2016年03月13日

サン=テグジュペリ『夜間飛行』感想



1931年 仏


飛行機に乗ってる奴と、地上で飛行機の運行を管理してる奴とのプロフェッショナルの話です。じっさいに飛行機乗ってる奴が、地上に居る奴に命を握られている。リヴィエールという主人公(航空郵便会社支配人、50代のえらい人)が、日々の商売が淡々とうまくいければそれでいい、お前は飛行機に乗れ、と冷酷に命令を下すことができ、飛行機乗ってる奴を従わせられる。互いがこいつプロだな、と認め合ってるから。航空郵便、というビジネスがまだ安定しだす前、そもそもが夜中に飛行機飛ばすのが、暗いし怖いからやばいとされていた頃に、リヴィエールは"せっかく、汽車や汽船に対して、昼間勝ち優(まさ)った速度を、夜間に失うということは、実に航空会社にとっては死活の重大問題だ"と、世間の罵詈や雑言は承知のうえで、あくまでビジネスチャンスであり、この事業は広い目で見れば人類の進歩に繋がるのだ、と今日もパイロットを見送る。郵便物は届けまくっても無くならない。理念が穏便に成されるためには、飛行機乗ってる奴の「恐怖心」を殺さないといけない、俺は上空で山がうねっているように錯覚しました、とか、マジで木々が俺に向かって吠えたんすよ、とか、お前しか知らないだろ、記録に記せないんなら虚偽として扱う、ちゃんと仕事しろやと。本人に言う。


作者のサン=テグジュペリは実際に飛行機乗ってる側の人間ですので、本当はこんな駒扱いされたらキレてもいいしその権利がある。しかしながら、リヴィエールという地上で管理する組織側の人間にまったく悪態をついていない。気高い精神を兼ね備えた者のみにしかわからない苦悩にクローズアップして作品の主題に据えられるってどういうこと?と。爆撃して殺戮してさよならオチ(どくろ雲オチ)で書いたって説得力はありますよ。でも、反体制の文章にしなかったのは、飛行機というマシンを操れるという条件が魔法並みに限られていた1930年代、いまだってパイロットの免許取るのなんかむずいですけども、プロペラを駆動させる快感を味わった、「限られた俺」たる矜持が、管理体制すら跳ね飛ばすほどにバキバキに勃起していたんじゃないでしょうか。


飛行機乗ってる奴がどういう状況で何を感じているのか、アンデス山脈のギザギザすれすれをすり抜け、嵐と雲の中で信じられるのは自分自身の操縦桿をつかむ握力だけだ、って男の子なら興奮しますよ。しかも実際にやったことある奴が書いてるんだから絶対そうですよ。「猛スピードで」「見下ろす」ことの優越感(気持ちよさ)もちゃんと書いていて、"あの農夫たちは、自分たちのランプは、その貧しいテーブルを照らすだけだと思っている。だが、彼らから八十キロメートルも隔たった所で、人は早くもこの灯火の呼びかけを心に感受しているのである。" 「生活」を追い越していく爽快 と、無事に職務を終えて地上で一安心 と、「明日も飛べよ」と通達が"来る"憂鬱=リヴィエールが「明日も飛べよ」と通達を"出す"憂鬱と、そのルーチンを丁寧に均等にならべていて、明日読んだら感想が変わるような小説です。


"「部下の者を愛したまえ、ただ彼らにそれと知らさずに愛したまえ」"というリヴィエールの哲学を実行に移せるのは相当に難しい。というか今の御時世、古典じゃないと受け入れられないかもしれない。雇われている側の人間は、何を気取ってんだよ、そこまでマジじゃないから、と横っ面を引っ叩いて棒に荷物くくりつけて退職しかねない。けれども、愛してまっせ、わかってくれまっしゃろ、というベタベタしたザラメ溶かしたのじゃなくて、互いにプロ同士で腕ぶつけ合うの憧れますね。なんのプロでもねえけど。
posted by しきぬ ふみょへ at 12:02| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月10日

ようこそ先輩

「本当にね、僕がこの教壇に立つ機会が来るだなんてゆめゆめ思ってもみませんでしたよ。ろくすっぽ先生共の…先生がたのお話なんて真面目に聞いた記憶が無いのでね…(笑)教室からぼんやり校庭眺めてりゃいいほうで、退屈だったら屋上でラジオ聞いてましたし、学校来ないで川っぺりで寝そべってうだうだしてたこともありましたし…なんだかね、そんな俺が教えられることなんかそう無いわけなんだけれど、まあこういう舞台に立ったからには、"SHOW"をこなすのがプロフェッショナルの努めなんじゃないかって思うわけですよ、俺だってオトナだからね(笑) それでもって、今日なにをテーマに扱うかって寸法なんですけれども、俺はですよ、俺ちゃんはですよ、やっぱりこう、本を読むこと、"読書"ってってのが肝要だなって気付きました。そうなのよ。何でかわかる?なんでもいいよ、読書がなんで大事なのか見当がつく男の子、もしくは女の子!いねえですよね(笑)、まあ今のところ、なんで読書が大事なのかっつうってえと、やっぱし「作者とサシで喋れる」っていうのがでかいですね。たとえば、ブックオフで、清水國明が牛の糞頭からかぶって、しゃらくせぇ能書き垂れたりなんかして、そんなのは無視しまして、ウンコの臭いするなー、バカヤロってポッケから小銭握り締めて買った本が、案外兄(あん)ちゃん姉(ねえ)ちゃんの舵握ったりすることがあるんですよ。中古の本屋じゃなくても、そのへんの汚ったない、背中のひん曲がったジジイが引いてる貸本屋でもいいわけですよ、今貸本屋なんかねぇか(笑)、まあ、ともかく、本の一冊をじっくり隅から隅まで、時間の許す限り読むってのは俺、大事だと思うわけです。


じゃあ、じゃあクラスの諸君、君たちが、実際に面と向かって喋ってみたい有名人はいるかな?もしかしたらそういうチャンスがあるかもしれない。夢見てられるのはお前らみたいなガキの内なんだから(笑)さあ、さあガンガン手を挙げてください。じゃあそこの女の子。


「NEWSの加藤シゲアキ君と一度、お喋りしてみたいです。」


NEWSの加藤シゲアキくん、これはいいですね。彼は近頃作家としての活動も始められてるっていうじゃないですか。まあなかなかね、僕なんかが手の届く存在ではないと思うけれども、でもそんな彼の著作を手に取ることによってね、直(じか)に対話できる、っていうのも読書の良さ、っていう捉え方も出来るわね。かっこいいしね彼ね。歌もダンスもできるしね、彼ね。


「加藤シゲアキくんの小説、ちゃんと読んだんですか?」


正直な話、読んでないのよ、まだ。所詮ジャニーズ、っていうのがどうしてもあって。文章の世間で評価されるためには、片手間で書かれたような小説まがいの作品はそもそも門前払いですからね(笑)そういうものなんですよ。悲しいけれども、立ち回りというのが大切なんですなあ、いくら筋が面白くても、文章に機微があっても意味がないものはそれまでなんで。それでも前を向いて邁進していってほしいですけれどもね、本当に文学を愛するのであればですけれどもね(笑)


「面白かったら、どうしますか?」


面白かったら?うーん、まあ、俺だってまともに生きていくって道は捨てたわけで、世に出た著作物、芸術品に対して、真っ直ぐな目で審美するように努めます。でもね、俺より男前で、歌も踊れてダンスも出来て、そんな人間が、世の人らを楽しませる文章を世に記せたんだとしたならば、頭かきむしって血が止まらなくなって死んじゃうと思うよ(笑)そんなことはないように 努力してきたつもりだけどね。 努力してきたつもりだけどね。 努力してきたつもりだけどね。


「なるほど。どうもありがとうございました。」


バッドエンド NO,6
頭から血が止まらない。もっと本当に努力をしていれば…?
posted by しきぬ ふみょへ at 00:10| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月07日

大阪の人は路傍の人だ

大阪に引っ越して来て3年が経とうとしている。毎朝通勤に、日本一高いビルあべのハルカスの地中に埋まっている地下鉄天王寺駅を利用している。だいたい毎朝同じ電車を使う。すれ違うだけだけれども、そのなかで多少異彩を放っている存在は嫌なもので覚えてしまっている。まず、双子なのか、双子じゃないのか、絶妙に頃合いは似てるけれども判別しかねるブスな女子高生2人組。思い切ってどっちですか?と聞きたくなる。かならず2人でいる。


黒い革ジャンで、押井守みたいな(少年アシベにでてくる中華屋の大将みたいな)髪型のおじさん。このおじさんは、手ぶらか、ショルダーバックを提げているかの確率がほぼ半々で、毎朝同じ時間にすれ違うから一応ルーチンワークには就いているのだろうけど、丸腰とそうでない日はどう区別されているんだろうか。大麻を卸している人か。


冬場以外はランニング(タンクトップと言いたくない、彼の場合はランニングが正しい)、冬場は桜が刺繍された和柄のスカジャンをはおっている、二十代前半ぐらいのかなり肥えたスポーツ刈りの男。彼は基本地下通路をぶんぶん腕振りながら猛ダッシュしている。かと思いきや、今日もそうだったんですけど、やたら背すじを伸ばしてむしろ威風堂々と歩いている時もある。さっきの押井守もそうですが、毎朝こっちは同じ電車を利用して同じ通路を歩いているのに、向こう側が変化をつけてくるのはなぜか。走っている背中を追いかけて捕まえたら大麻売ってくれるかもしれない。


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だいたいこんな肩幅のある女のマネキンが府の公式で人格を与えられている時点でまともな人間が利用できる駅じゃない。今朝はがなり声を挙げているおじさんが居た。土地柄が土地柄だけに六甲おろしか、と一瞬勘違いしたが完全にオリジナルの節でがなっているだけだった。


ケンミンショーなんか観ていると大阪で別枠設けられて、こんなに愉快やで、壁とか感じひんねんウチら、横丁へよ〜こちょ、とか言ってますけどぜんぜんそんなことない。一人で飲み屋に入ったって絡まれない。一回だけ、高校の頃赤井英和にボクシングでボコボコにされた経験のあるおじさん(マジで右フックが見えなかったらしい)とちょっと喋ったがそのくらいだ。前の客にはお会計3000万円、とユニークをかましていた店員が俺の番になって1800円になります。とマニュアルの応対をされたこともある。結局よそ者に対してはいつまでたってもよそ者扱いだ。


駅でうんこをしたくなったけど、全個室がふさがってて、仕方ないので10分くらい待ったけど本当にどこも開かなくて時間もないので諦めて失意のうんこを腸に抱えたままで会社に行った日がある。朝の通勤時間帯に3つしかない個室トイレを占領するろくでなしが3人集まるなんて、"人情の町"であってはならないよ。どうせスマホでもかまっているんでしょう。俺はうんこの列に並んで、いざ自分の番が回ってきたら絶対に周りの連中よりも早く出して拭いて流す。「出して拭いて流す」、悪・即・斬、に命を懸けてますので。結局それが後の人のためにもなるんだから。大阪の方々はぜひ参考になさってください。
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2016年03月06日

和辻哲郎『風土』こだま『Orphans 川本、またおまえか』



1935 日本
2016 日本


今年の冬ははわりあい暖かったが、北海道は今日も最高気温1度とまだまだけっこう冷え込んでいるらしい。人間が定住している土地の最北端といわれる、ロシア・オイミャコンの現在の気温は-42.1℃。900人住んでいるとのこと。この事実を知ったら900人のロシア人が大阪に引っ越してくる。そんな世界津々浦々の人間が、朝家を出て「今日寒っ」とついつい口に出してしまうその「今日寒っ」は、それぞれ強度が違う。価値観や宗教や文化、生まれる文章は、土地の「風土」に大きく左右される。昭和10年と平成28年ではだいぶ街の雰囲気は違うだろうけれども、この2つの作品について書きます。

インドの神様は蛇だったり鳥だったり、象と人間が合体してたり、宗教画も極彩色でとにかくバリエーションに富んでいる。それは雨季があり乾季があり、ヒマラヤに接し、ガンジス川が流れ、「変化」に富んでいるから。香川県生まれのナンチャンもインドで映画を撮った(撮ることを許された)。対して、砂漠の民、一年中砂と岩と"乾燥"のみで、生産性ゼロ、部族という集団に属し、敗北すなわち死、水を得るために闘わなくては生き残れない環境で生まれたのは「唯一神・戦の神」だった。砂漠の芸術も、「モスク」とか「ピラミッド」とか、自然への対抗意識としての人工物、"形"をはいドーン、というもので、砂漠の中にぽつんとあると存在感がすごい。"砂漠においては自然は死である。生は人間の側にのみ存在する。従って神は人格神でなければならぬ。"


戦の神は、砂漠を超えて「愛の神」に変わった。乾燥しているものの冬期は湿潤な西ヨーロッパでは、主食である麦がよく育つ。夏に撒いてほっといたら生えてくる。そのへんの草も牧草として、牛や羊に食べさせておけば良い。労働に関心が薄い。だから"余暇"が生まれる。ひまなので、勉強をしようとなる。白人が全員かしこいのはこのおかげ。そしてギリシャ、ギリシャはまったく雨が降らない。年間300日晴れる。が、エーゲ海の近くなので、牧場もあるし、オリーブやぶどうの栽培はできる。ギリシャでは、「ポリス」という集合体で生活した。ポリス間の戦争で負けたら奴隷になる。奴隷に労働をさせる。ここでもまた労働の必要がなくなった。"競争"に価値を置くギリシャ人は、「俺は絵を描くわ」同士、「俺は石を彫るわ」同士、俺は「"万物の起源"について考えるわ」同士でバトルして文化が育っていった。そんな「個」の集団でガシガシやってたギリシャを、全員野球でローマが倒しました。ローマ人は「水道」を街中に張り巡らし、街の環境統一を図った、「合理性」が勝利した。"ローマ人はただギリシャの産物を受け容れるのみであって、己れ自身の表現をなし得なかった。しかるに合理性による自然と人間の制服に関しては、彼らはギリシア人のなし得なかったことをなし得るまでに至ったのである。"


アジアでは、「中国」そして「日本」が挙げられている。中国はでかすぎる。揚子江と黄河、という2本のでかい河が流れている。揚子江は湿潤地帯にあり、でかすぎて人間がどうやったって氾濫する。黄河は乾燥している。何も起こらない。王朝はあるけれども、法の網の目がきちんと隅まで徹底できるわけがないので、自分たちの身は自分たちで守るしかない。人々は「没法子(メイファーズ)」=しゃあない、こんなもんだろ、という価値が行き渡った。
日本では「台風」に着目されて、いくらコツコツ積み上げてもその都度台風でチャラになってしまう(桃鉄でもそうですね)、四季ごとの変化もめまぐるしい。日本人の感情は「昨日の敵は今日の友」とめざせポケモンマスターでも歌われていたようにコロコロ変わる。敗北の美学、判官びいきは日本独特のものだ。しかしながら、日本人は「忍従性」も併せ持つ、さっき書いた西ヨーロッパ人は麦は撒いときゃ育つので余暇を自由に使えるというのではなく、稲は田んぼがまず必要で、腰を曲げて稲を植え、雑草を引っこ抜かないといけない。「日本人」という単位で性格や感情をくくることは難しい。北から南であまりにも風土が違いすぎるので。


和辻哲郎は、ハイデガーの「存在と時間」という本に影響を受け、人間の存在を決定づけるのはタテ軸の時間=歴史性によるものだとしたら、ヨコ軸の場所=風土もそうなんじゃないの?違ったらごめんねという好奇心で書いている。2016年、都市〜都市の町並みは平たく延ばされ、マクドナルドは世界中何処にでもあるし、ピカチュウを可愛いと感じない人間はいない。価値観がうわーっと地球単位で統一されようとしている。


だけど、いち個人の、「こう思ってまっせ」という、話しぶり、文章は、いまだに、「風土」に左右されてどういう振り子の触れ方をするかが決まると思う。こだまさんの『Orphans 川本、またおまえか』を読んで、北海道の真ん中らへん、というメチャクチャ冷える土地で生き抜いてきた、細胞がどんどん死んでいっているおばさんが、脳内で暖房を焚いて煮えたぎらせた熱量、寒地の生活への根付きがあると思った。


"私の生まれ育った極寒の集落は、冬の朝、氷点下二〇度以上まで冷え込む。私が通っていたのは過剰までに放送機器が揃っていながら、体育館の暖房設備は不十分という、ちぐはぐな学校だった" と書かれている。氷点下二〇度下にさっきまで居たのに、機材が放つ熱のこもる放送室、で作文を発表する、ボーっとする、顔面が紅潮する、いじめっこの「川本」に「猿」とからかわれる。こだまさんが南に住んでたら、ちょっと不健康なおばさんで終わっていたんじゃないか。体をむしばむ、吹雪の山谷の間に暮らしているから全身が捻じくれてしまった。


本当に、エピソードとエピソードを自然につなげるのがうまい、小学校、中学、高校、大学という場面転換。「川本」の存在が軸になっているのだけれど、こじつけがない。小中高、という極寒の部落で、狭いコミュニティで、ずっと障害として現れてきたコンプレックスこと川本が、時を隔てて大学時代にたまたま再開し、彼のセリフに感涙し、「あいつも広い世界で変わったのだ」という。


こだまさんは、「川本、またおまえか」を主題に据えた。こだまさんはまだギリギリ生きている。川本がクイックジャパンを読み、勝手に載せられ、恨み、こだまさんと生命維持装置をつなぐ管を外しに来るかもしれない。未来はわからないが、こんなに文章のうまく、運命を受容している人は、カラダを張って伏線を回収してくれる気もする。
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posted by しきぬ ふみょへ at 22:41| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月04日

坂口安吾『桜の森の満開の下』


1947年 日本


何故「満開の桜の森の下」ではいけなかったのか、日本語の耳馴染みの他に、「満開」の時期が怖いから、「満開の下」に坐すと男は自我が吹き飛んで居なくなってしまうから、その一瞬を切り取ろうとする意味合いで持ってこんなタイトルをつけたんじゃないかなという、女がわーわー言い出したらマジでやばいねっていう気持ちで読んでください。


山賊がメチャクチャ綺麗な女の連れの男を刀でぶっ殺して、今日からお前は俺の女だと指をさす。女ははいと応える。女を背負って山に持ち帰る。なぜならば恋をしてしまったという。道中の山々、自然やらが美しいので、こんなステキな山を独り占めできるんだぜ俺は、と鼻高々でおぶった女をぐるりと一周させる。女は、岩だらけでなんにもおもんねーし、いいからとっとと走って家まで連れてけとごねる。山道をバカ疲れながらやっとこ家に帰る。男は女のことが好きなので体がバラバラになっても平気だぜと強がる。いままでに連れて帰った嫁どもがなにごとかと震えている。今惚れた、連れてきた女が「首をはねろ」と頼んだので、言うとおりに、いちばんブスだけを残して刀で斬った。一通りスコアを稼いだあと、疲れに疲れ果てた状態で惚れた女が目に入る。"目も魂も自然に女の美しさに吸いよせられて動かなくなってしまいました。けれども男は不安でした。どういう不安だか、なぜ、不安だか、何が、不安だか、彼には分からぬのです。"そして"桜の森の満開の下です。あの下を通るのに似ていました。"女に抱いた感情が、童貞なので(ギャグでなく、女を手に入れようとはしても、犯そうという描写がまったく出てこない) 桜の森の満開の下 に喩えた。何が何だかわからないものを何が何だかわからないものに喩えた。


このピンクな気持ちを克服するために、"今年はひとつ、あの花ざかりの林のまんなかで、ジッと動かずに、いや、思いきって地べたに坐ってやろう"と決意する、ただ、女にバレないように。
生きていくために必要な栄養やビタミンやミネラルなどを動物を殺した命、肉でバンバン与えまくり、ほっつき回っている都会から山にとぼとぼ旅してる連中をバンバン殺し、身ぐるみを剥がし、きれいなアクセサリーをほれ、と渡す。女はまだ足りない、私は都会に帰りたい、クサいとわめく。
”この生活、この幸福に足りないものがあるという事実に就て思い当るものはない"

男は弱いやつを殺す殺す、こんだけ殺して俺が死なないのなら、己の「強さ」が女の「美しさ」に匹敵するんじゃないか?と。勘違いで、しきぬ ふみょへはアイドルのことをもっともらしく語って「ハリボテの知」で一生懸命努力するアイドルと並走した気になっている野郎が大嫌いなんですけど、さておき、女がそれだけお前が強いなら、ワタシを京都まで連れて行っておくれ、と頼む。男は承知するも、都に出るまでには桜をくぐらないといけない。さっきの決意がいざ目の前に振りかかるとたじろぐ。しかし、このおぼろげなきっかけを、女に打ち明ける。俺は変わるんだぜ、という男が絶対に女にバラしてはならないやつです。

"「桜の花が咲くのだよ」
「桜の花が約束したのかえ」
「桜の花が咲くから、それを見てから出掛けなければならないのだよ」
「どういうわけで」
「桜の森の下へ行ってみなければならないからだよ」
「だから、なぜ行って見なければならないのよ」
「花が咲くからだよ」
「花が咲くから、なぜさ」
「花の下は冷めたい風がはりつめているからだよ」
「花の下にかえ」
「花の下に涯(はて)がないからだよ」
「花の下がかえ」
男は分らなくなってクシャクシャしました。"


男は、マジでこれが理由とかで無しにやりたいのだ、という理屈を、は?なんで?と女からあらためて問いたださされると、たしかに果たして何故だ?と首をひねって会話が途絶えて気まずくなって女にバカにされてしまう。"刀で斬っても斬れないよう"な女の苦笑いを前にして完全に無力になる。これまでそこらへんのNPCなら、兵卒ならかたっぱしからぶっ殺してたのに、好きな女の苦笑いなんていう物理的になんの抵抗にもならないものの前になすすべがない。男は女に否定されて、結局決意が砕かれ、咲いている桜の下を目をつぶってダッシュでくぐり抜ける。女とブスの下女と一緒に、都に住むことにした。


女は、生首を使ってごっこ遊びがしたいので、あらゆる役職の人間の生首を持ってきてちょうだいと男に丸投げする。坊主の首を絶対に悪役にする。坊主なんてこの世で一番つまらないので、女はそのへんの性悪さにはかなり敏感である。それでも、男がいくら生首を貢いでやっても、愛情を注いでやっても、飽きる。"その先の日、その先の日、その又先の日、明暗の無限のくりかえしを考えます。彼の頭は割れそうになりました。それは考えの疲れでなしに、考えの苦しさのためでした。"これだけ日々一生懸命に首をはねていても、女は次、よっしゃ次と言うばかり、思い切ってこんなに苦しいのなら、よっぽど女の首こそはねてやろうとクソがよ、を刀を握るも、それが出来ない。別れを切り出す。

が、女は、男のノスタルジーをくすぐる=初めて山を登った時の、男が有頂天だったころの記憶を呼び戻させることで簡単に心の陰茎を握ることが出来ることを知ってしまっている、つまり、どうして俺の気持ちがわかったんだ、さては俺に惚れてるな、の曲解の曲の部分、カーブをいともたやすくグイグイ曲げやがる。女は、山に帰ってもいいと言う。

ガハハ、初めて出会った頃のことを思い出しちゃったよ、と男は女を抱きしめた、したらなぜか、女が紫色の気持ち悪いババアになった。は?と首を思い切り男の力で絞め、女の生命活動を終わらせる。その背中に桜の花びらが落ちてきた。男は冒頭で塊で持っていた気力がゼロになり、桜の森の満開の下で膝ついて力無くへなへなと跪く。ということはここで、俺が桜の森の満開の下で坐して満開に立ち向かってやる、という、女がこれまで自分の所有物だった頃に抱いていた、「俺、実はこれをやってみたいんだ」という願望に決着がつく。


ここでざっくばらんにざっくばらんに書いたことはスカスカだし、ともかくも、俺は女の人が読んだ時に何を思うのか気になりまくるので、Twitterアカウント「njomooo」にリプライでのご意見をお待ちしております。
posted by しきぬ ふみょへ at 01:31| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月02日

The Who『Baba O'Riley』の和訳



The Who『Baba O'Riley』(71年 英)


Out here in the fields
I fight for my meals
I get my back into my living
I don't need to fight
To prove I'm right
I don't need to be forgiven

ここじゃない場所で
飯を食べるために闘う
自分の人生を背負うぞ
闘う必要はない
自分が正しいので
許される必要もない

Don't cry
Don't raise your eye
It's only teenage wasteland

泣くな
目を上げなくてもいいから
10代なんか意味が無いぞ

Sally ,take my hand
Travel south crossland
Put out the fire
Don't look past my shoulder
The exodus is here
The happy ones are near
Let's get together
Before we get much older

サリーという恋人がいるので俺は大丈夫だ
南の方へ行こう
火を消せよ
肩越しに過去なんか見るなよ
逃げよう
サリーという恋人がいるので幸せだ
一緒になろう
ジジイとババアになる前に

Teenage wasteland
It's only teenage wasteland
Teenage wasteland
Oh, oh
Teenage wasteland
They're all wasted!

サリーという恋人がいるけど、
それは10代だから意味がない、
20代になっても意味がないし、
oh、oh、
ジジイとババアになっても意味がないだろう。
ありがとうございました!
posted by しきぬ ふみょへ at 23:13| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月01日

猿の物真似

先週の金曜日から3連続で帰りにすき家に寄っている。牛丼を求めに来た客を1人でさばく店員の動きをしばらく眺めていた。何か考える余裕はあるのだろか。すき家なんか、無限にメニューがあるし無限にトッピングがあるのに、無事に指定したとおりに頼んだものが提供されてくるの奇跡に感謝しなければならない。ワラライフだ。俺なんか職場のパソコンでふと気が付くと知らない昭和のパ・リーグ選手のウィキペディアとか読んでいる。


「孤独のグルメ」、飯を食っている中年男性のこだわりを緻密に書いたのが当たって、それの真似をして街のへんぴな定食屋に飛び込んでずべこべ能書き垂れながら飯をくうような行為は、本当はよくないんじゃないかと思う。真似るべきは井之頭五郎さんの「好きなもの」に対し、孤独であっても楽しみを己の中で完結させられる人生の技術、愛や姿勢で、別に飯屋でなくてもいい。「孤独のボウリング」で誰とハイタッチするのでもなく淡々とフックをかけ続けて1ゲームだけで帰るのもいいし、「孤独の田植え」で村八分にされたおじいさんが単独で栽培して実った稲を、小さいワンハンドの鎌で刈っている時に何を考えているのかも気になる。そこに美学があれば。一個の物事に、周囲から孤立しようと執着している人間を応援します。関係ないですが、代アニの校長に楽太郎が就任した後どうなったんだろう?


などとぼんやりしながら、ひじきと冷や奴がついてくる「健康セット」を食べていました。健康セットなわけないんですけどね。だいいち牛丼屋入ってまでいらないプライドで最後の抵抗をしようとする俺みたいなのが一番醜い汚泥人形(おでいにんぎょう)ですよ。牛丼美味しかったです。


昨日書いた梶井基次郎の『檸檬』の記事に追記したい話。作品が世間で流行った後、影響を受けた文学好きが、作中の主人公の行動を真似て買っていったレモンを本棚に置いて帰り、再オープンした去年の8月からは、もう片付けられてるだろうけど、期間限定で「レモンを置いていってくださいや〜」とカゴを設置してたこともあったらしい。


檸檬を読んで感動を受けた人間が、実際にレモンを買って京都の丸善に置いていっちゃダメだろ。あれは、まったく無意味な行為に妄想の中で命を吹き込んでいるからこそ素晴らしいのであって、「レモンを置く」そのものをやろうとするのは、アタシはね、アタシは良くないと思うよ。関係ない場所で関係ないことやるのがより「檸檬」であって、京都の丸善寄るんだったら鴨川まで行って川にジーパンのまま入ってど真ん中でジーパンを脱いで帰ってくるとか、その後「ジーパン」って短編書けますよ。
posted by しきぬ ふみょへ at 21:23| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月29日

梶井基次郎『檸檬』




1924年 日本


この作品が名作として読まれているのは、モテそう感も然ることながら、「こんなこと考えてその辺うろついている男がいたんですよ」というたんなるいち個人の思考の推移を、そいつの鼻呼吸の音が聞こえるくらいの距離までクローズアップして書いてることが単純におもしろいからだと思う。病弱で金のない男がレモンを買って本屋において帰ってくる、それだけの筋なのに、「病弱で/金のない男が/レモンを買って/本屋において/帰ってくる」という最小単位の文節、文節へ意味をもたせていて、そうであるなら無限に小説書けちゃうよおい、この世の人間全員小説なのかよ。ちょろいだろ。


なんかうまくいかねえな馬鹿野郎、という気分で好きなものが売っているお店に行っても、間隙が満たされるのではなくなんかしっくりこねえな、って帰ってきてしまうことがある。二日酔いででかめの本屋に行く、主人公は丸善に通うのが平生の趣味ですが、なんか「情報、こんなにもあるのかよ」ってオーバーフローしてしまう。心がアーっとなるというか。"書籍、学生、勘定台、これらはみな借金取の亡霊のように私には見えるのだった。"


道中でふと目に止まって八百屋で買ったレモン爆弾を丸善の本棚に置いて、大量の情報が木っ端微塵に吹き飛んだらかなり笑ける。この話は、実はギャグの小説だと思ってます。ここからはなんとなく今日考えたことで、二日酔いで出社して、路上でウエってなったんですけど、その時ノドが酸ですっぱかったんですよ。で、レモンのフレーバーが、最初のゲボはレモンのフレーバーがしたっていう、で、『檸檬』も、梶井基次郎が体調悪くなって丸善で吐いちゃったから思いついたんじゃないですかね。違います。
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posted by しきぬ ふみょへ at 22:18| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月28日

ユタカくん

小学校1年から2年の途中まで、ユタカくんという色黒の少年と同じクラスだった話をします。ユタカくんは小学校に上がると同時に富山から引っ越してきた。富山弁というのは若干関西訛りが入っており、県境をまたいだ新潟県上越市のしょうがく1ねんせい達は彼の「ホンマ?」にけっこうビビっていた。


入学し、出席番号が一つ違いだったので席が前後になった。クルッとイスごと振り向き耳慣れない言葉でまくしたてるユタカくんに、生まれながらにして守りの体勢で生きようとしていた自分はかなり恐れおののいた。しかし、だんだんと、彼の服装のパターンが「紫地にティラノサウルスが雄叫びを上げているTシャツ」「赤白のボーダーシャツ」「土星の輪っかが"HELLO"という文字列になっているTシャツ」のローテーションであるという事実に気づいた頃にはすっかり仲良くなっていた。彼は上にお姉ちゃんが2人、下に弟が1人と平成の世にしてはまあまあなかなかの大所帯で暮らしていて、あまり着る・食べる・住むに恵まれているとは言えない環境のようだった。シーズンを通して半袖半パンで貫いていた。足が速かったのにモテていなかった。


通学路でふと、道路脇のアスファルトとブロック塀の境目に生えているヨモギを摘んでいるところを見かけた。「ヨモギ餅にしてもらうんや」と語っていた。横にかがんで、見よう見まねで収穫したヨモギを家に持ち帰ると、母から「そんな不衛生なもの食べられるわけがない」と棄てられてしまった。ユタカくんはヨモギ餅を作ってもらえたのだろうか?


近所の公園でフリーマーケットが開かれたことがあった。遊びに行ってみると、ユタカくんに出くわした。ビニールシートの上に並べられたスーパーファミコンの裸のカートリッジの前でうんうん唸っている。声をかけると、1本100円で所持金が百円玉一枚、どれを買おうか迷っているらしい。しかも彼はスーパーファミコン本体を持っていない。つまり、俺の家にソフトを持ち込んで機械と電気を拝借しようという魂胆なのである。つまりここでの選択は、俺の生活にも影響をもたらすわけだ。2人でしばらく考え、『ろくでなしBLUES』の対戦格闘ゲームをチョイスした。月刊コロコロコミックしか読んだことがないくせに、ヤンキーが暴力でのし上がることを良しとする週刊少年ジャンプ連載作品の対戦格闘ゲームを手に取った我々の価値観、振り返って分析するに、「顔の面白い人が写っているから」一点だったのではないだろうか。その日以降、下校するともう先回りしてうちにいるユタカくんがお菓子を振る舞われながらゲームで遊んでいる、という日々がしばらく続いた。どういうことだよ。もしいま会社の同僚が自分より先に自分ちでゲームしてたら殴るよ。
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ストーリーモードで、前田太尊を操作して、小便器の前に立たせるとおしっこをする、というのが面白かった。たぶん今やってもまだ面白い。


ある日、教室の中で育てていた野菜、たしか枝豆かなにかだった、日陰になるように床に置いてあったプランターに、休み時間はしゃいでいたユタカくんが転んでうっかり思い切り尻もちを着いてしまった。女からの糾弾の雨あられ。たまたまお前たちでなく、ユタカくんの尻だったというだけなのに。帰りの会で晒し者になり、担任からもお灸を据えられた。ティラノサウルスのTシャツを着ている人間があんなにもしょげることがあるのか。あの時新潟県でいちばん健康だったユタカくんは、次の日、またその次の日学校を休んだ。


担任は風邪という説明をしたが、どうしても彼が1℃2℃の体温の上昇で休むようなやわな男じゃないという気がしていた。冬の日本海から吹いてくる季節風に最小限の布きれをまとうのみで立ち向かっていくあいつが。なにやらわけがあると感じ、帰り道、ユタカ家を訪ねてみることにした。我が家と逆方向に歩いて行くのは初めてだったかもしれない。


ピンポンを押すと、ユタカくんの1つ上の姉が出てきた。両親は共働きだったので不在だった。もしここでお母さんが出てきたら、「ユタカは病気だから」という理由で門前払いをくらっていたかもしれなかったので、お姉ちゃんがすんなり通してくれたのはラッキーだった。自分の部屋はないので、ユタカくんは居間に座っていた。いつもより色黒だったような気もする。落ち込んでいるという表現も違くて、ハイ状態に入れっぱなしのギアがニュートラルに戻っている。ユタカくんに立ち会うときのはっけよいから変化を食らってしまった。具合悪い?と聞いてみると、「ちゃうねん。おれが学校行かんかったらな、みんなと逆やとおもうねん。おもろいとおもうねん」と言った。さして意味がうまく掴めなかった。しばらく2日間学校であった出来事を報告し、ユタカ家を後にした。家に帰り、前田太尊を小便器の前に立たせてみたりした。ユタカくんはその翌日、こないだまでのように学校でうるさかった。


みんなと逆やとおもうねん、おもろいとおもうねん、勉強はあまり得意ではなかったユタカくんが途中式を経ずに、集団にカウンターパンチを打とうとする心意気的なものがなんとなく、自分が世の中の通念と違った何かをやってみたくなった時によぎる。3年生に上がる前に転校してしまった。なんとなく思い出したのでもしブログを見つけたら教えてくれ。10月10日の体育の日生まれだった。足速くて。そこは裏切らんのかよ。
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posted by しきぬ ふみょへ at 21:05| 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月26日

サマセット・モーム『月と六ペンス』



1919年 (英)


作家である主人公(一人称の僕=モーム本人)の目線で、ロンドン出身の「チャールズ・ストリックランド」の生涯をルポルタージュするていで書かれた話。ストリックランドという人物はゴーギャンを下敷きにしているが隅から隅まで人生を完コピしたわけでなく、1903年に死んでおり、没後、徐々に当時ウケかけていた孤高の人の生涯になぞらえた創作物です。

証券マンで、安定した収入を得、家庭を抱え、"幸"を体現する存在だった、"幸"ことストリックランドは、齢40を過ぎてからいきなり妻、子どもを捨てて、単身、パリに渡りました。もちろん家族・親族はそのあまりにも唐突で非常識な行為に対し、「絶対女に決まってる。今すぐに土下座したら許すから帰って来い」というメッセージを託そうと、物書き志望で、そんな前途のある若者を囲うのが好きだったストリックランド嫁のご指名で主人公がパリに飛びました。これはネタになるかもしれないという好奇心もあり、たどり着き、見つけだした目的のおじさんが、バーで語ったいきさつは、"「じゃあ、一体何のために奥さんを捨てたのです?」「絵が描きたいからだ」"と。


体裁や、モラルやタブーなどを一切かなぐり捨てて、「絵が描きてえ」一本で世俗をうっちゃってただキャンバスに向かい続ける40のジジイ。ただ、決して魅力的に、素晴らしいじゃないかと全面肯定姿勢で評していない。むしろ、徹底的に皮肉に書いている。主人公も創作で食っていこうとしてるように、人間の内面への邪推に余念がないので、ずっとイヤなヤツのまま、イヤなヤツの内面を分析している。


食うもの食わずに己の創作欲にしか一切興味のないストリックランドを、ダーク・ストリーヴという、通俗的であり、かつて過ごしたイタリアで見かけた微笑ましい光景、小さい幸せ見つけた!なぞをちまちま題材にして、とりあえずの評判を獲得して日銭を稼いでいる男が面倒を見る。ダーク・ストリーヴさんは、自分の作品を俯瞰で見る目線は持っていないのに、他人の創作物のどの部分をどのように評価すべきかという審美眼だけは備えている不器用なハゲで小太りのおじさん。

そのおじさんが溺愛しており、本人もその愛に応えているはずだった、料理好きで容姿端麗なダーク・ストリーヴ嫁が、夫のアトリエで作業しているぐずぐずなろくでなしのストリックランドに惚れてしまう。己が向かっている”絵”にしか一切の興味を示さない、「は?惚れるなら勝手に惚れとけば?でも性欲がやべぇときは抱くけどね」、という立ち位置のストリックランドへの恋が芽生えてしまい、恋が報われないと知るや、自殺する。


モームは、ストリックランドの嫁、ダーク・ストリーヴの嫁という、"幸"に向かって走るレール上の2人の女を奈落に突き落とす。


モームはゲイだったらしいが、とことん女に失望し尽くしていたが故に、じゃあ女なんてくだらねえから男に惚れよう、とならざるを得なかったとしたら?作中、女ってバカ過ぎるだろという苛烈な攻撃がちょくちょく出てくる。うむ、確かにそうだねと納得せざるを得ない勢いで書いてて無理矢理腑に落ちんかい、と鬼気迫るものを感じた。


"「女っていう奴は、何て馬鹿なんだ!愛だと。ふん。いつだって愛なんかぬかす。男が女を棄てるのは他の女への愛のため以外にないというのにだ」"


舞台はおおまかに辿ると、「ロンドン」→「パリ」、そしてストリックランド=ゴーギャンが晩年を暮らした「タヒチ」と移ります。段階ごとにストリックランドの生活が、唯物ではなく、おそらく求めていた環境に移っていく。半端ない色彩で満ち溢れたタヒチで、ご縁があり現地で嫁を娶り、しかし、ハンセン病に感染し、いよいよ周囲から肉体的にも差別される中、ボロ小屋の天井や壁に描き上げた最期の絵。現地の嫁、そこでこしらえたてめえのガキをこさえた嫁にすら、"あの女は俺をほっといてくれる。飯を作り、赤ん坊の世話をする。俺の命じた通りにする。俺が女に望むすべてを与えてくれるのだ"とのたまった人間の絵は、顔面の原型が病気でグズグズになってもなお、己に惚れていた現地の嫁が守った言伝てにより、火がつけられ、燃やされてしまいました。死体はヤシの木の下に埋められた。


語り部である私=モームは、タヒチに旅立つ以前で終わっときゃ前途が多望たる話で終わらせられたし(この引き際をあえて逃した理由に関しては作中で語られている)、なまじ引き伸ばしたとしても、ストリックランドの何もかも全部が詰まった小屋が燃え尽きて灰になったタイミングで終わっときゃスッと引けるのに、後日談まで用意してて、うわっ、性格悪っ、ていう気持ちで終わる小説でした。性格悪い人はぜひ読んでみてください。
posted by しきぬ ふみょへ at 00:21| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする