を寝取られた学生」「借金取りから逃げている本屋の主人」の3人のダメな大人が、家に帰りたくなさすぎてなぜか浅草花やしきのメリーゴーランドで遊ぶシーンが何度読んでもいい。

"「メリーはたのしく、ゴーは…ゴーはなんでしたっけな。ああ、行くですか、そしてランド、いや、ラウンドはまわるですか。はあ、メリー・ゴー・ランドじゃない、ラウンド…たのしく、行く、まわるですか。なアるほどね、たのしく、行く」…といっている時に、どうしたはずみだったのか、山本は、ゴトン「あッ」というさけび声とともに、木馬から落ちたのであった。" たのしく、行く、まわるのが人生で一番難しい、人生さえ上手くいくだけでなにも言うことはないんですけども。


千日前のジュンク堂まで歩き、適当に文庫本を買って会計を済ませると、3/21で閉店するとのこと。嫌過ぎる。ここで勘で本を買うのが大阪越してきてからの数少ない楽しみの一つだったのに。思えば、つい先日も仕事終わりにたまに立ち寄ってクイズのゲームをしていた「ニューウメダ」というゲーセンもつぶれた。いよいよもって西から東に移る決心が固くなる。"居る"が出来なくなるのは辛いな。堺市とハロショまでのけもの道を往復するだけの生き物になるかもしれないです。
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posted by バスケ女 at 20:26| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月18日

シーザーサラダに相対す

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大人数の飲み会前半で、誰が注文したのか、コースに組み込まれていたのか、ふと気が付くとテーブルに運ばれているシーザーサラダ。俺はこの料理があまり好きではない。一人暮らしで、コンビニで買ってくることもなければ、まかり間違ってもお店で売っている葉っぱを自宅でちぎってお皿の上に盛ることもない。子どもの頃を遡っても、部活から帰った晩、誕生日、はじめてシコる前、はじめてシコった後、どの食卓を思い出してみても登場しない。こいつに出会ったのは、大学受かって上京して、集団でどこか酒を飲むお店に初めて連れて行かれた時だった。終始恐縮していた。恐縮しきりだった。思い出の中にシーザーが活きてきたためしがない。


シーザーの気に入らない点は、まずそのものずばり味です。味の嫌いな食べ物を「味は嫌いだけど、でも良いな〜」と感じた経験は今のところありません。生野菜に温泉たまごは、合わないよ。レタスの青い味、シャキシャキのみずみずしさをとろみが殺す。青春を否定してかかってくる。あとクルトン。何がしたいんだ君は?皿の上に謎の立方体を散りばめるな。食感だけで「仕事してる面(ツラ)」を出してくるからなあいつ。渾然一体の逆の概念。で、プチトマトも居るじゃないですか。プチトマトも攻撃してやろうと銃を構えましたが、単純に僕がプチトマト氏個人が苦手であり、あくまで集団としてのシーザーの体制を批判する今回の趣旨と外れてきてしまう為、撃ちません。


シチュエーションというか、木製のボウル的なものに入ったシーザーとトングが、卓上に提供された瞬間の空気が嫌い過ぎる。シーザーなんかが出てくる飲み会が気の許せる関係で構成されているはずがないので、"下の立場"の人間が、"上の立場"の人間に葉っぱを取り分けてやらねばならない。上司と部下か、合コンなのか、モンスターハンターのオフ会なのか知らないが、トングを握った奴が、そのまま「気が利き、世の中に慣れている」という称号まで勝ち取ってしまうのが気に食わない。こっちはもう、髪整えたシーザーがこっちに歩いてきた時点で辛い気分で何も出来やしないのに。緑色の葉っぱを均等に配れたら偉い、ってそんなものは洞窟でやってくれ。


第一、酒の席に現れるくせに、アルコールのお供にならないってますますもって存在価値がわからない。薄いてろてろが胃に敷かれてるだけの、膜一枚隔てた真上からビールが流れ込んでくるのでまあ酔う。女性はお酒に酔う。男は調子が上がる。メートルが上がる。力こぶが出てくる。アパートに連れ込む。ロフトに上げる。そこまでは想像付いたんですけど、先へ進もうとしたら頭がボーッとしてきたので何も考えられませんでした。つまるところ、シーザーが君臨した時点でもう、ペニスの暗喩なのです。シーザーサラダ、あらため「ペニスまがい」です。気をつけてください。


シーザーサラダ。そしてポテト、から揚げ。奴らが揃った時点で、厳しく、不当に重力の負荷がかかった闘いが余儀なくされることは疑いないでしょう。しかしポテト、から揚げは、いわば犯罪の片棒を担がされているに過ぎない。もともと彼らは、大手ハンバーガーチェーン・マクドナルドがメニューに採用しているように、万人に愛される存在なのであるから。しかし、ペニスにそそのかれたが故に、或る一人の女性が強姦されてしまう負の連鎖に巻き込まれてしまったのです。悪の源を絶ちましょう。まずはビニールハウスに火を放ちましょう。


いや、しかし、この前レタスで豚肉などを巻き、ぽん酢をふって食べてみたら美味しかったな。迷うな。今日はやめるか
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2016年02月17日

がんばれゴエモンきらきら道中のエンディングは良い



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『がんばれゴエモンきらきら道中 〜ぼくがダンサーになった理由〜』 という、95年にコナミから発売されたスーパーファミコンのゲームの エンディング が好きすぎて、Twitterの140字で収まらない伝えたいやつを伝えたい、というだけの記事です。あらすじとかはまだるっこしいので省きます、75%くらいネタバレしますのですいません。やったことある人の間で共有できたら嬉しいし、未プレイの方はこんなとこで中身を知ってしまってもなお手にとってほしいゲームです。

冒頭に貼った画像ですけど、「泥棒」と「泥棒の相棒」と「緑髪のくのいち」と「ちょんまげの生えたメカ」の笑いのツボが一致するなんてことあります?職種、性別、人類であるかそうでないかの壁を乗り越えてゲラゲラと泣き笑ってるってこんな平和なことないだろ。そういうエンディングなんです。


惑星を股にかけた闘いの後に、夕暮れをバックに仲間たちと大爆笑している。ちなみに、こいつらがツボっている共有の話題については、迷ったんですけどそこはゲームやってもらったほうがくだらなさが伝わるので隠しておきます。ここでは。配慮として、「〜ぼくがダンサーになった理由〜」部分なのですが。ただ、ここは死ぬまでに知っておいたほうがいいです。間違いない。

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ヤエちゃん、ゴエモンに対して「さん」付けなのかよ、ってのも距離感いいですね。あくまで彼女はくのいちですから、共闘関係にあってもそれ以上密接にはならないビジネスの心構えが逆にそそる。育ちの良さとかも伺えるしな。口元に袖もあてがっているし。

悪役のセップク丸って奴は、宇宙のあらゆるスポーツを極めているんですが、なぜかニッポンの「切腹」という文化を スポーツ であると勘違いしていて、で、腹の中に爆弾を積んでおり、こいつの興味本位なんかで本当に切腹なんかさせられた暁には星が滅びてしまうから大変なのでそれを阻止しなきゃ っていうくだりがあります。懇切に説明してこの通りなのだから仕方がないだろ。いざギリギリに腹に刀をかけるシーンが、今あらためて見たらかなり好きだったので貼っときます。

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「うおおおーーーっ!いてええええーーーっ!!」と 叫びながら腹かっさばくんじゃないよ。なぜ彼が逆さまなのかというと、宇宙空間に居るからです。

このゲームはゴエモンシリーズの中でも割りと賛否両論あって、ボス戦がミニゲームだったり、どうあがこうがノリが特殊すぎてついてけないとかあるんですが、スーパーファミコンの親しみやすさに今の時代でも通用する尖ったギャグが共生している稀有な作品と思う。以上です。ぜひ。
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中学生女子、君は豚ではない

聖林檎学院中等部に通う中学1年生の少女・国分果林。ある朝、学校に遅刻しそうになって急いでいた果林は、道端で偶然子豚を見つける。しかしその子豚はブーリンゴ星という星の王子様・トンラリアーノ3世(トンちゃん)で、修行のため地球に来ているという。そして、いきなり「果林に変身してスーパーヒロイン『ぶーりん』として活躍してほしい」と頼む。しょうがないと、果林が変身してみると、なんとピンクの『ブタ』になってしまった。


『とんでぶーりん(94)』のあらすじです。この記事は、不可抗力でどういうわけか豚という生き物に变化させられてしまった中学生・女子に向けて贈る、いやいや、君は決して心まで豚になったわけではない、悲観するな、万事うまくいく。というエールである。以下、エンディングテーマ、『ぶーりん・あ・ら・もーど』を引用していきます。




♪チョコ・パ チーズケーキ プリン・ア・ラ・モード まっしろバニラはキャラメルリボン
 洋なしタルトに横目で気になる 本日のケーキはモンブラン

メニューに目を通しながらも、おそらく壁掛けの黒板か何かに書かれているであろう「本日のケーキ」にまできちんと目を配れているあたりポイントが高い。店側が意気込んで提供している、今日イチのケーキに対する心構えは、何も考える頭を持っていない豚のそれとは明らかに異なる。 

♪約束したばかりのダイエットだけど なかったことにして やぶーりん
 次から次に目移りしちゃうけどダメ! 全部たのんだら アンビバぶーりん

ダイエットの天敵はストレスである。自制が効かなくなったが最後、あっという間に豚への坂道を転げ落ちていってしまう。ここでは一見「なかったことにして やぶーりん」と己を咎める心を捨ててしまっているように見えるが、中学生・女子の財力との兼ね合いで一回のぜいたくに使えるマックスが1,000円少々として、飲み物1杯、ケーキ1つに収める意気込みたるや、いくら欲望が散らつくとはいえ、考える力が失われていない。単にカロリーを摂取したいだけなのであれば、1,000円以内でおかしのまちおかで豪遊することも可能である。量より質を選択している。決して豚の思考に陥っているとは言えない。


♪たくさんメニューの中から(ぶぶぶぶーりん えらぶぶーりん)
 いちごのパフェたのんだの(ぶぶぶぶーりん よろこぶーりん)

"いちごのパフェ"を注文するという、つまるところ安定、「間違いなく美味しい」を求めてしまう日本女性の心のあどけなさに惹かれてしまう。絶対に美味しいからな。苺が生クリームの上に乗っかっている物理のうまいやつは、平和な家庭に育ってきた、両親の寵愛を存分に得て育ってきたニンゲンの女の子がステキだと空想に思い描く第一の表層に現れる。自分の辿ってきた家族生活、経済状況を鑑み、いちごのパフェをオーダーする。


 まるで幾千の きらめく流れ星 たったひとつだけ めぐりあうみたいに
 あなたにこうして せっかく逢えたのも 偶然じゃないわ 瞳そらさないで


涙が出てきた。渡されたメニューの数ページや、店内の入り口脇に据えられた黒板という限りなく少ない情報量から、幾千の流れ星から、たったひとつを掴み出す覚悟がここで歌われている。そして、こうした出会いが偶然ではない、たまたまの気の紛れではない。"瞳そらさないで"という決意から、いちごのパフェ という概念に相い対し、如何に今回の1,000円強にかける体重、加圧が重いか、読み取らなくてはならない。女子中学生の千円札と、使い道のない成人男性のサイフでくしゃくしゃになった千円札の価値はまったく違います。



♪自由の女神に一目ぼれぼれ ナイルの流れで頭冷え冷え
 午後の紅茶運ぶインド象にゆられて エッフェル塔までお願い
 知らない街をひとりで旅したら なんだか 知ってる気がして デ・ジャ・ぶーりん
 気が気じゃないのは 着がえだけじゃないのよね おさいふ落としちゃ アンビバぶーりん


Bメロではいきなり世界の名所を巡りだします。「なんだか 知ってる気がして デ・ジャ・ぶーりん」と、どうにも強がってしまう心情を吐露している。この娘がたとえメチャクチャ可愛くて、惚れてしまったとしても、世界のどの名所に連れて行こうが、「なんだか 知ってる気がして デ・ジャ・ぶーりん」で一蹴されてしまう。オンナの底知れなさがこの小節に溜まっている。豚ではない。そのワンフレーズで男の顔面をキックできる。

「なんだか 知ってる気がして デ・ジャ・ぶーりん」でオンナは男の首を、言葉で刎ねていると思う。

♪ ワクワク空を飛び越え(ぶぶぶぶーりん すぐとぶーりん)
 初めて行く国はどこ (ぶぶぶぶーりん よくとぶーりん)

 両手ですくった 小さな砂の粒 風に舞いながら たどり着くみたいに
 あなたにこうして せっかく逢えたのも 偶然じゃないわ 瞳そらさないで


"初めて行く国はどこ"。"初めて"の覚悟の敷居の圧倒。波を受け止める覚悟があるか?我々はタキシードを着て、身長を185cmにし、ストレッチなどで関節の間をミチミチに伸ばし、つま先立ちで少女からだばだば溢れでてくる感情の堤防として機能せねばならぬ。砂のたった一粒にすら、必然性を見出そうとしている中学生・女子の心理を無碍にできるのか?その問いに対し明確な回答を用意していないようであれば、身を入れて頑張って勉強をしましょう。いくらでも勉強すべきことがあるなこの世は。
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posted by バスケ女 at 00:32| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月08日

メイド喫茶で誕生日を祝われている人間の感情

今日は彼女にフラれてショックで、最寄りの2駅手前でかなり脳が嫌になって電話を入れて会社を休んでしまった。周りの人間がやったらメチャクチャ叩くけど、自分がやるぶんには当然許されてしかる権利を強く主張します。畳の上で包丁を刺してじっとしているのに飽きたのでブログ更新します。


昨日友人のツヴァイドラゴンと日本橋に遊びに行きました。ちなみにツヴァイドラゴンは30才男性の職業・デビルです。「ツヴァイ」で「ドラゴン」で「デビル」の成人男性がこの世に存在するなんて頭がおかしいのではないか、と思われるでしょうがそうなのだから仕方がないので掘り下げないでおきます。で、何しようかってなって、メイド喫茶に遊びに行きました。


あんまりいまだに楽しみ方もわかってないんですけど、とりあえず飲み物ちびちび飲みながらだべって、たまにお冷を注ぎに来てくれたメイドにしゃべりかけ、「その猫のポシェット可愛いすね(笑)」「メイドさん厚切りジェイソンってオモロいと思います?(笑)」などとパンチを打てど放てどカウンターでボディをもらってお腹を抑えながらイスにもたれる、という繰り返しで、もうむしろ逆にそれを楽しみにメイド喫茶行くまでの域に達しつつある。しかし周りを見渡すと、服装や髪型やまゆ毛や声帯の震わせ方や腹式呼吸にいっさい興味のない、屍にチェックのシャツを羽織らせジーパンを履かせただけの生き物が、わりと楽しそうに、我々よりは明らかに朗らかにメイドさんや周囲の人間とトークを繰り広げている。確かにメイド喫茶は、たんなる喫茶店から比べたらそりゃ割高だけど、席代取らないとこは取らないし、1000円弱も支払えばそこそこかわいい女の子に対して、お客様というだけで上の立場に立てるし、キャバクラなんかよりはぜんぜん安上がりに女の子と合法に喋ることができる。屍のくせにかしこいな。


そこでカッコつけて多少なりとも整えてから臨めば彼女できる可能性だってあるのに、それをしない人間の感情があまり理解できない。で、この日一番異彩を放っていたのが、自分のハンドルネームの描かれたトレーナーを着た、40半ばぐらいの小太りの男性、ジャイアンの元ネタか?みたいな男なんですけど、店内にいきなりハッピーバースデーが流れてきたかと思えば、ケーキを運ばれ、店中のメイドに囲まれ祝われだしました。居酒屋とかレストランで、たまにそういう演出に巻き込まれて、テロで死ぬ時もこんな唐突なんだろうな、って落ち込む時ありますけど、大概誕生日の主は友人、家族など複数名で来てるパターンがほとんど。しかし目の前では、単独のおじさんが謎に大量の女たちから祝われている。「ハッピバースデー、ディア○○」の○○には、服に書いてあるハンドルネームが入る。今思ったんですけど、そこで歌詞が詰まらないようにメイドの中の1人がファインプレーで切り抜けたのかもしれない、と推測すると面白くなってきた。


ハッピバースデーが流れ終わった後は、メイドとチェキを撮影し、また席についてただただ佇んでいました。これはいったいどういう感情??40代になり、他に自らの誕生日を過ごしてくれるような恋人、友人、家族が居ない、じゃあメイドカフェで俺のハンドルネームを、架空の自分を祝ってもらおう、という風になる気がしないし、そもそもそんな年頃になったら一個年齢が増える日に対する感慨ってあるんだろうか?その「感慨」というマテリアだけ己にあって、ほかの人生、生きていれば備わっていくであろうものが止まっているって腑に落ちない。自分がどう観られているかの視点が消え去ってしまっている。FPSですよ。


一個結論をひねり出したのが、どんどんソリッドに、余計なものをそぎ落としていくとそうなるのかな。余分な贅肉を削ぎ落とす。F1マシンみたいな。ジョブズの発想。機能美という。体型がだらしないのは、シャープじゃなくても「最低限生きていく」ことは可能だから。そうなると日本橋にジョブズがわらわら沸いてることになる。電気街ってそういうことか。俺も20年後「スティーブ・ジョブズ」と書かれたトレーナーを着てメイドにハッピバースデー歌われてる日が来るかもしれない。30になるデビルもいるし。可能性は無限大ですよ。
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2016年02月06日

悪口の表面張力・武道館

朝井リョウさん原作『武道館』という、非・実在のアイドルグループをモチーフにした小説が、我々が存在しているでおなじみの この世 に実在しているアイドルグループJuice=Juiceが主演する同名ドラマの原作になりました。アイドル好き、を公言している人間の文章に、実在するアイドルが携わっています。手放しでワッハッハ、ドラマ楽しみ〜〜〜!と感じる人間が居たらばわかりあえる気がしません。どうなってるんだ?なぜでしょうか。


人間はそれぞれ己の"生活"を抱えており、夜は眠り、朝に目覚めるのをひとつのリズムとしましょう。日々に疲れれば疲れるほどに眠りは浅くなり、ということは夢をつい見てしまうわけです。そんな折、自分のあこがれや、癒やしとなる存在が手を差し伸べてくれる、映像の幻のやつとして上映されることだってありますよね。その一瞬は幸福感的なものに満ち溢れますが、目が覚めてしまったが最後に抱くやりきれなさ、むなしさたるや。今の、本当じゃないんかい、もうええわ、という。小学生で卒業すべきやつがバンバン覆いかぶさってくる。


しかし、夢は夢、幻想は幻想として割り切って日々を過ごしているところに、我々の(私の)妄想を"リアル"としてリアルエキスを吸い取りまくっている人間がいるんです。それが朝井リョウ先生。自分が考えた筋書き通りに、おんなじ次元の女の子が縫って動くわけですよ。は?????????????

なお、なおかつうらしましさを自分なりに受け止め、その感情が奥まっていくと、「悔しいと感じること」こそが悔しい、という抜け出せないぬかるみにハマってしまう。それは俺自身の性格の欠陥でしょうが、共感できないとすれば救いようが無い…どなたか!!


しかもより終わっているのが、私は「武道館」を読んだことがありません。要はこの記事は単なる愚痴です。メチャクチャ面白かったらどうしよう、という不安がデカすぎて、お酒を飲むくらいしかやり過ごす方法がないんだよな。まったく。女の子たちと焼肉とか一緒に食べたら俺のほうが絶対楽しませられる自信あります。一噛み一噛みの脂の旨味を朝井リョウは知らないから。知らないはず、と決めつけなきゃやってられないから。馬鹿が。終わりです!!死ねや!!!!!!

posted by バスケ女 at 00:07| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月21日

ウクレレ



あなた達は今日、どういった目的でここに来ましたか。誰に誘われましたか。家族でしょうか、友人でしょうか、よもや単身で乗り込んで くるような肝の座った人間がいるとは思えませんが(笑) のんべんだらりと何の気なしに、区のホールくんだりまでご苦労さんでございます。商売道具をこうして、舞台に放り投げて、腕組んで喋っているわけですけれ ども。面食らうんじゃないよ、私の根っからのファンだって多少は来てくれてたはずだと期待してるんですけれども。ちょっと挙手していただいていいですか? 私のことを目的に足を運んだ、という方。


いや1人も居ないんですか!!(笑)全杉並区民収容できるサイズのホール でしょう(笑)と、言うわけでですよ。コラコラ、お婆ちゃん!視界ちゃんと収まってますから。眠らないでください!まだ私が舞台に上がってからものの数分 と経ってないんですから。そんな速攻で安眠体勢に入らないでくださいね〜(笑)


とでも言うと思いましたか。本当に 頭にくるんですよ。本当に頭にきているんです。びっくりしましたか。私とてプロです。この商売でおまんまをいただいてきているのです。集まっていただいた 皆様の笑顔がなによりの活力源なのです。しかしだ。しかしですよ。私とてプロフェッショナルだと自負してはおりますが、あなたがたとて、みなさんとて、何 らかのプロフェッショナルとして、生計を立てていらっしゃるのではないのでしょうか?わざわざこういった区のホール、あなた方の血税でこしらえられた建物 にヒゲ面こしらえて座っていらっしゃる意図をプラスとして、まじりっけのない純粋なプラスとして捉えるならば、私は今現在提供できるマックスの芸を提供し たい。バチバチとやり合いたいのだ。私は今、この、伝統と趣ある笑点という舞台をメチャクチャにします。テレビ局の下座に座っている人間から怒られたり、 叱られたり、怒られたりするだろうけれども、とりあえずそれはそれとして、這い上がれるような気がしてるんだ。根拠ゼロでこうして公衆の門前に突っ立って られるね、こんな調子で生きていられる人間も存在するわけですから。オラお前ら。心してみろよ。聴けよ。俺はプロフェッショナルなんだからな。媚びる気は さらさらございません。どうぞ最後までご堪能くださいね。


ぱたん、と舞台の上に寝かされたままだったウクレレを拾 い起こし、まるで炭酸が完全に抜けた500のCCレモンのような佇まい。懸命に稽古を続けていたけれど、それをあからさまにひけらかすような真似をしては ならない。ピエロは自分をピエロとバラしてはならないのだ。これは俺が思いついたフレーズではない。


ブロードウェ イで一回やってみたいな。それかラスベガスあたりで。こういう日本人の年寄り笑わせるような温度のおもしろと、外人笑わせるようなおもしろはほとんど同じ ようなもんだからな。意識がアメリカにある状態で、杉並区でウクレレを引きながら、嫁さんを卑下している。嫁さんに申し訳ないという感情は無論ある。外れ たアロハのボタンを縫い付けてくれた時に、こいつを放してはいけないと思った、太り散らかした体を見て、そのほうがそれっぽいじゃん、っつってくれた。さ すがにここまで甘やかされちゃよ、と買ったジョギング用のスニーカーは1度しか履いていない。




舞台袖から出てきた小遊三「ブツブツブツブツ何言ってるかわかんねえんだよ!!!!!!!!!!死ね!!!!!!!!!!!!」


芸能界とつながっているヤクザ「(懐から銃を取り出して)パンパンパンパンパン!!!!!!!」


おしまい
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posted by バスケ女 at 02:13| ラスベガス ☀| Comment(0) | 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月22日

架空まお

「今日はよろしくお願いします。いやほんと週末に限って寒いですよね。家出るのも億劫だったんじゃないかって思いますけども(笑)」

浅田真央選手「はい、よろしくお願いします。」

「実際でも、ご存知でした?僕のことって」

浅田「正直、知りませんでしたごめんなさい!今日本当に初めましてで。」

「ですよね(笑)一方的にこちらとしては、テレビで応援してる側なので。真央"ちゃん"なんて呼び方してますけども、同い年なんですよ。90年…」

浅田「えっ、そうだったんですか?ごめんなさい何にも知らなくて。」

「同じ月日を生きてきて、そちらは引退してから復帰までされてるわけですからね。想像するのもはばかられる世界ですよ。僕は大学出て、淡々とサラリーマンやってるんですけど。全然まだまだペーペーですし、一日一日語れるような出来事もないですし、ただ単純に話さえさせてもらえたらかなりありがたいっていう(笑)」

浅田「いや私こそ、毎日毎日学ぶべきことが多すぎて。えっ今おいくつなんですか?」

「ってさっきそのくだりあったばっかり(笑)僕への興味(笑)」

浅田「すみませんでした。」

「頭下げないでくださいよ!道歩けないですよ僕。抹殺されちゃいますよ僕(笑)」

浅田「抹殺?」

「ファンの方とかから。」

浅田「?」

「何も言ってないです。いきなりですが月並みな質問なんですけど、もしフィギュアスケートをやっていなかったとしたら、どんな職業に就いていたと思いますか?やっぱりスポーツ関係なのか、それとも全く別の分野なのか。」

浅田「うーん、考えたこともなかったです。自分がいちばん輝ける場所に立てていると思いますし。今のことで精一杯すぎて、他の可能性を考える余裕なんかありません。」

「そうですよね。復帰までされてるわけですしね。誇りをお持ちですから。僕が一回でも仕事引退なんかした日には、帰ってくる気なんかさらさらありませんもん(笑)」

浅田「はい。」

「お姉さんのことどう思ってらっしゃいます?」

浅田「え?姉ですか?」

「舞さん。バラエティなんかで、妹の才能に嫉妬してグレちゃった、みたいな話を披露してる場面も結構ちらほら見ますけど。妹の立場からしたらどう考えてるのかなーと気になったので。僕からなんかしたら、それこそ妹のネームバリューにすがって露出してるようにしか映らないんですよ。容姿的に際立って優れてるってほどでもないですし、利用できるもんは利用しておけっていう魂胆が滲み出てませんか?今のうちに稼ぐだけ稼いでおこうみたいな。ぶっちゃけラクしてませんか?お姉さん。」

浅田「たくさん言われ慣れてきましたよ。そんなことは。」

「あ、はい。」

浅田「用意してきたんじゃないですか?今の質問。」

「いやまあ、ある程度はシミュレーションしてきてますけども…」

浅田「"こんな一般人の僕が少々切り込んだ質問を用意してきたことで、一目置かれよう”って下心があったんじゃないですか?ヘラヘラ笑って。あなたのことなんかこれっぽっちも知りませんけど、トモダチの装いだけ適当につくろったって仲良くなれませんよ。第一、舞は、舞さんは、実際血が繋がっていないんです。」

「あっ、えっ!?そうな、あっ、えっ!?」

浅田「全部ショーですから。貴方の知らないところで、貴方の知らないたくさんの人間が関わってるんですよ。だから、ちょっとテレビで見たぐらいで、こっちの心境まで察されちゃ、たまったものではないんですよ。人にはそれぞれ事情があるんです。」

「人にはそれぞれ事情がある。それ僕もずっと働きながら考えてます。」

浅田「食らいつかないでください。」


冷たい現実がさながら銀盤の上に横たわっている。
我々の人生は"フィギュア"の様に操られているに過ぎないのだ。

ありがとうございました。
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posted by バスケ女 at 02:06| ラスベガス ☀| Comment(0) | 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月27日

ロマンとハンマー

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結婚指輪を鍛え直して欲しい、という仕事があった。50代ぐらいだと思う。妙齢というやつだろうきっと。いわゆる、ブルジョア、のような、ふっかけてくるような厚かましい感じではなかった。ビロードのハコに入った指輪。ポン、と渡された。町の一角にあるこんなすすまみれ、油まみれの作業場、うだるような暑っちさの中、握らされたそれは、しっかりと覆った手のひらの中で、宙に浮かんでいるような、不安な感じがした。


あのー、これを私がどうしたらよろしいんで…?


「なるべく、これを贈ってもらった当時の形に戻してもらうわけにはいかないでしょうか。この指輪が手元に届いた当時は、もっとしっくりと、私の左手の薬指に嵌ったような心持ちがするのです。でもなぜだか、近頃はぐっと押し込まないと、落ち着かないのです。身につけている間、気持ちまで圧迫されてしまうのです。どうか腕の立つ職人さんの技術で、違和感を取り払ってはもらえませんか?お代は言い値で結構ですので。どうか宜しくお願い致します。」


むずい。こんなにむずい案件は初めて。カッコつけて案件とか言ってみたけども。というか、ご婦人方の肌にじかに触るような、アクセサリーというものをハンマーでどついていいものかね。鍋やら釜やら、そういったもんを均一に慣らしていくのはやったことある、やったことある。というかそれで飯を食べてるので、工業高校出て即ハンマーを振り回しているのである程度自負はある。しかし。


銅板の手持ち鍋、が雑然と並べられている現場に、不相応にも程があるハコが鎮座 ましましている。どうなっていやがる、何でこんな仕事を引き受けてしまったんだろう、という後ろめたさが頭をよぎる。が、なにかこんなイレギュラーな仕事を引き受けたことで始まっていくドラマがあったら面白いんじゃねえか。俗物根性。すすまみれ、油まみれのこんなところにまで運命の糸が張り巡らされるとはな。なんちゃってな、ガハハ、とタバコを買って帰ってきた後輩にラリアット、プロレスとは偉大なコミュニケーションである。


待てよ?


俺みたいな無骨一辺倒の人間のもとに、指輪をもとに戻して欲しい、なんて、ステキな願いを持ってきていただける時点で、なにかウラがあるんではなかろうか。と踏んだ。あっけにとられ、具体的な条件は何一つ聞けていない。仕上がりのイメージについて、おそらく奥様は、なにか定まっているのかもしれない。いや、おそらく、言葉にできていないというだけであって、定まっているだろう。そこにドンピシャで、何も聞かずにそしらぬ顔で、合わせていく。それこそが職人じゃないか。俺が工業高校時代から、工業高校卓球部時代から、何かしら培ってきたものをぶちかますチャンスだ。毎日、鍋を叩いているうちに、俺の中で何かが芽生えているはずなのだ。


ひょい、と。下手投げで。


預かったハコごと、火にくべてみたりして。



リセットなんです。いわば。「もういちど、ここから夫婦生活、やり直してみませんか?」ということなのです。溶けた指輪は、卵焼き用の金型にしてみました。銅製なので、熱伝導がハンパじゃないんす、テリー伊藤さんの弟さんとこにも卸してたりするんす。築地の。知ってます?


そういうことじゃなかった、らしい、今から思えばそうだ。奥様は、たいそう憤慨してらした。たいそう憤慨してらしたどころの騒ぎじゃないよ。何やらステキな着地点を求めていたらしいが。キレたツラはブサイクだった。つまみになる。


今回の行動は、賭けだったのであくまで、後悔していないが、だましだまし、俺みたいな人間にも、ステキに振る舞えるチャンスが巡ってくるんじゃん、と、実感のようなものを握りしめてしまった。へっへ、次があるね。


ハンマーで鍋を均一に伸ばしている。

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2015年07月10日

玉ねぎ

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夏。



玉ねぎを炒めているんです。これですね、飴色になるまで炒めるんですよ。ただひたすら。フライパンの上でね。ただひたすら。なんでかと言われればですね。美味しいカレーを。美味しいカレーライスを作るためなんですよ。これ。ペースト状になるまで。玉ねぎに含まれております水分が。完全に飛ぶまでね。時間と根気がいるんです。妥協したら全部台無し。1コのことがなあなあになっちゃっただけで。取り返しつかないから。後から悔やんだって遅いので。完璧主義というかね。この木のしゃもじも。かっぱ橋で。昨日。なんでも揃うんですよ。業務用のやつ。業務用のほら。大量に揚げられる。大量に同時に揚げられるやつとかね。いつかは家にね。ドンと置いてみたいもんなんですけど。


話がそれましたね。まだですよ。まだ炒めないと。五感でやるんです。見た目だけじゃなくて。色合いだけじゃなくて。音が変わってくるんですね。きめ細やかになるんですよ。うっとりしちゃうんですね。耳を澄ませてみてください。


うるせえぞこの野郎!!!!!!!!!!!!!!何時だと思ってんだ!!!!!!!!!!!!!!!!


すみません。向かいが小学校なんですよ。まったく。こっちは朝飯作ってんですから。だからガキは困るんですよね。テメェのことしか考えてないの。私はあらゆる可能性を想定してましたね。昔からね。いい加減にして欲しいですね。ちょっと待てよ。そろそろタイミング。そろそろいい頃合いに。いい塩梅になって参りましたよ。汗が止まらないな。クーラー壊れてるんですよ。フィルター詰まってて。掃除したらなんとでもなるんですけどきっと。暑かったら暑かったでね。風流じゃないですか。キカイの力でねじ曲げたくないですよね。「風の」「流れ」と書きますからね。そういったところから来てるんじゃないでしょうか。知りませんけど。


結局。時間と根気が必要なんですね。同じことを言うくせがあるんです。わかっちゃいるんですけど。間が持たないから。玉ねぎ炒めてるんでしたね。



さてさて。こんなもんかな、と思うでしょ。こんなもんかな。と思い出す頃かな。というのは、私も感づいております。だてに生きてないですから。推し量りますよ。推し量りますよ〜?人の気持ちを。実際のところ。私もわからないのです。玉ねぎを 飴色になるまで 炒める という行為を 実行する 自分に 惚れてしまっている 部分が あるのです。へっへ。なんですかね。格好いいじゃないですか?「妥協しない」「徹している」自分。

私はですね。私のこだわりを、私が享受している時に、生きていると感じるのです。



仕事ですか?
posted by バスケ女 at 01:17| ラスベガス ☀| Comment(0) | 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月13日

少女の墓を掘る

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鍛えたことなどまるでないであろう、節くれだった両腕を振るっている初老の男。人気のない深夜の墓地に、ザク、ザクという音がする。


男の周辺にうず高く積もった土。時おり、七色に光るペンライトで手元を照らしつつ、丸まった背中でハァハァと息をしながら一心不乱に、スコップで地面の一箇所を掘り返していた。彼が今、その手に抱き寄せようとしている対象が、絶対に彼の手に届かなかったあの頃。ステージで踊っていた彼女。群衆を押しのけ、舞台の下で踊り狂った。俺に気づいてくれ。右、左、左 からの 左、左、右と規則正しく律動する腕。あの頃の輝きを思い出している。積もる土。武道館のスポットライトを思い出させるような満月の下、彼はスコップを振るい続けた。


男の愛した少女は、世間がのちに全盛期と称した、街の至る所、ありとあらゆるメディアで見かけない日は無いと言っても過言ではなかったそんな最中、自ら短すぎた命を絶った。あまりにも唐突な死だった。この世に闇が差した。至った経緯について、実に様々な憶測が飛び交った。我こそは識者だ、彼女の心情は手に取るように判る。手に取るように判るブヒ。ある者はスマートに、ある物は泥臭く。真実は闇の中、しかし、彼らの思案する所には、たった唯一の共通項があった。「俺のほうが正しい」と。


墓を掘る男を突き動かす、不毛な議論に終止符を打つ考え。
「お近づきさえ出来れば、全て解決するはずですよ」と。


ザク、ザクとひたすらに地面を掘り続けた。俺だけが理解できる、俺だけが彼女を独り占めに出来る。その衝動に突き動かされながら。バキバキに勃起をしながら地面を掘り進める。下層へ、さらに下層へと。明日も休みだから。


翌朝。力尽きた男の亡骸がそこにはあった。男が張り上げた声、財産らしきものは、誰の脳裏にも傷跡を残すことはなかった。
少女の歌声はいつまでも響き渡る。
片方の魂は空へ空へと登り、もう片方は底へ底へと沈んでいった。
posted by バスケ女 at 01:36| ラスベガス ☁| Comment(0) | 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月15日

服部栄養専門学校 最後の日

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「服部です。ご卒業、おめでとうございます。ここにいる卒業生の皆様は、服部を出た人間の、服部の血を受け継いだ人間として、レストランで、割烹で、中華料理でと、様々な趣向を凝らした"味"をですね、これからは提供する側として。腕を振るっていくことになるでしょう。私からは教えられることは、全て教えたつもりでございます。しかしですね、実際に、お客様にお出しする料理というものは、決して学校で得た知識のみから出来上がるものではない。あなたが実際に厨房に立ち、聞こえてきた声に耳を傾けて下さい。そこに、あなたが作るべき料理のヒントが眠っているはずです。楽な道ではないでしょうが、艱難辛苦を乗り越えて、いつか私が、いちお客として、皆様が構えられたお店で、舌鼓を打てる日が来るのを願うばかりでございます。簡単ではありますが、卒業の祝辞と代えさせていただきます。ご清聴、ありがとうございました。」


パチパチ…パチ…


壇上で深々と頭を下げる、服部栄養専門学校校長・服部幸應。しかし、エールを送られた当の卒業生は、剃りこみの入った丸坊主、なぜかスポーツ仕様のサングラスに、上下グレーのスウェット、ハロー・キティの健康サンダルと、まるで深夜2時のドン・キホーテで連れの女と食糧を物色しているかのような男がたった1人のみ。気だるそうに手を叩いている。



「えー、続きまして、"服部流割烹免許"授与式に移ります。卒業生、前へ」


司会の案内があり、スウェットの男が、ポケットに手を突っ込みながら壇上へ向かった。服部に対し、サングラスの奥から突き刺すような目線を送っている。小ぶりな服部が、いつもより余計に小ぶりな服部に見える。

「卒業、おめでとう」

どことなく震えた手で証書を渡そうとしたその瞬間、男が服部の手を跳ね除けた。静まり返る式場。窓の外を通る、求人VANILLAの広告トラックの宣伝テープが、服部の耳底で重く響いていた。あらゆる暴力に弱いんだよ俺は!服部は今にも泣き出しそうな、血の気の引いた顔色で立ち尽くしていた。


男が口を開いた。


「服部さんよ。俺はな、親父の店継ぐ為に、高校辞めて、近所だったこの学校入ったわけよ。俺頭悪ぃしな。手に職つけて、オンナもガキもよ、食わせていかなきゃと思ったわけな。なあ服部、でもよ。アンタ、店、持ったこと無いらしいじゃんか。現場で働いたって経験も無えってことだよな。なんなんだよ。さっきつらつら喋ってたのはよ。納得行かねぇ。俺は"リアル"をよ、体に叩き込んでる奴の言うことしか聞く気になれないんだわ。血が通ってねぇんだな。お前の言ってる内容は。厨房から、お客さんの声、聞いてんのか?なぁ。テレビ出てタレントの作ってる飯に偉そうな講釈たれてる場合か?俺はお前から受け取る免許なんか欲しくないね。親父の店はそんなに軽いもんじゃないから。」



黒いマオカラースーツの胸ぐらを掴まれ、今にも床に押し倒しそうにされている服部。俺の立ち位置のお得さに、世間が気づきやがったらしい。年々入学者は減り、今年は結局この小汚い不良しか居ないじゃないか。辞めてやる。結局食いもんなんてのはな、イスに縛り付けられて口まで運んでもらえば消えてなくなるんだよ。豚として生きてやる。もう嘘をつくのはごめんだね。あんな重たいフライパンなんか振ってる奴が馬鹿らしい。トーストにマヨネーズ塗って食お。深夜に。



服部栄養専門学校は、その年かぎりで閉校となった。学校跡地は風俗店に姿を変え、その斜向かい、明け方まで営業している大衆食堂で、ハローキティのサンダルを履いた店主のフライパンは、水商売を明けた人間の胃袋を満たしている。
posted by バスケ女 at 00:34| ラスベガス ☀| Comment(0) | 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月13日

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象を飼っているクラスメイトがいた。小学校の頃の話だ。父親が仕事の付き合いで譲り受けた仔象が、みるみるうちに大きくなったそうだ。父親の職業が何だったのだろう、当時は問いただすことはなかった。住んでいる家はごくごく普通の日本家屋だった。ある日彼の家の横を通ると、2階の屋根からリンゴを象の鼻に投げ渡していたのを思い出す。土方の先輩が缶コーヒーを新入りに投げ渡すかのように、見事なノールックだった。生まれた頃から、常に象が隣にいる生活。自分にとっての非日常を当たり前としている、それだけで妙にオトナに見えてしまった。


学校に遅刻しそうな朝、登校の道すがら、背中から彼が声をかけてきた。普通に小走りだった。「象に乗ってくればいいじゃん、絶対早いのに。」と冗談交じりに話しかけると、彼は「象に乗ったりなんかしたら、先生に怒られるだろ。第一、普通に歩いてる人たちに迷惑がかかるし。」と言った。"象"という存在が当たり前すぎて、ウケにすら使おうとしない姿勢。当時はお前、象飼ってるんだぞお前、と思っていたけれど、今となったら腑に落ちる。


とある土曜、彼の家の横を通ると、巨大な影がなくなっていた。


膨大なエサ代を、払いきれなくなったのが原因で手放すことになったらしいと、親づての噂で聞いた。日頃接しているうちでは、そんな予感も、そぶりもなかった。きっと彼は悲しいはずだ。当たり前の存在が、傍らから消えるのだから。象が居る生活から、象が居ない生活への、喪失感たるや。想像するだに、物理的心理的に計り知れないものがある。想像するだに。しかし、しかし何より辛いのは、彼が"象を飼っている"という浮き出たアドバンテージ以外に、何ら特筆すべき点がない少年だったことだ。九九を逆から言うのに苦戦してたな確か。象飼ってるのに。


彼の周りからそれ以来、急速に人が消えていったのを覚えている。正直に、子供の頃の心境のまま吐露すると、爽快だった。あくまで"象の手柄""象人気"だったことがついにバレた!胸がせいせいしちゃうね、と思ってしまった。彼に感じたオトナを忘れていた。自分の世界まで引きずり落とした、かのような腕力を感じていた。ランドセルを背負い、今までと同じように、遅刻寸前の時間帯に背中を追い抜かれる生活が、変わりなく始まった。象を飼っている彼から、象を飼っていない彼に、後ろから追い抜かれる日々の始まりだった。


象の脇腹をニューバランスのスニーカーの踵で思い切り蹴ると、どんなに暴れてても一瞬で止まるらしい。いやいやニューバランスだけかよ。そこはそんなに関係のないとこだろ、バーカ!と頭を叩いたのは、成人式の同窓会での出来事だった。
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2015年04月08日

朝井リョウ氏に勝つ

朝井リョウ氏。1989年生まれ。1990年生まれの俺と1つしか違わない。代表作であり、映画化もした『桐島、部活やめるってよ』を発表したのが2009年で20歳。俺がハタチの時はというと、人生初めて頭の毛を茶髪に染め、気になっていた女の子を人生初めて遊びに誘ったら「春休みはバイトが入っているから…」と大学の2ヶ月間まるまるバイトが入っている体(てい)で振られた、のにもかかわらず、後日俺の先輩とバリバリにセックスしてた事実を知って爆笑した年である。嫉妬1。


朝井リョウ氏は就職活動を作家稼業と並行して進め、現状、文章でお金をもらい、サラリーマンとしてもお金をもらっている。ダブルでお金をもらっている。一方、サラリーマンとしてしかお金をもらっていない。俺は。嫉妬2。


そんな朝井リョウ氏が、今春からオールナイトニッポンのパーソナリティとして就任した。心境を述べたコメントを抜粋する。


"「許してくださいという気持ちです。面白い話ができるわけでも名前に引きがあるわけでもなく、ただ『ラジオを聴くのが好き』という人間にこんな枠を預けるなんてニッポン放送はどうしたんでしょうか」と戸惑い気味。一方で「自分が好きだったさまざまな番組のエッセンスを詰め込み、それを オリジナリティーと言い張りたいと思います。よろしくお願い致します!」"


"面白い話ができるわけでも名前に引きがあるわけでもなく、ただ『ラジオを聴くのが好き』"というのは俺も完全に一緒だよこの野郎。ニッポン放送は俺との2択だったのかもしれない。中学の時から深夜成長ホルモンを削りながらラジオを聴いて、結局そこで身長が止まって今となっては飯田圭織と同じ背丈166cmです。対し朝井リョウ氏は、


"私は身長が173なので、股下と同じくらいということはつまり麩菓子は98センチくらいということになりますね” (2012/6/7のTwitterより)


嫌だーーーーーーーーーーーーー。嫉妬3。しかし、ラジオ=深夜、というバイアスが童貞思考でかかっているだけであってラジオ放送というものは24時間やっています。おそらく朝井リョウ氏は青春時代、生島ヒロシのおはよう一直線あたりを聴いてから家を出ていたんだと思う。ダセェな。嫉妬−1。あと麩菓子のくだりはよくわかりません。


俺がこうだったらいいのにな、楽しそうだな、のレバーを全部正しい方向に倒して、2択、2択のトロッコを爆走させている朝井リョウ。俺は、文章を書いて世に出そうと実際に行動を起こしたことはないし、嫉妬するだけの理由付けすらもままなっていないのだけれど、実際この燃え上がるやるせない炎を喩える表現がすなわち"嫉妬"しか思いつかない。今後行く末、朝井リョウはどんどん俺の夢を先に叶えていく(東京五輪観戦、SASUKE制覇、大間のマグロ漁で一山当てるなど)と思われる。


……!!


そうだ、腕相撲だ。


腕相撲で勝負だ。腕力で勝った者が、男として正義だ。


今すぐ筋肉が欲しい。


かくして、ステロイド剤を入手すべく、バリー・ボンズ氏の待つサンフランシスコに旅立つのであった。




終わり
posted by バスケ女 at 02:10| ラスベガス ☀| Comment(0) | 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月12日

メイド喫茶

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大阪に引っ越してから日本橋にばかり通っている。東京でいうところの秋葉原みたいな場所で、最近は黒いマスクをしている人間をやたら見かける場所だ(個人的には鴉(からす)と呼んでいる)。別段アニメやアイドルにハマっているというわけではない。会社の寮に住んでいるので、土日の片方にでも「お出かけした」という実感を得ないとやっていられないからである。


しかし、本当にただ赴いているだけで、必ず寄る店があるわけでないし、顔なじみがいるわけではない。最近、道中のセブンイレブンでハイボールを買い、往来のど真ん中で飲みながら不敵にニヤリと笑うという"東京"を経験した人間のみに許された遊びをしているがそろそろ痛い目を見そう(殴られるなど)なので止めにしたい。アニメイトやとらのあなに入っても、玄人が指2本で同人誌の背表紙を猛スピードで次々とめくっていく名人芸を後ろから眺めつつ心の中で拍手するぐらいしか面白い事がないので、これだけ通っているのだから、せめて行きつけの店なり、これは、と思う場所を確保しておいてもいいのでは、と熟慮を重ね、メイド喫茶に入ることにした。浅い。


メイド喫茶には昔、女の人と初めて2人きりで遊びに行った時に入った事がある。ノリでメイドさんと2人きりでちょい離れた席でゲーム(記事のトップ画像のやつ)をやる機会があり、「彼女さんですか?」という質問に「ええ、まァ、そうっス…」と答えてしまった。以来、友人と話す時はその女性を経験人数の1人とカウントして話している。その女にボッコボコに振られた話はそのうちここで書きます。もしくは新潟の実家で話します。


さて、店に入ると、奥の壁際、隅から2つ目のテーブル席に通された。左右には誰も座っておらず、店内を見渡してもそれほど混雑はしていない。とりあえず、メニューに目を通す。この店では、アニメキャラを冠した料理、飲み物などが揃っており、注文にちなんだキャラのセリフをメイドさんが目の前で演じてくれることになっている。何故知っているかというと、前にツヴァイドラゴンと来たから。地の利がある。今日からここを俺の根城とするのだ。前回は「ルフィ」という名の料理を注文したら、ごくごく普通のミートソーススパゲティを運んできたメイドさんに「海賊王に、俺はなる!!」とおもむろに目の前で宣言された。


今回は昼食後でお腹が膨れていたので、カクテルを頼むことにした。「ファーストチルドレン」1杯800円。カクテル1杯の割には提供までなかなか時間がかかった。待つ間、左隣に男が座った。年頃40手前ほど。注文を取りに来たメイドに「5日連続で来ちゃったよ!」とフレンドリーに話しかけていた。平日は仕事帰りに立ち寄っていると信じたい。なぜなら、無職にフレンドリーさで負けたくないからだ。彼は普通の「アイスコーヒー」を注文し、退店まで目を細め、遠くを見ていた。


そうこうしているうちに、「ファーストチルドレン」が運ばれてきた。ソルティドッグだ。グラスの縁に塩がぬってあったから多分そうだ。知ってる。そして"口上"が始まった。


メイド「えー、こちらセリフがセットになってるんですけれども、よろしいでしょうか」
しきぬ「どうぞ。」
メイド「"貴方は死なないわ。私が守るもの"。ありがとうございました。お会計はテーブル制となります。お手元のベルでお呼びください。」
しきぬ「はい。ありがとうございました。」


エヴァンゲリオンに造詣が深いわけでないので、全く糸口が見つからない。「ありがとうございました。」も「…押忍。」ぐらいの意味合いで、稽古つけてもらって恩に着ます、ぐらいの心持ちなのでこんなことではフレンドリーにメイドさんと話せるわけがない。酒が入ってこれなのだから立場がない。どうしようもないので、「セカンドチルドレン」で巻き返しを狙う。


客が増えてきた。前にはおそらく学生グループ。右隣には、超新塾みたいな格好のジジイ2人組が座った。1人は左足にギプス、松葉杖をついており、糖尿病の治り具合を「最近は自力で30m歩けますねん」とメイドさんにレポートしていた。病気というカードを切れるのは強みだ。いつかどこかの臓器を摘出したら、女性とポップに話せる日が来るのかもしれない。


セカンドチルドレンを待っていたら、メイドさん達によるショウが始まった。いついつどこそこのライブハウスでこの曲を披露します、よかったら見に来てくださいねと。タブレットを回し回し完全にカンニングしながら歌っていたが、誰も突っ込んでいる人間はいない。アイスコーヒーの男は遠くを見ている。セカンドチルドレンを持ってきてくれ。


ライブが終わり、トイレに立ち帰ってくると、大学生グループの1人が四つん這いになっており、「涼宮ハルヒを模した何らかの口上」と共にケツを蹴られている。ケツを蹴っているメイドさんは研修中の札を首から下げた、ショートカットで、遠巻きに見ていて一番可愛い娘だった。やるせなかった。店を出ようと尻が浮きかけたが、やっとセカンドチルドレン800円が運ばれてきた。カシスオレンジだった。


メイド「こちらもセリフがセットになってるんですけれども、よろしいでしょうか」
しきぬ「どうぞ。」
メイド「"あんたバカぁ?"ありがとうございました。」
しきぬ「はい。ありがとうございました。」


俺はバカだ。ちゃちいカクテル2杯で1,600円だ。たった2言セリフを賜ったところで割に合わないのだ。えぐりこまんかいメイドの土手っ腹に。今日だけでもアイスコーヒーの無職、学生グループ、糖尿病に負けているのだ。ブログで鬱憤を晴らしている場合じゃないだろう。弾まさんかい会話を。気持ち悪い毒の汁をジーパンの裾から垂れ流しながらでもいい、可愛い女の子とコミュニケーションを取れればいいじゃないか。経験を積め。着実にだ。日本橋では生きていけない。


次はメニューの「涼宮ハルヒ」を注文してみます。
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posted by バスケ女 at 01:39| ラスベガス ☁| Comment(0) | 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする