2016年05月08日

すず

忙しいところ申し訳ないね、ちょっと座っておじさんの話を聞いてくれ。君は昔、おじさんたちの仕事にケチをつけてきたことがあった。「他人の声を拾うだけの仕事を続けられるなんて理解が出来ない」と言った。それはそうだろう。煙草いいかい。君はそんだけ若くしておじさんの稼ぎなんかとうに超えてしまっている。こうやってストレスを発散するためにおじさんは煙草を吸っている。この銘柄がいまいくらか知っているかい。430円。1日1箱単純に吸ったとしたらひと月で13000円ちょいだね。君の声を何時間か拾って、ひと月ぶん。おじさんはやっと精神がリラックスできるんだ。


人は皆誰かに支えられて生きているというね。だけれども、おじさんの考えは少し違う。おじさんはすずちゃんの一挙手一投足を追いかけて、日々を過ごさせていただいている側の人間なんだ。支えているなんてとんでもないね、おこがましい。これに懲りたりへこたれたりなんかして、スタッフに愛想を振りまくようになってはいけないよ。浮かんだままに言葉を繰り返してほしい。この現場で、君がふっと仕事が嫌になって、世間の声がうるさくなって、居なくなっちまったら撮影は中止、つまりおじさんは食いっぱぐれる。お気に入りの銘柄が吸えなくなってしまうんだ。だから、そのままで居てほしい、いやむしろ、そのままでいる必要がある。


おじさんが「人の声を録音する仕事に就きたい」と意識しだしたキッカケはね、どうしても「人の心の声」が聴きたい、っていうのがあったからなんだ。ちょっとカッコつけてるかな。機械の性能は良くなっていく。昔おじさんが駆け出しの頃なんか、こーんなごっつい竹竿みたいなマイク振り回してたし、体力に自信がなかったから現場に来る度に憂鬱だった。でも今じゃこんな小っちゃくて軽いやつでクリアに録れてしまうから、おじさんがゼイゼイ息切らしてたあの頃なんだったんだよ、ってちょっと舌打ちしたくなるけれど、大変だった時代を経ているから、「今、努力している人の声」が聞こえるようになったんじゃないかなって、こじつけみたくなってたらゴメンね、でもそう感じている。「人の心の声」は、いくら機械が進化していっても聞き取れるものじゃないんだね、自分が努力して、成長した。要は経験かな。まだまだ勉強するべきことは多いんだよ本当に。嘘の気持ちじゃなくて、本当に今マイクの前の対象が「何を感じているか」を知りたいから、君が「他人の声を拾う」だけの職業に、意義を感じている。おじさんの食いっぱぐれの話はちょっと伝え方が不味かったかな?お金は儲けてないから、実際に生活してかなきゃならないんで、お金半分、気持ち半分で仕事をしてる。その「気持ち半分」のところをわかって欲しかったなっていう、長くなってごめん!台本覚えなきゃだよね、俺もスタンバってくるから。じゃあ本番よろしくお願いします。


すず…嗚呼すず…
posted by しきぬ ふみょへ at 23:03| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Katsu

4971749110526.jpg



まず「Big Katsu」を2回書いている意味がわからない。寝ぼけてたのか?自社製品のパッケージデザインって、案がそのまま素通りするじゃなくて、おそらくいろんな大人が絡んでいるはず。大なり小なりの会議で誰も「ん?"Big Katsu"、2個無い?」と気付かなかったのか?もし、「Big Katsu」を消費者に印象付けたいと、パッケージのそこかしこに文言が散らばっているならまだしも、「2回」である理由とは。本当に何回見ても2個あるなこれ。立体視かもしれない。でも、仮にこの「Big Katsu」が1個しか書かれていなかったとしたら、余白にちょっと寂しくなってしまう。今までそこにあったものがいざ無くなったら、寄り添っていた「Big Katsu」の重みが消えてしまったら悲しい。いや、そんなことはないな。「Big Katsu」一個になったんだ。と思うだけだな。か、それか「直ったんだ」と小声で言う。


そもそも、"カツ"のスペルって「Katsu」なのか?確か元ネタはカツレツという料理で、日本古来のやつではなくて、おそらく遠い国から伝わってきたんじゃないのか。「Big」は英語だからアメリカかな?アメリカの定食屋で「Katsu Rice」と書かれていて、注文してカツ丼だったなら裏付けになるから調べに渡米しようかな。そうなったら、「Katsu」の「tsu」がウェイターにきちんと伝わるかどうか。舌畳んだり裏返したりするやつだ。指差して「これ!」もかっこ悪い。「バニラ・アイス」が通じない日本人あるあるみたいなのもあるし。「ヴァニラ・アイス」って、「ヴァギナ」って言ってるのとほぼ同じだろ。恥を知らないのかアメリカ人は?


左側の黒縁取り、パープルの『カツ』。違和感でしかない。しかし主張が強い。ニコニコでカツを揚げる動画があったとして、「カツ」とだけ急に巨大なフォントで流れてきたみたいな、「確かにそうだけど、お前なに?」の『カツ』。不安になってきた。これが流行っている不気味の谷か?なんでお前はここにいるんだ?


小窓から実物のカツが覗いている。明らかに美味しそうな印刷のカツよりもやや干からびている。嘘をつけなくて、「我が社の製品のコンディションはいかようになっております、お客様、大変申し訳ございません。しかしながら、不肖、手にとっていただきたい、口に運んでいただきたい、何卒ご賞味をば宜しくお願い申し上げます」という真摯な気持ちから開けた小窓、フィルム越しのカツ。この小窓を開ける決心に至った40代後半の、妻もあり子どももあり、なおかつ葛藤に負けてしまった白髪交じりのサラリーマンの最後の抵抗、良心の現れ。がこの半径2センチもない円形から見て取れますね。


いや、見て取れないよ。良心なんかない。だいいち、カツって言われたら豚のお肉だろ。魚のお肉使ってるのずるいだろ。騙しやがったな。「そんなつもりはございませんが、原材料表記をお読みいただければお分かりいただけるかと」って言うんだろ。ふざけやがって。「カツ」って言えばお肉。魚のお肉はお肉とは言いません。子供の頃に、30円でお肉食べられるなんて、こんな幸せあるだろうか、とはしゃいだ記憶がある。スイミングスクールの帰り道だった。あの嬉しいという感情を返してくれ。倍の60円払うから返してくれ。


「菓道」という会社がビッグカツを刷っている。菓道はあの「カットよっちゃんイカ」も刷っている。駄菓子を刷っている企業では最大手の一角。「菓子」の「道」と書いて「菓道」、人を騙しているくせに何が道だ、"剣道"という道を名乗っていっておいて、いざ試合でピストル使って相手を殺すのと一緒だろ。騙されてたまるか。ビッグカツ(Big Katsu)は嘘だらけだ。


でも美味しいから大好きなんだよな。「30円で手に入る最大限の幸福」っていう帯コメントを書きたいな。菓道さん、宜しくお願い致します。
posted by しきぬ ふみょへ at 00:15| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月03日

喧嘩の仕方がわからない

彼女と別れてからしばらく経って今、性欲がほとばしっている。女性の体が抱きたくて仕方がない。昨日飲み会から帰ってきて、家に着くやいなや背広のままで洗体エステを吟味し、この子にしーよう、と黒髪ショートの女に目星を着けた時点でようやく寝巻に着替えて就寝、翌朝6時に目覚め、出勤状況をチェックすると既に300分待ち、他の娘達も最短で100分そこらかかる。ゴールデンウィークにお前らは他にすることがないのか。それでいいのか。ここから予約入れて風呂入って電車乗って、って考えると急に冷めてしまいしこって二度寝した。そのような毒ガスのゴールデンウィークを、両親の帰省要求を蹴ってまで過ごす。


しこるのにも、近頃はAVが使えなくなってきた。ていうのも女優がプロとして努力をしているから。この女性たちが労働をしているのに俺はしこっている場合なのか?いいえ、しこっている場合ではないだろうと申し訳無さが興奮に先立ってしまう。では、何を持ってして為すかと言うと、目下世話になっておりますのがでんぱ組.incの誰か、特に夢眠ねむさんか水曜日のカンパネラのコムアイさん。何故ならば努力をしていない気がするから。俺は最悪か?先ほど黒髪ショートの風俗嬢をサーチしておりましたが、夢眠ねむさんといいコムアイさんといい、性的には興奮を持てるんだけれども仮に付き合うとしたらろくな事がなさそうなので嫌だ。黒髪ショートの連中は地下のお笑いに理解を示してみたり、システム・オブ・ア・ダウンを聴いていたり、ゴミみたいなゾンビ映画をあえて楽しむノリに勘違いして首突っ込んだり、minneで昔の彼氏に買ってもらったカエルモチーフのリングをはめていたり、とかくどうしようもないかぶれ方をしているに決まっているからしこったところで誰にも文句を言われる筋合いはない。男わかっているつもりなら貴様でしこってもよかろうが。


慶應義塾大学をご卒業されていることでおなじみ、コムアイさん率いる水曜日のカンパネラの楽曲。Youtube公式チャンネルで公開されているものを何曲か聴いてみた。たとえば、『桃太郎』は、引きこもりでニートをやっている桃太郎が爺さん婆さんに尻を蹴飛ばされてしぶしぶ鬼退治に行くという筋の歌。桃太郎とか昔話改変で笑いを取るのはなかやまきんに君の筋肉落語で決着がついている。中途半端な「バンゲリングベイ」、「天外魔境U」、「魂の16連射」、といったいい線ついてやった感丸出しのフレーズも、平成4年生まれのコムアイさんが、付け焼き刃でこの辺押さえときますか、ハドソンで統一しときますか。へー、こんなの若いのによく知ってるじゃん、で男を惹きつけ、桃太郎がニートっておもしろ、という女を惹きつけ、Mステで披露して「まさか地上波で」票を得て、なるほど見事にうまく行っており流石慶應義塾大学をご卒業されているだけのことはある。全て聴いたわけでないので、もしかしたらこれは光っている、という曲もあったら申し訳ないのでしこるのを止めるけれど、今のところは「付け焼き刃の女じゃん」と感じている。wikipedia要約お姉さん。『千利休』、『シャクシャイン』、『ラー』。かといって、「これを盛り込まなきゃ甘いでしょ」を案出すのもつまらないけれども。


水曜日のカンパネラのコムアイさんが目下の対象として、慶應義塾大学をご卒業されている以上は大きすぎるとしても、誰かの発言に対して、脈絡があって批判をしても、"わるくち"として捉えられてシャットアウトされる、かもしくは、こいつは自分の成功に嫉妬を抱いているに過ぎない、と仕分けられて「嫉妬BOX」にアンケート用紙を放り込まれ、カギをかけられてしまう。この間青野くんというアルファーツイッタラーに「死ね」と急に絡みに行った件に関しては、社会人ですし、我ながら流石にただの輩なので非常識で大いに反省しておりますが、ただ彼の発言内容に対して、影響力から鑑みて汚物の跳ね返りがあっても良いのではないか。つまらねーので。「批判こそ是なり大いに結構、文化の発展の為!」、などと口では簡単に言えるけれども、いざてめえよ、息を吹きかけられると臭いのでどっかいってくれ。ブロック。って、おかしいだろ、と声を荒げようとする。が、果たして己は?と。このブログのコメント欄を閉めているのは、クソ誹謗中傷が届くからなので「有名でもないのに嫌だ〜〜」と耳を塞いでしまったからなんですが、正当な批評批判が届いたとしてそれも弾いてしまう。難しい。良くないでしょ、と言うのはちょろい。まっとうに物申してくれているのか傷つけたいだけなのか。これは批判でこれは中傷だ、ラインの引きどころは受け止める側次第だ。ここのブログのコメント欄は開けるつもりはないのでなんか許せなかったらツイッターまで一言願います。


たしか小学校高学年の頃に、体育のバスケの時間にあまりにも俺の運動神経が悪く、チャンスをことごとく潰していたのがきっかけで言い争いになり、うるせえ、しょうがねえだろとカッとなって人差し指で相手のまぶたの上から眼球をグッと突き、駆け付けた教師にメチャクチャ叱られた。弱点を狙って潰してやろうという思いつきだったのだろうけれどもお前怖すぎるよ。ねじ伏せれば勝ち、とどこかで思っているんだろうか。いまだに喧嘩の仕方がわからない。



5/4PM1:00追記:コムアイさん作詞作曲じゃないのかよ。喧嘩をする時には相手を知らないといけない…情報大事説。反省をしています。しかしウラのオトナがけしかけているとしたら、なお寒いぞ
posted by しきぬ ふみょへ at 22:33| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月01日

天と地と

てぃ先生のトークライブに行ってきました。


舞台が開かれる、という情報に気づいたのは先々日で、また、ツイートを改変してボロくウケてやろうかな、と鼻汁を袖で拭いながらてぃ先生のアカウントを覗いてみると、4/30の土曜に大阪・宗右衛門町のロフトプラスワンウエストにてトークライブを行うとの告知をしていた。ゴールデンウイークにろくすっぽ予定も入っていなかったし、イープラスを開いてみたらまだ席に余裕あり、の○だった。2/8の記事で一度、ブログにも書いたことがあるデビルを誘うと「なっ…絶対行きます…」と一瞬でドスを舐め始めたので即2枚抑えた。前売り券2,500円+ワンドリンク代別。

ライブ前日、作戦を練った。

index.jpg

質問コーナーがある、という文言がイベントの告知サイトに書かれており、それならこの際聞いておきたい、というストックを書き溜めようとしたのだけど、相手のセキュリティが想定すればするほどに堅牢で、6回目のライブともあり、おそらくマニュアルが既にあって、こう来たらこう返されるだろう、というシミュレーションが出来てしまうから難しい。斜め後ろから刺してやれるようなブッ込みはないだろうか?と性格の悪い方向へ、悪い方向へ、とハンドルを切っていくうちに、「2016/4/3のツイートでコナン展に行った話。2016/4/5にちはやふる下の句の宣伝。どちらも日本テレビ資本である、しかもスッキリ!に出演した記録もあるぞ、貴様さては読売グループの差金ではないか?プライベートを明かさない理由は果たしてメディアの操作が入っているからではないのか?」と陰謀論に走りだしたので大人たる我々は一旦ここらへんで我に返り、ラインを引き、本番当日に備えた。


翌日11:30合流、難波、バーガーキングでワッパーを食べた。ワッパー、烏龍茶、サラダのセットで980円取られた。狂ってるぐらい高いだろ、と暴れまわりそうになるがそれは脇においておく。上記のメモ帳をベースにして俺はこれを行くわという打ち合わせが行われた。やっぱり、過去6辺のライブでまだ出てきていない話題を提供してやりたい、鈍くさい言い方をすれば爪痕を残したい、と。あと先般喘息で休業宣言をしたカントリーガールズの稲場愛香ちゃんに、アクエリアスかポカリか訊きたい、療養中のくせにワガママいうなよ!みたいなやり取りマジでしたいという話をして本番までコンディションを整える。


宗右衛門町に向かい、会場入り。予期していたがそれ以上にマジで女しか居ない。で、何と言ってもほとんどが可愛かった。キョロキョロしてしまった。みんな可愛くて。これが天か……と察し、地の我々は一番後ろの席につく。アンケート用紙が配られた。挙手制でなく事前に検閲が入るのか。やはり堅い。記入。ワンドリンク制なので俺はコロナ、デビルはカルピスをオーダー。しかし周りを見ると、何やら薄気味悪い青の飲料を飲んでいる、どうやら当日限定のてぃカクテルらしい。「てぃにしてやられましたね」「てぃ、なかなか出てこんな」と、あの会場で彼を「てぃ」と呼んでいるのは我々だけ、しかもカクテルに口をつけず馬鹿みたいに好きな飲み物を注文して明らかに反乱分子丸出し、チェチェンなら死んでました。

55index.jpg


そして開演。12:30開演とのアナウンスだったがてぃ先生が舞台に現れたのは12:45頃。タモリ倶楽部のオープニングテーマが流れ、手拍子に合わせて登場。「ギリギリでしたね」とのユーモア。?間に合ってないぞ?、と脳内で軽く茶々を入れる。道が混んでいたらしい。てぃ先生はマスクをしており、目線しかわからない。生の現場でも顔を晒しているわけではありませんでした。てっきり、アシスタントか何かが出てきて複数体制でトークするのかな、と勘ぐっていたけれどそうではなくて全くピンで舞台に立つ保育士、1名。単純に度胸あるなと思った。他愛もない、というか他愛なさすぎだろ、という、大阪で迷わなくなった話、「コナンくん」の映画を見た話(てぃ先生はコナンとは言わず必ず「コナンくん」と表現する)、ちはやふるが明日から公開されるという情報など。やはり日テレ資本説がにわかに可能性を増す。いやらしい言い方をすれば「客いじり」もしていた。どこから来たんですかトーク。一番遠いところから来たファンは大分から来たとのこと。てぃ先生に会いに飛行機に乗ったらしい。飛行機なんて沖縄行く時しか使わないだろ普通。そして、男性の方いらっしゃいますか?という煽り。自分、デビル、もう反対側の隅っこに座っている男性を除いては手を挙げていなかった。てぃ先生と一瞬の交流。俺もデビルもあなたのツイートを改変することでややウケを得ております。まあ貴方の規模からすればややどころか波風一つ立っていないでしょうけれども。と表情に卑屈を丸出しにするが、もうこの時点で気づかれていたでしょうか。


てぃ先生のトークの特徴として、「あ、そういえば思い出した、聞いてくださいよ!などと話題が頻繁に逸れる」「擬音やオノマトペが多い」と2つ感じた。これは保育士としての職業柄もそうだろうし、幼児性を巧みに操り、自分のものにして、女性に積極的に頭を撫でられにいける姿勢、それこそがモテに繋がっている。キャラを演じている、誇張している側面もあるだろうけれどもこういった振る舞いがナチュラルに出来る時点でなるほどこれはモテるやつだな、と後方席から白旗を振っていた。保育園には出会いがない、職場恋愛なんかありえない、としきりに愚痴っていたが職場で出会いなんか探す意味なんかもはやないだろ。目の前の100人弱全員抱けるんだぞ。


前半戦が終わる間際、「何か質問などある方?」と、てぃ先生から促された。おっ来たぞ、と思う間もなくデビルがピンと挙手していた。じゃあそこの男性の方、と差され、そそくさとマイクが渡された。


「今見た感じ、周りは女性のお客さんばかりと見受けられますが、正直な話、TwitterのDMか何かで言い寄られたことってあります?」


本当にこの男を連れて来て良かった。こういう特攻を平然と出来てしまうのがデビルたる所以で、98%の女性の視線が集中しながらも下世話な話を放り投げている勇姿を横目に肩をすくめて縮こまってしまった。てぃ先生はけっこうウケていた。本アカウントはDMを相互フォローからしか受け取れない設定にしているが、プライベート用アカウント(といっても2万3000人からフォローされている)はそういったロックはしておらず、ちょくちょく「会いましょう」とか、プリクラの画像と「私です」というDMが届くらしい。スマホの画面をこちらに向け、「こんな感じで」と親指でスクロール操作をすると、女から送られてきた声という声がバババっと次から次へと。目の前の100人弱と2万3000人とセックス出来る権利を保有している保育士。天上人。こういう実情をちゃんと晒してくれたのは好感が持てた。デビルの「あとで紹介してください」はつづら折りになった女の後頭部でかき消されて壇上のてぃ先生に聞こえていなかった。


後半の部、事前に集められたアンケートをもとに喋る。保育士を目指しているワタシに助言を、であるとか、普段息抜きに何されてるんですか、であるとかそういった「保育士」としてのてぃ先生に向けた質問が多かった。正しいあり方であって、保育士としてのプラスの側面しか見せていないてぃ先生から現場の声を聞けるこの機会の貴重さ。俺は子どもは居ないし保育園には今のところゆかりも無いけれども、きちんとそういった職を志している、また働いている人間にとっての励みはある。「きれいごとばっか言いやがってよ」という声もあるのは間違いないけれど、「きれいごと」だけを発信し続けているてぃ先生に助けられている対象もまた、居る。だからこそ、心の内壁にこびりついた意見をいつかほじくり出してやりたいっていうのもある。


自分の「Twitterのゴールはどこですか?」が読まれた。哲学的な質問ですね…というてぃ先生のコメントでひとハネありました。mixiは今廃れてしまったからやめたけれど、Twitterはその気配がないのでしばらくは続けるでしょうね、との返答、正味な話期待していたものとは違ったが、Twitterは辞めるつもりはありませんというアティテュードをうかがい知れた。辞める理由もないだろう。ウハウハなのだから。ウハウハですよ。こんどアメブロも始めるらしい。幾ばくかの金銭が懐に入る。保育士の低賃金問題なんかどこ吹く風で、そのまま突っ走って女を抱いて儲けてくれ。


伝言ゲームというレクリエーションが始まった。2列で1グループになり、てぃ先生から伝えられる文章が伝達されていく。女の人の髪をかきわけて耳元にささやくてぃ先生。畜生、と思いました。順番的に俺はデビルの次だった。なんでこの期に及んでデビルから耳打ちされなきゃいけないんだよ。そして、指定された順番のラストだったので、壇上に上がって文章を発表しなければならなかった。デビルからの情報を抱えてロフトプラスワンウエストの舞台へ上がった。てぃ先生からマイクを向けられ、伝言を読み上げると、他のグループよりも正確だった、とのことでてぃ先生から表彰を受け、俺達の班の人間にてぃ先生・原案のマンガをプレゼントしてもらった。何の苦労もしていないのに、ステージでてぃ先生と同じスポットライトを浴び、なおかつ商品の授与までされてしまい大変申し訳無いという気持ちしかない。


1周で終わりかと思ったが2回戦が始まった。またデビルから情報を仰せつかった。俺がまた壇上にあげられる、とその文章を記憶していると、同じ班の人から、後ろに女の子が1人座っているからその娘を入れてあげてほしい、という声があった。振り返ると制服の、おい女子高生かよ。女子高生が丸テーブルに1人で座っていた。その娘にまったく気づかなかった1巡目、まかり間違って俺が衆目を浴びてしまった。本来ならば絶対この娘でなきゃならないだろ。その娘に文言を伝えた。今回の情報はきちんと流れておらず、頓珍漢な発表をさせてしまった。この女の子、異性の好みに関してはあまり合致しないデビルと珍しく握手をくみ交わしたぐらい容姿も声も可愛く、2,500円を支払って合法でコミュニケーション取れちゃだめだろ、俺みたいな汚いジジイが、と卑下しかなかった。1週目に順番回してあげなくてごめん、と謝りたかったけれど能動的にこちらから声をかけるのは犯罪なので理性で止めた。しかしながら、女性と自然にやり取りできるてぃ先生のトークライブ、きっかけさえあればともがいているジジイたちにはうってつけの場所かもしれない。みんな可愛いし。


ライブが終わり、撮影、握手、サインの列に並んだ。最後まで楽しみたくて。


index3.jpg


俺はてぃ先生よりも身長が低い
posted by しきぬ ふみょへ at 12:11| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月24日

それなら、もう一度

index.png


あの日であらかたの思い出にまつわるデータは爆破したつもりでいたのに、何とはなしにカメラロールを辿っていたら出てきた。5月22日(金)1:00過ぎのやりとりらしい。週末で彼女と喋りながら酒が進み、Skypeを切ってから酔いに負けて絡んでしまったと思われる。翌朝にしみじみと喜び、寿ぎが滲み出てきてスクリーンショットした。付き合いだしたのが5月の頭だったのでまだ漁港から水揚げされたばかりの頃。ここから1年もしないうちに跡形もなく腐り果てるとは。


夢にも思わなかった、という表現があるけれども、付き合っていた当時は彼女に振られる夢をしょっちゅう見ていた。嫌われてさようなら、で布団から飛び起き、昨日の夜のラインを遡り、まだ大丈夫だ、良かった、何を悲観的になっているのだろうと安堵に包まれながら二度寝した。性分的に生活がうまいこと運んでいる時には「そんな訳あるか、用心しろ」と匍匐でしか移動できなくなる。もうすぐ1年も経つし、そろそろ安全地帯まで来れただろうと油断しきって立ち上がりダッシュしたその1歩目で地雷、しかも足が離れてから信管が作動するんじゃなくて、踏んだ瞬間即死のタイプだった。死んでから、一緒にその辺を散歩する夢を見るようになったので人間には欠陥が多い。


彼女とはTwitterで知り合いました。今となってはブロック、鍵と二重のセキュリティに阻まれて知る由もないけれど、彼女のアカウント名で検索をかけると、「新生活頑張れ!」「就職してから辛いことも多いだろうけども慣れちゃえばこっちのもんだよ(笑)」といった、野郎どもからの浅はかな叱咤や激励が結果に引っかかる。そこから今の状況を類推してアドバイスを念じている。俺が世界で一番身を案じているとも知らずに馬鹿がちんちんを勃てながらリプライを送っている。悪態をつけばつくだけ嫌われるのに、身を案じているのに意味がないんだから、バランスが取れていない。Twitterの責任者は早急にパッチを当ててください。


昔、プラスの出来事もマイナスも、どちらも露出しなければフェアじゃねえだろ、と、初めて女性と交際した時に、こんなものをもらった、とか、微笑ましく、面白いやり取りがありました、とかをその都度インターネットで報告していたのだけど、それが本当に気持ちが悪いという理由で振られたので、確かに「フェア」がどうこうとか心に架空のコミッショナーを飼っている時点で汗臭くて気持ちが悪いし、損しかない。幸せになることが第一義でなければならない、と気付き、女性と交際していても、それはそれで切り分けるようにした。この記事も、書こうか書くまいかちょっと躊躇した。露悪をやりたくなった、と言えばそれっぽいように聞こえるかもしれないが、どうでもよくなったっていうのが大きい。ゲボみたいな失恋なんか今更取っておいても価値なんかないしみんなもっとゲボな恋をやっているんだから、どうでもいい。


まつわる場所がたくさんありすぎるという障害を克服するのが難しい。彼女は関東に住んでおり、俺は大阪なので1,2ヶ月に1回ほど互いに往復をしていた。東も西もまつわっている。けれどもおそらくは自分しか覚えていないだろうから、2人でデートをしていたことになっている時間、仮に知り合いが殺されて、容疑者として取り調べられたとしても、彼女は一切当時の記憶を失っているのでアリバイがないから怖い。自分の脳でしか立証不可能の出来事が東西浦々に散らばっており、浅草花やしき、よこはまコスモワールド、江ノ島、新世界、梅田のプラザモータープールから新宿へ。全部妄想の産物でしかなくなってしまいました。課題は、克服です。


大江千里の『かっこ悪いふられ方』という曲で、「いろんな人を好きになり、おそらく僕は結婚する」と歌っている。納得しそうになるけれども、「おそらく僕は結婚する」と言い切れませんよ。ピアノがたまたま上手いからそれっぽく聞こえるだけ。飲んだくれてなんでもない銀縁メガネのジジイが「いろんなオンナに惚れたけどまあ、そのうち結婚するからよ」ってクダまいてても「うるせえよ」で片付けられておしまいだ。80年代の人間は騙されていたかもしれないが、2010年代の若者たる我々は、もっとヤニまみれのスーツを身にまとって戦場へ出ましょう。勝利を我が手に、女が洗い物をしている間に…
posted by しきぬ ふみょへ at 22:11| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月23日

ルソー『人間不平等起源論』



1775年 仏


我々は不平等なんじゃないか?じゃなくて不平等なのは当たり前で、じゃあその不平等なのは何時から、何がどういうわけで今に至るんだよ、おかしいだろ、とルソーがフランス革命の24年前に発表した論文で、アカデミーの懸賞論文に投稿して、落選した。その時大賞になったのは『不平等は自然法によって是認される』という、時の審査員が求めていた結論をもったいぶって繰り上げた結論で、いわば今の絶対王政に疑問を持つな、おしまい!という着地をした文章が評価された。だから「人間不平等起源論」のような、お前たちそこからどけや、という権力者への明確な批判をしてしまった以上賞レースで勝てるわけがないんですけど、今、天牛堺書店の250円均一古本市を経て自分の手元に届いたのはこっちなので読んでみた。

一切まったくの自然状態、サルから猿人へと進化していく過程がある。言語も方法も世に根付く前の時代があって、そこから「いろいろありました、さて!」ヒトとの間にコミュニケーションが生まれましたよ、という。「さて!」のパンと手を打つ、柏手からの切り替えが、舞台の転換として思い切りがあって、この人はメチャクチャ頭がよくて読ませるなと思った。自分のしゃべりたいことをしゃべる上でいきなりキモの部分から切り出してしまっても、聞いている側に単なる声のでかいジジイと無視されるだけで終わる。ルソーの言葉に「注意を払おうとしない読者にわからせる方法を、わたしは知らないのだ」というのがあるけれど、撒き餌をバラ蒔いてからグッと引き寄せるやり方が怖いぐらいうまい。

「パン!」という柏手から、最小限の組織「家族」が成立し、血のつながりができたという場面転換がある。「家族」と「家族」同士で結びつき、一個のコミュニティという単位ができます。単位が膨れ上がるにつれて、あいつらなんか儲けてないか?あいつら働いてなくないか?どうも気に食わねえなあいつら、っていう"意見"が湧いてくる。社会の萌芽。だけれども、ルソーにとって一番「均衡が取れた状態」というのは、たとえばそういう不平不満が沸いて、攻撃を仕掛けられたとしても、「お前が殴ってきたら、俺もお前を殴るけどね」というお互いの力関係に均衡がとれていて、やられたらそのぶん攻撃できる、犯したら犯し返されるという因果の調律がピンと張っている様が人類にとっての青春時代、黄金時代だ、と言っている。

けれども、やっぱりパワーで抑えつけられるのは、ぶん殴られるのは、怖いですよ。種として均一なように、グッピーがわらわら同じ水槽にいたらおなじく青ーい、きれいーなグッピーと思うけれど、いざ自分がグッピーだったら、しなやかに泳ぐ奴と自分で比較してしまう。小1の自分でさえ足が速いやつに対して劣等感を抱いていた。政府や組織が存在していない原初状態だったとしても、どこかのあいつ、と自分を比較してしまう。だから、殴ってきたら殴るけどね、の関係性が成り立つのは、ありえたとしても本当にほんの一瞬のタームでしかない。それに、ぶん殴ってこいよ、という許容が、今だってそうなのに当時の王政サイド、貴族の連中にできるはずがなかった。

だけれども、ルソーが「ここがベスト」と指を差した一瞬に立ち返ろう、立ち返らねばという気概で動けたとすれば、バカのトップのペニスがいかに大きくても、そこにひれ伏す必要なんかない。打たれた分だけ打ち返せばいいのだから。"ある土地に囲いをして『これはおれのものだ』と宣言することを思いつき、それをそのまま信ずるほどおめでたい人々を見つけた最初の者が、政治社会〔国家〕の真の創立者であった。"  騙して得取れ、声のでかいペテンに、手遅れになる前に杭を打っておかなくては。おめでたい奴に「よっ、おめでたいですね!」と指摘できたら、あるいは、お前らちょっと一瞬考えてみてほしい、と。風通しが、換気がよくなって声が通るようになればいいだろうなと思う。なかなかうまくいかない。ペニスの大きさでひれ伏すのだけは嫌だよ。そうなった終わりだから特に自分は。
続きを読む
posted by しきぬ ふみょへ at 15:03| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月19日

意味のヲタ

4/17で26才になった。


twitterでお祝いの言葉を投げていただいた皆様、感謝しきりです。ありがとうございました。自分は人におめでとうという言葉をかけるのがかなり苦手で、心と骨盤が歪んでいるので、俺みたいなもんに祝われたってしょうがないだろとつい飲み込んでしまって「おめでとうございます…」と奥底で念じるだけで済ませてしまうところがある。決して祝ってないわけじゃないんですよ。だけども強く念じただけで伝わるSNSはまだ登場してないし、26才なので「言わなければ伝わらない、言ったら伝わる」を学びます。


先からハロー!プロジェクトに所属している方々に関心がある。ハロー!プロジェクト、通称ハロプロは平たく言えば容姿の優れた女の子たちが所属しているユニットをさらに束ねる胴元で頂点につんく♂がいる。最低でも5人若い女の子がいるユニットが複数に分かれていてこんなもの覚えられるわけないだろ、若い女の子の顔なんかみんな一緒なんだから、とくくっていたが関心というのは恐ろしいもので研修生も含めてすっかり記憶をしてしまった。大事なリソースを割いているのだから仕事が出来なくなるというのは当然のことで、いくら会社で無能をせめられようが胸を張って俺は今のモーニング娘。のメンバーの名前を挙げていってやる。12人いる。


誕生日、ハロプロの1ユニットである「℃-ute」の握手会兼ミニライブに行った。千里中央駅という大阪の大動脈、御堂筋線の終着駅で、そのもう反対側のなかもず駅から電車に乗る。集合は朝の7時。路線情報で調べると5時半には起きないと間に合わない計算で、もし朝起きれなかったらもうサボってしまおうかな、と気持ち半々で布団に入ったら、心のどこかでワクワクしていたらしく4時半に目が覚めた。赤のAXEを吹きかけちょっとカラフルなシャツを着ておしゃれをする余裕まであった。


時間に現場に着き、恩人であり上官であり諸悪の根源でもあるタクスさんと落ち合った。なんの疑問も持たずに「じゃあ7時に」「うん!!」と命令されるがままに千里中央に来てみたけれども、理由は「早く来ることにより、ステージから近い場所ででライブが見られる確率が上がる」っていうんで、えらいものでなるほど!!としか感じませんでしたその時は。その時点で集まっている人数は10人少々で、周りの雰囲気を察するに絶対今日が初回であるわけがなく、オタクの有馬記念になぜかゲートインしてしまい震えおののくしかなかった。


朝は天気がぐずついていた。タクスさんはピンク色の折り畳み傘を持ってきていたのだけども、「ピンク色の折り畳み傘を持っている=℃-uteの鈴木愛理ちゃんのイメージカラーはピンク色=鈴木愛理ちゃんを推しているに違いない」という三段論法からの一点突破で知らない人間が話しかけてきた。何なんだ?と身構えると、「℃-uteの中島早貴ちゃんと元特命戦隊ゴーバスターズのイエローバスターこと小宮有紗ちゃんは生年月日が同じで容姿も似ている」「安藤美姫と絢香も生年月日が同じ、運命を感じる」という若い女性の生年月日にまつわる情報について教えてくれるただのNPCだった。今回便宜上彼を"情報さん"と呼びます。情報さんは「濡れてもええように」とウエットスーツのような上下ピチピチのタイツに素足でクロックス、というもはや、濡れてもええように、ではなくむしろ「濡れに」来ている出で立ちで、持っている情報をさんざん伝えると行方をくらませた。タクスさんと、「俺達はまだ普通だ」という確認をした。


係員からの誘導があり階段に並び、チケット販売開始までの2時間少しを待つ。雨が降ったり止んだり、その度に傘を差したり閉じたり、誰の顔も名前を知らないが「℃-uteが好き」、と「雨が嫌い」という共通点が確認できてよかった。タクスさんは℃-ute好き界でも顔が利き、多様な人種と交流していて人柄の権化だった。女性も男性も若いも年配も、市議会議員みたいなジャケットを羽織った、「ひょっとして℃-uteを呼んだ側の人間か?」という風貌のおじさんとも会話を交わしていて底知れなかった。


膝の皿がほとんど剥がれるまで立ちぼうけていたらようやく、スタッフのメガホンでテントまで誘導され、ミニライブに参加し、なおかつアイドルと握手ができる権利が得られるCD予約券を申し込む順番が来た。小さいテントで長机の上に申込用紙とボールペンが無造作に置かれていて、「仕組み!!」と叫びながらなんとか1,080円×(午前1回+午後1回)=2,160円を支払い、チケットを手に入れた。戻ろうとすると、早朝からゲートイン完了していた人たち、いい加減顔も覚えてしまった人たちの様子がおかしい。うなだれている。チケットに印字された番号が若ければ若いほど前の席なんだけど、それが平気で「900」とかそういう番号で、というのも要は早く集まろうが今来ようが関係無かった、完全にランダムだったと。読みが外れたと。打ちのめされた人たち。しかしすぐさま外れた膝の皿をはめ直すとまた列についていた。そして我々はどうしたか。列につきました。


午前1枚、午後2枚と権利を手に入れた。そして5枚の権利を手に入れたタクスさんと、その人脈で前日も名古屋のライブでタクスさんと会っているという、漫才ブームのB&Bみたいなスケジュールで動いているKさんと3人でサイゼリアでご飯を食べて時間を潰した。ペペロンチーノをいつもの癖で注文しようとしてしまったが、はっ、女の子と接する、とにんにくを気にしてほうれん草とベーコンのやつにした。


先ほど並ばされた階段に番号の若い順番に再整列。今度リリースされるトリプルA面の1曲に「何故 人は争うんだろう?」という曲が収録されている。人より優位に立ってやろうと朝7時にのこのこ現れたオタクへのメッセージソングとして「何故 人は争うんだろう?」と問いかけてくれていたと気づいた。だんだん空模様がよくなり、自分の番号が呼ばれ、ステージに集まる。係員からポリ袋が渡されたが、これは手荷物を入れ、爆弾やナイフなどを無効化するためらしい。確かに爆弾やナイフなどを持ちかねない我々の行動パターンを見透かした措置と思った。午前公演はタクスさんと番号が近かったので、隣同士になった。そっとペンライトを渡された。


わかりました。やります。ペンライトを逆手に持って身構える。アナウンスがあり、℃-uteの5人が出てきた。インターネットの動画で見たことのある人達が、ダルシムの強パンチの射程ぐらいの距離にいる。


「アーアー 喋ってはるアーアー、アーアー歌(うと)てはる、アーアー踊(おど)てはる、アー」・・・ライブが終わっていた。さっきペンライトを渡してくれたオタは「岡井千聖ちゃん」としか言葉を発していなかったし、もっと原体験に近い俺は「意味!」「感情!」とステージの上の可愛い女の子5人にただの何でもない熟語を言っていた。
一旦ここで人生や培いがゼロになってしまった。さーっと雲が晴れ、太陽が差してくる。午前のライブが終わって、千々になっているファンの中で、さっきの情報さんは「単にTPOを間違っている人」になってしまっていた。


ミニライブの後は握手会で、℃-uteの5人が横一列に並んでいるところに、せいぜい1人2秒、手を握っては離れる、計10秒のチャンスが与えられる。F1のピットインレベルの秒速の勝負で、これほどお笑い消耗時代と言われ1分そこらのショートネタの是非が叫ばれる昨今、「2秒」でアイドルにウケることが果たして可能なのか?プロットを考えた、俺には午前午後とチャンスがある。午前の部は「今日、誕生日なんです!」でいこう。握手の順番の前、券をサイフにしまったのを忘れて全身をまさぐるというコメディがあったけれども乗り越え、5人に握手をした。1人2秒計10秒で通算5回の「おめでとう」を叩きだした。アンタッチャブル・レコードであり、人生で更新するべくも果たして不可能だろうという数字です。だがここで終わりでなく、午後の部の詰めに入る必要がある。タクスさん、Kさんという知の賢者2名と喫茶店で時間まで肩を作った。

午後の部の権利を入手するチャンスはまだ残っていて、会場内に「まだ若い番号が残っている」という伝令が駆け巡り、タクスさんがテントから帰還、チケットをめくると数字は「32」。四浪して東大受かった奴か?ぐらいのボリュームで雄たけびをあげたかと思うと、天を仰ぎながら光に包まれて死んでしまった。


午前は「アーー」で終わってしまったんだけど、多少は平静を取り戻して望む午後の部はひとりひとりを「すげぇな」と噛み締めつつ観れた。℃-ute、居るんだな、同じ次元に。同じ次元というくくりで俺が在ってもよいのか?怒られないか?誰に許可を貰えばいいんだ?役所の次元課か?しかし、良かった。素敵だったので。


2周目の握手。1人目から、中島早貴さんには「大阪にまた来てください!」と伝えたら「絶対また来ます!」と、中島早貴さんが大阪に来るまで俺が居住をする意味が出来た。萩原舞さんには「お願いします」と具体がゼロの依頼をしてしまった。鈴木愛理さんに「今日、誕生日なんです!」と、繰り返すやつをやったら「おめでとう!さっきの…?」と"認知"があった。俺は鈴木愛理さんに認知されたぞ。矢島舞美さんにも誕生日を改めて伝えた。1回めと同じ温度で祝ってもらった。矢島舞美さんはフラットだ、水平の美しさ。

5人目、岡井千聖さんに、ラストだから2秒でなく2.2秒ぐらい、零コンマ2秒ほどのありがたい猶予が与えてもらえる。スタッフに剥がされる一瞬の名残でもう1センテンスのコミュニケーションが取れる。奇をてらわず、突飛すぎているんでもないちょうどいい温度のやり取りがしたい…。

「僕も、アイドルになりたいんです」という疎通、が1秒半ほどで、「なれると思う!」までで2秒弱。うまくいった。スタッフに剥がされる。岡井千聖さんに両手のサムズアップをしてもらう。あの両手のサムズアップにどれだけの意味という強度と塩分が含有されているか。

もう1枚権利は残っていたけれど、このいいイメージのまま終わりたい、今できる最高のパフォーマンスだったと自負をしていたのでタクスさんに権利を譲った。6周するオタクを日陰から観た。

応援をしてもらうのは何よりもパワーになるんかい、なるほどそれでアイドルという職業がいかに現代に肝要であるか、と糸口が掴めました。ぼーっとしたまま、夕方になり、もう選択肢について考える余力がなかったので、さっきと同じサイゼリアでご飯を食べた。デカンタ白ワインとアイドルと生ハムと、もし彼女たちと同じクラスになったとしたら、の妄想座席表で2時間ねばった。「この娘にはウケれる」「この娘にはウケれない、笑いが通用しない」「この娘はウケたふりをしているだけ。おれたちは馬鹿なので気づかない」と、この期に及んでちょっと現実の要素をないまぜにしようする悪あがきが、あれ?これがキモいというやつか?


4/23には大阪城公園ホールに行きます。Juice=Juiceというアイドルのライブを見に行くので。1週間経ったらいろんな意味を忘れてしまうので、意味を確認しに行きます。意味最高!

posted by しきぬ ふみょへ at 12:30| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月16日

薙ぎ払っても

腕時計が止まってからどれだけの時間が経ったのだろう、と藪を掻き分けている。実際は1週間かそこらなの だが私は気付いていない。社会の空気を肺に入れなくなってからの最長なのは間違いなかった。二日酔いの朝も大学に通ったし就職してからも無論で、昔、イン フルエンザで席を空けていた三日間の茫々なこと、不安で不安で仕方なく、不安で不安で仕方のなさに押し潰され、駆りだされ、殆ど飲まず食わずのうちに出勤 した朝の、三日間席を外していた空虚の襲いかかり。藪を掻き分けながら、都会では見かけないサイズの蚊に盲滅法に血を吸われた。まあ、蚊に血液与えている うちはくれてやる、くらいだったんだけれども、流石にヒルが首筋に食いついていた時は驚いてしまい、いつにも増して気持ちも悪いし裏返ってるしの声を上げ てしまった。が、今は草藪の中に居ますので誰の耳にも届いていないのが不幸中の幸いだ。不幸中の不幸とも言える。


な んだか、なんだか、なんだか思考も吃るくらいいろいろと嫌になってとある日の朝、いつもとは反対側のホームから各駅停車に揺られ、わけのわからない秘境駅 で降り、湿気鬱陶しい、背広を畳んで駅舎の男子トイレに放置したままズンズンと道無き道を掻き分けていった。この野郎、と力を込めれば枝は折れるし、革靴 だし靴下は水吸うし、で嫌だね、グショグショだったが水たまりをあえて踏みつけている自分に、「お前、本当はパワーがあるんじゃん」と第三者視点で肩を叩 いている自分自身に励まされつつ、山の中心へ中心へと踏み進んだ。明日のことを考えんでもまあいいか。生まれて以来の前のめりだったかもしれない。


ど うしたって社会をどうにかしたって喉は渇く。こないだまでの1週間前はダイドードリンコのしゃべる自販機ぐらいしか労をねぎらってくれなかった。110円 玉を投入してねぎらいのあった日々が今となってはありがたい。"分け入っても分け入っても青い山"じゃねえわ、一句したためられる余裕があってよかったで すね。まさしく今現在、なんの手助けもないままになんだか知らない木々の間を行軍しており、私がそうしている間にだって、世間は右往左往東へ西へしてい る。東にも西にも進んだ手応えはあるが太陽の光が当たらないのはどういうわけだろう。どうせなら海の方にいけばよかった。手頃な木の根を枕に、タバコに火 をつける。家で寝タバコなんかして万が一の不始末で家族全員心中するのはおそろしいのに、森の仲間たちを一網打尽にするのは厭わないのか。ぼーっとする、 どうでもよくなる。仕事も家庭も置いてきてしまった。焦燥や罪悪が入り混じった真っ赤な感情は次第に土の気が混じり鮮やかさを失って、機械の体を持つのだ ぜ機械の体を持たなくてはいけないのだぜ俺は、と言い聞かせていた。社会だろうが草むらだろうが己を殺せば秩序が保たれる。どこに行ったってやることなん か一緒じゃないか。


川を見つけた。ワイシャツとズボン、トランクス、革靴、靴下、まったく同時に脱ぎ捨て、しばら く泳いだ。同僚連中は背中を丸め、こめかみの血管に血溜まりを作りながら無産労働に平伏させられているであろうまだ日のあるうちに泳ぐ清流の気持ちの良い こと、背徳、背泳ぎ、バタフライ、藪を掻き分ける、川、発見、飛び込む。気持ちいい。シンプルに生きていれば満たされるじゃないか、なんでこの年まで我慢 していたのだろうと悔やんだ。


彼には家庭があった。学生時代から交際していた。子どもができた。結婚した。安産だった。愛があった。護りましょう、愛しましょう、共に歩みましょう。

索敵、発見、銃構え、発砲、撃破、索敵、発見、銃構え。

←、→、↑、↓、←→、←→。

堰が決壊したように上から下へ流れ落ちてくる色とりどりの音符に合わせてパッドを叩き、あるいは踏み、成功した回数がスコアにつながり、数字として成果が出る。だからどうしたんだ。何も偉くなんかない。



次から次へ際限なく頭の上に落ちてくる音符に合わせてパッドを乱打している。それは労働のみならず家庭までそうだ。何十年先か明日か知らんがお迎えの時に「PERFECT」なら拍手喝采、「BAD」なら地獄へ。地獄は怖いのでパッドに集中、乱打乱踏する。休まる暇なんかない。やるしかない。筋肉質の白人女性が、「SAMURAI」に抱きかかえられてハッピーエンド…

続きを読む
posted by しきぬ ふみょへ at 23:04| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月10日

ナサニエル・ホーソーン『緋文字』と不倫に関してのブログ



1850年 米

緋文字の「A」はAdultery(姦通)の頭文字Aを表しているらしいけれども作品中そうですという種明かしをしているわけじゃない。Angel(天使)かもしれないしAble(可能性)とも受け取れる、そうやって正解を散らして、読者諸君に委ねてくる。緋文字、という作品は序章の「税関」で、ナサニエル・ホーソーンさんが実際に役所づとめだった時期にたまたま発見した(というていの)一片のドキュメントを押しなべていって語られる話であり、ドラマを吹き込んだ著者の想像力が必ずしもイコールで答えとは限らない、ことは本人も気づいていたので緋文字「A」をいかように捉えるかというワキの甘さはあえて残しておいた部分で、さあみんなで考えよう、と香取慎吾が昔いいともでアルタの100人から徐々に質問にYESと答えた人間の総数を減らしていくデスゲームを任されていたけれども、もしも、匿名性が護られているはずの「YES」のフォーカスがだんだん絞られていって特定された瞬間に照準が合い、撃ちぬかれてしまったとしたらそんなリスクなんか背負いたくない。絶対にバレないというレンガの向こうに立っているから石をぶつけられる。


旦那がいるのにもかかわらず、その旦那は船旅に出たっきり帰ってこない。死んでしまったんだろうという信憑性のない情報を掴まされたまま、町のエリート牧師に犯されて子どもをこしらえてしまった女、女を犯してしまい子どもまでこしらえさせてしまったけれども、「罪」と認識しているために苦しみ続けている牧師、そして実は死んでなかった旦那、産まれちゃった娘。


魔女狩りもガンガンやっていたし、清教徒が支配していて、不義を犯すことがそのまま死刑とされる社会で、酌量の余地ありとそれなら「A」の文字が刺繍された服を一生着ていなさいという判決が果たしてどっちが残酷なんだろうか、小さい娘がその「A」って何なのお母さん、と尋ねるのをはぐらかしつづけるのにも限界があるし開き直れるたぐいのものでもないし。一回きりのワンミスの反省が話の最後まで続く。母親に輪をかけて凹みまくるのが相手の牧師で、彼はその一回きりの、どうしてものついついのセックスだけをひたすら悩み続ける。街の連中は彼の説教を聞きに教会に来るし、あんなヤリマン殺してしまいましょうよ、にも歯切れの悪い受け答えしかできない。


"死んでしまった"はずの夫は嫁より相当年上でジジイで、頭のキレまくる医者でもあり、しかも不具者で、やっとのことでヨーロッパから海を渡って嫁の居るニューイングランドにたどり着き最初に目撃した光景が、嫁と身に覚えのない赤ん坊が公衆の面前で晒しあげられているまさにその瞬間だった。この元夫は復讐の塊になります。大事にしてやってた嫁に対してもそうだし、気づくんですよ。「あ、どうやら牧師の野郎が嫁とヤってますよこれ」っていう、でも直接問い詰めることはせずに牧師からゲロさせようとする狡猾さ。それが最も苦しいから。でも、こいつも悲しい奴で、不具持ちだから「ごく普通の幸せ」というものへのあこがれが強く、どうしても欲しくてたまらなかった。"なるほど年はとり、陰気で、不具だったけれども、それでも、どこにでも転がっていて、だれもが拾いあげている素朴な幸せを、わたしも拾いあげることができると思ったのだ。"


不貞を犯したら罰せられる文化や倫理観、人妻とセックスしたらいけないことはお釈迦様もキリストも仰っているけれども人間の動物の部分、前歯の部分が抑えられなくなってしまったとする。そんなことは是か非か問うまでもなく絶対的に非で、性欲の正当化じゃなくて、完全に非であると、悪うございましたと認め、命を棄てることまで考慮に入れている者を果たして許せるかどうか。然るべき処置とは一体何なんだろうか、誰もが「そこまでしなくても…」と一歩引いてしまうラインで土下座しないと許してくれないんだろうか。峯岸みなみが丸坊主になっても叩かれたのはもともとがそこまで可愛くなかったからだろうか。というかそもそも、不貞というのは不思議な罰で、当人間同士でしか不都合が生じないのに周囲は石を投げたがる(マリオカート64のドンキージャングルパークでコースアウトした時のあれです)。逡巡したら俺も私もどこかで知らない人間とセックスしたいという感情があるけれども、それを塞がなければ社会がメチャクチャになってしまうよね、と宗教では不貞を禁じた。それを赦すか赦さないかでまた揉める。個人の斟酌を争いの種火にするべきじゃないと思う。


この『緋文字』で、お前の考える最悪の罰が実行されないかぎり満足しない説が固まるシーンがあります。晒し台に向かう夫人をはためで見物している、ひときわブスの女が言い放つセリフ。"あのごたいそうに縫いつけた赤い字のかわりに、わたしのリューマチ用の湿布のきれはしをつけてやりゃ、そのほうがよっぽどお似合いってことさ!" 黄ばんでそうだからマジでやめてほしい。

続きを読む
posted by しきぬ ふみょへ at 13:06| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月04日

悪い人の声を聞くな

中学校3年、卒業式の前日予行練習で、心の底から嫌いだった腕力きちがいの陰口を叩いていたら本人にばれ、ちゃんとカラーをはめ込み、ホックのところでパチっと止めていた制服の襟をグワングワン揺さぶられ投げ飛ばされた。俺はバレーボール部だったが下手くそだったので日々顔面にボールをもらっていたのでメガネのスペアが無かった。襟首取られている間もメガネを高く掲げ、明日からの視界を奪われないように必死だった。前日のリハという事もあり全校生徒が参加させられていたので、400人弱の面前で首投げをされた。今振り返るとあまり興行的に振るっていないプロレス団体よりも大勢の前で暴力を振るわれたことになる。陰口の内容も、寒い時期なので体育館にジェットストーブが置かれていたのだけど、「いくらでかかろうがあのストーブに突き飛ばしてしまえば殺せると思う」といったハードコアマッチ思想が入ってたのでしょうがない。「やってみろよ!!」と胸元を掴まれてた時怖かったなー。出来ないに決まってるじゃないすか。メガネなんだから。


そんな腕力きちがいは地元ではセーフティーネットになっている私立高校を中退したのだが、キリスト系の福祉専門学校に入り直し、介護の仕事に従事しているらしい。メガネお笑い好きラジオ好きメガネメガネをぶん投げるパワーで老人の1人や2人、面倒見るなんて造作も無いだろうし、イエス様の教えに感化を受けたかどうかは知らないが、生きるという面ではまじめをやっている。田舎ほど結婚も早いが彼もそうで、俺が常日頃からかなりほしい自分の子どもを早々に作り、養っている。大学進学なんかせずに田んぼとセックスしていれば今の夢なんか一瞬で叶ったんだろうが、スーパーマリオブラザーズでも1-2から4-1まで飛びたくない派、過程をしがみたい、しゃぶりたいのでこっちのほうが長く楽しめるはずだ、という一点に期待を寄せてなんとか保つ。


俺はいじめられた経験はないです。この野郎の振る舞いにイライラはしていたけれど、明確にターゲットになった経験はない。その首投げまでは。日常的には、学年内でブスな女の子やアゴのいがんでた男が腕力きちがい一派にハチャメチャにいじめられていた。知ってはいたけれども、そこにイラつくばかりでなんとかしようと動いたわけでない。ああ、嫌だ、死んでくれたら嬉しいな!と願っていたばかりで実際に殺すのは法などにも触れるし、受験で市内の公立に受かったので出来なかった。いま、そのブスの女の子はちゃんと食いっぱぐれのない鈑金工と結婚して幸せに暮らしているらしいし、アゴの男は県内の大学医学部にストレートできちんと収まった。卒業後の道筋は知らないが踏み外すこともないだろう。


いじめられていた経験、あるいはいじめていた経験を大人になってから喧伝している人がかなりいる。義家弘介、絵本作家のぶみが嫌いだ。宇梶も嫌いだ。暴力を振るった経験を肯定している。そんな時代もあったねと、で済まされる問題でない。お前が摘んできた芽に宿っていた生命を背負えている覚悟があるんであれば決して世に出て目立とうとなんてしないだろ。面の皮の厚さが世渡りの最重要項であれば生きづらい。いじめられていた経験で飯を食おうとしている人間もそうだ。こないだ買ったクイックジャパンにも、奥田愛基とコムアイが学校で疎外感を覚えてふらっとエスケープしましたという話題で盛り上がっていた。盛り上がるな。"それでもなお"学校に通っていた人間に対しての引け目、を背負っていてくれないか。と怒鳴ろうとしたがコムアイさんは慶應義塾大学を卒業されていたので、うん、ひとまず置いておきましょう。奥田愛基、筋肉質の男性に首投げされてくれ……。ネットの殺人予告も怖いだろうけども、マジで不意に現れた筋肉質に首投げされてくれ……


「克服」による説得力、伝播のスピードを今一度洗うべきだ。世に出たいためなら周りにいじめられろ、あるいはいじめた後に後悔をし反省をすればOK、というテンプレートを母子手帳の1ページ目に書きかねない。安易にウケすぎだ。いじめるのも、いじめられるのからも腕振って走って逃げてくれ。形だけの更生で安易に認められたやつがこんなにも受けいれられるのならば、それを見越して、そもそも世に認められるために人間に悪を働け、という教訓がまかり通る日が来かねない。何ごともなかった人の意見を聞くことが流行る日が来たらいいのに。



明日仕事場で女子更衣室の模様替えに駆りだされます。ロッカーの移動をします。女がやれよ。俺は関係ないだろ。
続きを読む
posted by しきぬ ふみょへ at 00:50| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする