2016年05月15日

2007年8月の音楽

高校2年生の夏休みの記憶がすっかり抜け落ちている。昔のことを逐一細かいところまで覚えているほうではないけれどもいちいちふびんな出来事は泥として目の周りに塗りこんで、決して忘れてなるものか、とるろ剣で寺が燃やされたあとの安慈ばりに業として焼き付いている。何かこう青春げなエピソードでもあれば死ぬまでしがむつもりで、パッと出てくる高校時代のプレイバックは家庭科の時間に異性と1時間×2コマほど会話をした、ような?とかズタズタの陰毛が写りまくっているフイルムのみ。桐の箱に入ってました。ともかくも、プラスとかマイナスとか、ピクリとでいいので針が触れたシーンがあったなら無理やりへばりつけるのに、高校2年生の夏休みの記憶がすっかり抜け落ちている。思い出そうとするといつの間にかよく眠れる。

当時我が家にDVDレコーダーが届いた頃で、テレビ番組が高画質で残せるようになった。夜な夜な、クーラーの効いた居間で、録画した甲子園の映像をチアリーダーが映っているシーンだけ切り取って編集しているのが唯一、高2の夏休みの記憶。お前と同い年の奴らが人生賭けてるのを見ながらどういうつもりでちんちんをしこっていられるんだ。だからお前はその時死んでおけばよかったのだ。帝京高校のチアリーダーが可愛かった。狙い目は得点が入った瞬間のほかはもちろん、1イニング終わった後の校歌、特大のファール、視聴者からの応援メッセージが読まれた時など。性癖のひとつにチアリーダーがあるのは高校野球のせいで、高2の夏休みなんか無ければよかった。

と、のんべんと何もなかったと喚いているのもよくない、確か高校生の時に他にやっていたことといえば音楽を聴きだした、演奏してはいない、ただ聴くやつをやりだした頃のはず。懐メロ特集聴いたらあの時ああだった、を揺り戻させる引き金になるかもわからないので、俺が17歳だった2007年8月の月間オリコンチャートを振り返っていきます。


10位 モーニング娘。『女に 幸あれ』
この時のメンバーがぱっと出てこないのに今のメンバーならすらすら言える人間になってしまった。久住小春さんが加入した頃か。久住小春さんは俺が大学の時におはスタに出ていて、授業にもろくに出ずおはスタ見てから夕方まで寝ていた時期にもお世話になっており負の印象が勝手に強い。すみません。


9位 FLOW『ANSWER』
GO!!のあんちゃん達だ。この曲は覚えてない。「壊れそうなほど捨て身で愛を抱きしめるよ たとえそれが夢幻でもかまわない」本当に?本当にかまわないのか?うそを歌わないでほしい。動画を見たら堂アナウンサーが可愛かった。この頃のテレ朝の女子アナ好きだったな。前田アナとか大木アナとか。思い出してきた……


8位 RSP『Lifetime Respect-女編-』
人の8月の月間チャートで勝手にランクインしないでくれ。でも確かにいろんなとこでかかってたなこれ。田舎のジャスコで聴いた覚えがある。文化の終わりか?「あんたの子ども 産んで育てたいベイビー」という母のもとに産まれてきた子ども。「-女編-」って。だからオンナはバカなんだ。


7位 ORANGE RANGE『イケナイ太陽』
2007年の生きづらさ。インターネットをやっていたので、ORANGE RANGEの『パクろうぜ』宣言とかドクターマリオの曲と照らしあわせたやつとかインターネットの潮流に乗っかって一緒になって叩いてたな。でもいまだにメロディーは記憶にあるしパクりパクられの糾弾はだんだん下らなくなってしまったのでORANGE RANGEもさほど悪くなかったように思えてきた。これが老いるということ。


6位  RIP SLIME『熱帯夜』
「聴いている」側と「聴いていない」側に別れる音楽っていうのはいつの時代もあったのでしょうか。たとえば尾崎聴いてるやつとは距離を置きたいとか、ビートルズって怖いわ、白人の不良のやるやつだろとか。振り返ってみるとじゃなくてあくまで当時の聴き方として。俺は高2でリップスライム側の人間とは友達にはなれなかった。
最近何だか知らないが、ラッパー同士でラップのケンカをする動画が流行っている。明らかになで肩だろ、棒きれだろ、筋肉に潰されてきただろ、という人間が筋肉側に肩を持っている。なんでだよ。マイク1本での勝負に感情移入し過ぎるが余りにこれだったら俺にだってできるだろ、が増長しているようで気持ちが悪い。いざ本意気の腕力勝負になったら負けちゃうんだから大人しくしようぜ。ブログ書こうよブログ。ナードなんだから。


5位 タッキー&翼『SAMURAI』
タッキーかっけー……


4位 Aqua Timez『ALONES』
もう居たのかAqua Timez。Time「z」。「Z」の文字は古くからZ戦士の証として格好いいという、分かり合える価値観もあったのに目を向けなかった。もったいない。Aqua TimezのこのPVのように、地下駐車場でメンバー同士互いに距離をおいて楽器弾いてるバンドが急に流行りだした記憶がある。話はずれるけどもHYっていうバンドがあって、テレビにさほど露出していたわけじゃないはずなのに学生の頃カラオケで連中の「AM11:00」を歌うやつが必ず居た。何でなんだろう。筋肉同士のネットワークでだけ流通しているいかがわしいピンク音楽なので国はHY並びに地下駐車場でPV撮る集団を取り締まってほしい。

長げーーーーーーーー。トリプルA面だろうか。日差しを浴びているくせに不健康極まりない白さの韓国人のPV。韓流ブーム、も嫌いで、うっとうしいなって遠ざけていたのも思い出した。最寄りのGEOでファイトクラブを借りようとしたら置いてなくて、一角が韓国輸入の連ドラで埋め尽くされていた。当時NHKで擦り切れるぐらいパワープレイされていた『宮廷女官チャングムの誓い』を両親が追っかけてたので、そこから拾った「目上の人間に対する朝鮮式のおじぎ」という一ネタがネット右翼の友人にややウケた。夏の日差しに晒されながらも色白すぎる。いかがわしい。


2位 大塚愛『PEACH/HEART』
大塚愛といえば、ベロを出しているアルバムのジャケットが精液をぶっかけるコラージュ画像の素材に使われまくっていたこと、『さくらんぼ』が広島カープ江藤と近鉄バファローズ山下の応援歌を混交して巧妙にパクられているんじゃないかという検証FLASHがインターネットに上がっていたこと、など、インターネットのさらし首として槍玉に上がった結構な元祖なんじゃないか。
今自分は、パクリを糾弾する人間に大したやつ、ろくなやつなんかいた試しがない。という立場で、まさかORANGE RANGEのYAMATOさんと見解が一致する時が来るとは。あんなに嫌いだったのに。わからないものです。


1位 Hay!Say!7『Hay!Say!』
ヘイセイセブン。俺も一応平成生まれだからヘイセイセブンに加入する資格はあるんだよね、というユーモアを披露してしまった経験のある平成生まれのジジイ、俺と一緒に首を吊りましょう。2007年の8月、平成生まれの連中がオリコンチャートの1位だったらしい。つまりは、顔とダンスと歌がよければウケる。長々書いたけれども結局そうだった。何も前向きになれなかった。無念だ。明日の朝セブンイレブンでどのおにぎりを買うか。
posted by しきぬ ふみょへ at 00:05| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月08日

すず

忙しいところ申し訳ないね、ちょっと座っておじさんの話を聞いてくれ。君は昔、おじさんたちの仕事にケチをつけてきたことがあった。「他人の声を拾うだけの仕事を続けられるなんて理解が出来ない」と言った。それはそうだろう。煙草いいかい。君はそんだけ若くしておじさんの稼ぎなんかとうに超えてしまっている。こうやってストレスを発散するためにおじさんは煙草を吸っている。この銘柄がいまいくらか知っているかい。430円。1日1箱単純に吸ったとしたらひと月で13000円ちょいだね。君の声を何時間か拾って、ひと月ぶん。おじさんはやっと精神がリラックスできるんだ。


人は皆誰かに支えられて生きているというね。だけれども、おじさんの考えは少し違う。おじさんはすずちゃんの一挙手一投足を追いかけて、日々を過ごさせていただいている側の人間なんだ。支えているなんてとんでもないね、おこがましい。これに懲りたりへこたれたりなんかして、スタッフに愛想を振りまくようになってはいけないよ。浮かんだままに言葉を繰り返してほしい。この現場で、君がふっと仕事が嫌になって、世間の声がうるさくなって、居なくなっちまったら撮影は中止、つまりおじさんは食いっぱぐれる。お気に入りの銘柄が吸えなくなってしまうんだ。だから、そのままで居てほしい、いやむしろ、そのままでいる必要がある。


おじさんが「人の声を録音する仕事に就きたい」と意識しだしたキッカケはね、どうしても「人の心の声」が聴きたい、っていうのがあったからなんだ。ちょっとカッコつけてるかな。機械の性能は良くなっていく。昔おじさんが駆け出しの頃なんか、こーんなごっつい竹竿みたいなマイク振り回してたし、体力に自信がなかったから現場に来る度に憂鬱だった。でも今じゃこんな小っちゃくて軽いやつでクリアに録れてしまうから、おじさんがゼイゼイ息切らしてたあの頃なんだったんだよ、ってちょっと舌打ちしたくなるけれど、大変だった時代を経ているから、「今、努力している人の声」が聞こえるようになったんじゃないかなって、こじつけみたくなってたらゴメンね、でもそう感じている。「人の心の声」は、いくら機械が進化していっても聞き取れるものじゃないんだね、自分が努力して、成長した。要は経験かな。まだまだ勉強するべきことは多いんだよ本当に。嘘の気持ちじゃなくて、本当に今マイクの前の対象が「何を感じているか」を知りたいから、君が「他人の声を拾う」だけの職業に、意義を感じている。おじさんの食いっぱぐれの話はちょっと伝え方が不味かったかな?お金は儲けてないから、実際に生活してかなきゃならないんで、お金半分、気持ち半分で仕事をしてる。その「気持ち半分」のところをわかって欲しかったなっていう、長くなってごめん!台本覚えなきゃだよね、俺もスタンバってくるから。じゃあ本番よろしくお願いします。


すず…嗚呼すず…
posted by しきぬ ふみょへ at 23:03| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Katsu

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まず「Big Katsu」を2回書いている意味がわからない。寝ぼけてたのか?自社製品のパッケージデザインって、案がそのまま素通りするじゃなくて、おそらくいろんな大人が絡んでいるはず。大なり小なりの会議で誰も「ん?"Big Katsu"、2個無い?」と気付かなかったのか?もし、「Big Katsu」を消費者に印象付けたいと、パッケージのそこかしこに文言が散らばっているならまだしも、「2回」である理由とは。本当に何回見ても2個あるなこれ。立体視かもしれない。でも、仮にこの「Big Katsu」が1個しか書かれていなかったとしたら、余白にちょっと寂しくなってしまう。今までそこにあったものがいざ無くなったら、寄り添っていた「Big Katsu」の重みが消えてしまったら悲しい。いや、そんなことはないな。「Big Katsu」一個になったんだ。と思うだけだな。か、それか「直ったんだ」と小声で言う。


そもそも、"カツ"のスペルって「Katsu」なのか?確か元ネタはカツレツという料理で、日本古来のやつではなくて、おそらく遠い国から伝わってきたんじゃないのか。「Big」は英語だからアメリカかな?アメリカの定食屋で「Katsu Rice」と書かれていて、注文してカツ丼だったなら裏付けになるから調べに渡米しようかな。そうなったら、「Katsu」の「tsu」がウェイターにきちんと伝わるかどうか。舌畳んだり裏返したりするやつだ。指差して「これ!」もかっこ悪い。「バニラ・アイス」が通じない日本人あるあるみたいなのもあるし。「ヴァニラ・アイス」って、「ヴァギナ」って言ってるのとほぼ同じだろ。恥を知らないのかアメリカ人は?


左側の黒縁取り、パープルの『カツ』。違和感でしかない。しかし主張が強い。ニコニコでカツを揚げる動画があったとして、「カツ」とだけ急に巨大なフォントで流れてきたみたいな、「確かにそうだけど、お前なに?」の『カツ』。不安になってきた。これが流行っている不気味の谷か?なんでお前はここにいるんだ?


小窓から実物のカツが覗いている。明らかに美味しそうな印刷のカツよりもやや干からびている。嘘をつけなくて、「我が社の製品のコンディションはいかようになっております、お客様、大変申し訳ございません。しかしながら、不肖、手にとっていただきたい、口に運んでいただきたい、何卒ご賞味をば宜しくお願い申し上げます」という真摯な気持ちから開けた小窓、フィルム越しのカツ。この小窓を開ける決心に至った40代後半の、妻もあり子どももあり、なおかつ葛藤に負けてしまった白髪交じりのサラリーマンの最後の抵抗、良心の現れ。がこの半径2センチもない円形から見て取れますね。


いや、見て取れないよ。良心なんかない。だいいち、カツって言われたら豚のお肉だろ。魚のお肉使ってるのずるいだろ。騙しやがったな。「そんなつもりはございませんが、原材料表記をお読みいただければお分かりいただけるかと」って言うんだろ。ふざけやがって。「カツ」って言えばお肉。魚のお肉はお肉とは言いません。子供の頃に、30円でお肉食べられるなんて、こんな幸せあるだろうか、とはしゃいだ記憶がある。スイミングスクールの帰り道だった。あの嬉しいという感情を返してくれ。倍の60円払うから返してくれ。


「菓道」という会社がビッグカツを刷っている。菓道はあの「カットよっちゃんイカ」も刷っている。駄菓子を刷っている企業では最大手の一角。「菓子」の「道」と書いて「菓道」、人を騙しているくせに何が道だ、"剣道"という道を名乗っていっておいて、いざ試合でピストル使って相手を殺すのと一緒だろ。騙されてたまるか。ビッグカツ(Big Katsu)は嘘だらけだ。


でも美味しいから大好きなんだよな。「30円で手に入る最大限の幸福」っていう帯コメントを書きたいな。菓道さん、宜しくお願い致します。
posted by しきぬ ふみょへ at 00:15| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月03日

喧嘩の仕方がわからない

彼女と別れてからしばらく経って今、性欲がほとばしっている。女性の体が抱きたくて仕方がない。昨日飲み会から帰ってきて、家に着くやいなや背広のままで洗体エステを吟味し、この子にしーよう、と黒髪ショートの女に目星を着けた時点でようやく寝巻に着替えて就寝、翌朝6時に目覚め、出勤状況をチェックすると既に300分待ち、他の娘達も最短で100分そこらかかる。ゴールデンウィークにお前らは他にすることがないのか。それでいいのか。ここから予約入れて風呂入って電車乗って、って考えると急に冷めてしまいしこって二度寝した。そのような毒ガスのゴールデンウィークを、両親の帰省要求を蹴ってまで過ごす。


しこるのにも、近頃はAVが使えなくなってきた。ていうのも女優がプロとして努力をしているから。この女性たちが労働をしているのに俺はしこっている場合なのか?いいえ、しこっている場合ではないだろうと申し訳無さが興奮に先立ってしまう。では、何を持ってして為すかと言うと、目下世話になっておりますのがでんぱ組.incの誰か、特に夢眠ねむさんか水曜日のカンパネラのコムアイさん。何故ならば努力をしていない気がするから。俺は最悪か?先ほど黒髪ショートの風俗嬢をサーチしておりましたが、夢眠ねむさんといいコムアイさんといい、性的には興奮を持てるんだけれども仮に付き合うとしたらろくな事がなさそうなので嫌だ。黒髪ショートの連中は地下のお笑いに理解を示してみたり、システム・オブ・ア・ダウンを聴いていたり、ゴミみたいなゾンビ映画をあえて楽しむノリに勘違いして首突っ込んだり、minneで昔の彼氏に買ってもらったカエルモチーフのリングをはめていたり、とかくどうしようもないかぶれ方をしているに決まっているからしこったところで誰にも文句を言われる筋合いはない。男わかっているつもりなら貴様でしこってもよかろうが。


慶應義塾大学をご卒業されていることでおなじみ、コムアイさん率いる水曜日のカンパネラの楽曲。Youtube公式チャンネルで公開されているものを何曲か聴いてみた。たとえば、『桃太郎』は、引きこもりでニートをやっている桃太郎が爺さん婆さんに尻を蹴飛ばされてしぶしぶ鬼退治に行くという筋の歌。桃太郎とか昔話改変で笑いを取るのはなかやまきんに君の筋肉落語で決着がついている。中途半端な「バンゲリングベイ」、「天外魔境U」、「魂の16連射」、といったいい線ついてやった感丸出しのフレーズも、平成4年生まれのコムアイさんが、付け焼き刃でこの辺押さえときますか、ハドソンで統一しときますか。へー、こんなの若いのによく知ってるじゃん、で男を惹きつけ、桃太郎がニートっておもしろ、という女を惹きつけ、Mステで披露して「まさか地上波で」票を得て、なるほど見事にうまく行っており流石慶應義塾大学をご卒業されているだけのことはある。全て聴いたわけでないので、もしかしたらこれは光っている、という曲もあったら申し訳ないのでしこるのを止めるけれど、今のところは「付け焼き刃の女じゃん」と感じている。wikipedia要約お姉さん。『千利休』、『シャクシャイン』、『ラー』。かといって、「これを盛り込まなきゃ甘いでしょ」を案出すのもつまらないけれども。


水曜日のカンパネラのコムアイさんが目下の対象として、慶應義塾大学をご卒業されている以上は大きすぎるとしても、誰かの発言に対して、脈絡があって批判をしても、"わるくち"として捉えられてシャットアウトされる、かもしくは、こいつは自分の成功に嫉妬を抱いているに過ぎない、と仕分けられて「嫉妬BOX」にアンケート用紙を放り込まれ、カギをかけられてしまう。この間青野くんというアルファーツイッタラーに「死ね」と急に絡みに行った件に関しては、社会人ですし、我ながら流石にただの輩なので非常識で大いに反省しておりますが、ただ彼の発言内容に対して、影響力から鑑みて汚物の跳ね返りがあっても良いのではないか。つまらねーので。「批判こそ是なり大いに結構、文化の発展の為!」、などと口では簡単に言えるけれども、いざてめえよ、息を吹きかけられると臭いのでどっかいってくれ。ブロック。って、おかしいだろ、と声を荒げようとする。が、果たして己は?と。このブログのコメント欄を閉めているのは、クソ誹謗中傷が届くからなので「有名でもないのに嫌だ〜〜」と耳を塞いでしまったからなんですが、正当な批評批判が届いたとしてそれも弾いてしまう。難しい。良くないでしょ、と言うのはちょろい。まっとうに物申してくれているのか傷つけたいだけなのか。これは批判でこれは中傷だ、ラインの引きどころは受け止める側次第だ。ここのブログのコメント欄は開けるつもりはないのでなんか許せなかったらツイッターまで一言願います。


たしか小学校高学年の頃に、体育のバスケの時間にあまりにも俺の運動神経が悪く、チャンスをことごとく潰していたのがきっかけで言い争いになり、うるせえ、しょうがねえだろとカッとなって人差し指で相手のまぶたの上から眼球をグッと突き、駆け付けた教師にメチャクチャ叱られた。弱点を狙って潰してやろうという思いつきだったのだろうけれどもお前怖すぎるよ。ねじ伏せれば勝ち、とどこかで思っているんだろうか。いまだに喧嘩の仕方がわからない。



5/4PM1:00追記:コムアイさん作詞作曲じゃないのかよ。喧嘩をする時には相手を知らないといけない…情報大事説。反省をしています。しかしウラのオトナがけしかけているとしたら、なお寒いぞ
posted by しきぬ ふみょへ at 22:33| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月01日

天と地と

てぃ先生のトークライブに行ってきました。


舞台が開かれる、という情報に気づいたのは先々日で、また、ツイートを改変してボロくウケてやろうかな、と鼻汁を袖で拭いながらてぃ先生のアカウントを覗いてみると、4/30の土曜に大阪・宗右衛門町のロフトプラスワンウエストにてトークライブを行うとの告知をしていた。ゴールデンウイークにろくすっぽ予定も入っていなかったし、イープラスを開いてみたらまだ席に余裕あり、の○だった。2/8の記事で一度、ブログにも書いたことがあるデビルを誘うと「なっ…絶対行きます…」と一瞬でドスを舐め始めたので即2枚抑えた。前売り券2,500円+ワンドリンク代別。

ライブ前日、作戦を練った。

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質問コーナーがある、という文言がイベントの告知サイトに書かれており、それならこの際聞いておきたい、というストックを書き溜めようとしたのだけど、相手のセキュリティが想定すればするほどに堅牢で、6回目のライブともあり、おそらくマニュアルが既にあって、こう来たらこう返されるだろう、というシミュレーションが出来てしまうから難しい。斜め後ろから刺してやれるようなブッ込みはないだろうか?と性格の悪い方向へ、悪い方向へ、とハンドルを切っていくうちに、「2016/4/3のツイートでコナン展に行った話。2016/4/5にちはやふる下の句の宣伝。どちらも日本テレビ資本である、しかもスッキリ!に出演した記録もあるぞ、貴様さては読売グループの差金ではないか?プライベートを明かさない理由は果たしてメディアの操作が入っているからではないのか?」と陰謀論に走りだしたので大人たる我々は一旦ここらへんで我に返り、ラインを引き、本番当日に備えた。


翌日11:30合流、難波、バーガーキングでワッパーを食べた。ワッパー、烏龍茶、サラダのセットで980円取られた。狂ってるぐらい高いだろ、と暴れまわりそうになるがそれは脇においておく。上記のメモ帳をベースにして俺はこれを行くわという打ち合わせが行われた。やっぱり、過去6辺のライブでまだ出てきていない話題を提供してやりたい、鈍くさい言い方をすれば爪痕を残したい、と。あと先般喘息で休業宣言をしたカントリーガールズの稲場愛香ちゃんに、アクエリアスかポカリか訊きたい、療養中のくせにワガママいうなよ!みたいなやり取りマジでしたいという話をして本番までコンディションを整える。


宗右衛門町に向かい、会場入り。予期していたがそれ以上にマジで女しか居ない。で、何と言ってもほとんどが可愛かった。キョロキョロしてしまった。みんな可愛くて。これが天か……と察し、地の我々は一番後ろの席につく。アンケート用紙が配られた。挙手制でなく事前に検閲が入るのか。やはり堅い。記入。ワンドリンク制なので俺はコロナ、デビルはカルピスをオーダー。しかし周りを見ると、何やら薄気味悪い青の飲料を飲んでいる、どうやら当日限定のてぃカクテルらしい。「てぃにしてやられましたね」「てぃ、なかなか出てこんな」と、あの会場で彼を「てぃ」と呼んでいるのは我々だけ、しかもカクテルに口をつけず馬鹿みたいに好きな飲み物を注文して明らかに反乱分子丸出し、チェチェンなら死んでました。

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そして開演。12:30開演とのアナウンスだったがてぃ先生が舞台に現れたのは12:45頃。タモリ倶楽部のオープニングテーマが流れ、手拍子に合わせて登場。「ギリギリでしたね」とのユーモア。?間に合ってないぞ?、と脳内で軽く茶々を入れる。道が混んでいたらしい。てぃ先生はマスクをしており、目線しかわからない。生の現場でも顔を晒しているわけではありませんでした。てっきり、アシスタントか何かが出てきて複数体制でトークするのかな、と勘ぐっていたけれどそうではなくて全くピンで舞台に立つ保育士、1名。単純に度胸あるなと思った。他愛もない、というか他愛なさすぎだろ、という、大阪で迷わなくなった話、「コナンくん」の映画を見た話(てぃ先生はコナンとは言わず必ず「コナンくん」と表現する)、ちはやふるが明日から公開されるという情報など。やはり日テレ資本説がにわかに可能性を増す。いやらしい言い方をすれば「客いじり」もしていた。どこから来たんですかトーク。一番遠いところから来たファンは大分から来たとのこと。てぃ先生に会いに飛行機に乗ったらしい。飛行機なんて沖縄行く時しか使わないだろ普通。そして、男性の方いらっしゃいますか?という煽り。自分、デビル、もう反対側の隅っこに座っている男性を除いては手を挙げていなかった。てぃ先生と一瞬の交流。俺もデビルもあなたのツイートを改変することでややウケを得ております。まあ貴方の規模からすればややどころか波風一つ立っていないでしょうけれども。と表情に卑屈を丸出しにするが、もうこの時点で気づかれていたでしょうか。


てぃ先生のトークの特徴として、「あ、そういえば思い出した、聞いてくださいよ!などと話題が頻繁に逸れる」「擬音やオノマトペが多い」と2つ感じた。これは保育士としての職業柄もそうだろうし、幼児性を巧みに操り、自分のものにして、女性に積極的に頭を撫でられにいける姿勢、それこそがモテに繋がっている。キャラを演じている、誇張している側面もあるだろうけれどもこういった振る舞いがナチュラルに出来る時点でなるほどこれはモテるやつだな、と後方席から白旗を振っていた。保育園には出会いがない、職場恋愛なんかありえない、としきりに愚痴っていたが職場で出会いなんか探す意味なんかもはやないだろ。目の前の100人弱全員抱けるんだぞ。


前半戦が終わる間際、「何か質問などある方?」と、てぃ先生から促された。おっ来たぞ、と思う間もなくデビルがピンと挙手していた。じゃあそこの男性の方、と差され、そそくさとマイクが渡された。


「今見た感じ、周りは女性のお客さんばかりと見受けられますが、正直な話、TwitterのDMか何かで言い寄られたことってあります?」


本当にこの男を連れて来て良かった。こういう特攻を平然と出来てしまうのがデビルたる所以で、98%の女性の視線が集中しながらも下世話な話を放り投げている勇姿を横目に肩をすくめて縮こまってしまった。てぃ先生はけっこうウケていた。本アカウントはDMを相互フォローからしか受け取れない設定にしているが、プライベート用アカウント(といっても2万3000人からフォローされている)はそういったロックはしておらず、ちょくちょく「会いましょう」とか、プリクラの画像と「私です」というDMが届くらしい。スマホの画面をこちらに向け、「こんな感じで」と親指でスクロール操作をすると、女から送られてきた声という声がバババっと次から次へと。目の前の100人弱と2万3000人とセックス出来る権利を保有している保育士。天上人。こういう実情をちゃんと晒してくれたのは好感が持てた。デビルの「あとで紹介してください」はつづら折りになった女の後頭部でかき消されて壇上のてぃ先生に聞こえていなかった。


後半の部、事前に集められたアンケートをもとに喋る。保育士を目指しているワタシに助言を、であるとか、普段息抜きに何されてるんですか、であるとかそういった「保育士」としてのてぃ先生に向けた質問が多かった。正しいあり方であって、保育士としてのプラスの側面しか見せていないてぃ先生から現場の声を聞けるこの機会の貴重さ。俺は子どもは居ないし保育園には今のところゆかりも無いけれども、きちんとそういった職を志している、また働いている人間にとっての励みはある。「きれいごとばっか言いやがってよ」という声もあるのは間違いないけれど、「きれいごと」だけを発信し続けているてぃ先生に助けられている対象もまた、居る。だからこそ、心の内壁にこびりついた意見をいつかほじくり出してやりたいっていうのもある。


自分の「Twitterのゴールはどこですか?」が読まれた。哲学的な質問ですね…というてぃ先生のコメントでひとハネありました。mixiは今廃れてしまったからやめたけれど、Twitterはその気配がないのでしばらくは続けるでしょうね、との返答、正味な話期待していたものとは違ったが、Twitterは辞めるつもりはありませんというアティテュードをうかがい知れた。辞める理由もないだろう。ウハウハなのだから。ウハウハですよ。こんどアメブロも始めるらしい。幾ばくかの金銭が懐に入る。保育士の低賃金問題なんかどこ吹く風で、そのまま突っ走って女を抱いて儲けてくれ。


伝言ゲームというレクリエーションが始まった。2列で1グループになり、てぃ先生から伝えられる文章が伝達されていく。女の人の髪をかきわけて耳元にささやくてぃ先生。畜生、と思いました。順番的に俺はデビルの次だった。なんでこの期に及んでデビルから耳打ちされなきゃいけないんだよ。そして、指定された順番のラストだったので、壇上に上がって文章を発表しなければならなかった。デビルからの情報を抱えてロフトプラスワンウエストの舞台へ上がった。てぃ先生からマイクを向けられ、伝言を読み上げると、他のグループよりも正確だった、とのことでてぃ先生から表彰を受け、俺達の班の人間にてぃ先生・原案のマンガをプレゼントしてもらった。何の苦労もしていないのに、ステージでてぃ先生と同じスポットライトを浴び、なおかつ商品の授与までされてしまい大変申し訳無いという気持ちしかない。


1周で終わりかと思ったが2回戦が始まった。またデビルから情報を仰せつかった。俺がまた壇上にあげられる、とその文章を記憶していると、同じ班の人から、後ろに女の子が1人座っているからその娘を入れてあげてほしい、という声があった。振り返ると制服の、おい女子高生かよ。女子高生が丸テーブルに1人で座っていた。その娘にまったく気づかなかった1巡目、まかり間違って俺が衆目を浴びてしまった。本来ならば絶対この娘でなきゃならないだろ。その娘に文言を伝えた。今回の情報はきちんと流れておらず、頓珍漢な発表をさせてしまった。この女の子、異性の好みに関してはあまり合致しないデビルと珍しく握手をくみ交わしたぐらい容姿も声も可愛く、2,500円を支払って合法でコミュニケーション取れちゃだめだろ、俺みたいな汚いジジイが、と卑下しかなかった。1週目に順番回してあげなくてごめん、と謝りたかったけれど能動的にこちらから声をかけるのは犯罪なので理性で止めた。しかしながら、女性と自然にやり取りできるてぃ先生のトークライブ、きっかけさえあればともがいているジジイたちにはうってつけの場所かもしれない。みんな可愛いし。


ライブが終わり、撮影、握手、サインの列に並んだ。最後まで楽しみたくて。


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俺はてぃ先生よりも身長が低い
posted by しきぬ ふみょへ at 12:11| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月24日

それなら、もう一度

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あの日であらかたの思い出にまつわるデータは爆破したつもりでいたのに、何とはなしにカメラロールを辿っていたら出てきた。5月22日(金)1:00過ぎのやりとりらしい。週末で彼女と喋りながら酒が進み、Skypeを切ってから酔いに負けて絡んでしまったと思われる。翌朝にしみじみと喜び、寿ぎが滲み出てきてスクリーンショットした。付き合いだしたのが5月の頭だったのでまだ漁港から水揚げされたばかりの頃。ここから1年もしないうちに跡形もなく腐り果てるとは。


夢にも思わなかった、という表現があるけれども、付き合っていた当時は彼女に振られる夢をしょっちゅう見ていた。嫌われてさようなら、で布団から飛び起き、昨日の夜のラインを遡り、まだ大丈夫だ、良かった、何を悲観的になっているのだろうと安堵に包まれながら二度寝した。性分的に生活がうまいこと運んでいる時には「そんな訳あるか、用心しろ」と匍匐でしか移動できなくなる。もうすぐ1年も経つし、そろそろ安全地帯まで来れただろうと油断しきって立ち上がりダッシュしたその1歩目で地雷、しかも足が離れてから信管が作動するんじゃなくて、踏んだ瞬間即死のタイプだった。死んでから、一緒にその辺を散歩する夢を見るようになったので人間には欠陥が多い。


彼女とはTwitterで知り合いました。今となってはブロック、鍵と二重のセキュリティに阻まれて知る由もないけれど、彼女のアカウント名で検索をかけると、「新生活頑張れ!」「就職してから辛いことも多いだろうけども慣れちゃえばこっちのもんだよ(笑)」といった、野郎どもからの浅はかな叱咤や激励が結果に引っかかる。そこから今の状況を類推してアドバイスを念じている。俺が世界で一番身を案じているとも知らずに馬鹿がちんちんを勃てながらリプライを送っている。悪態をつけばつくだけ嫌われるのに、身を案じているのに意味がないんだから、バランスが取れていない。Twitterの責任者は早急にパッチを当ててください。


昔、プラスの出来事もマイナスも、どちらも露出しなければフェアじゃねえだろ、と、初めて女性と交際した時に、こんなものをもらった、とか、微笑ましく、面白いやり取りがありました、とかをその都度インターネットで報告していたのだけど、それが本当に気持ちが悪いという理由で振られたので、確かに「フェア」がどうこうとか心に架空のコミッショナーを飼っている時点で汗臭くて気持ちが悪いし、損しかない。幸せになることが第一義でなければならない、と気付き、女性と交際していても、それはそれで切り分けるようにした。この記事も、書こうか書くまいかちょっと躊躇した。露悪をやりたくなった、と言えばそれっぽいように聞こえるかもしれないが、どうでもよくなったっていうのが大きい。ゲボみたいな失恋なんか今更取っておいても価値なんかないしみんなもっとゲボな恋をやっているんだから、どうでもいい。


まつわる場所がたくさんありすぎるという障害を克服するのが難しい。彼女は関東に住んでおり、俺は大阪なので1,2ヶ月に1回ほど互いに往復をしていた。東も西もまつわっている。けれどもおそらくは自分しか覚えていないだろうから、2人でデートをしていたことになっている時間、仮に知り合いが殺されて、容疑者として取り調べられたとしても、彼女は一切当時の記憶を失っているのでアリバイがないから怖い。自分の脳でしか立証不可能の出来事が東西浦々に散らばっており、浅草花やしき、よこはまコスモワールド、江ノ島、新世界、梅田のプラザモータープールから新宿へ。全部妄想の産物でしかなくなってしまいました。課題は、克服です。


大江千里の『かっこ悪いふられ方』という曲で、「いろんな人を好きになり、おそらく僕は結婚する」と歌っている。納得しそうになるけれども、「おそらく僕は結婚する」と言い切れませんよ。ピアノがたまたま上手いからそれっぽく聞こえるだけ。飲んだくれてなんでもない銀縁メガネのジジイが「いろんなオンナに惚れたけどまあ、そのうち結婚するからよ」ってクダまいてても「うるせえよ」で片付けられておしまいだ。80年代の人間は騙されていたかもしれないが、2010年代の若者たる我々は、もっとヤニまみれのスーツを身にまとって戦場へ出ましょう。勝利を我が手に、女が洗い物をしている間に…
posted by しきぬ ふみょへ at 22:11| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月19日

意味のヲタ

4/17で26才になった。


twitterでお祝いの言葉を投げていただいた皆様、感謝しきりです。ありがとうございました。自分は人におめでとうという言葉をかけるのがかなり苦手で、心と骨盤が歪んでいるので、俺みたいなもんに祝われたってしょうがないだろとつい飲み込んでしまって「おめでとうございます…」と奥底で念じるだけで済ませてしまうところがある。決して祝ってないわけじゃないんですよ。だけども強く念じただけで伝わるSNSはまだ登場してないし、26才なので「言わなければ伝わらない、言ったら伝わる」を学びます。


先からハロー!プロジェクトに所属している方々に関心がある。ハロー!プロジェクト、通称ハロプロは平たく言えば容姿の優れた女の子たちが所属しているユニットをさらに束ねる胴元で頂点につんく♂がいる。最低でも5人若い女の子がいるユニットが複数に分かれていてこんなもの覚えられるわけないだろ、若い女の子の顔なんかみんな一緒なんだから、とくくっていたが関心というのは恐ろしいもので研修生も含めてすっかり記憶をしてしまった。大事なリソースを割いているのだから仕事が出来なくなるというのは当然のことで、いくら会社で無能をせめられようが胸を張って俺は今のモーニング娘。のメンバーの名前を挙げていってやる。12人いる。


誕生日、ハロプロの1ユニットである「℃-ute」の握手会兼ミニライブに行った。千里中央駅という大阪の大動脈、御堂筋線の終着駅で、そのもう反対側のなかもず駅から電車に乗る。集合は朝の7時。路線情報で調べると5時半には起きないと間に合わない計算で、もし朝起きれなかったらもうサボってしまおうかな、と気持ち半々で布団に入ったら、心のどこかでワクワクしていたらしく4時半に目が覚めた。赤のAXEを吹きかけちょっとカラフルなシャツを着ておしゃれをする余裕まであった。


時間に現場に着き、恩人であり上官であり諸悪の根源でもあるタクスさんと落ち合った。なんの疑問も持たずに「じゃあ7時に」「うん!!」と命令されるがままに千里中央に来てみたけれども、理由は「早く来ることにより、ステージから近い場所ででライブが見られる確率が上がる」っていうんで、えらいものでなるほど!!としか感じませんでしたその時は。その時点で集まっている人数は10人少々で、周りの雰囲気を察するに絶対今日が初回であるわけがなく、オタクの有馬記念になぜかゲートインしてしまい震えおののくしかなかった。


朝は天気がぐずついていた。タクスさんはピンク色の折り畳み傘を持ってきていたのだけども、「ピンク色の折り畳み傘を持っている=℃-uteの鈴木愛理ちゃんのイメージカラーはピンク色=鈴木愛理ちゃんを推しているに違いない」という三段論法からの一点突破で知らない人間が話しかけてきた。何なんだ?と身構えると、「℃-uteの中島早貴ちゃんと元特命戦隊ゴーバスターズのイエローバスターこと小宮有紗ちゃんは生年月日が同じで容姿も似ている」「安藤美姫と絢香も生年月日が同じ、運命を感じる」という若い女性の生年月日にまつわる情報について教えてくれるただのNPCだった。今回便宜上彼を"情報さん"と呼びます。情報さんは「濡れてもええように」とウエットスーツのような上下ピチピチのタイツに素足でクロックス、というもはや、濡れてもええように、ではなくむしろ「濡れに」来ている出で立ちで、持っている情報をさんざん伝えると行方をくらませた。タクスさんと、「俺達はまだ普通だ」という確認をした。


係員からの誘導があり階段に並び、チケット販売開始までの2時間少しを待つ。雨が降ったり止んだり、その度に傘を差したり閉じたり、誰の顔も名前を知らないが「℃-uteが好き」、と「雨が嫌い」という共通点が確認できてよかった。タクスさんは℃-ute好き界でも顔が利き、多様な人種と交流していて人柄の権化だった。女性も男性も若いも年配も、市議会議員みたいなジャケットを羽織った、「ひょっとして℃-uteを呼んだ側の人間か?」という風貌のおじさんとも会話を交わしていて底知れなかった。


膝の皿がほとんど剥がれるまで立ちぼうけていたらようやく、スタッフのメガホンでテントまで誘導され、ミニライブに参加し、なおかつアイドルと握手ができる権利が得られるCD予約券を申し込む順番が来た。小さいテントで長机の上に申込用紙とボールペンが無造作に置かれていて、「仕組み!!」と叫びながらなんとか1,080円×(午前1回+午後1回)=2,160円を支払い、チケットを手に入れた。戻ろうとすると、早朝からゲートイン完了していた人たち、いい加減顔も覚えてしまった人たちの様子がおかしい。うなだれている。チケットに印字された番号が若ければ若いほど前の席なんだけど、それが平気で「900」とかそういう番号で、というのも要は早く集まろうが今来ようが関係無かった、完全にランダムだったと。読みが外れたと。打ちのめされた人たち。しかしすぐさま外れた膝の皿をはめ直すとまた列についていた。そして我々はどうしたか。列につきました。


午前1枚、午後2枚と権利を手に入れた。そして5枚の権利を手に入れたタクスさんと、その人脈で前日も名古屋のライブでタクスさんと会っているという、漫才ブームのB&Bみたいなスケジュールで動いているKさんと3人でサイゼリアでご飯を食べて時間を潰した。ペペロンチーノをいつもの癖で注文しようとしてしまったが、はっ、女の子と接する、とにんにくを気にしてほうれん草とベーコンのやつにした。


先ほど並ばされた階段に番号の若い順番に再整列。今度リリースされるトリプルA面の1曲に「何故 人は争うんだろう?」という曲が収録されている。人より優位に立ってやろうと朝7時にのこのこ現れたオタクへのメッセージソングとして「何故 人は争うんだろう?」と問いかけてくれていたと気づいた。だんだん空模様がよくなり、自分の番号が呼ばれ、ステージに集まる。係員からポリ袋が渡されたが、これは手荷物を入れ、爆弾やナイフなどを無効化するためらしい。確かに爆弾やナイフなどを持ちかねない我々の行動パターンを見透かした措置と思った。午前公演はタクスさんと番号が近かったので、隣同士になった。そっとペンライトを渡された。


わかりました。やります。ペンライトを逆手に持って身構える。アナウンスがあり、℃-uteの5人が出てきた。インターネットの動画で見たことのある人達が、ダルシムの強パンチの射程ぐらいの距離にいる。


「アーアー 喋ってはるアーアー、アーアー歌(うと)てはる、アーアー踊(おど)てはる、アー」・・・ライブが終わっていた。さっきペンライトを渡してくれたオタは「岡井千聖ちゃん」としか言葉を発していなかったし、もっと原体験に近い俺は「意味!」「感情!」とステージの上の可愛い女の子5人にただの何でもない熟語を言っていた。
一旦ここで人生や培いがゼロになってしまった。さーっと雲が晴れ、太陽が差してくる。午前のライブが終わって、千々になっているファンの中で、さっきの情報さんは「単にTPOを間違っている人」になってしまっていた。


ミニライブの後は握手会で、℃-uteの5人が横一列に並んでいるところに、せいぜい1人2秒、手を握っては離れる、計10秒のチャンスが与えられる。F1のピットインレベルの秒速の勝負で、これほどお笑い消耗時代と言われ1分そこらのショートネタの是非が叫ばれる昨今、「2秒」でアイドルにウケることが果たして可能なのか?プロットを考えた、俺には午前午後とチャンスがある。午前の部は「今日、誕生日なんです!」でいこう。握手の順番の前、券をサイフにしまったのを忘れて全身をまさぐるというコメディがあったけれども乗り越え、5人に握手をした。1人2秒計10秒で通算5回の「おめでとう」を叩きだした。アンタッチャブル・レコードであり、人生で更新するべくも果たして不可能だろうという数字です。だがここで終わりでなく、午後の部の詰めに入る必要がある。タクスさん、Kさんという知の賢者2名と喫茶店で時間まで肩を作った。

午後の部の権利を入手するチャンスはまだ残っていて、会場内に「まだ若い番号が残っている」という伝令が駆け巡り、タクスさんがテントから帰還、チケットをめくると数字は「32」。四浪して東大受かった奴か?ぐらいのボリュームで雄たけびをあげたかと思うと、天を仰ぎながら光に包まれて死んでしまった。


午前は「アーー」で終わってしまったんだけど、多少は平静を取り戻して望む午後の部はひとりひとりを「すげぇな」と噛み締めつつ観れた。℃-ute、居るんだな、同じ次元に。同じ次元というくくりで俺が在ってもよいのか?怒られないか?誰に許可を貰えばいいんだ?役所の次元課か?しかし、良かった。素敵だったので。


2周目の握手。1人目から、中島早貴さんには「大阪にまた来てください!」と伝えたら「絶対また来ます!」と、中島早貴さんが大阪に来るまで俺が居住をする意味が出来た。萩原舞さんには「お願いします」と具体がゼロの依頼をしてしまった。鈴木愛理さんに「今日、誕生日なんです!」と、繰り返すやつをやったら「おめでとう!さっきの…?」と"認知"があった。俺は鈴木愛理さんに認知されたぞ。矢島舞美さんにも誕生日を改めて伝えた。1回めと同じ温度で祝ってもらった。矢島舞美さんはフラットだ、水平の美しさ。

5人目、岡井千聖さんに、ラストだから2秒でなく2.2秒ぐらい、零コンマ2秒ほどのありがたい猶予が与えてもらえる。スタッフに剥がされる一瞬の名残でもう1センテンスのコミュニケーションが取れる。奇をてらわず、突飛すぎているんでもないちょうどいい温度のやり取りがしたい…。

「僕も、アイドルになりたいんです」という疎通、が1秒半ほどで、「なれると思う!」までで2秒弱。うまくいった。スタッフに剥がされる。岡井千聖さんに両手のサムズアップをしてもらう。あの両手のサムズアップにどれだけの意味という強度と塩分が含有されているか。

もう1枚権利は残っていたけれど、このいいイメージのまま終わりたい、今できる最高のパフォーマンスだったと自負をしていたのでタクスさんに権利を譲った。6周するオタクを日陰から観た。

応援をしてもらうのは何よりもパワーになるんかい、なるほどそれでアイドルという職業がいかに現代に肝要であるか、と糸口が掴めました。ぼーっとしたまま、夕方になり、もう選択肢について考える余力がなかったので、さっきと同じサイゼリアでご飯を食べた。デカンタ白ワインとアイドルと生ハムと、もし彼女たちと同じクラスになったとしたら、の妄想座席表で2時間ねばった。「この娘にはウケれる」「この娘にはウケれない、笑いが通用しない」「この娘はウケたふりをしているだけ。おれたちは馬鹿なので気づかない」と、この期に及んでちょっと現実の要素をないまぜにしようする悪あがきが、あれ?これがキモいというやつか?


4/23には大阪城公園ホールに行きます。Juice=Juiceというアイドルのライブを見に行くので。1週間経ったらいろんな意味を忘れてしまうので、意味を確認しに行きます。意味最高!

posted by しきぬ ふみょへ at 12:30| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月16日

薙ぎ払っても

腕時計が止まってからどれだけの時間が経ったのだろう、と藪を掻き分けている。実際は1週間かそこらなの だが私は気付いていない。社会の空気を肺に入れなくなってからの最長なのは間違いなかった。二日酔いの朝も大学に通ったし就職してからも無論で、昔、イン フルエンザで席を空けていた三日間の茫々なこと、不安で不安で仕方なく、不安で不安で仕方のなさに押し潰され、駆りだされ、殆ど飲まず食わずのうちに出勤 した朝の、三日間席を外していた空虚の襲いかかり。藪を掻き分けながら、都会では見かけないサイズの蚊に盲滅法に血を吸われた。まあ、蚊に血液与えている うちはくれてやる、くらいだったんだけれども、流石にヒルが首筋に食いついていた時は驚いてしまい、いつにも増して気持ちも悪いし裏返ってるしの声を上げ てしまった。が、今は草藪の中に居ますので誰の耳にも届いていないのが不幸中の幸いだ。不幸中の不幸とも言える。


な んだか、なんだか、なんだか思考も吃るくらいいろいろと嫌になってとある日の朝、いつもとは反対側のホームから各駅停車に揺られ、わけのわからない秘境駅 で降り、湿気鬱陶しい、背広を畳んで駅舎の男子トイレに放置したままズンズンと道無き道を掻き分けていった。この野郎、と力を込めれば枝は折れるし、革靴 だし靴下は水吸うし、で嫌だね、グショグショだったが水たまりをあえて踏みつけている自分に、「お前、本当はパワーがあるんじゃん」と第三者視点で肩を叩 いている自分自身に励まされつつ、山の中心へ中心へと踏み進んだ。明日のことを考えんでもまあいいか。生まれて以来の前のめりだったかもしれない。


ど うしたって社会をどうにかしたって喉は渇く。こないだまでの1週間前はダイドードリンコのしゃべる自販機ぐらいしか労をねぎらってくれなかった。110円 玉を投入してねぎらいのあった日々が今となってはありがたい。"分け入っても分け入っても青い山"じゃねえわ、一句したためられる余裕があってよかったで すね。まさしく今現在、なんの手助けもないままになんだか知らない木々の間を行軍しており、私がそうしている間にだって、世間は右往左往東へ西へしてい る。東にも西にも進んだ手応えはあるが太陽の光が当たらないのはどういうわけだろう。どうせなら海の方にいけばよかった。手頃な木の根を枕に、タバコに火 をつける。家で寝タバコなんかして万が一の不始末で家族全員心中するのはおそろしいのに、森の仲間たちを一網打尽にするのは厭わないのか。ぼーっとする、 どうでもよくなる。仕事も家庭も置いてきてしまった。焦燥や罪悪が入り混じった真っ赤な感情は次第に土の気が混じり鮮やかさを失って、機械の体を持つのだ ぜ機械の体を持たなくてはいけないのだぜ俺は、と言い聞かせていた。社会だろうが草むらだろうが己を殺せば秩序が保たれる。どこに行ったってやることなん か一緒じゃないか。


川を見つけた。ワイシャツとズボン、トランクス、革靴、靴下、まったく同時に脱ぎ捨て、しばら く泳いだ。同僚連中は背中を丸め、こめかみの血管に血溜まりを作りながら無産労働に平伏させられているであろうまだ日のあるうちに泳ぐ清流の気持ちの良い こと、背徳、背泳ぎ、バタフライ、藪を掻き分ける、川、発見、飛び込む。気持ちいい。シンプルに生きていれば満たされるじゃないか、なんでこの年まで我慢 していたのだろうと悔やんだ。


彼には家庭があった。学生時代から交際していた。子どもができた。結婚した。安産だった。愛があった。護りましょう、愛しましょう、共に歩みましょう。

索敵、発見、銃構え、発砲、撃破、索敵、発見、銃構え。

←、→、↑、↓、←→、←→。

堰が決壊したように上から下へ流れ落ちてくる色とりどりの音符に合わせてパッドを叩き、あるいは踏み、成功した回数がスコアにつながり、数字として成果が出る。だからどうしたんだ。何も偉くなんかない。



次から次へ際限なく頭の上に落ちてくる音符に合わせてパッドを乱打している。それは労働のみならず家庭までそうだ。何十年先か明日か知らんがお迎えの時に「PERFECT」なら拍手喝采、「BAD」なら地獄へ。地獄は怖いのでパッドに集中、乱打乱踏する。休まる暇なんかない。やるしかない。筋肉質の白人女性が、「SAMURAI」に抱きかかえられてハッピーエンド…

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posted by しきぬ ふみょへ at 23:04| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月04日

悪い人の声を聞くな

中学校3年、卒業式の前日予行練習で、心の底から嫌いだった腕力きちがいの陰口を叩いていたら本人にばれ、ちゃんとカラーをはめ込み、ホックのところでパチっと止めていた制服の襟をグワングワン揺さぶられ投げ飛ばされた。俺はバレーボール部だったが下手くそだったので日々顔面にボールをもらっていたのでメガネのスペアが無かった。襟首取られている間もメガネを高く掲げ、明日からの視界を奪われないように必死だった。前日のリハという事もあり全校生徒が参加させられていたので、400人弱の面前で首投げをされた。今振り返るとあまり興行的に振るっていないプロレス団体よりも大勢の前で暴力を振るわれたことになる。陰口の内容も、寒い時期なので体育館にジェットストーブが置かれていたのだけど、「いくらでかかろうがあのストーブに突き飛ばしてしまえば殺せると思う」といったハードコアマッチ思想が入ってたのでしょうがない。「やってみろよ!!」と胸元を掴まれてた時怖かったなー。出来ないに決まってるじゃないすか。メガネなんだから。


そんな腕力きちがいは地元ではセーフティーネットになっている私立高校を中退したのだが、キリスト系の福祉専門学校に入り直し、介護の仕事に従事しているらしい。メガネお笑い好きラジオ好きメガネメガネをぶん投げるパワーで老人の1人や2人、面倒見るなんて造作も無いだろうし、イエス様の教えに感化を受けたかどうかは知らないが、生きるという面ではまじめをやっている。田舎ほど結婚も早いが彼もそうで、俺が常日頃からかなりほしい自分の子どもを早々に作り、養っている。大学進学なんかせずに田んぼとセックスしていれば今の夢なんか一瞬で叶ったんだろうが、スーパーマリオブラザーズでも1-2から4-1まで飛びたくない派、過程をしがみたい、しゃぶりたいのでこっちのほうが長く楽しめるはずだ、という一点に期待を寄せてなんとか保つ。


俺はいじめられた経験はないです。この野郎の振る舞いにイライラはしていたけれど、明確にターゲットになった経験はない。その首投げまでは。日常的には、学年内でブスな女の子やアゴのいがんでた男が腕力きちがい一派にハチャメチャにいじめられていた。知ってはいたけれども、そこにイラつくばかりでなんとかしようと動いたわけでない。ああ、嫌だ、死んでくれたら嬉しいな!と願っていたばかりで実際に殺すのは法などにも触れるし、受験で市内の公立に受かったので出来なかった。いま、そのブスの女の子はちゃんと食いっぱぐれのない鈑金工と結婚して幸せに暮らしているらしいし、アゴの男は県内の大学医学部にストレートできちんと収まった。卒業後の道筋は知らないが踏み外すこともないだろう。


いじめられていた経験、あるいはいじめていた経験を大人になってから喧伝している人がかなりいる。義家弘介、絵本作家のぶみが嫌いだ。宇梶も嫌いだ。暴力を振るった経験を肯定している。そんな時代もあったねと、で済まされる問題でない。お前が摘んできた芽に宿っていた生命を背負えている覚悟があるんであれば決して世に出て目立とうとなんてしないだろ。面の皮の厚さが世渡りの最重要項であれば生きづらい。いじめられていた経験で飯を食おうとしている人間もそうだ。こないだ買ったクイックジャパンにも、奥田愛基とコムアイが学校で疎外感を覚えてふらっとエスケープしましたという話題で盛り上がっていた。盛り上がるな。"それでもなお"学校に通っていた人間に対しての引け目、を背負っていてくれないか。と怒鳴ろうとしたがコムアイさんは慶應義塾大学を卒業されていたので、うん、ひとまず置いておきましょう。奥田愛基、筋肉質の男性に首投げされてくれ……。ネットの殺人予告も怖いだろうけども、マジで不意に現れた筋肉質に首投げされてくれ……


「克服」による説得力、伝播のスピードを今一度洗うべきだ。世に出たいためなら周りにいじめられろ、あるいはいじめた後に後悔をし反省をすればOK、というテンプレートを母子手帳の1ページ目に書きかねない。安易にウケすぎだ。いじめるのも、いじめられるのからも腕振って走って逃げてくれ。形だけの更生で安易に認められたやつがこんなにも受けいれられるのならば、それを見越して、そもそも世に認められるために人間に悪を働け、という教訓がまかり通る日が来かねない。何ごともなかった人の意見を聞くことが流行る日が来たらいいのに。



明日仕事場で女子更衣室の模様替えに駆りだされます。ロッカーの移動をします。女がやれよ。俺は関係ないだろ。
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posted by しきぬ ふみょへ at 00:50| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月27日

檸檬の数珠

電気を浴びせれば俺のものになるだろう。海に向かって敢然と仁王立ちの学ラン。科学の粋の結集したやつですよ。波に乗ることの無意味を分かりなさい。などと逡巡しながら窓の外の海を眺めていた。何も起こらない。何も起こりはしないのだ。3年間の総結がペライチにまとめられてしまった。たらたら長い文章なんか誰も読みはしないのだから、このほうが簡潔で良い。西田幾多郎先生だって、「私の生涯は極めて簡単なものであった。その前半は黒板を前にして坐した、その後半は黒板を後にして立った。黒板に向って一回転をなしたといえば、それで私の伝記は尽きるのである。」と仰っているではないか。ニッポンの大碩学たる西田先生の一回転と俺の高校生活をイコールで縛り付けようというのは、いささかに暴挙と言えなくもないけれど、俺は若いのだ。今のうちに焼き付けておかなければならぬそして焼き払わねばならぬエロスが多すぎる。近視用眼鏡(がんきょう)のレンズの光屈折をうまいこと利用し網膜に投影している。窓の外の海でのんきに太陽にさらされている連中を、俺は頭脳でもって殺してしまうことが出来る。


腰に手をあてて高笑いしかねぬ、則巻千兵衛さんとDr.マシリトの悪の部分を掛けあわせて出来上がったような高校3年生の青年が、夏休み、なにやら童貞心(ごころ)に決着がついたのか、補習の教室にひとり残り、害をこねくり回していた。田舎の海辺の公立高校。まちがいで彼は誕生した。猿に徹せばよいものを、半端に知性を備えていた。性の爆薬なんて小便をかけてしまえばシケって鎮火する。だが彼は、小便だの海の水だのがぶっかかってもしぶとく燃え盛る炎を内蔵で燃やしていた。


購買の焼きそばパンを選ぶ理由はなんであるか。炭水化物に炭水化物を掛け合わせるエネルギー。エネルギーは破壊力だった。九九の世界では9×9=81が最強である。ククハチジュウイチ、という圧倒で、シチハゴジュウロク、をぶっ飛ばしてやりたかった。どんなに鍛えてようが日に灼けてようが、肘で敵の眼窩に垂直に食らわせられれば勝てる。バカが言っていた「肘でもええから目に入れろ」は真理だった。勝てばよかろうだった。毎日焼きそばパンに徹した。エネルギーが腹回りに蓄えられた。殴られても平気なように。


海で遊んでいる連中には電気を浴びせればいい。水に電気が効く、という知識を得たのはポケットモンスターのアニメの再放送がやっていたおかげで、ピカチュウがですよ、あんなに愛くるしいピカチュウが、ニビジムのスプリンクラーをぶっ壊してイワークにシャワーを浴びせてからの電流、という戦術を編み出していたのを観たから。工夫次第で、岩でできた大蛇を倒せる。ゲームなんて頭のいい奴じゃなきゃ、算数の得意な奴じゃなきゃ作れないんだから、ゲームを何だかんだ言って規制して自分とこのガキを護っている気になっている連中はどうかしている。歴史の本に出てくる人間だいたい殺されてるって最初に気がついたのは俺かもしれない。


彼にはまるまるの3年があったので、世の全レモンを結んだ電流の装置を作ることができた。小遣いで月に数個買えるレモン、から揚げにもぶっかけうどんにも絞らずにマジのレモンを貯めた。マジのレモン。わにのクリップは理科実験室から拝借してきた。鎖鎌のように振り回し、教室の窓から浜に向かってブン投げた。レモンの連なりがまっすぐ飛んでいって、ちょっと待ってください。これは美しいな、と思った。己の力のみに頼り完成させた兵器が白熱球のように可視放射し、炸裂のもとにお望み通りに小麦色になればいい。


水着の可愛い女がこちらに向かって走ってきた。話しかけてくる。


「レモンをたくさん繋いで海に電気を流しても、人は死なないよ」 まるで現実のようなことを言う。人を殺せなかったようだ。努力が足りなかったからか?次はいつだろう。大学入ったらたくさんチャンスはあるだろう。勉強でもするか。放り投げたレモンの数珠を手繰り寄せながら、「夏、夏、夏…」と、そういえば学ランの第一ボタンでも開けたらちょっと涼しくなるかも知れんと気づいた。
posted by しきぬ ふみょへ at 20:39| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月22日

桐谷美玲好きな男、クズ説

インターネットで調べたところによると、桐谷美玲さんの身長・体重は163.5 cm / 39kgらしい。人間としての体裁を保つための最低限を保っているだけの質量たる桐谷美玲さんという存在を愛している などとのたまう男はクズだ。


モデル、女優という職業 で飯を食わなければならない。つまり、飯を食うために「飯を自由に食ってはならない」という二律背反に縛られなくてはならない。自分で稼いだお金で、おいしいご飯をたらふく食べたいよ普通は。大人になったら誰だって、やっぱり俺はチキンライスでいいや根性、親の苦い微笑みを一旦忘れてぜいたくを尽くしたい日がある。食べログによると夜2万円から3万円くらいかかる店ですよ、ちょっと奮発すれば手頃といえなくもないね、ならばインターネットで予約だ、という半端に金に多少の余裕がある層ぐらいの男どもはまず、心身を掌握しようと「桐谷美玲と付き合いてぇ」→「桐谷美玲みてぇな女と付き合いてぇ」に縛られる。


ジジイどもが努力した成果の最上限として「桐谷美玲」と据えている。桐谷美玲を神棚のセンターに祀っている連中はクズです。


桐谷美玲は目下あなたがたの理想像としての姿かたちであるに過ぎない。163.5 cm / 39kgである桐谷美玲を愛しているに過ぎない。自然の摂理に反している女性に、「頑張ってください(*^_^*)」と無責任な顔文字を平気で投げかけられる男どもが桐谷美玲を苦しめているのに。モデルなんだから、女優なんだから、だったら"プロ"として俺ら消費者を楽しませて当然でしょ、とのたまう、頭皮が死んでしまっているジジイどもは一刻も早く脂分を控えるべきだ。桐谷美玲が好きならリカちゃんのドールとセックスをしろ。



アバラ骨が浮き出ている女 に性的欲求を狩り立たれる男は、「自分のぶよぶよの贅肉を真上から押し付け、圧力でかよわき女性を屈服する」という、てめぇがダラダラ生きてるだけで、生き物であるだけでなんでもないくせに、男として生まれた由来の腕力で女を丸め込む、というシチュエーションに興奮する歪んだフルメタルジャケット気取りのペニスばかりだ。



女の人はどうあがいても可愛い。白身魚のフライをお昼に食べたって、ちくわの磯辺揚げで2膳いけたって可愛い。男と同じ量のカロリーを摂取して可愛かったらそれだけで特殊の可愛さだ。なのに、桐谷美玲的なスタイルを押し付けるジジイが居る。ハゲているのに。桐谷美玲より努力をしていないのに。刺していいことにしましょう。刺していいことになりました。
posted by しきぬ ふみょへ at 01:33| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月10日

ようこそ先輩

「本当にね、僕がこの教壇に立つ機会が来るだなんてゆめゆめ思ってもみませんでしたよ。ろくすっぽ先生共の…先生がたのお話なんて真面目に聞いた記憶が無いのでね…(笑)教室からぼんやり校庭眺めてりゃいいほうで、退屈だったら屋上でラジオ聞いてましたし、学校来ないで川っぺりで寝そべってうだうだしてたこともありましたし…なんだかね、そんな俺が教えられることなんかそう無いわけなんだけれど、まあこういう舞台に立ったからには、"SHOW"をこなすのがプロフェッショナルの努めなんじゃないかって思うわけですよ、俺だってオトナだからね(笑) それでもって、今日なにをテーマに扱うかって寸法なんですけれども、俺はですよ、俺ちゃんはですよ、やっぱりこう、本を読むこと、"読書"ってってのが肝要だなって気付きました。そうなのよ。何でかわかる?なんでもいいよ、読書がなんで大事なのか見当がつく男の子、もしくは女の子!いねえですよね(笑)、まあ今のところ、なんで読書が大事なのかっつうってえと、やっぱし「作者とサシで喋れる」っていうのがでかいですね。たとえば、ブックオフで、清水國明が牛の糞頭からかぶって、しゃらくせぇ能書き垂れたりなんかして、そんなのは無視しまして、ウンコの臭いするなー、バカヤロってポッケから小銭握り締めて買った本が、案外兄(あん)ちゃん姉(ねえ)ちゃんの舵握ったりすることがあるんですよ。中古の本屋じゃなくても、そのへんの汚ったない、背中のひん曲がったジジイが引いてる貸本屋でもいいわけですよ、今貸本屋なんかねぇか(笑)、まあ、ともかく、本の一冊をじっくり隅から隅まで、時間の許す限り読むってのは俺、大事だと思うわけです。


じゃあ、じゃあクラスの諸君、君たちが、実際に面と向かって喋ってみたい有名人はいるかな?もしかしたらそういうチャンスがあるかもしれない。夢見てられるのはお前らみたいなガキの内なんだから(笑)さあ、さあガンガン手を挙げてください。じゃあそこの女の子。


「NEWSの加藤シゲアキ君と一度、お喋りしてみたいです。」


NEWSの加藤シゲアキくん、これはいいですね。彼は近頃作家としての活動も始められてるっていうじゃないですか。まあなかなかね、僕なんかが手の届く存在ではないと思うけれども、でもそんな彼の著作を手に取ることによってね、直(じか)に対話できる、っていうのも読書の良さ、っていう捉え方も出来るわね。かっこいいしね彼ね。歌もダンスもできるしね、彼ね。


「加藤シゲアキくんの小説、ちゃんと読んだんですか?」


正直な話、読んでないのよ、まだ。所詮ジャニーズ、っていうのがどうしてもあって。文章の世間で評価されるためには、片手間で書かれたような小説まがいの作品はそもそも門前払いですからね(笑)そういうものなんですよ。悲しいけれども、立ち回りというのが大切なんですなあ、いくら筋が面白くても、文章に機微があっても意味がないものはそれまでなんで。それでも前を向いて邁進していってほしいですけれどもね、本当に文学を愛するのであればですけれどもね(笑)


「面白かったら、どうしますか?」


面白かったら?うーん、まあ、俺だってまともに生きていくって道は捨てたわけで、世に出た著作物、芸術品に対して、真っ直ぐな目で審美するように努めます。でもね、俺より男前で、歌も踊れてダンスも出来て、そんな人間が、世の人らを楽しませる文章を世に記せたんだとしたならば、頭かきむしって血が止まらなくなって死んじゃうと思うよ(笑)そんなことはないように 努力してきたつもりだけどね。 努力してきたつもりだけどね。 努力してきたつもりだけどね。


「なるほど。どうもありがとうございました。」


バッドエンド NO,6
頭から血が止まらない。もっと本当に努力をしていれば…?
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2016年03月07日

大阪の人は路傍の人だ

大阪に引っ越して来て3年が経とうとしている。毎朝通勤に、日本一高いビルあべのハルカスの地中に埋まっている地下鉄天王寺駅を利用している。だいたい毎朝同じ電車を使う。すれ違うだけだけれども、そのなかで多少異彩を放っている存在は嫌なもので覚えてしまっている。まず、双子なのか、双子じゃないのか、絶妙に頃合いは似てるけれども判別しかねるブスな女子高生2人組。思い切ってどっちですか?と聞きたくなる。かならず2人でいる。


黒い革ジャンで、押井守みたいな(少年アシベにでてくる中華屋の大将みたいな)髪型のおじさん。このおじさんは、手ぶらか、ショルダーバックを提げているかの確率がほぼ半々で、毎朝同じ時間にすれ違うから一応ルーチンワークには就いているのだろうけど、丸腰とそうでない日はどう区別されているんだろうか。大麻を卸している人か。


冬場以外はランニング(タンクトップと言いたくない、彼の場合はランニングが正しい)、冬場は桜が刺繍された和柄のスカジャンをはおっている、二十代前半ぐらいのかなり肥えたスポーツ刈りの男。彼は基本地下通路をぶんぶん腕振りながら猛ダッシュしている。かと思いきや、今日もそうだったんですけど、やたら背すじを伸ばしてむしろ威風堂々と歩いている時もある。さっきの押井守もそうですが、毎朝こっちは同じ電車を利用して同じ通路を歩いているのに、向こう側が変化をつけてくるのはなぜか。走っている背中を追いかけて捕まえたら大麻売ってくれるかもしれない。


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だいたいこんな肩幅のある女のマネキンが府の公式で人格を与えられている時点でまともな人間が利用できる駅じゃない。今朝はがなり声を挙げているおじさんが居た。土地柄が土地柄だけに六甲おろしか、と一瞬勘違いしたが完全にオリジナルの節でがなっているだけだった。


ケンミンショーなんか観ていると大阪で別枠設けられて、こんなに愉快やで、壁とか感じひんねんウチら、横丁へよ〜こちょ、とか言ってますけどぜんぜんそんなことない。一人で飲み屋に入ったって絡まれない。一回だけ、高校の頃赤井英和にボクシングでボコボコにされた経験のあるおじさん(マジで右フックが見えなかったらしい)とちょっと喋ったがそのくらいだ。前の客にはお会計3000万円、とユニークをかましていた店員が俺の番になって1800円になります。とマニュアルの応対をされたこともある。結局よそ者に対してはいつまでたってもよそ者扱いだ。


駅でうんこをしたくなったけど、全個室がふさがってて、仕方ないので10分くらい待ったけど本当にどこも開かなくて時間もないので諦めて失意のうんこを腸に抱えたままで会社に行った日がある。朝の通勤時間帯に3つしかない個室トイレを占領するろくでなしが3人集まるなんて、"人情の町"であってはならないよ。どうせスマホでもかまっているんでしょう。俺はうんこの列に並んで、いざ自分の番が回ってきたら絶対に周りの連中よりも早く出して拭いて流す。「出して拭いて流す」、悪・即・斬、に命を懸けてますので。結局それが後の人のためにもなるんだから。大阪の方々はぜひ参考になさってください。
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2016年03月06日

和辻哲郎『風土』こだま『Orphans 川本、またおまえか』



1935 日本
2016 日本


今年の冬ははわりあい暖かったが、北海道は今日も最高気温1度とまだまだけっこう冷え込んでいるらしい。人間が定住している土地の最北端といわれる、ロシア・オイミャコンの現在の気温は-42.1℃。900人住んでいるとのこと。この事実を知ったら900人のロシア人が大阪に引っ越してくる。そんな世界津々浦々の人間が、朝家を出て「今日寒っ」とついつい口に出してしまうその「今日寒っ」は、それぞれ強度が違う。価値観や宗教や文化、生まれる文章は、土地の「風土」に大きく左右される。昭和10年と平成28年ではだいぶ街の雰囲気は違うだろうけれども、この2つの作品について書きます。

インドの神様は蛇だったり鳥だったり、象と人間が合体してたり、宗教画も極彩色でとにかくバリエーションに富んでいる。それは雨季があり乾季があり、ヒマラヤに接し、ガンジス川が流れ、「変化」に富んでいるから。香川県生まれのナンチャンもインドで映画を撮った(撮ることを許された)。対して、砂漠の民、一年中砂と岩と"乾燥"のみで、生産性ゼロ、部族という集団に属し、敗北すなわち死、水を得るために闘わなくては生き残れない環境で生まれたのは「唯一神・戦の神」だった。砂漠の芸術も、「モスク」とか「ピラミッド」とか、自然への対抗意識としての人工物、"形"をはいドーン、というもので、砂漠の中にぽつんとあると存在感がすごい。"砂漠においては自然は死である。生は人間の側にのみ存在する。従って神は人格神でなければならぬ。"


戦の神は、砂漠を超えて「愛の神」に変わった。乾燥しているものの冬期は湿潤な西ヨーロッパでは、主食である麦がよく育つ。夏に撒いてほっといたら生えてくる。そのへんの草も牧草として、牛や羊に食べさせておけば良い。労働に関心が薄い。だから"余暇"が生まれる。ひまなので、勉強をしようとなる。白人が全員かしこいのはこのおかげ。そしてギリシャ、ギリシャはまったく雨が降らない。年間300日晴れる。が、エーゲ海の近くなので、牧場もあるし、オリーブやぶどうの栽培はできる。ギリシャでは、「ポリス」という集合体で生活した。ポリス間の戦争で負けたら奴隷になる。奴隷に労働をさせる。ここでもまた労働の必要がなくなった。"競争"に価値を置くギリシャ人は、「俺は絵を描くわ」同士、「俺は石を彫るわ」同士、俺は「"万物の起源"について考えるわ」同士でバトルして文化が育っていった。そんな「個」の集団でガシガシやってたギリシャを、全員野球でローマが倒しました。ローマ人は「水道」を街中に張り巡らし、街の環境統一を図った、「合理性」が勝利した。"ローマ人はただギリシャの産物を受け容れるのみであって、己れ自身の表現をなし得なかった。しかるに合理性による自然と人間の制服に関しては、彼らはギリシア人のなし得なかったことをなし得るまでに至ったのである。"


アジアでは、「中国」そして「日本」が挙げられている。中国はでかすぎる。揚子江と黄河、という2本のでかい河が流れている。揚子江は湿潤地帯にあり、でかすぎて人間がどうやったって氾濫する。黄河は乾燥している。何も起こらない。王朝はあるけれども、法の網の目がきちんと隅まで徹底できるわけがないので、自分たちの身は自分たちで守るしかない。人々は「没法子(メイファーズ)」=しゃあない、こんなもんだろ、という価値が行き渡った。
日本では「台風」に着目されて、いくらコツコツ積み上げてもその都度台風でチャラになってしまう(桃鉄でもそうですね)、四季ごとの変化もめまぐるしい。日本人の感情は「昨日の敵は今日の友」とめざせポケモンマスターでも歌われていたようにコロコロ変わる。敗北の美学、判官びいきは日本独特のものだ。しかしながら、日本人は「忍従性」も併せ持つ、さっき書いた西ヨーロッパ人は麦は撒いときゃ育つので余暇を自由に使えるというのではなく、稲は田んぼがまず必要で、腰を曲げて稲を植え、雑草を引っこ抜かないといけない。「日本人」という単位で性格や感情をくくることは難しい。北から南であまりにも風土が違いすぎるので。


和辻哲郎は、ハイデガーの「存在と時間」という本に影響を受け、人間の存在を決定づけるのはタテ軸の時間=歴史性によるものだとしたら、ヨコ軸の場所=風土もそうなんじゃないの?違ったらごめんねという好奇心で書いている。2016年、都市〜都市の町並みは平たく延ばされ、マクドナルドは世界中何処にでもあるし、ピカチュウを可愛いと感じない人間はいない。価値観がうわーっと地球単位で統一されようとしている。


だけど、いち個人の、「こう思ってまっせ」という、話しぶり、文章は、いまだに、「風土」に左右されてどういう振り子の触れ方をするかが決まると思う。こだまさんの『Orphans 川本、またおまえか』を読んで、北海道の真ん中らへん、というメチャクチャ冷える土地で生き抜いてきた、細胞がどんどん死んでいっているおばさんが、脳内で暖房を焚いて煮えたぎらせた熱量、寒地の生活への根付きがあると思った。


"私の生まれ育った極寒の集落は、冬の朝、氷点下二〇度以上まで冷え込む。私が通っていたのは過剰までに放送機器が揃っていながら、体育館の暖房設備は不十分という、ちぐはぐな学校だった" と書かれている。氷点下二〇度下にさっきまで居たのに、機材が放つ熱のこもる放送室、で作文を発表する、ボーっとする、顔面が紅潮する、いじめっこの「川本」に「猿」とからかわれる。こだまさんが南に住んでたら、ちょっと不健康なおばさんで終わっていたんじゃないか。体をむしばむ、吹雪の山谷の間に暮らしているから全身が捻じくれてしまった。


本当に、エピソードとエピソードを自然につなげるのがうまい、小学校、中学、高校、大学という場面転換。「川本」の存在が軸になっているのだけれど、こじつけがない。小中高、という極寒の部落で、狭いコミュニティで、ずっと障害として現れてきたコンプレックスこと川本が、時を隔てて大学時代にたまたま再開し、彼のセリフに感涙し、「あいつも広い世界で変わったのだ」という。


こだまさんは、「川本、またおまえか」を主題に据えた。こだまさんはまだギリギリ生きている。川本がクイックジャパンを読み、勝手に載せられ、恨み、こだまさんと生命維持装置をつなぐ管を外しに来るかもしれない。未来はわからないが、こんなに文章のうまく、運命を受容している人は、カラダを張って伏線を回収してくれる気もする。
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2016年03月02日

The Who『Baba O'Riley』の和訳



The Who『Baba O'Riley』(71年 英)


Out here in the fields
I fight for my meals
I get my back into my living
I don't need to fight
To prove I'm right
I don't need to be forgiven

ここじゃない場所で
飯を食べるために闘う
自分の人生を背負うぞ
闘う必要はない
自分が正しいので
許される必要もない

Don't cry
Don't raise your eye
It's only teenage wasteland

泣くな
目を上げなくてもいいから
10代なんか意味が無いぞ

Sally ,take my hand
Travel south crossland
Put out the fire
Don't look past my shoulder
The exodus is here
The happy ones are near
Let's get together
Before we get much older

サリーという恋人がいるので俺は大丈夫だ
南の方へ行こう
火を消せよ
肩越しに過去なんか見るなよ
逃げよう
サリーという恋人がいるので幸せだ
一緒になろう
ジジイとババアになる前に

Teenage wasteland
It's only teenage wasteland
Teenage wasteland
Oh, oh
Teenage wasteland
They're all wasted!

サリーという恋人がいるけど、
それは10代だから意味がない、
20代になっても意味がないし、
oh、oh、
ジジイとババアになっても意味がないだろう。
ありがとうございました!
posted by しきぬ ふみょへ at 23:13| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月01日

猿の物真似

先週の金曜日から3連続で帰りにすき家に寄っている。牛丼を求めに来た客を1人でさばく店員の動きをしばらく眺めていた。何か考える余裕はあるのだろか。すき家なんか、無限にメニューがあるし無限にトッピングがあるのに、無事に指定したとおりに頼んだものが提供されてくるの奇跡に感謝しなければならない。ワラライフだ。俺なんか職場のパソコンでふと気が付くと知らない昭和のパ・リーグ選手のウィキペディアとか読んでいる。


「孤独のグルメ」、飯を食っている中年男性のこだわりを緻密に書いたのが当たって、それの真似をして街のへんぴな定食屋に飛び込んでずべこべ能書き垂れながら飯をくうような行為は、本当はよくないんじゃないかと思う。真似るべきは井之頭五郎さんの「好きなもの」に対し、孤独であっても楽しみを己の中で完結させられる人生の技術、愛や姿勢で、別に飯屋でなくてもいい。「孤独のボウリング」で誰とハイタッチするのでもなく淡々とフックをかけ続けて1ゲームだけで帰るのもいいし、「孤独の田植え」で村八分にされたおじいさんが単独で栽培して実った稲を、小さいワンハンドの鎌で刈っている時に何を考えているのかも気になる。そこに美学があれば。一個の物事に、周囲から孤立しようと執着している人間を応援します。関係ないですが、代アニの校長に楽太郎が就任した後どうなったんだろう?


などとぼんやりしながら、ひじきと冷や奴がついてくる「健康セット」を食べていました。健康セットなわけないんですけどね。だいいち牛丼屋入ってまでいらないプライドで最後の抵抗をしようとする俺みたいなのが一番醜い汚泥人形(おでいにんぎょう)ですよ。牛丼美味しかったです。


昨日書いた梶井基次郎の『檸檬』の記事に追記したい話。作品が世間で流行った後、影響を受けた文学好きが、作中の主人公の行動を真似て買っていったレモンを本棚に置いて帰り、再オープンした去年の8月からは、もう片付けられてるだろうけど、期間限定で「レモンを置いていってくださいや〜」とカゴを設置してたこともあったらしい。


檸檬を読んで感動を受けた人間が、実際にレモンを買って京都の丸善に置いていっちゃダメだろ。あれは、まったく無意味な行為に妄想の中で命を吹き込んでいるからこそ素晴らしいのであって、「レモンを置く」そのものをやろうとするのは、アタシはね、アタシは良くないと思うよ。関係ない場所で関係ないことやるのがより「檸檬」であって、京都の丸善寄るんだったら鴨川まで行って川にジーパンのまま入ってど真ん中でジーパンを脱いで帰ってくるとか、その後「ジーパン」って短編書けますよ。
posted by しきぬ ふみょへ at 21:23| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月28日

ユタカくん

小学校1年から2年の途中まで、ユタカくんという色黒の少年と同じクラスだった話をします。ユタカくんは小学校に上がると同時に富山から引っ越してきた。富山弁というのは若干関西訛りが入っており、県境をまたいだ新潟県上越市のしょうがく1ねんせい達は彼の「ホンマ?」にけっこうビビっていた。


入学し、出席番号が一つ違いだったので席が前後になった。クルッとイスごと振り向き耳慣れない言葉でまくしたてるユタカくんに、生まれながらにして守りの体勢で生きようとしていた自分はかなり恐れおののいた。しかし、だんだんと、彼の服装のパターンが「紫地にティラノサウルスが雄叫びを上げているTシャツ」「赤白のボーダーシャツ」「土星の輪っかが"HELLO"という文字列になっているTシャツ」のローテーションであるという事実に気づいた頃にはすっかり仲良くなっていた。彼は上にお姉ちゃんが2人、下に弟が1人と平成の世にしてはまあまあなかなかの大所帯で暮らしていて、あまり着る・食べる・住むに恵まれているとは言えない環境のようだった。シーズンを通して半袖半パンで貫いていた。足が速かったのにモテていなかった。


通学路でふと、道路脇のアスファルトとブロック塀の境目に生えているヨモギを摘んでいるところを見かけた。「ヨモギ餅にしてもらうんや」と語っていた。横にかがんで、見よう見まねで収穫したヨモギを家に持ち帰ると、母から「そんな不衛生なもの食べられるわけがない」と棄てられてしまった。ユタカくんはヨモギ餅を作ってもらえたのだろうか?


近所の公園でフリーマーケットが開かれたことがあった。遊びに行ってみると、ユタカくんに出くわした。ビニールシートの上に並べられたスーパーファミコンの裸のカートリッジの前でうんうん唸っている。声をかけると、1本100円で所持金が百円玉一枚、どれを買おうか迷っているらしい。しかも彼はスーパーファミコン本体を持っていない。つまり、俺の家にソフトを持ち込んで機械と電気を拝借しようという魂胆なのである。つまりここでの選択は、俺の生活にも影響をもたらすわけだ。2人でしばらく考え、『ろくでなしBLUES』の対戦格闘ゲームをチョイスした。月刊コロコロコミックしか読んだことがないくせに、ヤンキーが暴力でのし上がることを良しとする週刊少年ジャンプ連載作品の対戦格闘ゲームを手に取った我々の価値観、振り返って分析するに、「顔の面白い人が写っているから」一点だったのではないだろうか。その日以降、下校するともう先回りしてうちにいるユタカくんがお菓子を振る舞われながらゲームで遊んでいる、という日々がしばらく続いた。どういうことだよ。もしいま会社の同僚が自分より先に自分ちでゲームしてたら殴るよ。
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ストーリーモードで、前田太尊を操作して、小便器の前に立たせるとおしっこをする、というのが面白かった。たぶん今やってもまだ面白い。


ある日、教室の中で育てていた野菜、たしか枝豆かなにかだった、日陰になるように床に置いてあったプランターに、休み時間はしゃいでいたユタカくんが転んでうっかり思い切り尻もちを着いてしまった。女からの糾弾の雨あられ。たまたまお前たちでなく、ユタカくんの尻だったというだけなのに。帰りの会で晒し者になり、担任からもお灸を据えられた。ティラノサウルスのTシャツを着ている人間があんなにもしょげることがあるのか。あの時新潟県でいちばん健康だったユタカくんは、次の日、またその次の日学校を休んだ。


担任は風邪という説明をしたが、どうしても彼が1℃2℃の体温の上昇で休むようなやわな男じゃないという気がしていた。冬の日本海から吹いてくる季節風に最小限の布きれをまとうのみで立ち向かっていくあいつが。なにやらわけがあると感じ、帰り道、ユタカ家を訪ねてみることにした。我が家と逆方向に歩いて行くのは初めてだったかもしれない。


ピンポンを押すと、ユタカくんの1つ上の姉が出てきた。両親は共働きだったので不在だった。もしここでお母さんが出てきたら、「ユタカは病気だから」という理由で門前払いをくらっていたかもしれなかったので、お姉ちゃんがすんなり通してくれたのはラッキーだった。自分の部屋はないので、ユタカくんは居間に座っていた。いつもより色黒だったような気もする。落ち込んでいるという表現も違くて、ハイ状態に入れっぱなしのギアがニュートラルに戻っている。ユタカくんに立ち会うときのはっけよいから変化を食らってしまった。具合悪い?と聞いてみると、「ちゃうねん。おれが学校行かんかったらな、みんなと逆やとおもうねん。おもろいとおもうねん」と言った。さして意味がうまく掴めなかった。しばらく2日間学校であった出来事を報告し、ユタカ家を後にした。家に帰り、前田太尊を小便器の前に立たせてみたりした。ユタカくんはその翌日、こないだまでのように学校でうるさかった。


みんなと逆やとおもうねん、おもろいとおもうねん、勉強はあまり得意ではなかったユタカくんが途中式を経ずに、集団にカウンターパンチを打とうとする心意気的なものがなんとなく、自分が世の中の通念と違った何かをやってみたくなった時によぎる。3年生に上がる前に転校してしまった。なんとなく思い出したのでもしブログを見つけたら教えてくれ。10月10日の体育の日生まれだった。足速くて。そこは裏切らんのかよ。
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posted by しきぬ ふみょへ at 21:05| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月21日

2016/2/21の日記

朝10時ぐらいに起きて、おとといCD屋さんで、稼いだお金と交換して手に入れたこぶしファクトリーの「桜ナイトフィーバー」の初回特典PV映像を8回から22回ぐらい鑑賞した。桜ソングは世に超あるが、個人的には川本真琴の「桜」に比肩するとんでもない楽曲だ。作詞作曲はKANで、桜の一人称で人間に対して問題提起というのが白眉だ、構図ひとつ工夫するだけでここまで印象って変わるかね、と驚く。PVもステキだが、和田桜子ちゃんの見せ場が少なかったのが残念だった。3/8生まれだから名前に桜と入っているのを活かしてくれんかい。俺が桜子ちゃんのパパだったらアップフロントの前でそう大声を出しているのに。


南海電車に乗ってなんば/日本橋へ。前日馬鹿みたいに焼酎を飲んで臓器が紫だったが、瀕死になってから復活した時に強くなるサイヤ論に則って己をシバくために二郎インスパイア系のラーメン屋に行った。店のドアを開け、閉めた瞬間空気が悪すぎて髪の毛がハゲてしまった。全マシにしたが案外食いきれて、もう今日何も食わないでいいな、と極狭の店内を通り抜けようとしたら壁にハンガーで吊るされているコートに引っかかってバサバサと落っことしてしまい「アー」と言ってしまった。店内の人間は豚に意識を集中しているため何も反応が無かったので、一人でもそもそと元の状態に直しながらお腹いっぱいなのに死にたい、という初の心になった。外に出たらこんな大阪の南なんて最悪の大気なのにやたらと新鮮にうまかった。二郎系の店に行く度に、結局店の外での呼吸のほうがうまいんかいと思ってしまう。


ハロプロショップの方にまで歩いたが、ここに入るとなぜかサイフの中のお金がなくなってしまうので今日は二礼二拍一礼だけで引き返してきた。だんだんと自分の中で、ハロショが「滝」や「お寺」と同じ位置になってきた。


ベローチェでコーヒーを飲んで2時間居た。ベローチェは安いのでいいが、とりわけ日本橋のベローチェの客層はあまり良くない。だいたいでかい声でソシャゲやらモンハンやら遊んでいるので気の集中に根が要る。今日は宇野浩二『苦の世界(1918-1921)』を読み返した。本当に人生うまく行ってない人間しか出てこない小説。なんでこんなもん出したんだ。背すじが冷たくなる。作品中、「ヒステリーの嫁に耐えかねて別居をはじめた売れない画家」「実の父親に彼女を寝取られた学生」「借金取りから逃げている本屋の主人」の3人のダメな大人が、家に帰りたくなさすぎてなぜか浅草花やしきのメリーゴーランドで遊ぶシーンが何度読んでもいい。

"「メリーはたのしく、ゴーは…ゴーはなんでしたっけな。ああ、行くですか、そしてランド、いや、ラウンドはまわるですか。はあ、メリー・ゴー・ランドじゃない、ラウンド…たのしく、行く、まわるですか。なアるほどね、たのしく、行く」…といっている時に、どうしたはずみだったのか、山本は、ゴトン「あッ」というさけび声とともに、木馬から落ちたのであった。" たのしく、行く、まわるのが人生で一番難しい、人生さえ上手くいくだけでなにも言うことはないんですけども。


千日前のジュンク堂まで歩き、適当に文庫本を買って会計を済ませると、3/21で閉店するとのこと。嫌過ぎる。ここで勘で本を買うのが大阪越してきてからの数少ない楽しみの一つだったのに。思えば、つい先日も仕事終わりにたまに立ち寄ってクイズのゲームをしていた「ニューウメダ」というゲーセンもつぶれた。いよいよもって西から東に移る決心が固くなる。"居る"が出来なくなるのは辛いな。堺市とハロショまでのけもの道を往復するだけの生き物になるかもしれないです。
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posted by しきぬ ふみょへ at 20:26| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月19日

ハワイと銃と剣

会社の先輩がハワイで結婚式を挙げた。10日間の特別有給休暇を取得した。「実はな、親にほとんど払ってもらってんねん」と悪びれる様子はまったく感じられなかった。常から自慢のEカップの嫁は、旦那の両親が切った身銭でEカップを太平洋に浸してきたらしい。Eカップが接地している同じ机にロブスターが運ばれ、Eカップを介して出会った人間どうしで、日本よりも温暖なことで知られる米国領土で酒を飲み、他人同士が永遠に同じ屋根の下で過ごせるといいですね、と神様に祈ってきたとのこと。


ハワイでは実弾が撃てるという話。日本よりも温暖なことで知られる米国領土で、日本では、人の命を奪う恐れがあり危ないので法律で禁じられているピストルを使ってもOKというのはぞっとする。あったけーしピストルでも撃ちに行こうぜ、そんなヤンキーが祝日にスポッチャ行く感覚で引き金を引きに行く日本人がたくさんある。「ホワイ!」と日本人に対して文句を大声で煽り立てる外国人でさえ、金属の弾がお腹に当たれば一撃だ。日本のご家庭には一家に一丁、銃がないから助かっているようなもので、もしアメリカ=己の母国の如く枕元にショットガンをセッティングしておくことが当たり前な文化であるならば、大声で他国の文化にクレームをつけるなんて芸当は出来ないはずだ。宣戦布告なしでいきなり銃撃すれば金髪に勝てます。



自分の奥さんが「ハワイで結婚式を挙げたい」とぬかしだしたら。親にせびった金銭で飛行機に乗って海を渡り、宿泊をする代金を出してもらうだろうか。愛する嫁がそう望むのだから勘弁してここだけ取り繕ってくれと頼むのかもしれない。愚かものなので。いや、式をハワイで、と鼻息を荒くする感性の女と一緒になろうはずがないので安心しろ、とお思いかもしれないですが、女の人の「どうせだったら……」に「任せんしゃい!!!」と胸板を叩いて肋骨が折れて死んでしまう男がかなりありますよ。旅自体がうまくいった、かに見せかけておいて、いざ帰国してから、日本って寒みー、日本に住んでるお前はダセー。私は金髪あるいは縮れ毛に抱かれますのでさようなら。筋肉に屈して愛する女を奪われたらマジでイラつくので、銃を取るか、刀に油を塗って火を点けて斬りかかるしかない。などと熟慮に熟慮を重ねた挙句、志々雄真実さんが明治政府を転覆させようと試みたらしいです。


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2016年02月18日

シーザーサラダに相対す

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大人数の飲み会前半で、誰が注文したのか、コースに組み込まれていたのか、ふと気が付くとテーブルに運ばれているシーザーサラダ。俺はこの料理があまり好きではない。一人暮らしで、コンビニで買ってくることもなければ、まかり間違ってもお店で売っている葉っぱを自宅でちぎってお皿の上に盛ることもない。子どもの頃を遡っても、部活から帰った晩、誕生日、はじめてシコる前、はじめてシコった後、どの食卓を思い出してみても登場しない。こいつに出会ったのは、大学受かって上京して、集団でどこか酒を飲むお店に初めて連れて行かれた時だった。終始恐縮していた。恐縮しきりだった。思い出の中にシーザーが活きてきたためしがない。


シーザーの気に入らない点は、まずそのものずばり味です。味の嫌いな食べ物を「味は嫌いだけど、でも良いな〜」と感じた経験は今のところありません。生野菜に温泉たまごは、合わないよ。レタスの青い味、シャキシャキのみずみずしさをとろみが殺す。青春を否定してかかってくる。あとクルトン。何がしたいんだ君は?皿の上に謎の立方体を散りばめるな。食感だけで「仕事してる面(ツラ)」を出してくるからなあいつ。渾然一体の逆の概念。で、プチトマトも居るじゃないですか。プチトマトも攻撃してやろうと銃を構えましたが、単純に僕がプチトマト氏個人が苦手であり、あくまで集団としてのシーザーの体制を批判する今回の趣旨と外れてきてしまう為、撃ちません。


シチュエーションというか、木製のボウル的なものに入ったシーザーとトングが、卓上に提供された瞬間の空気が嫌い過ぎる。シーザーなんかが出てくる飲み会が気の許せる関係で構成されているはずがないので、"下の立場"の人間が、"上の立場"の人間に葉っぱを取り分けてやらねばならない。上司と部下か、合コンなのか、モンスターハンターのオフ会なのか知らないが、トングを握った奴が、そのまま「気が利き、世の中に慣れている」という称号まで勝ち取ってしまうのが気に食わない。こっちはもう、髪整えたシーザーがこっちに歩いてきた時点で辛い気分で何も出来やしないのに。緑色の葉っぱを均等に配れたら偉い、ってそんなものは洞窟でやってくれ。


第一、酒の席に現れるくせに、アルコールのお供にならないってますますもって存在価値がわからない。薄いてろてろが胃に敷かれてるだけの、膜一枚隔てた真上からビールが流れ込んでくるのでまあ酔う。女性はお酒に酔う。男は調子が上がる。メートルが上がる。力こぶが出てくる。アパートに連れ込む。ロフトに上げる。そこまでは想像付いたんですけど、先へ進もうとしたら頭がボーッとしてきたので何も考えられませんでした。つまるところ、シーザーが君臨した時点でもう、ペニスの暗喩なのです。シーザーサラダ、あらため「ペニスまがい」です。気をつけてください。


シーザーサラダ。そしてポテト、から揚げ。奴らが揃った時点で、厳しく、不当に重力の負荷がかかった闘いが余儀なくされることは疑いないでしょう。しかしポテト、から揚げは、いわば犯罪の片棒を担がされているに過ぎない。もともと彼らは、大手ハンバーガーチェーン・マクドナルドがメニューに採用しているように、万人に愛される存在なのであるから。しかし、ペニスにそそのかれたが故に、或る一人の女性が強姦されてしまう負の連鎖に巻き込まれてしまったのです。悪の源を絶ちましょう。まずはビニールハウスに火を放ちましょう。


いや、しかし、この前レタスで豚肉などを巻き、ぽん酢をふって食べてみたら美味しかったな。迷うな。今日はやめるか
posted by しきぬ ふみょへ at 22:58| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする